第二話四切 逃げ出す鬼、断末魔と外道
◇◇◇
昼休みの間になんやかんやあったが、何とか教室までたどり着いた京二郎は、目の前に広がるカオスに呆然とした。
「キャー! 外道丸くーん!」
「はぁ……美しい。完成された美は私の心を鷲掴みにする。それはまさに――」
「OH、ゲドウマル。I LOVE YOU……」
二人ほどおかしな人物が混じっている。しかも、最後の人物は肌が黒い。どこの国出身であるか。
まあ、状況は実に単純であった。外道丸という美少年に、女子達が色めき立っている。
それに対して外道丸は、表情を崩す事なく一人一人対応していた。
「一人目の方、うるさいです。少し黙って下さい。二人目の方は自重して下さい、ドン引きです。三人目、お前誰だよ」
京二郎は、的確な対応に感心しながらも、教室の奥に目を向ける。外道丸達がいるのは入り口から手前。奥には男子生徒が固まっていた。
「ラブコメじゃね? あれ、作者が嫌いなタイプのラブコメじゃね?」
「僕ね、今なら世界のルールを無視して、あのイケメンを殺害出来るよ」
「ゲドウマル、コロス」
こちらも混沌としていた。いや、女子以上にグダグダである。思わず、京二郎はツッコミを入れてしまった。
「作者とか身もふたも無い事を言うなァァァァ! 二人目の奴はもう無視の方向で! っていうか、三人目、お前誰だァァァァ!」
三人目、こちらも女子と同じく肌が黒く髪がチリチリとしていた。なぜかサングラスをかけ、タンクトップを着ている。
色々な意味でカオスな教室が収まったのは、ある教師の出現からであった。
「倉野京二郎! 外道丸! ちょっと来てもらおうか!」
聞いた事のあるハスキーな声に、京二郎は自分が入ってきた入り口とは反対側の入り口を見る。そこには、スーツを着た妙齢の美女がいた。
「あ、Φ先生」
「えぇぇぇぇ!? 何でそんなツッコミ所が多すぎてツッコミづらいボケをすんの!? ファイって入力したらこんなのが出てきたよー、あははー、みたいなノリだよね、それ!?」
「あー、意味も分からないみたい」
「みたい、って誰がだよ!」
「ほら、アレだよ。アレ的なアレ。アレを作ってる頭がアレなあの人だよ」
「もう疲れたわ!」
京二郎はファイが来た途端、水を得た魚のようにボケを繰り出した。もう立ち位置、役割が確立しているのは言うまでもない。
「とりあえず、倉野と外道丸は今すぐ来い」
気を取り直して、という風に言ったファイに、京二郎は顔をしかめる。
(バレたか……? いや、それにしても早すぎる。仮にバレたと仮定しても、このタイミングで呼び出し? ファイ先生なら復讐の為に色々と準備をするはずだ。しかも得意気な憎たらしい顔で)
ファイが自分を呼び出す理由について推理する。実は京二郎と外道丸がした事はもうバレているのだが、京二郎がその事について知っているはずもない。
罠を仕掛けられている可能性も視野に入れ、京二郎は外道丸に目配せをする。すると、目配せされた外道丸は心得たとばかりに頷き、ファイを見た。
「ファイ先生。相変わらずお美しい。今日は何の用ですか? つまらない用事なら、アノ事を言いふらしますよ」
外道丸も警戒しながら、無表情で言った。何が待っているか分からない今は、とりあえず相手の弱みにつけこむ。外道丸らしいやり方であった。
すると、意外にもファイは表情を変える事なく、つまらなさそうな顔で返事をする。
「アタシが綺麗なのは当たり前だ。つまらない用事じゃないから、早く来い」
瞬間、京二郎の脳内に危険信号が灯った。ヤバい、このまま行けば何かとてつもない事が待っている。
「外道丸! ヤバい、逃げるぞ!」
「賛成です!」
外道丸は素早い動きで京二郎のいる入り口に向かい、京二郎は振り替えって逃げようとする。しかし、大きな何かに阻まれ、それは叶わない。
