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牛乳を点滴されるとなぜ人は死ぬのか

作者: xoo

以前、「准看護師養成所の減少がなぜ地域医療の危機になるのか?」(N7037IO)を書いた際に牛乳点滴事件に触れた。調べているうちに興味深い事実を見つけた。


◎静脈内に牛乳を注入した医療事故は1990年3月(北海道)と1994年10月(和歌山県)の少なくとも2件の死亡が報告されているが、報道によると裁判において牛乳の注入と死亡との因果関係は証明されなかった。


◎当該看護師が牛乳を点滴(注入)した件について、ヤフー知恵袋で暴れていた自称医学生がいた。


主に前者について述べる。





そもそも食品である牛乳を、なぜ点滴チューブを通して患者に注入するに至ったのか。手元の資料が見つからなかったので、私の記憶から述べる。数字などの詳細に差異や誤認がある可能性もあるが、大筋はこのとおりであったと記憶している。


北海道の医療事故においては1990年3月、准看護婦試験の受験を終え翌月から准看護婦として採用予定だった看護補助者Aに対し、当該病院に勤務する准看護師Bが「患者Cさんに投与してきて」と注射器のシリンジ(筒)に入った牛乳15ミリリットルを渡したのが発端である。患者Cは80歳代、胃癌で入院しており、胃からの出血を止めるために牛乳を投与することとなっていた。なお、鼻孔から胃までの経鼻チューブが挿入されており、これにシリンジを接続してワンショットで投与するものであった。

看護補助者Aが(意識のない)患者Cを訪れた際、経鼻チューブは挿入されていなかった。他看護婦が当日事前に抜去していたが、准看護婦B他と情報共有されていなかった。経鼻チューブからの投与は経験していた看護補助者Aであるが、経鼻チューブがないため点滴チューブの三方活栓にシリンジを接続し、10分間以上かけて極めてゆっくりと投与した。

通常の投与より時間を消費してナースステーションに戻った看護補助者Aに対し、准看護婦Bが咎め、看護補助者Aが点滴チューブから薬剤(牛乳)を投与した事実を告白したことで、本件が発覚した。

患者Cは、1ヶ月後に亡くなった。

看護補助者Aは准看護婦試験に合格していたが、当該病院を退職した。


本件において、看護補助者Aはシリンジの中身が食品である牛乳だと認識していなかったが、もしくは牛乳を点滴チューブを通して投与しても問題ないものと誤認していたかは、明らかになっていない。事故発生で錯乱し、当時の記憶が不明瞭だったとされる。

当該病院を含め、日本国内の医療機関ではこのような治療に食品である牛乳をシリンジで計量しそのまま投与することが常態化していた。このシリンジは薬剤投与用のものと同一であり、点滴チューブの三方活栓にそのまま繋ぐことができた。

また、牛乳によく似た色と形状の薬剤(脂肪乳剤のイントラリポスなど)を点滴投与することもあり、牛乳をそのまま点滴できると誤認しやすい状況であった。

看護補助者Aは点滴チューブからの薬剤投与を医療行為だと認識していた(15ミリリットルの牛乳を2秒に1滴に相当する10分間かけて投与している)が、数日後に准看護婦として採用が内定しており、その研修の一環として医療行為実施を任されたと誤認する状況があったとされる。


後日、裁判において牛乳点滴と患者死亡の因果関係は証明されなかったが、看護補助者Aは(資格がないものが医療行為を行ったことによる)傷害罪で、准看護婦Bは(看護補助者Aに対する適切な指示を与えず医療事故を招いた注意義務違反による)業務上過失致傷で、それぞれ有罪となった。患者Cの遺族に対しては、当該病院を経営する市より損害賠償が支払われ和解した。


以上、報道及びネット上に公開された情報を私の記憶から記した。より専門的な情報は、月刊ナーシング1990年7月号などを参照いただきたい。


その後。


本件は准看護婦(士)制度の抱える問題点(主に教育内容の不足や判断力思考力トレーニングの不足)の象徴として、フジテレビ黒岩キャスター(後に神奈川県知事)や国会に取り上げられたが、制度自体は変更されず、名称のみが「准看護師」と改められただけに留まった。


