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二話.冒険は始まる

 朝陽と共に囀る小鳥の歌声が、微睡みの中から桜花を優しく引き上げる。


「…うに。朝?」


 ふかふかの柔らかい布団と、カーテンの隙間から差し込む春の陽光が心地よさを与えてくれる。布団に包まれて過ごす、起き抜けの至福の時。

 猫のように丸まる桜花は、夢の内容を思い出すこともなく、ただ穏やかに過ごした。


 惰眠を堪能した後、布団から這い出した桜花はあくびを噛み締めながら軽い足取りで階段を降りて、洗面所へ。ぼけーっと髪を梳きつつ考える。


「昨日、なにか良い夢を見ていたような?うーん…。思い出せないや」


 ダイニングへと向かうと、そこに居るのは料理をする姉の後ろ姿。桜花の表情はにぱっと笑顔になった。


「ゆき姉!おはよー!」

「おはよう。ちゃんと起きれて偉いですね、おうちゃん」


 桜花の姉、明里(あかり)紗雪(さゆき)は柔らかな表情で微笑むと、料理の手を止めてタオルで両手を拭く。振り向いた体の前面にある、白いエプロンが眩しい。

 紗雪が振り向くのを待っていた桜花が、がばっと飛び込んでくるのを柔らかく抱きとめた。


「えへへー。起きれた!パパとママはもう会社に行ったの?」


 胸元にある桜花の頭を、その髪を梳かすように優しく撫でる。撫でられる桜花は、にへへと満面の笑みだ。


「…うん。もう家を出ましたよ。お姉ちゃんと二人だと寂しいかな?」

「ううん!ゆき姉がいてくれるから寂しくないよ?」


 仲睦まじい姉妹は抱き合った後、二人並んで朝食の準備をする。桜花の役割は切ることと洗いものだ。朝のキッチンに、包丁が鳴るリズムに合わせて響く桜花の鼻歌。

 手際良く二人で朝食を作って、食卓に並べる。


「「いただきます」」


 ほかほかの白米に味噌汁、焼き魚、ほのかに甘い卵焼きとサラダ。どれも桜花と紗雪の好物だ。


「おいしい!ゆき姉のご飯は世界一だね!」

「ふふっ。おうちゃんがおいしく食べてくれるから頑張れるんだよ」

「えへへー。この卵焼きもお味噌汁も毎日食べたいくらい!」

「そう言ってもらえると嬉しいです。大丈夫、これからも毎日作りますよ」

「うんっ」


 食後には二人揃ってご馳走様と挨拶をした後、二人で家事をこなして登校の支度を始める。

 大学生の紗雪は私服に着替え、桜花は白いワンピース調の制服に袖を通した。それから桜花はいつもの通り、指輪にチェーンを通したネックレスを首にかけて、制服の内側にしまい込んだ。


