第三話一切 三十路独身彼氏募集中
複数の視線。そのどれもが敵意の感情がこもっている。いくつか例外があるのだが、そこは気にしない。
京二郎はささくれた心境で、周りを見渡した。複数の机と椅子が奥に山積みになっており、部屋の中心に自分はいる。周りには十人程の生徒が囲んでおり、出入口を確認するが出られそうもない。
はぁ、と諦めたようなため息をつき、口を開く。相手は目の前にいる教師だ。眼鏡をかけ、黒いスーツを着こなしている美人さん。
「ファイ先生さー、俺を捕まえてどうするつもり? いくら俺が好きだからって、過激過ぎないかい?」
その言葉に、ファイは鼻で笑う。馬鹿にしたような瞳は、周りの生徒とは違った。
「黙れ。今の状況が分からない程、お前も馬鹿ではないだろうが」
「ほぅ、先生が俺を評価してくれるのかい?」
「……悔しいが、倉野京二郎、お前は非常に優秀な能力を持っている。惜しむらくは人格だがな」
「能力、ねえ。先生の好きな戦闘は平均以下の成績だけどね」
「でも、ズル賢いだろう? 卓越した、人を騙す才能と人を嵌める技術は評価に値する。その頭脳を正しい事に使おうと思わなかったのか?」
いつもの態度とは明らかに違うファイに、京二郎は冷や汗を流した。
(おそらく、ファイ先生の事だから弱点は消してある。弱味はもう通用しない、と考えても良い。更に、俺を相手にするという事は準備も万端。危機的状況……)
頭の中で逃げる計画を立てていくが、どこかで挫折する。会話をした数秒だけで三つの作戦を考えたのだが、そのどれもが問題点を抱えているものばかりだ。
まずい。非常にまずい。このままではファイの思い通りになる。それは、京二郎のちっぽけ過ぎるプライドが許さなかった。
「退学にでもするか?」
それでも反撃の糸口は見つからない。ああ、最低の使い魔を恨む。あの時、彼が見捨てなければ自分はこんな場所にいなかったかもしれないのだ。
しかし、今はそんな事を考えている暇は無かった。一秒でも早く脱出の糸口だけでも見つけなければ。だから少しでも会話を引き延ばし、アクションを起こさせないようにする。
京二郎の問いに、ファイはニヤニヤとしながら答えた。
「言ったろう、能力だけは評価していると。退学にはしないさ。しない、代わりにお前には改心してもらう」
「善良な生徒に対して改心とは、頭でもイカれたかな? 三十路独身彼氏募集中のファイ先生」
「だらァァァァァ! おんどりゃャァァ! ブチ殺しちゃるゥゥゥゥ!」
キャラが崩壊するくらいの怒りっぷりだ。それもそうで、京二郎が言った『三十路』『独身』『彼氏』というのは、ファイに対しては危険なワード。余裕綽々のファイに、単体では効果が無いと判断した京二郎は合わせて使ってみたのだが、効果はてきめんだったようだ。
「落ち着いて! 一先ず落ち着け!」
「うるさい! このゲスはこの手で殺す!」
「教師の吐くセリフじゃねえよ!」
暴走モード突入! そんな状態のファイを、一人の男子生徒が押さえていた。褐色の肌、短い黒髪に鷹のように鋭い目付きが目立つ生徒。服の上からでも分かるくらいに筋肉質な体は、見るからに鍛え込まれている。
暴れる教師を押さえる生徒。学校の未来が危ぶまれる光景を見ながら、京二郎はゲラゲラと笑った。
「コロス! コイツはコロス! ハナセェェェェ!」
「おぉぉぉぉい! 目が危ないから! 瞳孔開いてるから! お前らも見てないで押さえろ!」
そこで、周りの生徒はハッとしながらファイを押さえる。ただ一人を除いては。
その生徒は闇が落ちたような黒い瞳で京二郎を冷たく見やり、低い声を発した。
「倉野京二郎。貴様は様々な悪行を繰り返してきた。今までは寛大な心で許してきたが、もう黙ってはいられない」
「誰が寛大な心ですか? 今まで追い回された俺の気持ちを考えてください」
「しかし! 貴様は今日、許されない行為をした!」
「ねえ、人の話聞いてる?」
「何の罪も無いか弱き女子生徒を襲い、それでも飽きたらず教師にまで危害を加えた! 許される事ではない!」
「誰かァァァァ! 話の通じる奴を用意してくださぁぁぁぁい! 会話のキャッチボールが出来ません!」
人の話を聞かない見かけによらず熱血男子は、更にヒートアップしていく。自分の世界に入り、暴走するファイでさえ無視ときた。
「私達は生徒会の剣だ! ルールを守り、弱きを守り、生徒達の盾となるべき存在! しかし、時には非情な心でルールを破る輩を粛清する剣となる! 今、貴様に正義の刃を突き立ててやる!」
ここまでくるとドン引きである。
「剣は良いけど、人の話を聞こうね?」
京二郎も、かなり引きながらも何とか言葉を発する。が、ここで気になる事があった。
周りを見渡し、首を傾げる。
「あれ、部長さんは?」