ハードウェアの面では、経鼻などの栄養チューブは2000年8月31日付の厚生労働省・医薬発888号通知によりコネクタ規格(口径)が変更され、点滴チューブやシリンジとの相互接続ができなくなった。これにより、日本においては流動栄養などを薬剤投与用の点滴チューブに誤接続する事故は激減した。

一方、諸外国では栄養を点滴チューブに誤接続する事故が続発した。ISO(国際標準化機構)が2013年に栄養チューブの規格(ISO 80369-3)を採択して点滴など他のチューブと相互接続できなくした。日本においてもISO規格に再変更され、旧規格品は販売が停止された(使用は出来、新旧の変換アダプターは販売されている)。


1994年、和歌山県立医科大学附属病院に入院する乳児(4ヶ月)に対し、看護婦(士)が牛乳6ミリリットルを点滴チューブから投与した。後に当該乳児は死亡したが、裁判で牛乳と死因との因果関係は認められなかった。看護婦(士)は注意義務違反により有罪となった。


その後、患者カルテがネット上に公開(流出)する事件があった。流出させた医師は、担当助教授がカルテ改ざんを指示したと告発し、世間の耳目を集めた。


本件は前述した事例①の詳細が月刊ナーシング誌などで公開された後のことである。事例①の直後は、医療看護関係者においては「准看護婦(士)の教育不足により起きたもの」「従事者が充分に注意すれば防げた」との論調であったが、本件事例②は4年経過して事例①が関係者に共有された後のことである。ヒューマンエラーが教育指導だけでは根絶出来ない以上、ハードウェアでのセーフティが必要とされ、後の医薬発888号通知と栄養チューブのコネクタ規格変更で日本国内での同種事故発生を激減させることが出来た。


余談ではあるが、

2000年2月に京都大学医学部附属病院において、入院患者(17歳女性)の人工呼吸器加湿器に看護師が蒸留水と誤ってエタノールを注入し、死亡に至らせた医療事故があった。当該看護師のみが起訴され、有罪が確定している。現在では加湿器に個別に蒸溜水を注ぐのではなく、調製済みの蒸留水パックを接続するのが基本となっている。

当該看護師はその後、関係団体の医療事故研修会の場で自らの体験を語って廻っている。





本件(事例①)を知ったとき、私は、「牛乳を点滴されたら死んでもおかしくないな」と思ったが、裁判では因果関係が認められなかった。一方では、「どういう場合に死に至るか」は誰も説明していなかった。思考実験として、「牛乳を点滴されるとなぜ人は死ぬのか」を考えてみる。



牛乳に含まれる細菌に感染する場合、血液検体から細菌が検出できれば因果関係が証明できる。

飲用乳の大部分は130度2秒の超高温瞬間殺菌で処理されており、パック内は無菌である。また、シリンジに充填する作業の際に細菌が混入する可能性があるが、通常は速やかに投与されるため、感染が成立する菌数まで増殖するとは考えにくい。


牛乳アレルギーが発症する場合、呼吸困難や他の。アレルギー症状が急激に発症する。事例①では症状に緒変なく1ヶ月生存したため、考えにくい。


pHの急激な変化がもたらされた場合、呼吸促迫や腎機能への影響などが考えられる。

血液のpH正常値は7.35〜7.45、牛乳は6.4〜6.8。大量に点滴された場合は影響が考えられるが、事例①の場合で(患者Cの体重を40Kgと仮定すると)血液量3000ミリリットルに対し牛乳15ミリリットル(0.5パーセント)、希釈するとほぼ変化ないと考える。事例②が低体重だった場合(体重4000gと仮定すると)血液量360ミリリットルに対し6ミリリットル(1.6パーセント)、pHの変化は0.1程度と推測され、これも影響は考えづらい。


浸透圧の差で溶血した場合。

血漿の浸透圧は280〜290ミリオスモル(mOsm)、牛乳の浸透圧は260ミリオスモル。わずかに低張なので赤血球が破裂溶血する可能性があるが、事例①では10分間かけて投与しているため充分に拡散し、血液全体の浸透圧は1ミリオスモル程度しか変化しない。事例②においても4ミリオスモル程度で正常値の振れに収まるため、これも影響は考えづらい。