 化粧台に座る桜花の背後に立った紗雪は、桜花の栗色の髪をツインテールに結ぶ。


「よし、おうちゃん今日も可愛い!」

「いつもありがとう、ゆき姉だいすき!」


 紗雪に髪を結んでもらうのは、二人の朝のルーチンだ。

 並んで仏壇の前に座り、手を合わせる。仏壇には三枚の写真。二人は静かに祈る。


「…くれは」


 口の中だけで、小さく呟く桜花。

 しばらくして足を崩した紗雪が柔らかな手つきで桜花の頭を撫でる。


「そろそろ学校に行かなきゃですね」

「うん!…ゆき姉は今日もバイトなの?」

「いいえ。今日はバイトが入ってないので、早く帰りますよ。それから、今夜のシュークリームはカスタードたっぷり苺入りにしましょうか」

「シュークリーーーム!!いちごいり!ほんと!?やったー!えへへー」


 小柄な桜花の体が、小さな衝撃と共に紗雪に抱き着いた。目を細め柔らかく微笑む紗雪。


「それじゃあ、いってきます!」

「いってらっしゃい、おうちゃん」


 互いの両手をタッチして送り出すのは明里家の恒例だ。

紗雪の見送りを受けて玄関から外へ踏み出す。春の明るい日差しの元、弾むような足取りで家を出た。


 普段通りの日常を終え、帰宅後に紗雪と過ごし、お風呂で一日の疲れを落とす。

 紗雪と二人、代わり映えのしない平和な時間であった。


 そして、夜、就寝前。ピンク色のパジャマに着替えた桜花。愛用の枕を両手で抱いている。


「ゆき姉、今日は一緒に寝てもいいかな」

「勿論。おうちゃんの頼みなら毎日だって大歓迎ですよ」

「ありがとう!えへへ、ゆき姉あったか~い」


 布団に包まると、二人の体温でじんわりと布団が温まる。全ての不安が溶けるような幸せに、桜花は安心して眠りについた。


 幸福な寝顔ですやすやと眠る桜花をゆっくりと撫でる紗雪。


「んに、お姉ちゃん…。好きー…」

「――良く眠ってるね、おうちゃん。辛いことなんて、お姉ちゃんが忘れさせてあげるから。これからも安らかでいてね。愛しているよ」


 暗い部屋の中、眠る桜花を紗雪が優しく撫でる。


△▼△▼△▼ △▼△


「ズーイッチョ!」


 可笑しな鳥の鳴き声と共に桜花が目を覚ますと、そこは木の洞の中。太ももの上では小狐の姿をした妹の紅葉(くれは)が丸まっている。外から差し込む日差しが朝を告げていた。


「おねえちゃん、おはよう!」

「――んに。くーちゃん、おはよう…」


 ぼんやりとした頭に、この世界で過ごした昨日の記憶が浮かび上がる。二日続けて同じ夢を見ているのだろうか。

 紅葉をギュッと抱きしめると、ぼんやりと頭の覚醒を待つ桜花。少し経ってから確かめるように片手で自らの頬をつねった。


「いひゃい。…夢じゃないのかなあ」

「くれはも意識はハッキリしているよ。おねえちゃんが寝ている間だけこっちに来るのかな?」


 桜花と紅葉は揃って小首を傾げて疑問符を浮かべる。


「そっかあ…。うーん。何だろうね、ここ」

「そうだねー。くれははおねえちゃんに触ってもらえて、しかもお話も出来るから少し嬉しかったり」

「くーちゃん好き!私もだよ!――でも、このままここにいてもしょうがないし、最初の街に戻る道も分からないから…むむむ。今日は探検しよ!」

「さすがおねえちゃん。前向きだ!」

「えへへー」


 照れる桜花。紅葉のくりくりとした目を見つめる。


「でも、くーちゃんはどこか行きたいところは無いの?」

「ん。おねえちゃんの行きたいところがくれはの行きたいところだよー。ついてく」

「そっかあ。ありがとう!それじゃあ、冒険に行こうか!楽しみだね!」


 方針を決めた桜花は紅葉を肩に乗せて、さっくと立ち上がる。すると、地面に落ちる一冊のノート。


「あれ。なにこれ?おねえちゃんの色だ」

「わあ。ノートだ!これ、私のノートだよ!」


 地面からノートを拾い上げる桜花。桜色のノートを抱きしめた。


「昨日、ノートって何だろうって考えてたら出てきたんだ。すごいすごい!」


 桜花はノートを抱きしめたまま小躍りする。そして、何かを閃いて動きを止めた。


「そうだ!せっかくだしノートに色々と書いちゃお!くーちゃん、いいかな?」

「うん、もちろん!」


 ノートを開くと、いつの間にか右手に持っていたお気に入りのペンを握って、さっそく書き込む桜花。さらさらとペンを進める背中を紅葉は温かい目で見守っている。


「出来たよ!」

「わ!良い感じだね、おねえちゃん!」


 紅葉に見せられたノートの表紙には、『桜ノート』の文字。下段にはしっかりと『明里桜花』と名前まで書いてある。


「うんうん!このノートに、これからの冒険をたっくさん書いていくんだぁ。楽しみ!」

「くれはもたのしみ!良ければくれはのことも沢山書いてね!」

「もちろん!任せて!えへへー」


 勢い勇んで、両手でフンスとガッツポーズをしてみせた桜花。役目を終えたノートは宙に消える。どうやら、必要に応じて消したり宙から呼び出せるようだ。


 まだ洞の中にいた二人はさっそく肩に紅葉を乗せて、するすると木から降りる。

 軽やかに着地した桜花の肩から、紅葉もぴょんと地面に降り立った。地面には、両手のひらよりも大きな葉っぱや光る小石。そして、空中にはまばらに空魚(そらうお)が泳いでいる。


