12月20日(木)10.4
放課後の校庭は乾いた風が吹き抜け、夕陽が淡いオレンジに染めていた。笹山芙美はブレザーを着たまま、校庭の隅に佇んでいた。肩まで伸びた柔らかな茶髪を二つ結みにまとめ、小柄で華奢な体は赤いマフラーを手に抱えている。風が木々の枝を震わせ、乾いた葉が地面を擦る音が響く。
校舎の裏手から一ノ瀬のぞみが現れ、ブレザーをだらしなく着崩したままこちらへ近づいてきた。遠くのグラウンドでは、遅くまで残った生徒の笑い声が微かに聞こえ、芙美には遠く感じられて風に掻き消されていった。
「あいつと話したんだろ?」
のぞみが低い声で問いかける。すらりと背の高い姿が威圧感を放ち、ショートヘアが風に揺らめく。芙美が小さく首を振ると、
「行くよ」
と簡潔に告げ、商店街の方へと足を進めた。芙美は無言でその背を追い、校庭の地面を踏む靴音が静かに背後に響き渡る。夕陽が校舎の窓ガラスに反射し、細長い影が地面に伸びていく。
商店街は冬の夕暮れにひっそりと静まり返り、冷たい風が歩道を吹き抜けていた。店のシャッターが半分下ろされ、街灯がぼんやりと灯り始める。肩をすぼめた通行人が足早に通り過ぎ、遠くで自転車のベルがかすかに鳴り響く。のぞみは無口に前を歩き続け、芙美はその背中をじっと見つめる。
ふと、のぞみの目尻に光るものを見て、芙美の喉が詰まりそうになった。商店街の軒先に吊るされた小さなツリーが風に揺れて寂しげな音を立て、古びた看板が軋み、風に舞う埃が自販機の明かりを頼りなく遮る。通り沿いの小さな花屋では、店主がポインセチアを並べ直し、その赤が冬の冷たさの中でひときわ鮮やかに映えていた。
「満月まであと少しだ」
のぞみがぽつりと口にし、その声が凍てついた空気に溶ける。芙美は何も返せず、二人の間に重い沈黙が漂う。路地裏に差し掛かると、のぞみが足を止め、黒い手袋をゆっくりとはめた。路地の壁には古いポスターが剥がれかけ、風がその端を揺らしている。どこからか漂う焼き芋の香りが一瞬だけ鼻をかすめ、すぐに風に流された。
「あいつが吸血鬼だ。満月の夜に始末する」
鋭い視線が芙美を貫き、手袋の革が軋む音が小さく響く。
「吸血鬼は誰であれ許さない。親友もあの夏にやられた」
と声が震え、星型のキーホルダーを握りしめる。
「形見だ」
と呟き、目が遠くを彷徨う。
「でも、殺しても戻らない」
と一瞬声が途切れ、風が手袋の隙間を掠めて冷たく鳴る。
「のぞみ……」
芙美が声を絞り出すと、のぞみは目を逸らし、
「お前と似てる」
と漏らす。
「一緒に商店街で笑ってた。アイス食べて別れたら、血まみれだった」
と瞳が潤み、
「私が強ければ」
と唇が震える。
「復讐しかない。でも、お前を見てると……」
「……でも、やるしかないんだ」
と葛藤が声に滲む。
のぞみは芙美の鞄から銀製ナイフを取り出し、手に押し付ける。
「4日後だ。お前も、覚悟しろ」
と言い、キーホルダーが揺れる。
「後は自分で決めな」
と言い放ち、背中が路地裏の闇に溶け、足音が遠ざかる。芙美の手が震え、校庭で手を握った暖かさが一瞬だけ心をかすめる。
「できるかな……」
と呟き、唇が震える。冷たい風が路地を吹き抜け、隅で老婆がタバコを吸い、細い煙が風に紛れる。芙美はその姿に目を留め、煙が消えるのを眺める。ナイフを握った手がずしりと重く、
「廉也を……」
と呟き、涙が頬を濡らす。
「彼を愛してるのに」
と声が漏れ、足がその場に縫い付けられる。路地の奥から漏れる街灯の光が頼りなく揺らぎ、「愛してるよ」と、彼の声が脳裏に響く。ナイフを鞄に仕舞い、
「向き合うしかない」
と決意が心に根を下ろす。携帯を手に持つが、母にさえメールを送れず、ただ暗い画面に目を落とす。遠くで犬の遠吠えが聞こえ、風がその音を冷たく包み込んでいく。
部屋に戻り、ブレザーを脱いで机に腰掛ける。暖房の微かな唸りが響き、窓の外で風が木々を揺らし続ける。カーテンの隙間から漏れる外の光が、机の上でかすかに揺れる。ナイフを手に持ち、ひんやりした感触が掌に染みる。
日記を開き、「廉也を愛してる。でも、向き合わなきゃ」とシャーペンで記す。廉也の告白が脳裏に蘇り、「君が決めてくれ」という言葉が心を抉る。
「のぞみも、私も……」
と口に出し、涙が紙に染みを広げる。携帯を手に持つが、指が止まり、母の顔が浮かぶ。窓辺に近づき、風が吹き荒れる夜空を見上げる。ガラスに触れる風が細い音を立て、冷たさが部屋に忍び込む。
「……4日後」
と小さく声を上げ、ナイフを握り潰すように力を込め、刃に指を滑らせる。窓に映る自分の顔が揺らぎ、鏡に映る傷を指でなぞると、首筋が疼きを強める。あと4日で月が満ちる。