脂肪またはたんぱく質がそのまま、または凝集して組織に塞栓を作る場合。

牛乳の脂肪球はホモジナイズ処理の後、粒径2マイクロメートル(2/1000ミリメートル)以下に調製される。イントラリポスなど脂肪乳剤の脂肪球は0.1〜0.7マイクロメートルと差があるが、赤血球は7〜8マイクロメートル、白血球の6〜30マイクロメートルよりも小さい。但し、粒径の大きな脂肪球が存在すろと肝臓に蓄積したり肺の微小血管に塞栓する場合があることが知られており、イントラリポス投与時は粒径1.2マイクロメートルのフィルタが使用される。またイントラリポスの添付文書には「他の輸液と混合しないこと」とある。カルシウム製剤やヘパリン(血液凝固阻止剤)と触れると凝固する。

血管内の牛乳が自らのカルシウムで凝固するかどうかは不明である。


牛乳のカルシウムで高カルシウム血症をきたす場合。

高カルシウム血症の症状は、消化管の不調、口の渇き、多尿、重症化すると錯乱、昏睡に至る。

手元の牛乳パックを見ると、カルシウムは牛乳200ミリリットルあたり232ミリグラムであり、牛乳15ミリリットルのカルシウムは17.4ミリグラムである。血漿内でフリーのカルシウムイオンは5ミリリットル/デシリットルとされているので(同量がアルブミン等と結合して存在する)、血液量3000ミリリットルであればカルシウムイオンが150ミリグラムであるから一時的には11.6パーセントの変動があることになる。しかし血漿内のアルブミンや血液以外の組織間液、更には体内カルシウム(総量1キログラム)の99パーセント以上を占める骨へ代謝され、実際の影響は微小であろう。


以上、牛乳を血管内に投与したことにより死亡に結びつく理由を(事例①事例②に於いては)説明できなかった。多量の場合は高カルシウム血症や低張による溶血、Aiで評価できれば肝臓への蓄積や肺の微小血管への塞栓が見つけられるかもしれない。





最後に。

2016年頃、ヤフー知恵袋で事例①について質問し(この頃はネット上でまだニュース記事や情報が得られた)、「200ミリリットルも点滴して気づかなかったなんてありえない」と暴れていた自称医学生がいた。2008年頃?に香港で牛乳300ミリリットルを点滴した事故があったようなので混同したのかもしれないが、「大学の図書館に行って文献探せば一発(所蔵してなくても他学から借りられるし文献コピーも請求できる)、なのになぜネットに頼る〇〇!」くらいの悪態をつきたくなった。



(2025年1月30日 補足)

事例①において、患者Cの死亡は事件発生当日であることを確認した(投与12時20分→死亡20時30分、月刊ナーシング1990年7月号)。また、解剖により患者の動脈内に多数の血栓の存在が確認されている(同)。ただし前述資料においては、血栓の由来(血液による血栓なのか牛乳の脂肪による塞栓なのか、等)は説明されていない。患者は高齢寝たきり、絶食であり、血管内に血栓塞栓ができやすい状態であったため、死因として脂肪塞栓の可能性が高いと考えられるが、主因であるかどうかはこれまでの情報では判断できない。判決文の精査が必要である。

絶食が長く続くなど飢餓状態にあり、体内の糖が欠乏し、脂質代謝に切り替わっている患者に急に栄養補給(糖質を主体としたもの)を行うと心不全、呼吸不全、腎不全、肝機能障害、けいれん、四肢麻痺、意識障害などを引き起こすことがあり、リフューディング症候群と呼ばれる。即時または4〜5日で発症し、死に至ることもある。そのため、高度飢餓状態後の栄養補給の際にイントラリポスなど脂肪乳剤が利用されることがある。

戦国時代、豊臣方が城攻めし、降伏した敵方に粥を振舞ったらバタバタと死んだ事件も、毒殺ではなくリフューディング症候群だったと考えられている。



先日読んだ異世界物に、(転生者が)リフューディング症候群になることをわかっていて高度飢餓状態の捕虜に食事を振る舞い、わざと死に至らしめた描写があり、胸クソが悪くなった。


確かに異世界だけど、さ。


ブックマークを外したかどうか、覚えていない。

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