011 学園見学会 その1 踏み台になると思ったのか?
「ほら、早く授業を始めなさい?」
流れるような金色の髪に赤いリボン、白い制服にコントラストを作り出している鈍く赤く光る鎖のアクセサリ。そんな容姿の女子生徒が不満げに口を開く。
広くはない特進クラスの教室の中。今まさに、目の前の机にはグロリア王国の至宝リクセリア・ラインバートが座っている。
「ちょ、ちょっと先生!」
ガタリと椅子が音を鳴らす。
リクセリアの横に座っていたメル・ドワドが立ち上がると俺の元までやってきて「リクセリア様が授業に出るだなんて、いったいどういう事なんですか!?」と至近距離で耳打ちするものだから、
――ピロン
『メル・ドワドにスキル【瞬歩】を貢ぎました』
となるのも当然である。
「これには事情があって」と小声で返事しながらも、女の子と距離が近すぎて心臓がバクバクでの俺は急いでメルとの距離を空ける。
「授業を始めるから座りなさい」という俺の言葉にメルは渋々従って。
そうして俺の目の前には二人の教え子がいる状況が出来上がっている。
「メルさん? 私語は謹んでくださる? わたくしは弟にわたくしの眩しく輝く授業風景を見せたいの。それを邪魔するというのであれば排除しますわよ。でも、もしあなたがうまく立ち回れるのなら報酬を出してもよくってよ?」
「は、はいっ! 不詳、このメル・ドワド、リクセリア様のために全身全霊を尽くします!」
立ち上がって、ビシッと敬礼を決めるメル。
だが、目はお金マークで、口からはよだれが垂れている。
年頃の女子がしていい顔ではない。
「よろしくてよ。さて、アナタ。打ち合わせを始めましょうか」
鈴の音のような声が俺に投げかけられる。
昨日リクセリアから出された要求はこうだ。
毎年行われている学園見学会に中等部に通う弟のカルツ・ラインバートを招待して、自分の素晴らしいところを余すところなく見てもらいたいのだという。
とにもかくにも授業風景を見せたいらしいのだが、付け焼刃では真の魅力は伝わらない。なので、リクセリア自身が本番まで授業に出席して俺の授業の雰囲気を会得して、本物感を掴むのだという。
「カルツはね、なんだかこう、ほわんほわんして、温かくて、いい匂いがして、ぎゅってしたくなるような、守ってあげたくなるようなそんな可愛い弟なのよ」
弟君の姿を脳裏に再生しているのか、目を閉じている美少女。
それだけで人を魅了しそうな姿に、慌てて目を逸らす。
「そしてわたくしはそんな愛しいカルツが尊敬する姉。どうして格好悪いところなど見せられましょう。
それはあなた方も同じですわ。尊敬する姉を敬いたてる友人A。そして尊敬する姉を教える……まあ並みより少し上の教師。そして眩しく輝かんばかりにその中で授業を受けているわたくし。
よいですか? 失敗などもってのほか。大成功しかできませんのよ。そこのところ肝に銘じておきなさい」
「あ、ああ。分かった……」
えらく弟に固執してるな。
普段の凛としてツンケンした姿からは想像もできない様子だ。
「はいっ! しっかりと友人A役を務めあげて見せますっ! 報酬はぜひとも弾んでください」
こっちはこっちでお金の事しか頭に無いし。
こんな調子で大丈夫か?
そんなこんなで俺は授業を始めるのであった。
◆◆◆
そうこうしながらなんとか準備は進んで……そして、学園訪問会当日を迎えた。
「ようこそ。聖ブライスト学園高等部へ。わたくしたちはあなた方を歓迎しますわ」
「はい! 姉さま! 本日はよろしくお願いします」
10歳くらいの可愛らしい金髪少年。この子がカルツ・ラインバート。今彼と対面で応対しているリクセリア・ラインバートの弟君だ。
「リクセリア様、ご機嫌うるわしゅう」
長いスカートの裾をつまみ上げて見事な挨拶を決めるのは、カルツ君の横にいた女の子だ。
茶色の髪の毛を黄色のカチューシャをすることで纏めていて、おでこが出ている。
あの子は弟君のクラスメイトかな?