「おねえちゃん、今日はどっちに向かう?」

「そだね、昨日見つけたあの一番大きな木に行きたいな。高いところから見ると何か分かるかもしれないし!」


 夜が明け、陽の光で明るくなった木々の梢の隙間からは、天を衝く弩級サイズの木が見えている。

 そのあまりの大きさに、木の頂上は見えない。


「あれに登るの?登るだけでも大変そうだけど大丈夫?」

「うへへ。勿論!だってその方がわくわくするからね!」


 二人は並んでてくてくと歩く。この先に何があるかなんて分からずとも、分からないからこそ、その進む冒険の道は心が躍る。


「おねえちゃん、そっちじゃなくてこっちだよ!…鳥さんが鳴いてる?また迷子になっちゃうよぉ」 

「わわ、ごめんね紅葉。ありがとう」


 気を抜くと興味を惹かれたものに向かおうとする桜花に、紅葉は行く先を誘導する。

 視界の全てが木ばかりな森。何度か寄り道しそうになるも、概ね真っすぐ歩いてゆく。


 小声で歌って話しつつ歩く一人と一匹。いつの間にか、太陽は高い位置にある。


 ふいに、前方からしゃがれた鳴き声が聞こえた。紅葉と顔を見合わせた桜花は、唇に人差し指の腹を当てて息をひそめる。

 こっそりと進み木の陰から覗いてみると、そこには子豚鬼が三匹。幸いなのはちょうど三匹とも後ろを向いていることだ。

 聞き取れない言語で騒いでいる三匹に、鼓動が大きくなり逸る桜花の心臓。


「おねえちゃん、ぶたさんが三匹いるよ。どうしよう…」

「…ふっふっふ〜。お姉ちゃんに任せなさい!」


 微かに震える手をきゅっと握りしめた桜花。腰に両手を当てて胸を張る。


「おねえちゃん?どうするの?」

「ふへへ。昨日紅葉に何度も魔法を見せてもらったからね。私にも使えそうなんだ!」

「見ただけで!?すごい!」

「えへへー。見ててねー?」


 木の幹から半身だけ出す桜花。右手を突き出して人差し指を立てると、白い指先に桜色の光が灯った。真剣な桜花の横顔。

 指先で宙をなぞると、なぞった跡には桜色の光が残留する。指を動かすごとに出来上がっていく光で構築された図形。

 桜花の頭よりも大きな桜色の魔法陣が、宙に描き出された。描き終わると輝きが強くなる。


「いくよ。これが私の、最初の魔法!」


 勇んだ桜花の宣言と共に魔法陣が放つ強い輝きに子豚鬼は振り返るが、致命的に遅かった。子豚鬼の足元が光り、火の粉が散る。


 ――ボン、と。爆音が鳴った。


 轟々と燃え上がる赤い火柱。上空にあった葉と枝に燃え移り、木が焼ける。あまりに大きな火炎に起こる熱波。飛び立ち逃げる付近の鳥。

 一転、ぽかんとした表情の紅葉。隣を見ると、桜花の表情も唖然としていた。


「お、おねえちゃん…?ナニコレ」

「えっとね。昨日見せてもらった火の魔法陣なんだけど、距離と大きさを変えれそうだったから、強くしてみたの」

「ど、どういうこと…?詠唱もせずに魔法出してたし…」

「あの詠唱はなんて言ってるのか分からなかったんだけど、魔力っていうのかな?なんか見えたから指先にそれを集めて、魔法陣を描いてみたのだ!…魔法使えちゃったよ!ぶいっ」


