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第5話 辺境のまちホクキオ1 ウィネさんの一撃

 ――夢?


 僕はたしかに、濁流渦巻く川岸で、毒水を受けて倒れたはずだ。しかし今、やわらかなベッドの上にいるようだ。


 夢だったとしたら、どこからどこまでが夢だったのだろう?


 目覚めたこの場所が、現実世界だったら嫌だなと思った。


 さいわい、現代っぽい雰囲気は感じられず、樹木のぬくもりに溢れたログハウス的な建物のようだった。


 ジャージの上半身を起こし、首をまわして周囲を見回すと、知っている顔があった。小豆色の地味な服を着た美しい女性だ。この異世界に来て初めて会った女性、ウィネさんだった。


 よかった。ここはちゃんと異世界だ。


「目覚めたようですね」


「ここは?」


「辺境のまちホクキオといいます。壁に囲われた安全な市街地ですが、一歩でも壁の外に出ると危険がたくさんあります。このまちには、転生者のほぼ全てが転送され、冒険の準備を整えることになるのです」


「じゃあ、なぜ僕はいきなり戦場に転送されたんだろう?」


「人手不足でしたからね」


「それにしたって、扱いがひどくないですか? 僕がどう使われたと思います? 先輩戦士の盾役ですよ? あまりにも、あからさまに、誰がどう見ても僕は肉の盾そのものでした! 冒険ファンタジーにあるまじきブラックさですよ!」


「ええ、はい。しかも、ふふっ、あやうく犬死にでしたね」


 へらへらと笑いながら、なんてことを言うんだろう。


 でも、そうだ。犬死にしたかと思ったんだけど、僕はこうして生きている。なんでだ。たしかに毒水を受けて、みるみる体力が減って行くのを見て、もう助からないと思ったのに。


「あの、ウィネさん。僕はどうやって助かったんですか?」


「そういえば毒まみれでしたね。でも安心してください。転生者は毒で体力を奪われることがあっても、毒だけでは死に至ることはありませんので」


「そういうのはさあ、ぜんぶ先に言ってほしいんですけど」


「甘えたことを言わないでください。何事も経験ですよ、フシノ」


「いきなり戦場に連れていかれて毒水で死にかけるレベルの出来事は、皆が通る道ってことですか?」


「…………」


「あの、何で答えてくれないんですか?」


「ところでフシノ。気を失った後、どうなったかを知りたくないですか?」


「深刻そうじゃないところをみると、討伐に成功したんでしょうね」


「結果だけ伝えますと、暴れていた龍はベテラン転生者が見事に鎮静化して、多くの人々が守られました」


「それはよかったですけど……僕が行く必要ありました? いったい、誰が指揮を執ってたんですか?」


「おや? 何ですかその言いざまは。こちらが悪いとでも? こちらが『質問はないか?』と馬車の中で問うた際に、『毒では死なないですか』とか『先輩に盾として使われそうになったらたらどうしたらいいですか』とか質問すれば良かったでしょう? 何でも人のせいにしようとしないでください。情けない」


「そうは言っても」


「はいはい、もういいですフシノ。過ぎたことを言っても仕方ありません。これからのことを考えましょう」


「これから?」


「先ほども言いましたように、あなたが召喚されたのは新たに生まれた魔王を討伐するためです。魔王が誕生した瞬間に、あなたも召喚されたのですから、討伐しないと魔王が増え続けていってしまいます。


魔王は、山に籠もることもあれば、我々の生活の現場に融け込んでくる場合もあります。いずれにせよ、あなたと引かれ合う運命の魔王を見つけてください。話はそれからです」


「すでに出会っている可能性とかあります?」


「可能性は低いですが、無くはないですね」


「あなたが魔王じゃないんですか?」


「ほう……いや、なるほどですね。いい度胸です。では、本当は心優しい私ですが、その全く面白くもない冗談に乗っかってみましょうか」


「え?」


「もしも魔王だったとしたらどうするか、という行動をこれから行いますね。覚悟してください」


「ちょ、ちょっと。ウィネさん?」


「いきますよ?」


 彼女が力を込めて拳を握ると、小さかった右の拳が巨大化していく


 見上げるほどの高さ。天井に触れるほどに広げられた手は、僕が寝ているベッドよりも大きかった。


「いや、あの……僕、怪我して、毒くらってて、今目覚めたばっかりで……」


「安心してください。あなたは転生者ですから、この程度では死にはしません」


「待って。ちょっと待って! あっ――」


 振り下ろされた巨大な手のひらに叩き潰されて、またまた僕は気を失っていく。


 転生者であろうと、強い攻撃を受ければ、それなりの痛みを感じるようだ。


「魔王と会うことができたら、また会いに来てください。私も暇ではありませんが、マリーノーツの宮殿で待っていますので」


 薄れゆく意識の中、ウィネさんの優しい声が響いてきた。




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