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「姉上、おはようございます」


 落ち着いた声音、だがそれは決して優しいものではない。気怠げに声のする方を向くと、唯一私と同じタンザナイトの瞳と目が合った。光の入り方によって色が変わるこの瞳は王家の証ーー。

 サラリとかきあげた白金の髪が陽に透けて憎たらしいほど綺麗だ。まるで童話の中の王子様のような風貌の弟は私と腹違いで出来もいい。

 姉の部屋に無許可で入り込むのは中々無礼だが、私たちの仲ということで目を瞑っている。


「おはよう、アレク」

「また一緒に寝ていたのですか」


 私の挨拶から間髪入れずに怪訝(けげん)な表情で眉を(ひそ)める姿さえも絵になる弟は、大層不機嫌なご様子だ。原因はこれかもしれない。

 私のベッドの半分を独占している弟がもう一人。


「そう怒るな、まだ九つだ」


「姉上…、兄上?」


 もぞもぞと私たちの会話で起こしてしまった第二皇子は眠気まなこでこちらを見つめる。

 この子もまた腹違いで産まれた弟。名前はノア。

 私より十才 (とし)が離れており異国の血が濃く、この国では珍しい褐色肌に漆黒の髪。九つにしてはやや小柄だが、大人になれば雄々しい姿になるだろうと将来を楽しみに見据えている。


「そうやって甘やかすからつけ上がるのです」


 ぶつくさと膨れた頬に手を伸ばし、そのままこっちに倒れるように体重を掛けた。


「姉上!」


 アレクはさすが毎日勤勉に鍛えているせいか倒れる事は無かったが、ベッドに手をつき私と距離はぐんと近付いた。

 ゆらゆらと揺れるタンザナイトの瞳は紫に近くなる、きょとんとした表情に私は堪らず笑みが溢れた。


「いいではないか、私は二人とも愛してる。将来この国を担う若き皇子たち」


 ぎゅっと二人を抱きしめた。宝物のように過ごした幼少期とは裏腹に、腹違いの姉弟(きょうだい)で上手くいかなかった前世に思い耽るーーー。



***



 弟たちから冷たく向けられる瞳、私も前世…一度目の生の時はアレクやノアが嫌いだった。

 アレクの御尊顔には痛々しい傷があり、私はそれを嘲笑うような姉だった。

 異国の血の影響かノアは卓越した運動神経はあれど、勉学はからっきしだった。

 腹違いの姉弟。ましてや王位継承者同士、仲良くなんて到底無理で、幼いながら一定の距離感を、地位を、侮られないよう各々が築いていった。


 私は特に愚かだった。

 無駄なプライドだけが高く、まさに高飛車で我儘。そして姉弟の中で最も残忍な性格をしていた。


 気に入らないものは排除し、美しいものはグシャグシャにしたくなった。特に金髪は。


 私の母は男爵家の生まれだった。赤髪で平凡で能天気、少しの幸せがあれば十分といった質素な女性だった。現陛下、父との恋愛はとてもロマンティックで劇などで再現されるほどだ。

 しかし父は皇帝。母を愛して正妃に迎えたは良いものの、そんな都合よく国は成り立つものでもなかった。


 政略結婚という名で側妃が一人、また一人と召し上げられ、私の母の優しさは徐々にヒビが入り嫉妬で狂っていった。

 母は私を産んでから子が成せなくなり、それでも父は母を愛していたが皇子の存在は必要だった。母にはそれが分からなかった。


 側妃たちに危害を加え、娘の私を居ないものとして扱い、壊れていった。

 母が身を投げたのはアレクが生まれてすぐのこと。

 アレクの母を殺し、父から見放されてすぐ。父は母を殺すつもりは無かったが、愛情はもうかけらも残っていなかった。それに気付いて身を投げたのだ。


 そんな幼少期があり、後ろ盾のない赤髪の私と、美しい白金を持つどこから見ても王族に相応しいアレク。

 幼い私が憎悪の対象にするには十分だった。


 アレクは最初こそ私の後をついてきていたが、私の素っ気ない態度に気付き近寄らなくなった。


「第一皇女のレイディア様は今宵も美しいですわね」


 こんな言葉もアレクを見ていなければ出てくるお世辞だ。


「まぁ、第一皇子のアレクサンドリア様は素敵な白金の髪…まさに王子様ですわね、レイディア様も勿体無い」


 幾度となく、耳にタコができるほど言われた言葉。

 私よりアレクの方が美しく、私よりアレクの方が出来がいい。なぜ?私は真面目に頑張っているわ。母に似たこの赤髪さえ無ければ。悔しい、悔しい、悔しい。


 私の性格は、母の根底の部分をしっかり受け継いでいたようだ。


 美しい金髪のメイドが居れば、顔を焼き。

 私よりも優れた令嬢が居れば、二度と社交界に顔を出さないよう暴漢に襲わせた。


 こんな私の最期など、言わなくても分かるだろう。

 私よりしっかりした出来のいい弟たちにより悪事がバレ、帝国の平穏を脅かす不安分子として拘束。地下牢まで行けば逃げられず、皇女として過ごしてきた私にとって考えられないほど酷い扱いをされ処刑されるのだ。


 だから私は捕まった時、隠していた短剣で自分の喉を掻き切った。バレたらこうしようと思っていたように。もう誰も私に期待などしていないのなんてすぐに分かったから。

 母の気持ちが分かった。哀れな人。高貴な方に見初められ、順風満帆…いや、それ以上のシンデレラストーリーな青春時代を過ごしてきた為に、自分を、相手を許せなかった人。


 私も母と同じだ。皇女の器でなかった。

 こんなコンプレックス塊の、自分すら愛せず、他者を蹴落とすことしか出来ない。


 今死ぬのが、私の人生で一番華だろう。



 こうして私は死んだーーー



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