 桜花はひとまずの成功を喜んで、顔の前でピースサインを作る。

 しかし目の前の火柱は、昨日の紅葉が光源として放った火球とは到底似ても似つかぬものだ。ちょっとした火事のようになっている。


「えぇ…くれはにはそんなの見えないよー…。この魔法は、ちょっとした災害だね。あ、小さくなってきた」

「え、えへへ。やりすぎちゃった」


 気まずさを誤魔化すようにはにかむ桜花。

 徐々に、火の勢いが弱まっていく。幸運なことに水分量が豊富だったのか、焦げてはいるものの燃え広がった木も途中で鎮火した。

 火の消えた後に残ったのは、黒焦げの三つの物体。肉の焦げた臭いが鼻をつく。


「うぇっ」

「おねえちゃん、すごいねぇ…。でも、他の動物たちが来ても怖いから、早く先に行こ?」

「…うん。そうしよー」


 そそくさとその場から立ち去る桜花と紅葉。未だ燻る焼け跡を迂回して、巨木を目指す。


 そして、太陽が真上に差し掛かった頃。

 一人と一匹の前には、超弩級の巨木。天空に向かうその姿は雲を突き抜けている。

真っすぐ伸びる幹は端が見えないほどの太さで、幹から生える根は太いものだとちょっとした丘のよう。


 ただひたすらに高く大きいというそれだけで神秘的な荘厳さを感じさせる木。

 その巨大な生命力に引き寄せられるように、人と同じ大きさの蝶や、鷲よりもずっと大きな鳥が、周囲を飛び交っている。


「…かみさまみたいな木だね」

「うん。大きすぎて言葉にするのが難しいけど、神聖って感じ」


 その威容にが呑まれることしばし。


「――でも、やっと着いたね!」

「そうだね…。それにおねえちゃんの火の魔法、二回目もすごかった」

「えへへ、力の加減が難しくって」


 ここに辿り着くまでに再び出会った子豚鬼に、もう一度火の魔法を発した桜花。そこで起きたのは少しだけ規模が小さくなったものの、一回目の火炎の焼き直しだった。細かい調整が難しいようで、子豚鬼はまたしても黒焦げである。

 器用にジト目で桜花を見つめる紅葉。気まずい桜花は視線を逸らす。


「とっ、ともかくっ!なるべく高く登れるところが無いか探そう。これだけ大きいと、上から見る景色が楽しみだー!」

「もう!仕方ないなあ、おねえちゃんは」

「あ、でもその前に」


 桜花に連れ添おうとした紅葉がきょとんとして桜花を向く。


「まずはちょびっとだけお昼寝しよ!眠たくなっちゃって」

「眠たくなっちゃったの?しょうがないなあ」


 暖かな陽光の差す巨木の根元。二人は木陰に座り込み、大樹に背を預ける。しばしの間、小さく丸まって夢を見る。



 数十分後、十分に休息が取れた二人は木の外周を沿うように歩いていた。

 根を登り、降り、木の巨大さをその身で味わう。


「よいしょっ、よっと。根っこもすっごく大きいね。登るのが大変」

「これは、ひと苦労だね。ほんとに登れるところあるのかな?」

「うーん。きっとある!無いと登れないからね!」


 自信満々に宣言した桜花に、紅葉はころころと笑う。


「えー。おねえちゃん、それは理由になってないよぉ」

「あれ?そっかあ。でもきっと大丈夫だよ!」


 そんな他愛のない話をしつつも二人は、大き過ぎる根をえっちらおっちら超えていく。大変と言いつつも、二人は楽しげだ。


「わあ!あそこから中に入れそう!」


 都合三本目の根を登りきった頃。桜花が指差す先に大人のヒトも優に入れるような大きさの洞。急いで根の丘を駆け降り、近寄る。


「ほら!奥に続いてる!樹の迷宮みたいだよ!」

「すごい、ほんとに入口があった。しかも、奥も暗くなってないね。中に進んでも大丈夫そう」

 

 幹に大きく空いた穴は巨木の内部まで続いていて、誘い込むかのよう。内部では、仄かに光る木の肌。

 沸き起こる冒険の気配に桜花はうずうずが止まらない。


「よし、行こうか、紅葉!」

「ちょ、ちょっと待っておねえちゃん!」

「うん?」


 逸る気持ちで一歩を踏み出す桜花を止める紅葉。小首を傾げながら振り返る。


「あのね、木の中にいる時はどうしてもって時以外火の魔法を使わないほうが…。おねえちゃんの魔法だと火加減の調節が出来ないし、逃げ場のないところで火事になっちゃうかも」

