12月18日(火):8.4
放課後の教室は静かで、夕闇が窓に落ちていた。笹山芙美はブレザーを着たまま、窓際の机に座っていた。髪が肩に触れ、華奢な体がブレザーに包まれている。遠くの街灯が薄く滲み、黒板にはチョークの跡が残る。
机に開かれたノートが放置され、芙美はシャーペンを手に持つが、公園での出来事が頭から離れない。野良猫の血に目を逸らした廉也の姿がフラッシュバックし、
「彼が……吸血鬼?」
と疑念が胸を軋む。でも、手を握った暖かさ、柔和な笑顔が浮かび、
「彼じゃないよね」
と呟いた。ノートに「廉也はそんな人じゃない」と書き、すぐに消しゴムで消し、
「でも、もし……」
と書き直して手を止める。携帯が鞄の中で震え、誰かからのメールが届いたが、見る気力もなかった。窓に映る自分の顔が頼りなく揺れる。
昼休み、廉也からのメールが届いていた。
「放課後、公園で会えないか」
昼の光が薄く滲む中、その言葉に胸が軋み、芙美は「会いたい」と返信していた。放課後、赤いマフラーを首に巻き、公園へ向かった。小雨が地面を濡らし、夜の冷気が木々を包む。木々の間から漏れる月の光が薄く滲み、小笠原廉也がベンチのそばに立っていた。紺コートを羽織り、少し長めの前髪が風に揺れる。
「ねえ、廉也」
芙美が呼びかけると、彼が振り返った。
「来てくれてありがとう。話したいことがあるんだ」
芙美が息を呑み、一瞬目を伏せると、
「それって……あの日のこと?」
と声がかすれた。髪が風に乱れ、廉也は前髪を払い、穏やかな顔立ちが悲しみに歪む。
「聞いてくれるなら、全部話すよ」
芙美が頷くと、彼は深呼吸して話し始めた。
「2年前の夏、事故で倒れた夜、噛まれた。目覚めたら血が流れ、太陽が眩しくてたまらなくなった」
声が低く、目を伏せる。
「君を噛んだのは俺だ。あの夜、図書室から出て……耐えられなかった」
すがる目に、芙美は涙をこぼした。
「……どうして黙ってたの?」
「君に嫌われるのが怖かったんだ」
廉也の声が途切れ、冷たい風がコートを揺らす。芙美は首筋の傷を触り、目を閉じる。
「人間として死にたい。永遠なんて重いよ」
と震える声で呟き、目を伏せる。
「ごめん。でも、君を愛してるから殺せない」
芙美が涙を拭い、彼を見つめる。
「私も……」
二人は泣きながら抱き合い、冷たい風がマフラーを揺らす。
長い沈黙が流れ、芙美が呟く。
「どうしたらいいんだろう」
廉也が目を伏せ、静かに答える。
「君が決めてくれ。俺は受け入れる」
芙美は唇を噛み、彼の手を離す。
「ごめんね」
と呟くと、廉也が小さく笑う。
「気をつけて帰れよ」
踵を返し、イヤホンが地面に落ち、小雨に濡れる。芙美は彼の背中を見送り、唇を震わせて
「愛してる」
と呟くが、その声は風に吸い込まれた。公園のベンチに座り、携帯を手に持つ。廉也からの「気をつけてね」のメールが残り、胸が軋む。
部屋に戻ると、芙美は机にナイフを置いた。静寂が部屋に漂い、曇天の闇が部屋を満たす。携帯が震え、母からの「遅いよ、大丈夫?」のメールが点滅していた。
「ごめん」
と返信し、ナイフを見つめた。
「廉也と向き合わなきゃ」
日記を開き、「彼を愛してる。でも、彼がそんな存在でも、私が決めなきゃいけない。人間として生きるために、彼を……」と書き、涙が紙に落ち、字が滲む。ナイフを手に持ち、冷たい感触が掌に伝わる。
「もし彼を殺すなら、私の手で。でも、それでいいの?」
窓に映る自分の顔が揺れ、首筋の傷が疼く。
「永遠を諦めて、私が彼を解放する。それが愛なのかな」
ナイフを握りしめ、目を閉じた。
「私が決めなきゃ」
決意が胸に沈み、携帯を手に持つ。廉也からの「気をつけてね」のメールが残り、涙が溢れた。携帯の光が消え、静寂が部屋を包んだ。