大きな何かとは、人であった。京二郎よりも遥かに高い身長はおそらく二メートルに近く、厳めしい顔付きに鋭い瞳を持っている。白系の肌を健康的に焼いたような肌色をしており、髪は赤く短い。かなり特徴的な人物である。
そして、京二郎は彼が誰かを知っていた。
「あららー、風紀委員のコーク君、御機嫌麗しゅう。」
引きつった笑顔で言う京二郎に、コークは重そうな口を開いた。
「ファイ先生の呼び出しは応じろ」
「あのね、コーク君。人は流されるままに生きていても――」
「ルールは絶対。教師が呼び出せば応じる。これもルールだ。それを破るなら、風紀委員が粛正する」
「物騒だねー、頭が堅いって良く言われない?」
「む、確かに私は石頭だが……」
「先生ー、会話がどうしてもズレてしまいます」
どうしようもなくグダグダな会話に、ファイはため息をつき、コークに命令を出す。
「倉野と外道丸をただちに確保してくれ」
「了解であります」
すると、京二郎は何故か驚いた顔をし、ファイを指差し叫んだ。
「ファイ先生が……まともに教師してるぅぅぅぅぅぅ!?」
「ブッ殺すぞダメ犬がァァァァ! コーク、デッドオアアライブだ!」
とうとうぶちギレた独身教師(28)が素直な生徒に犯罪の手引きをしていた。と、京二郎は心の中で呟く。口に出さないのは、そんな余裕が無いからだ。まあ、そんな状況で、心の中で呟いている京二郎は間違いなく人格が破綻している。
ともあれ、敬愛する教師の命を受けたコークは、京二郎の頭を鷲掴みにし、握り潰さんかぎりの握力を発揮した。
「いたたたたた! 割れるぅぅぅぅぅぅ! 僕の優秀なミソがぶちまけられるぅぅぅぅぅぅ!」
本格的に危険の域に達している京二郎を見て、外道丸がため息をつきながら動き出した。
「世話のかかるご主人ですね……」
「ゲドウマルゥゥゥゥ!」
「とりあえずお前はうるさいです」
イカれた何人かをスルーし、外道丸は更に京二郎とコークまでスルーし、教室から出ていった。ちなみに、コークは京二郎に手が一杯である。
「おいィィィィィ! スルーしないでェェェェ!」
「我が身大切さにご主人を売る私の罪を許して下さい」
「だからスルーしないでェェェェ!」
外道丸は京二郎を餌に逃げる逃げる。全力疾走で廊下を走り去り、突き当たりを曲がり見えなくなった。
「え、嘘!? 冗談だよねぇぇぇぇ!? ジャパニーズジョークだよねェェェェ!?」
虚しく響く京二郎の声は廊下と教室の喧騒に消えた。残された京二郎はただただ、コークに頭を締め上げられるだけ。ニヤニヤしているファイがとてつもなく腹が立つ。
この時にはもう、京二郎はファイの奇妙な態度の理由が分かっていた。それはまた、とてつもなく腹の立つ理由。京二郎の専売特許とも言える、相手を嵌めて騙す行為……
一言で片付ければ、演技である。
必要以上の警戒心を持たれない為の演技。その演技に、京二郎と外道丸はまんまと嵌まった。
恨みのこもった視線をファイに向けると、彼女は憎たらしい笑顔をしていた。
「どうだ……ご主人様、この浅ましい奴隷を助けて下さい、そう涙ながらに言いながらアタシの靴を舐めれば許してやらん事も無いぞ」
「死に、腐れ……クソアマ」
「コーク、貴様の力はそんなものか」
「フンッ!」
ファイの言葉に、コークは更に更に力を入れて握り潰す。生々しく、吐き気のする感覚と激しい痛みに、そろそろ命の危険を感じながら、京二郎は絶叫した。
「ギャアァァァァァ!」
その声はまるで汚ならしい断末魔であったそうな。
あれ、長くね? 軽く2000文字いってるし……前に言った1000文字前後って宣言は? と思われている方があるなら、申し訳ございません。
少し理由がありまして、こんなにも長いです。ストックしている分を見直すと、これまたそこそこに長い。
まあ、普通に考えれば一部分1000文字なんて滅茶苦茶短いんですけどねぇ。