#2
ノアの生誕祭記念パーティー当日。
レイディアは光の当たり方で青にも紫にも見えるドレスで入場した。このドレスはタンザナイトの瞳と同じ見え方が特徴で皇室の者は祝い事の際にこの生地を纏うことが通例だった。
陛下の挨拶の間、アレクは三年振りに近くでレイディアを横目に見ていた。ゆるく巻かれた髪にはカスミソウが散りばめられ、白磁のような肌は冷たく、何を考えているのか分からない無表情な姿だ。幼いとき、一度だけ手を引かれた時と重なる。
もう一度レイディアの方を振り向けば、タンザナイトの瞳と目が合った。溢れそうなほど大きな瞳は少し丸くなったが特にアレクに笑顔を向けるわけでも、声を掛けるわけでもなく、そのまままっすぐ前を向き直す。
普段良い噂を聞かないレイディアだが、気にする必要もないと言っているような堂々たる姿にアレクの背筋も伸びた。
やっとパーティーが開宴した。
アレクは三年前レイディアから教えられたことを噛み砕き、精進してきたつもりだ。
会う理由を作れず会えなかったが、レイディアからも連絡がないままだった。
このパーティーでは少なからず成長した自分を見て、何か言ってもらえるのではと期待していたのだがその期待は粉々に打ち砕かれた。
レイディアは陛下に挨拶したあと、すぐ近くの椅子へ腰掛けた。静かな表情は何かを待っているようにも捉えられる。
アレクも話しかけようとしたが、なぜか出来ずにいた。
嫌いではない。と言われたが、拒絶されるのが怖かったのだ。
「アレクサンドリア様」
そうこう悩んでいる内にアレクは年近い貴族令息たちに囲まれた。
それを上から見下ろすレイディア。アレクは数十人と挨拶を交わし、ダンスも踊っている。アレクの周りだけが異様にキラキラして見えた。
レイディアもアレクのように年近い令嬢たちと交流をしなければいけないが、強要も、諭すこともされず、陛下の表情は後ろの席では分からない。
陛下の隣の椅子にはノアの母、ユーナシアがまだ赤ん坊のノアを抱っこして座っている。
パーティーとして特に変化もないが、はて、今日ではなかっただろうか。
そう思った矢先、会場の窓ガラスが音を立てて割れ、それは不審者の侵入を知らせるに十分だった。
「きゃあああああ!」
男爵令嬢の叫び声を皮切りにフロアは軽いパニックとなる。色とりどりのドレス、燕尾服が蜘蛛の子のように散っていく。レイディアは一人人波を縫うよう人が逃げ惑う反対側に進んでいた。
「ユーナシアさまぁ、、、私めの女神。こんな息苦しい地獄から救い出して差し上げます。そうですよねえ!?」
侵入者はユーナシア同様の褐色肌、黒い髪をしてユレイユ語を流暢に喋っており、目は血走っていた。
血だらけで煽り見る姿は側から見てもイカれている。
ユーナシアは陛下と陛下直属の護衛騎士たちに囲まれているため危害はないだろう。レイディアの歩みはやまない。
侵入者の訳のわからない言葉に、ユーナシアは目眩と共に恐怖に怯えているようだった。
「邪魔者は私が消してしんぜましょうーーーそうすれば、貴方様の拠り所は私のみになるでしょう?」
侵入者は皇城の騎士たちに囲まれるが、華麗なる剣さばき、身体能力で何人もの騎士を倒した。
「これが帝国の騎士…弱いですねェ、まるで幼少期に教えられた丸太を斬っているような」
圧倒的な強さを見せる侵入者に会場中どよめきが広がる。
侵入者の目線はユーナシアの抱えている赤子に移った。
「あぁ、そうか。貴方様の子を王に据えるには第一皇子が要らないですね」
この時か。
勢い良く狙いを定めたかのように侵入者はアレクの元へ駆け抜ける。アレクの護衛騎士たちは成す術なく倒されていき、侵入者の鋭く血で染まった剣は振り下ろされた。
アレクは動くことができない。
今までの人生でこんなにも明らかに向けられたことのない殺気、狂気的な表情と対峙し、目を瞑るほんの一瞬、燃える赤髪が視界の端に映った。