「…んーそうだね。危ないもんね。分かったよ!」


 気を取り直して洞穴に入り込んで一歩、二歩。足の裏に伝わる大地を踏み締める感触は、でこぼこの木の肌を踏む感触へと変わる。


 不思議なことに、勾配の緩急はなだらかで歩きやすい。

 四足で歩く紅葉が足元を見つめ、そして左右をきょろきょろと観察する。


「ここ、中に入っても明るいと思ったら、壁や床が光ってるみたい」

「わあ…!ほんとだ!こうやって光ってるの、きれいだね。――あそこ!蛍みたいに光が飛んでる」


 木肌から落ちた、光る粒子が舞っている。それは、剥がれ落ちた微細な木くずだった。明るい通路に、ぽつりぽつりと舞う光。


 光源要らずのこの道をてくてくと歩いていると、その先に二又の通路あった。左右に分かれた道の先は、どちらも上向きに続く、同じくらいの広さの通路だ。

 樹の中の通路は、うねうねとカーブを描いている為、その先は見えない。


「この道、ずっと続いてそうだね!このまま頂上に行けるかな?」

「先が細くなっていくような感じも無いね。おねえちゃん、どっちに進む?」

「うーん。左に行ってみようか。呼ばれてる気がする」

「え…。呼ばれてるって、大丈夫なの?危なくない?」


 桜花の感じている感覚に、不安を覚える紅葉。しかし、それに反して自信満々な笑顔が弾ける桜花。


「うん。嫌な感じもしないから、大丈夫だよ!」

「そっかあ。勘が良いおねえちゃんの言うことだもん。だったら心配ないかな」


 紅葉の納得を得た桜花は、左の道へ進む。

 代わり映えのしない、仄かに明るい道。独りぼっちでは不安を感じるような道も、二人で歩けば楽しい冒険の道だ。

 道なりに、てってこと歩いた先。道の片隅に何やら白いものが見えてきた。


「わ。ほら、あの先!何かあるよ!」

「お、おねえちゃん待ってえー!」


 発見したものが何なのか。駆け寄る桜花を紅葉が追う。


「うん?うひゃああ!!骨だっ…」

「そ、そうだね…ヒトの骨だ」


 見つけたそれは、人骨であった。壁を背に座りこんだ体勢のまま白骨化したのだろうか。服やリュック、ポーチを身に着けたまま骨となっている。

 綺麗な状態の人骨を恐る恐る観察するも、動く気配は無い。

 しかし人骨を観察していると突如、人の声が滲み出た。


「ちゃお」

「んにゃあっ!」

「へ!?骨が喋った!!」


 なんと、声の発生源は人骨であった。反対側の壁まで後退り、壁を背に震える桜花と紅葉。

 彼女らの注目を一身に集めた人骨。骨となったそれは、動くことは無いが、その胸元から、にゅっと顔が生えた。


「ぬっふっふ!すまんすまん。驚かせてしまったのじゃ。ボクってお茶目」


 人骨の胸元から出てきた顔は、キャラメル色のセミロングヘアーをした少女。そのままにゅるにゅると身体も生やしてきた。

 黒と紫色を基調とした、全身をすっぽりと覆うローブを纏った少女。桜花よりも頭一つ分だけ高い身長。そんな彼女の身体で特徴的なのが、半透明な総身と尖った長耳だ。


「わあああああ!!エルフさんだあああー!!!」


 瞬間。尖った長耳を目にした桜花の瞳がキラキラと輝いた。片手に握っていた小剣を地面に落としたが、気に留めることもなく詰め寄る。


「エルフさん!こんにちは!すごい!!かわいい!あれ?でも透けてる?エルフさんって妖精さんだから避けてるんだね!」

「お、おねえちゃん!?そ、そんないきなり!」


 エルフを見つけて、歓喜の感情に突き動かされた桜花は、鼻息荒く両手を突き出す。

 

