第3話 魔王討伐の運命
小豆色の服を身に纏った大人の女性ウィネさんは、腕組みをして、僕よりも一段だけ高い位置に立った。権力を誇示したいようだ。
「というわけでエリザマリー様が夢の中にいる間、私が全権を任されています。そこでフシノには、さっそく戦いに赴いてもらいます」
「ウィネさん、ちょっと待ってください。説明が足りないのでは?」
「なんです。何かありますか?」
「さっきから何かと急ぎたがってますけど、その理由は何です? 言えない感じのことなんですか?」
「少し長くなるので、後にしませんか? 詳しくは、移動しながら話しましょう。
僕は腕を掴まれた。
★
逃げられないようにだろうか、腕を掴まれたまま、馬車に乗せられた。
隣にウィネさんがいて、彼女は窓の外を眺めながら口を開いた。
「あなたの力が必要なのです」
腕を掴む力が、すこし強まった気がした。
「僕に何をさせるつもりなんですか?」
「人それぞれ適性がありますが、転生してきた者は、とにかく魔王を倒すことが義務です」
「義務……。重たい言葉ですね」
「そうです。責任を果たしてください」
逃げたい気持ちもあった。だって、不安でしょうがない。でも、腕を掴まれたまま逃げられない状況が、僕はどこか嬉しかった。きっと、誰かに必要とされたかった。
「でもウィネさん。具体的には、僕はどんなことをすればいいんですか?」
「わかりません」
「は?」
「詳しい戦況は、行ってみないとわかりません。とにかく敵と戦ってもらうことは確かです」
「何と戦うんですか?」
「おそらく、龍とかになりますね」
「龍? それ序盤で戦うべきやつですか? おそろしく強いんじゃ? いきなりで大丈夫なやつですか?」
「ノーコメントです」
やばそうな雰囲気しかない。
「そもそも、どうやって戦うんですか?」
「さあ。何とも、わかりません」
「は?」
「どういったスキルが向いているのかは、人それぞれ違います。あなたはまだスキルを持たないので、戦いの中でレベルアップし、自分に合うスキルを見つけられたらラッキーですね」
ラッキーですね、って何を軽々しく言ってるんだろうこの人は。
これまでの発言から考えるに、演技指導や稽古も一切なしに、いきなり舞台に立たせるつもりのようだ。絶対にろくなことにはならないだろうに。
それほどまでに事態が切迫しているということなのだろうけど、いきなり戦えとか言われて心や体が動くほど僕は陽の者ではない。
小学生時代だったら「うおーッ、すげーじゃん!」などと叫びながら喜んで受け入れたかもしれないが、中学三年間と高校の一年間を過ごして、すっかり陰の者になったからな。
隣のクラスにいた僕の幼馴染の女の子ほどではないけれど、今ではクラスの陰の者ランキングでは他を寄せ付けずにトップを独走するくらいだ。
自分で言ってて悲しくなってきたけれど、とにかく、目の前のウィネさんという人の言いなりになるしかないようだった。
「フシノ、不安そうなので一つ言っておきます」
「何ですか?」
「フシノのような転生者は、この世界で暮らす一般人よりも圧倒的に強靭な力をもっています。自信をもってください」
「たとえば、それは龍に殴られたり噛み砕かれたりしても死なないってことですか?」
「んー、ノーコメントです」
あっ、それは死ぬんですね。
「ではフシノ。そろそろあなたを転送したいのですが、戦いの前に、何か聞いておきたいことはありますか? わからないことがあれば、気軽にきいてください」
「何もかもわからないのですが。とりあえず整理すると、僕は転生者として魔王と戦わなくてはいけないってことですね。ところが、これから戦うのは、魔王でも何でもなく、龍だろうと」
「そうですね」
「おかしくないですか?」
ウィネさんは言葉を返さなかった。
そこからしばらく互いに無言で、馬の走る音や車輪が回る音が車中を満たしていた。
やがて、もう質問がないと判断したのだろう。ウィネさんは虚空に手をかざした。
「では、無事を祈ります」
「ちょっと――」
待ってください、と言う間もなく、僕の目の前に黒い渦があらわれた。すさまじい力で吸い込まれ、さまざまな黒色がうごめくトンネルを抜けると、そこは泥水が飛び回る川岸だった。
大きな岩がごろごろと転がっていて、浅い谷を見下ろすと、濁った泥水が溢れそうになりながら流れている。
まったく、ひどい話だ。