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第6話 辺境のまちホクキオ2 武器・防具屋

 カチャカチャという耳元の金属音で目覚めると、またベッドの上だった。


 さっきの目覚めと違うのは、上半身がジャージではなく、柔らかな茶色い襟付きシャツだったことだ。


 ジャージ以外にも、この異世界に来るまでに身に着けてきたものは――といっても体操服とパンツとジャージとスマホくらいだが――全て失われていた。それらを換金したと思われるコインが袋に入れられて枕元に置かれていた。さきほどの金属音は、このコインが袋の中でぶつかり合う音だったわけだ。


 袋の中には、日本語で、『この宿泊所は明日からは予約していません。翌日も泊まる場合は、手続きをしてください。ウィネ』という文字が書かれた紙が入っていた。そうは言っても、この建物には僕以外の人影はなかった。どこで手続きすればいいんだろうか。


 そのほかに袋の中を詳しくさぐってみると、金・銀・銅の硬貨が一枚ずつ出てきた。それら全てには目を閉じた女性の顔が刻まれている。


「ウィネさんの顔……じゃないな。これエリザマリーさんか」


 エリザマリーさん。この異世界をいずれ統べることになるという女性。一度彼女の前に立ったときには、ぐっすり眠っておられたから、まだ話したことさえないけれど、美しい顔立ちはしっかりと脳裏に刻まれていた。


「どのくらいの価値があるんだろう」


 ていうか、この硬貨で準備して、魔王と出会うための旅に出ろということだよな。


 足りなかったり、不慮の事故で硬貨を失った場合は、どうすればいいのだろう。ウィネさんに手紙でも送ればいいのだろうか。


 でも、この異世界での通信手段がわかったところで、ウィネさんの住所がわからないから難しそうだ。


 それに、想像するに、彼女は女王となるはずの御方のお世話をしながら、この異世界に召喚された転生者に最初に接触する役目を担っているのだろう。まだまだわからないことだらけなわけだが、僕だけが特別に彼女の手を(わずら)わせるのは控えたい。


 つまり、ここからは、ひとりってことだ。


 気楽なものだ。ひとりは慣れているからな。


「さて、そうと決まれば出掛けようか。あわよくば、そのへんで魔王でも見つけるだけ見つけて、ウィネさんを驚かせてやるのもいいか」


 そう言って、自分で自分を鼓舞してみた。


  ★


 あまり美しい街並みとは言えなかった。崩れたレンガの塀、その向こうから鋭い目が覗いていたり、剥がれた石畳に足をとられそうになったり、見上げれば屋根が崩れかかった危険なところもある。


 戦場なんてものはよく知らないけれど、戦場のような場所だなと思った。


 町の周囲は数十メートルはあろうかという褐色のレンガ壁に囲まれているため空が狭かった。


 この閉塞的なさまは、まるで僕の心のようだと感じた。


 壁で囲わなきゃいけないなんて、可哀想なまちだ。やはり戦争でもしているのだろうか。少なくとも壁の外の治安が悪いことは確かだろう。


 だけどもウィネさんの話だと僕のような転生者というやつは強靭らしいから、壁の外にいるザコ敵や盗賊くらい、大した脅威でもないのかもしれない。だって、ここホクキオは、多くの転生したての人が最初に訪れる序盤のまちだって話だからな。


 いや、それにしては看板の文字が異世界文字だけだったり、まちを案内する地図なんかも見当たらなかったり、親切さに欠けるような気がするけれども。


 それでも、露店が並ぶ街道で、なんとか武器・防具屋らしき露店を発見することができた。


 露店には、どう見ても中古ばかりが置かれていた。


 明らかに不揃いで寄せ集めの鎧、盾、靴が飾られている。

 剣、斧、槍がごちゃまぜになって、いくつかの円筒形の陶器に雑に入れられている。状態もまちまちで、武器種や価値によって分けているというよりは、長さによって分けているように見える。