「ちょっとだけ!ちょっとだけお耳触らせてー!」

「良いぞ。触れるのならじゃが」

「やった!!ありがとう!あ、あれれ?」


 エルフの少女からの許しを得た瞬間、即座に長耳を触ろうとするも、その身体を手が通り抜けてしまった。

 空中で手のひらを握って開いてと繰り返すが、触ることが出来ない。


「通り抜けちゃう…。なんでぇぇ…」

「それはボクが霊体だからじゃな。ボク、死人なのじゃ」

「おねえちゃんー!暴走しちゃってるよぉ」


 長耳に触れられずしょぼんと悲しむ桜花の頭を、撫でる素振りをするエルフ。エルフ側からも触れることは出来ないようだ。

 その横で、前のめりな桜花を宥めようとする紅葉。場は混沌としていた。

 何かに気付いた桜花が再び口を開く。


「霊体?幽霊さんなの?」

「うむ。そうなのじゃ!ボクはここで命を落としたのじゃよ」

「なるほどー。幽霊さんなんだね。かわいい幽霊さんで良かったぁ!」

「はっはっは!かわいいなんて、嬉しいことを言ってくれるものじゃな」


 お互いの身体に触れることの出来ないものの、はしゃぐ二人とそれを呆れたように宥める紅葉の構図は、しばらく続いた。


△▼△▼△▼ △▼△


「ほうほう。君たちは迷子になってこの場所に辿り着いたんじゃな。何処に行く予定なのじゃ?」


 その場が落ち着いた頃、桜花と紅葉の事情を聞いたエルフの言葉だ。


「うーん。分かんない!とりあえずこの木のてっぺんまで登ってみたいな!」

「一番上まで!?そ、そうだっけ?…すみません。おねえちゃんは感覚派で。そもそもこの世界?が何なのか、くれはたちがどうしてここにいるのか何も分からないんですけど…。とにかく上を目指してみようと」

「おー!さっすがくーちゃん!そういうことだよ!」


 桜花の説明をしっかりと補足する紅葉。しっかり者の妹だ。

 エルフの少女はふむ、と顎に手を当てる。


「そうか。それなら、オーカの感覚もあながち間違えてはないの。この樹の頂上には、この世界と君たちにとって重要な鍵となる珠剣(しゅけん)という名の秘宝があるのじゃ。それに、空に近い頂上からの眺めはきっと絶景じゃよ」

