12月5日(水):25.2
次回の更新は4月9日(水)の20時です。よろしくお願いします!
教室の空気は冬休み前の緩さに満ちていた。笹山芙美はブレザーの袖を引っ張り、窓際の席に座っていた。二つ結びが肩に揺れ、細い体で、鞄から赤いマフラーの端が覗いている。窓の外では校庭が曇天に覆われ、冷たい風が木々の枝を揺らしていた。
黒板には課題の締め切りが残り、教室の喧騒が遠く感じられる。
芙美はノートを開くが、集中できず、教室の隅で携帯を手に持つ一ノ瀬のぞみに目を留まる。首筋の疼きが微かに響き、意を決して近づいた。
「のぞみって何か背負ってるよね」
声が震え、二つ結びが揺れる。のぞみは振り返り、ブレザーを着崩したまま目を細めた。
「親友が吸血鬼に殺された」
声が低く、携帯の画面を見つめる。画面には制服姿の少女と、笑うのぞみが映っていた。指で写真を強く握り、目を閉じる。
「誕生日だった。一緒に笑ってたのに、別れた直後に叫び声がした。私が見つけた時、もう血が冷たかった」
声が震え、涙が溢れる。
「私が強ければ止められた。あいつは私を置いて死んだ。私は許さない」
言葉が重く響き、のぞみの手が震えた。芙美は息を呑む。のぞみは「謝るな」と目を逸らし、席に戻る。星型のキーホルダーが鞄に揺れ、背中が遠ざかる。芙美は窓の外を見やり、校庭が薄く曇りに染まる様子を見つめた。のぞみの言葉が胸に重く響く。
体育は校庭での持久走だった。冷たい風が吹き、芙美は体操服に着替えてトラック脇に立つ。クラスメイトが走り始め、息が白く、冷たい空気が肺に刺さる。小石につまずいた子が転び、膝から血が滲む。風に血の匂いが混じる。
近くの廉也が顔を背け、前髪が汗で額に張り付く。「大丈夫?」と声が硬い。芙美は彼を見て、「まただ……」と呟く。ジャージの肩が微かに震え、目を逸らす。走り終え、ベンチで休む。芙美が近づき、
「体育の時、体調悪そうだったけど大丈夫?」
と言うと、廉也は笑顔を浮かべ、目が泳ぎながら
「そうだったかな?」
と返す。芙美は「気のせいだったかも」と首を振って目を伏せた。
昼休み、芙美はブレザーに着替えて教室に戻る。廉也はイヤホンで音楽を聴いていた。白いコードが首から垂れ、机の携帯が微かに光る。芙美は弁当箱を開くが、箸が止まる。「血が苦手……?」と内心で呟き、首筋に触れる。疼きが残り、心がざわつく。窓の外では冷たい風が木々を軋ませる。クラスメイトが「転んだ子、大丈夫かな」と話し、誰かが「血、気持ち悪いよな」と笑う。芙美は廉也の横顔を見つめ、微かな疼きが広がる。
放課後、教室が静かになると、芙美は鞄を手に立つ。のぞみはすでに廊下に出ていた。廉也が近づき、「芙美、帰る?」と笑う。「うん」と頷き、二人は校庭を歩く。
「体育の時、大丈夫だった?」
と芙美が聞くと、
「気にしないで。なんともないよ」
と廉也が笑った。夕陽が校庭を染め、二人の影が伸びる。校門で別れ、芙美は商店街に向かって歩き出す。冷たい風が吹き、廉也の笑顔に微かな影が差す。イルミネーションが点灯し、素朴な光が道を照らす。携帯を手に持つが、指が止まる。家に着くまで、遠くで犬の遠吠えが聞こえ、芙美の胸が締めつけられる。
部屋に戻り、ブレザーを脱ぐ。「変な感じ……」と呟き、彼の笑顔が頭に残る。ノートに「夜が私を隠す」と綴り、窓の外の月を見つめる。薄曇りに滲む光に、心が静まらない夜が始まった。