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12月13日(木):3.4

 放課後の図書室は、窓から薄暗い光が差し込み、静けさが重く漂っていた。笹山芙美は制服の襟を軽く直して、窓際の机に座っていた。栗色の二つ結びが肩に揺れ、細い肩がブレザーに隠れるようだ。鞄から赤いマフラーの端が覗き、窓の外では校庭が薄暗くなり、冷たい風が木々を揺らしていた。

 本棚の隙間から埃の匂いが漂い、暖房の効きが悪い空気が頬を撫でる。


 芙美はノートを開き、シャーペンを手に持つが、満月の夜の傷が疼き、集中できない。

 一ノ瀬のぞみが現れ、ブレザーを着崩したまま近づいてきた。ショートヘアが風に揺れ、すらりと長い影が威圧的だ。窓からの薄い陽光が彼女の腕に当たり、赤みが浮かんでいた。彼女はそれを隠すように袖を引いて、


「吸血鬼の痕跡を見逃すな」


と低く告げた。手袋は外しており、鋭い目が芙美を射抜く。


「夜に強い、血に反応する。それが証拠だ」


 声が重く響き、芙美の瞳が揺れる。


「どうやって分かるの?」


 と芙美が聞くと、のぞみは目を細めた。


「血の匂いに近づくと目が赤くなる。動きが速くなる。満月の夜に強さがピークになる。私の失敗を繰り返すな」


 淡々とした言葉が図書室の静寂を切り裂き、最後の一言に微かな震えが混じり、のぞみが一瞬目を伏せた。芙美は首筋の傷を触り、微かな熱を感じる。

 のぞみが、「校庭に出な」と言うと、二人は図書室を後にした。校庭では曇天が空を覆い、冷たい風が吹き抜ける。のぞみが黒い手袋をはめ、鞄から古びた布に包まれた銀製のナイフを取り出した。


「これを持っとけ。銀は吸血鬼の弱点だ。満月の夜までに使う覚悟を決めな」


 ナイフを渡され、芙美は凍える感触に震えた。「こんなの使えない」と呟き、鞄に仕舞う。のぞみが「試してみな」と鋭く言い放つと、芙美は渋々鞄から取り出し、近くの木の枝にナイフを軽く当てた。鋭い音が響き、枝がスッと切れる。


「これで刺せば終わる。満月まであと11日だ」


 星型のキーホルダーが手袋に揺れ、芙美は目を逸らす。


「覚悟がないなら死ぬよ」


と、のぞみが言い残し、校庭を去る。芙美はナイフを握り、薄暗い校庭に立ち尽くし、胸が沈んだ。


 帰り道、芙美は商店街を抜けて公園に寄った。ベンチの近くで草むらが微かに揺れ、遠くで犬の遠吠えが聞こえる。街灯の光が頼りなく、携帯を手に持つ。イルミネーションが遠くに揺れ、商店街の喧騒が微かに届く。公園の小道から足音が響き、芙美が振り返ると、小笠原廉也が現れた。紺コートを羽織り、少し長めの前髪が揺れる。


「芙美、ここにいたのか」


 笑顔が夕闇に浮かぶが、近くで野良猫が鳴き、爪痕から血が滲んでいるのに気づく。血が地面に滴り、微かな匂いが風に混じる。廉也が目を逸らし、肩が震えた。


「気にしないで」


 前髪が目を隠し、声に硬さが滲む。芙美は眉を寄せる。


「何か隠してる?」

「何もないよ」


 と笑うが、一瞬目を伏せる。すらりとした姿が微かに揺れ、柔和な顔に影が差す。


「気をつけてね」


 廉也が踵を返す。


「うん、廉也もね」


 芙美は返すが、胸がざわつく。廉也が去り、背中が闇に溶ける。芙美はベンチに座ったまま薄暗い空を見つめ、ナイフの重さが鞄に感じられた。風が冷たく吹き抜け、胸が締め付けられる。


 家に着き、部屋に戻って制服を脱いで机に座る。母が「夕飯できたよ」と呼ぶが、「すぐ行く」と返し、鞄を開いた。ナイフを手に取り、机に置く。携帯が震え、母からの「遅いよ、大丈夫?」のメールが点滅する。「ごめんね」と返信し、日記を開いた。「彼であってほしくない」とシャーペンで書き、すぐに消しゴムで消す。「でも、もし……」と書きかけ、手が止まる。「詩が浮かばない。頭が重い」と書き足した。


 商店街で彼と笑った記憶がよぎり、胸が締まる。ナイフの蒼白い光が目に映り、しばらく見つめた後、胸が沈む。窓の外で風が木々を軋ませ、曇天の闇が部屋を包む。あの夜の傷が疼き、「信じたい」と呟き、目を閉じるが、冷たい風が答えを遠ざけ、心が静まらない夜が続いた。

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