「ええ、ダニル・フォーグさん。ごきげんよう」
「本日はしっかりと学ばせていただきます。ラインバート君のお姉さま、グロリア王国の至宝のお姿を」
「そんなに緊張しなくてもいいわ。取って食べたりなどしないのだから」
「そうだよ、ダニルちゃん。姉上はすごく優しいんだ」
「あら、カルツは正直でいい子ね。ほほほ」
ダニルちゃんって言ったか、弟君とえらく仲がいいな。でも、フォーグって言うと確か男爵家だ。つまり男爵令嬢であって、侯爵令息の弟君とは釣り合わないとされているはずなんだが……。
そしてその他の中等部の子を10人ほどを引率して特進クラスの教室に戻り、授業を始める。
「つまりアルファ反応剤とナズ菜、そして蒸留水があればポーションが作れるわけだ。今度実験で作ってみるが、きちんとした手順さえ守れば家で作ることも可能だ」
授業の進行について特にリクセリアからの要望は無かった。いつも通りやるようにとの一つだけ。
彼女の望みは弟のカルツ君に立派な姿を見せることのはずなのだが、いつもの座学では彼女の望む見せ場もなにも無いだろうに。
「はい、クランク先生」
ぴしっと挙手するリクセリア。
おっ、さては発言でいいところを見せようという魂胆だな。いいだろう。
「ラインバート君、どうぞ」
「ありがとうございます。ポーションにはいくつもの種類があって、爆発するタイプのものや、体力回復効果は無いけど光るもの、それに気体のものまでありますわよね。
気体のポーションが生み出されたのがつい数年前。幻夢の錬金術師の二つ名を持つキーディン・シャルルベルンが生み出して学会に激震が走ったと言われています」
「その通りだ。よく勉強しているな」
1年生で勉強する内容じゃないぞそれは。
「気体のポーションは吸気することで接種が可能なため、嚥下を必要とする液体ポーションを摂取できない患者に効果が見込めるという事で、ナズ菜の生産地の地価が値上がりしましたわよね」
ほう、地理の分野でこの俺を試そうっていうのか。
「そうだな。王国西方のキッシャートや他国でいうとイルドゥン辺りの土地が高騰した。またナズ菜畑を広げるために山林を切り開いたことによって森林が失われてしまい、薪や山菜など生活に直結するものの不足を招いて周囲の人々の生活は逆に苦しくなった。そこでどうなったかわかるか?」
これはどうだ?
俺はお返しを与える。難易度は高い問題だが、きっとリクセリアなら答えられる。
「ええ。新たな農地の開墾に関する法律、つまり新畑開発法の改正が行われて1ヘクタール以上の開墾を行う場合は国の審査が必要になりましたわね」
やはりな。俺が持っていたスキル、【王国法】が彼女に移動した効果が出ている。
「あ、姉上すごいです!」
キラキラとした目で姉の晴れ姿を見つめる弟君。
あれ? 今日は授業参観だったか?
「当然の事よ、カルツ。
それでクランク先生、法律が改正された結果、各地に領地を持つ貴族たちが不満を募らせましたわね。ですが表立ってそれを表すことは国への反逆とみなされるため、不満を訴えるためのとある方法が用いられましたが、ご存じかしら」
どうですか、答えられますか? という勝ち誇った顔をしている。
ぐぐぐ! 俺をやり込めることで踏み台にして弟君に褒められようという算段か!
だがな、並の武芸教師ならともかく俺は赤毛のスキル開拓者とも言われるナオ・クランクだ!
「もちろん知っている。貴族の婦女子たちは緑色の宝石であるエメラルドを身に着けることで暗に不満を表したんだ」
ピクリと眉が動いた。
俺が答えられると思っていなかったのだろう。舐められたものだ!
「そのエメラルドだが、硬度は高いが割れやすい性質を内包している。魔術装飾として用いる場合にはその性質が問題視されていたわけだが、その欠点を克服するために編み出された魔術式を知っているか?」
そら、お返しだ! この知識は【上級魔術装飾学】のものだ。名のある魔術装飾職人ですら知らない場合もある。
「……」
返答は返ってこない。
どうだ、負けを認めるか?
「せ、先生! 話が難しすぎます! それは1年生で習う内容じゃありませんよね。3年生で習う内容じゃないんですか?!」
慌てて手を挙げたメルの発言に俺は我に返った。
や、やってしまった! 急いでフォローを!
「そ、そうだったすまない。ラインバート君が優秀すぎたからつい、な。中等部の君たちもそんなに怯えなくてもいい。ここは特進クラス。普通のクラスよりも高度な内容を勉強するクラスだからな」
「さすが姉上! こんなに難しい勉強を毎日されているんですね!」
「え、ええ、そうよ。未来の王妃になる者として当然ですわ」
「ね、ダニルちゃん。姉上すごいよね! かっこいいよね!」
「はい。すごいです……。あれがグロリア王国の至宝……。容姿も教養も圧倒的だなんて……」
な、なんとかなったが危ないところだった。
弟君の前でリクセリアに恥をかかせたなんてことになったら、【貢ぐ者】の効果で死ぬより前に、刺客が送られてきて暗殺されてしまうところだった。
リクセリアは笑顔で弟君に微笑んでるけど……内心は相当怒っているだろうな。
何とか挽回しなくては……。
そんな一波乱があったが、無事に授業の見学は終了したのだった。
お読みいただきありがとうございます。
学園見学会が始まりました。
このお話はラブコメ。もちろんこれで終わるわけもなく。
というわけで次回もお楽しみに!




