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第7話 辺境のまちホクキオ3 案内所

 武具露天商の言葉に素直に従って、それっぽい装備を身に纏ったまま、案内所とされる池の前まで来てみた。


 誰か釣りをしているはずと言っていたが、誰もいなかった。読めない異世界文字が刻まれた板が、近くの樹木の枝からぶら下げられているのは、『案内所』という看板や表札の類なのか、もしくは留守にしているという掲示だろうか。


 案内所というのであれば、僕という転生者に通じる言葉も一緒に書いておいてもらいたいものだ。


 しばらく待っていると、日が沈みかけた。嘘みたいに時間の流れが早く感じられたので、メニュー画面のようなものを浮かび上がらせてみると、右下に表示されていたデジタル時計の針が、どう見たって高速で動いていた。


 僕のもといた現実世界と比べて三倍、いや四倍か五倍くらい、あるいはもっと速いかもしれない。ものすごい速さで過ぎていっているように見える。いずれ慣れるのかもしれないけれど、ああ、時間が過ぎるのがはやいと、なんだか損をしているような気持ちになって焦ってしまう。


 と、僕がなすすべもなく過ぎていく時を見ていると、誰かの手が、僕の左肩を掴んだ。


「えっ」


 振り向くとそこには、貴族っぽい豪華な服を着ている二十代ほどの男がいた。


「転生者だな」


「あっ、えっと、はい。ここに案内所があると聞いて」


「では、出しなさい」


 男は背筋をのばし、ふんぞり返るような姿勢のまま、僕の前に手を差し出した。


 握手を求めているのかと思って、僕はその手を掴んだ。


「違うだろう。金だ。金を出すんだよ」


「お金っていうと……」


 僕は呟きながら、男から手を離し、メニュー画面から硬貨三枚を取り出そうとした。


 しかし、操作にもたついている間に、せっかちな貴族のお兄さんは、早口で言う。


「なんだ? ないのか? 無料案内所だとでも? なぜ見ず知らずの、しかもこの世界の住人じゃない者を無料で案内しないといけないのか。普通ではないだろう。そんなのは。


それに、こうして金銭を要求するのは、案内の一部にもなっている。文句を放たれるような筋合いは無いのだ。むしろ感謝。そう、感謝だよ。少なくとも、感謝を形で示してもらいたいのだよ。わかるかね。


だいたいだね、君のために時間を割くのに、君に感謝されないなら、ボクは転生者という人種をまたひとつ嫌いになるだろう。君のせいで全ての転生者がボクに嫌われ、案内をしてもらえなくなってしまう可能性だってある。だから出すんだ。金を」


 有料だというのはわかるが、もう少し言い方ってものがあるような気はする。最後の方なんか、やや悪質な脅しめいた言葉で責め立てられたように思う。


 現実世界ではもう許されない言葉選びだ。案内所にいる人がこの有様ってことは、この異世界は、こういう僕と波長が合わない人が多いのかもしれない。なんだか不安になってきたぞ。


「ちなみに、いくらでしょうか」


 ウィネさんが置いて行った硬貨は、銅貨、銀貨、金貨がそれぞれ一枚ずつ。これらの合計を超えてくるようだと、案内してもらえなかったり、嘘を教え込まれたりっていう展開になってしまう恐れがある。


 僕は祈ることしかできなかった。


「銅貨一枚だ」


 ホッと一息もらして、僕は銅貨一枚だけを取り出す操作をした。


 まるで手品のように、手の中に素早く鈍い赤茶色の硬貨があらわれた。


 僕は案内人を名乗る二十代の男に銅貨を渡した。


「銅貨をもってるってこたぁ、戦闘レベルやスキルについての説明は省いてもいいな」


「はあ」僕は生返事した。


「そいつは、いずれ統一通貨になる予定の、ナミー硬貨って呼ばれるものだ。それを持ってるってことは、アイテム換金をしたんだよな。このホクキオのまちには東、西、北に門があるわけだが、それぞれの門のそばに、アイテムをこのナミー硬貨に変えてくれる換金所がある」


 アイテム換金? したことない。

 換金所? 行ったことない。

 硬貨はウィネさんが僕の枕元に置いて行ったものだ。


 少しの間を置いて、案内人は続ける。


「今はまだ、ナミー硬貨を使える場所は、ホクキオだ。例外はあるがな。そういうわけだからよ、別のまちに行きたくなった時は、またココに来るんだ。初心者卒業の駆け出し冒険者ってやつに相応しいとボクが判断したら、別のまちで使えるカネに両替してやる」


「この硬貨には、どんな価値があるんですか?」


「あぁ、それなら対応表がある。これを渡しておこう」


「これは……」


 受け取ったはいいものの、読めない。異世界の文字で書かれた横書きの表だった。


「あの、これ何て書いてあるんですか?」


「右側が商品名。左側が価格だ。文字が読めねえ? 慣れろ。あるいは自動翻訳スキルでも身に着けろ――と、言いたいところだが、実は、いずれこの世界を統治することになる偉大なエリザマリー様とやらが書いた辞書がある」


「おお、辞書。紙の辞書ですよね?」


「ん? それ以外、何に書くというのか」


「電子辞書はさすがに無いよな。でも紙でも大丈夫。学校の授業で引かされたことがあります。それは、いくらですか?」


「値段か? 価値は無限大だが、転生者にはタダで配布しているぞ。『手紙屋』って店がこの丘から下りた辺りにあるんだが、行ってみるといい」


「ありがとうございます」


「その言葉を待っていた。何か聞きたいことがあったら、また来ると良い。それと、さっきも言ったが、ホクキオを出る時は、必ずここに立ち寄ることだ」


「わかりました」


 僕は丘の下に向かって歩き出した。




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