「部長ではない! 委員長だ!」
何故か冷たい熱血男子が訂正した。何故、部長ではなく委員長にこだわる。
京二郎が言った部長とは、生徒会執行部またの名を風紀委員のトップにいる存在である。この場には、そのトップがいない。
「その問いにはアタシが答えてやろう」
「……正気に戻ったか」
突然会話に乱入してきたファイに、心底嫌そうな顔をしながら言う。しかし、ファイは気にしないように話を始めた。
「クルスを含む数名の生徒は、外道丸の確保に出ている。捕まるのも時間の問題だな」
悪役のような笑みを浮かべて言うファイに、京二郎は呆れた非情をしながら口を開いた。
「ファイ先生、アンタは勘違いしてるよ」
「ほう、外道丸が助けに来るとでも?」
ファイの返しに、京二郎は首を横に振る。
「違う。分かってない。外道丸は放っておいても大丈夫という事さ」
「聞き捨てならないな、その言葉」
「それで良い。外道丸は使い魔って事を忘れないように。アイツは何も出来ない。ここでは、誰かに頼らなければ何も出来ない存在なんだ。今の所、それが俺って事さ。つまり、外道丸は俺がいなきゃ何も出来ない」
京二郎は話している間にも、目を細める。集中し、心中で何かを呟いた。だけど、その間にも口をスラスラと動く。
「だからさ、ファイ先生、外道丸に関しては心配無いよ。神に誓って、奴はここに来る」
「良く動く口だな。縫い合わせたくなってきた。神も信じないお前の戯れ言など聞いていられないなぁ。美しい主人と使い魔の友情物語はここで終了だ。茶番は終わりにして、本題に入ろうじゃないか」
カツカツと京二郎に歩み寄り、顔を近付ける。理知的で整った顔が目の前にあるというのに、京二郎は笑っていた。不敵で、ふてぶてしい笑い。
「良いよ。本題に入ろう。でもファイ先生、ここで質問があるんだけど」
「……言ってみろ」
「使い魔と主人の関係とは? 繋がり、契約の詳細は何?」
その質問に、ファイは怪訝な表情をした。
「何故、そんな事を聞く?」
警戒するファイは、出来るだけ表情を少なくし、口数や口調も淡々としたモノに変わっていた。
聞き返してきた彼女に、京二郎は肩を竦める。不敵な笑みは消えていない。
「別に、答えたく無いなら答えなくて良いよ」
数秒間が空いた。おそらく、答えて良いモノかどうかを考えているのだろう。そう予想し、京二郎は心の中でほくそ笑む。
(もう関係無い。もうすぐ着くかな?)
心中で呟き、ファイを見た。答えが出たのか、彼女は憮然とした表情で話し始める。
「使い魔とは、人が呼び出し使役する生物の総称。魔術を覚える上で使い魔は必ず必要となり、優秀な魔術師であるほど、優秀な使い魔が召喚される。使い魔と魔術師は契約により主従が確定する。契約方法は様々で、時には戦闘になる場合もあり、契約には危険も伴う。……これで良いのか?」
感情を殺して淡々と話したファイに、京二郎はパチパチと手を叩いた。
「教科書みたいなガチガチの回答ありがとう。だけどファイ先生、アンタは忘れてる。俺は聞いたはずだよ、使い魔と主人の繋がり、って」
その言葉を聞いたファイは、何かを考える仕草をし、突然叫び始めた。何かに気付き、焦った表情で。
「コウア! 入り口を固めろ! 誰も中に入れるな!」
コウアと呼ばれた、先程ファイを押さえていた褐色の男子生徒は、戸惑いながらも入り口に近付く。
「一体なんなんだよ……情緒不安定過ぎるだろ……突然叫び出すし暴れるし、あれ本当に教師……?」
と、ファイを貶すような言葉をグチグチと呟きながら入り口に近づき、ため息を吐く。すると、ドアの向こうに誰かがいると気付いたコウアは、自分達のボスが帰ってきたのかと思いドアを開けた。
……ファイから言われた注意も無視して。
ファイはドアの向こう見る。そこには、見覚えのある数人の生徒とこの場にいる問題児の使い魔で――
「先生、使い魔と主人は繋がってるのさ。魔力って絆でね。やろうと思えば、相手がどこにいるかも分かるし、何より声を出さずに距離が離れていても会話が出来るんだ。……勉強になったかい? ファイ先生ぇ」
ファイは悔しげな表情をし、今までの反省をする。京二郎が取った行動の一つ一つに意味があった。それに注意しなかった自分を恥じる。
京二郎はそんな様子のファイを見ながら、呆然としたまま外道丸を見ている周りの生徒達に対して高らかに叫んだ。
「無能共! 良く聞け! 風紀委員か何かは知らんが、こちらには生徒会がついている! もう一度言うぞ、生徒会は俺達に味方だ! ヒャハハハハ!」
汚ならしい、小物丸出しの悪役な笑い声は、廊下にまで響き渡った。
ご都合主義万歳な回でした。
ちなみに、ここでも超マイナーなマニアックネタを使っています。
分かる人がいたら嬉しいな。