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マミコ、退屈(二)

 この春に子どもを幼稚園に入れたことで、マミコは少しではあるが自分の時間を持てるようになった。


 だが逆に、自身を見つめる余裕ができたからこそ、心の空洞は大きくなっていく気がする。

 マミコにはポッカリと空いた時間を埋める趣味がなかった。仕事自体が趣味だったのだ。


 元々旅行が趣味だったマミコは、短大を卒業後、旅行会社に就職した。


 ツアーコンダクターとして国内はもちろん世界中を飛び回り,自在に英語を操る自分が好きだった。メイクを研究し、パリッとした制服を着て、どんなトラブルも毅然と対処する自分が好きだった。


 マミコは暮らしの狭間に思い出す。ロンドンのまとわりつくように降る雨、ニューヨークの喧騒、ニューカレドニアのビーチの潮の香、ナスカの古代人が残した巨大な芸術、雄大なガンジス川の濁りの中に見た沐浴中の人々のえも言われぬ表情……。


 ……目まぐるしく変わる環境に身を置くことが、マミコの当たり前だった。彼女にとって、非日常こそが日常であったのだ。


 ところが今の自分はどうだ。


 考えることと言えば毎日のご飯と、どうやって子どもとの膨大な時間を潰すかくらい。

 ここは自分の居場所ではない、と折につけ違和感を覚えるのだ。例えば昼下がりの公園で、午前中のスーパーの野菜売り場で、日曜のスイミングスクールのロビーで。


 無いものねだりだとわかってはいる。


 マミコはまだ若い頃、一生を仕事に捧げるつもりでいた。しかしやがて三十を目前にすると、次々と結婚を決め退職していく同期たちを見て決意が揺らぐ。


 大多数の人々が行なっている「結婚・出産」が、自分にできないはずはない! 

 プライドの高いマミコが当時付き合っていた自衛官に逆プロポーズしてまでも手に入れた生活。


 夫の転勤と共に退職し、その後すぐに子どもを授かり……あれほど渇望していた生活の中にいるのに、贅沢なことだと頭ではわかっていた。


 だが、理解するのと受け入れるのは全くの別のことで、本来ならば出発点であるはずの出産は、マミコにとってはゴールとなってしまった。子どもは一人にすると決めている。


「チャーハン、チャーハン、チャーハンがいい!」


 ハルはなおも喚いている。叫ぶうちに興奮はさらに高まり、彼自身の意志でも止められない領域に達していた。


 マミコは頭を掻きむしった。


「わかった、わかったから静かにしなさい!」


 結局根負けし、チャーハンの素と卵だけで簡単にチャーハンを作った。


 満面の笑みでチャーハンを頬張るハル前を前にしても、やっぱりマミコにはどこか虚しさがまとわりつくのだった。


 私はもうどこへも行けない、つまらないつまらないつまらないつまらない──

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