「あの、すみません。ここの武器っていくらくらいするんですか?」


 僕がたずねると、店主とみられる小太りのヒゲ男が答えた。


「そりゃ武器によるなあ。状態の良いもんは高い。良くないもんは安い。見りゃわかるだろ」


 見てわからないから聞いているのだが、これは足を止める店を間違えただろうか。見たところ中古の近接武器しか置いていないようだから、別のところに行ってみようか。


 僕のような陰の者には、遠距離を保ちながらチクチク削っていくような薄暗い戦法がお似合いなのだ。


 そう考えて背をむけかけた時、店主は僕を呼びとめた。


「待ちな。おまえ、見ねえ顔だが、さては新入りの転生者だな?」


「ええ、そうです、やっぱりわかりますか」


「こういう、道の端っこの店なんかに転がってる武器の値段もわからねえってのは、お貴族さんか転生者様かってくらいのもんよ。歩き姿や仕草を見たらどう見たって普通のガキだったからな、てことは、右も左もわからねえ転生者の可能性が一番高(たけ)ぇだろ」


「いや正直、本当に何もかもわからない状態なので、色々と教えてほしいんですが」


「は? なんでぇ、案内所に行ってねえのか」


「案内所?」


「転生者がホクキオに転生したら、まずは案内所に行くってのが定番だ。なんだっけか、あの地味な女、えーっと名前が……」


「ウィネさんですか」


「そう、それだ。転生者をこのまちに転送してくる女、ウィネ。聞いた話じゃ、転生者ってのは、たいがい、その女から案内所に行くように言われるらしいぜ」


 聞いていない。僕は。そんな話。ひとことも。

 嫌われてるのだろうか。まあいいけど。


「案内所って、どこにあるんですか?」


「あっちの丘の上に、ちいせえ湧き水の池があるんだが、いつもそこで釣りをしてる男がいてな、この世界のこと、色々と教えてもらえるぞ」


 武器屋の店主が指さした先に、池は見えなかった。小高い丘と、その奥に洒落た左右対称(シンメトリー)の洋館のようなものがポツンと一軒、建っているのが見えた。


「ありがとうございました。では、案内所に行ってきます」


 僕は武器屋に背を向けようとしたのだけれど、呼び止められた。


「その前に、好きな武器とサイズの合う防具一式を選んで行け。転生者なら代金はいらねえよ。タダでくれてやる」


「えっ、そんな。いいんですか?」


「ああ。こいつはウチの店でだけやってるサービスだ。折角だからもらっとけ。んで、いつかもっと良い武器つかまえて必要なくなった時に、ウチの店のことを思い出したら返しに来い」


「えーと、つまり、この店って、転生者を助けるための……」


「別にそのために始めたわけじゃあねえけどな。商売してるうちに、何となくそういう流れができたのよ。だからだな、ここらに突っ込んである武器は、ほとんどが一度は転生者が握った武器ってこった」


「意外と、すごい武器が入ってたり……」


「可能性としてはゼロじゃあねえが、これまで聞いたことねえな、そんな話は。有名人が初心者時代に握った剣とかだったら、わりとあると思うぜ」


「やっぱり、剣を選ぶ人が多いですか?」


「おいおい、そんな他人の意見なんか気にしなさんな。直観でコレと選んだやつが、お前の相棒になる」


 そうは言っても、この店では選択肢が少なすぎる。僕の直観からすれば、ここに置いてない弓とか杖とかが僕ごときにはお似合いだと思う。かといって、この話の流れを受けて、断わる勇気など湧いてこないのだった。


「コレにします」


 僕が手に取ったのは、剣だった。


 剣の中にも色々あって、大きく太い剣もあったけれど選ばなかった。きれいな装飾が施された短剣があったけれど選ばなかった。ただただ無骨で、使い古された中くらいの剣。おそらく大量生産されたであろう薄い鉄の塊には、何の匠のワザも感じなかった。でも、これが一番、手に馴染んだ気がした。


「お、良い剣を選んだじゃあねえか。ま、ちょっと街の外で振ってみな。しっくり来なかったら交換してやる」


「ありがとうございます」


 剣士フシノの大冒険が、いま始まったのだった。


 なんてな。


 形だけ整えてはみたけれど、冒険に行く気なんか無いのであった。



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