珠剣(しゅけん)、ですか」

「ふむふむ。絶景かあ!わくわくするね!早く見たいな!それに、シュケンって強いのかな」

「うむ。珠剣を制する者が世界を制すと言っても良いかもしれんの」


 エルフの言葉に思慮する紅葉。桜花は待ち受ける景色を想像して、興味津々だ。

 彼女たちの様子を微笑ましげに眺めるエルフ。

 一言良し、と溢して少しだけキリッと凛々しい顔になった。


「さて、ボクのことは…ネムとでも呼んでくれ」

「ねむ?分かったよ!かわいい名前だね!」

「そうじゃろうそうじゃろう!大切な友からもらった名前じゃからな」


 名前を褒められて嬉しそうに微笑むネム。にこやかなまま二人へ話しかける。


「クレハも是非、ボクのことはネムを呼んでくれ!」

「は、はい。でも、ネムさん。どうしたんですか?」

「ぬっふふ、頂上までボクも同行することにしたのじゃ。この世界の案内は任せてくれ」

「わあ!ありがとう、ネム!」


 桜花と紅葉の案内を買って出たネム。右も左も分からない彼女たちにとっては、渡りに船な提案だ。

 桜花は再び距離を詰めて、その両手でネムの両手を握ろうとするも、再び空を切った。


「うーむ。霊体の己が悔やまれる。……と、魔性(ましょう)のお出ましのようじゃな」

「魔性?魔性って何処かで効いたような」

「おねえちゃん、猫のお姉さんが言ってたモンスターだよう」


 ネムの視線を追うと、そこには一匹の子豚鬼。片手に棍棒を持っている。本日二度も黒焦げにしたとはいえ、昨日の苦い記憶がよぎった桜花に緊張が走る。

 火の魔法は、樹の中では使えない。


「ひゃっ!また角のある豚だっ」

「うむ。あれはブタゴン。魔性の中では比較的弱い方の怪物じゃ。すまぬがボクはこの体だから、手出しすることは出来ない。オーカ、クレハ。あれを倒せるかな?」

「くれは、明るくする火の魔法しか使えなくて…!」

「大丈夫だよ、くーちゃん。私がやってみる!」


 ネムの言葉に戸惑う紅葉と、地面に落としていた小剣を慌てて拾い上がる桜花。――ジリ、と片足が地を擦る。

 相手の数が多いことを警戒してか、慎重に桜花たちを観察する子豚鬼、もといブタゴン。

 睨み合う両者。桜花の指先は冷えて、微かに震えている。

 眼前で対峙するのは昨日を含めて二度目だ。改めて近くで見るブタゴンのしわくちゃな豚顔は、醜悪で恐ろしい。


「おねえちゃん。大丈夫…?怖くない?」

「…心配しないで。私は、お姉ちゃんだからね。それに、生きる為だから」


 心配の感情を多く含んだ紅葉の声色を耳にすると、桜花の鼓動は鎮まり、手の震えが止まった。

 凪いだ心待ちになった桜花の思考に一瞬の静寂。


「てやっ」


 気の抜けた掛け声を発しながら、桜花は放たれた矢のように駆け出した。

 あっという間に縮まった彼我の距離。桜花の一閃は、棍棒を握る右手をあっさりと切り裂いた。


「ギォアアッ!」

「は、はやいっ!」


 棍棒が手からこぼれ落ち、一歩後退るブタゴンに、もう一歩踏み出す桜花。そして更に一閃。

 今度は左腕を切り裂く。どうやら、傷口から血が流れることは無いようだ。


 勢い付いた桜花の剣撃は、時折よろめきながらもまるで踊るように一閃一閃を当てて、着実にダメージを積み重ねていく。

 桜色のツインテールが動きに合わせて舞う。

 完全に怯んでしまったゴブタンは、なすすべがなく体に傷が増えていった。


「おねえちゃん!すごいすごい!がんばれー!」

「ふむ。すごいのオーカは。今までに剣術や戦闘の経験はあるのか?」

「え?いえ。無かったと思います」

「なんと…。――ふむ?クレハはオーカのことを姉と呼んでおったな。二人は姉妹なのか?」


 次々と、ブタゴンの体にダメージを蓄積させていく桜花。荒くも確かな剣筋は、剣才の片鱗を感じさせる。


「そうですよ。くれはは、おねえちゃんの妹です」


 そう答えた紅葉の声はゆるぎない。一心に桜花を見つめている。


「ふむ、そうか。――しかし、姉妹というだけでは説明が付かぬほどこの子たちの魂は…」

「なんですか?」


 小声で呟くネムへ、紅葉は視線を動かずに問う。


「うむ、それがの。いや、そろそろ決着が付きそうじゃぞ」


 紅葉とネムの見つめる先。桜花はブタゴンを切り裂いている。そして、幾度目かの剣線の後。抵抗の無くなったブタゴンは、隙だらけの状態。


「これでっ!てやあぁっ」


 最後まで気の抜けた掛け声とともに、見事に首筋を切り裂いた。更にもう一撃、と小剣を振りかぶるが、それは無駄であった。

 致命傷を受けたゴブタンは、口をパクパクと開閉したあと、後ろ向きに倒れる。

 桜花の、勝利だ。


「か、勝ったあぁぁ〜」

「おねえちゃん!すごい!すごいよ!ヒーローみたいだった!」

「え、えへへ。そうかな?」


 思わずへたり込んだ桜花の小さな身体に、更に小さな紅葉が飛び込んでくる。

 良く見ると、桜花の目は少し潤んでいた。それでも、紅葉を撫でる手つきは柔らかだ。


「素晴らしい一戦じゃ!オーカ、君は天性の才があるぞ!君ならきっと…いずれ星の高みに手が届くじゃろう」

「そ、そうなのかな?ありがとう?」


 素人とは思えない動きを見せた桜花を絶賛するネムに、はにかむ桜花。

 その手は紅葉を抱いたまま、もう片手で頭を撫でている。


「さて!時間は有限。早速上へ目指して旅立とうか。――目指すはこの樹の頂上じゃ!」


 桜花の片鱗に魅せられ、興奮さめやらぬまま喜び勇むネム。

 桜花の手を取ろうとして、やはりその手は宙を切る。触れられない手を少しだけ見つめた後、その手はそのまま進む先を指差した。


「んっと、ちょ、ちょっと待ってね!」

「おや?どうしたのじゃ?忘れ物かの?」


 不思議そうに振り返るネム。紅葉も何かあったのかと、じっと桜花を見る。フサフサの尻尾が揺れている。


「おねえちゃん?どうしたの?」

「…えへへー。腰が抜けちゃった。立てないや」


 結局、彼女たちがそこから発ったのは、桜花が落ち着きを取り戻してからであった。

 エルフだ!野生のエルフだ!(触れない)

桜花ちゃんは三姉妹の真ん中。とっても仲が良いです。

卵を使ったお菓子、シュークリームやプリンが大好物で、甘いものが好き。

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