#BFF
『春は出会いと別れの季節』とかどこかの誰かが言っていたが、今の私はまさにその通りだと思ってる。あの日のことをずっと忘れられない。忘れたくもない。高校生最後の卒業式の終わりで私が独りで行ったのは友人のところでもなく、思い出の詰まった教室でも部室でもない。階段をほんの少しの期待を込めて登り続けて、たどり着いたのは屋上。重たいドアを開けて目に飛び込んできたのはただ単純に何処までも広がる澄んだ青空と、緑色のフェンスだけだった。目線を下にやると、少し先にいつか、誰かが置いた花束。この季節らしい暖色が中心の明るい印象を植え付けられる。
「先輩、私、卒業したんですよ?早くないですか?」彼がいるはずもないのに花束に語りかけている。誰かに見られていたらヤバいな。
でも、少しぐらい聞いて欲しかった。
あの日みたいに笑って欲しかった。
桜が散ってもまだ暖かい気温が続く高校一年生の春、辛かった受験勉強を乗り越え、華やかな青春への第一歩を踏み出した入学式……から数十日たって何とか小中学校とは違う通学方法や交友関係になれてきた頃。私、倉田 聖歌は校舎内で絶賛、迷子になっていた。可笑しい…………私は職員室に行きたかったのに。そしたら、目的の先生は部活の顧問をしていると言ってその部室を目指していたら迷子だ。化学準備室は一体何処に?そもそもまだ生物室すらも案内されてない一年生にこれは酷じゃないだろうか。こんなことになるなら微熱程度で休まなきゃ良かった。お陰で前回の授業で配られたプリントを貰いに行かないといけない羽目に……せめて机の中に入れといて欲しいな、なんて考えながらもう何週目かもわからない程に校舎を歩き回る。あと行ってないのは……心当たりがあるのは今、目の前にある階段を上がって上の階だ。この上は何があったけ?ここが最上階だったような、そうじゃないような?まぁ、取り敢えず行ってみようかな。あまり乗り気ではないが、仕方なく階段を上る。上った先にあったのは一つのドア。どうやら先程まで居た階が教室などがある最上階だったらしい。ここは言わば屋上と言ったところだろうか。そういえば、こういう所は大体鍵が掛かってたり、入れないことを示すフェンスみたいな物があったりするけど、この高校はないらしい。何でだろう?
出来心とでも言うのか、魔が差したとでも言うのかこの学校の屋上がどのような構造のものなのか無性に気になってきた。誰も見てないし……ていうか見られても特に問題はないはずだし、少し立て付けが悪いドアを音を鳴らしながら開けてみる。あまり開ける人が居ないのか所々錆び付いてたりしてた。
目線に飛び込んできたのは、黄昏時の空と緑色の高めのフェンス。そして、何処か虚ろな目で遠くを見ているうちの高校の制服を着た男子生徒が一名。かなり立て付けが悪かったけど、人がちゃんといるんだなぁ、と思ってると私に気付いたのか彼と目があった。余程人がここに来るのが珍しいのか目を見開いて数秒間ただ私の方を見つめていた。
……………………いい加減気まずくなってきた。上履きの色から先輩かな。あ、先輩に場所を聞いたら良いんだ。ちょっと気まずいけど声を掛けてみることにする。
「あ、あの?」
「え?」私を見た時より声を掛けた今の方が驚いてるし、何なら鳩が豆鉄砲喰らったような顔してる。
まるで幽霊にでも出会ったみたいな反応。
「……私の顔に何かついてます?」
「え?あ……いや、ごめん。ちょっと驚いただけ。えっと……何の用かな?」徐々に冷静になってきたのか先輩は優しい口調で尋ねてきた。
「あ、化学準備室って何処ですかね?ちょっと迷っちゃって」
「1年生?なら仕方ないよ。あそこ複雑だもん」
「はい、1年A組、倉田 聖歌です。先輩は3年生ですか?」
「名前とクラスまでは聞いてないけど……あ、うん……3年、だよ」
「名前聞いても良いですか?」
「あー…亜随 涼。」
「へぇ、珍しい苗字で」
「そっちこそ。せいかって何て漢字書くの?」
「聖なる歌って書いて聖歌ですよ」
「珍しくなさそうで結構珍しくない?あー、それで、化学準備室だっけ?」
「そうです。てか、先輩もりょうって漢字教えて下さいよ」
「え?涼しいって漢字だよ。」
「へぇ……で、化学準備室、場所知ってるんですか?」
「知ってる。化学室はわかる?」
「そこは授業で行ったので……」
「あーそこ、扉あるでしょ黒板の左側。」
「はい…………まさか!」
「そのまさか。その扉の先が化学準備室。」一気に全身の力が抜けてくる。私の努力は一体何の為に?
「私…………学校中探したのに」
「あー……その、ドンマイ?……まぁ、良い運動になったってことで!」
「あはは……そういうことにしておきます。それじゃあ、私は……」
「?どうしたの?早く行かないとじゃないの?」迷ったけど、気になった疑問をぶつけることにする。
「先輩、いつからそこにいたんですか?」
「え」私がここに来た時点で扉はかなり錆び付いていて立て付けが悪かった。一度開いてるなら少しくらい開けやすくなってるものだろうけど。いや、元からかなり酷い立て付けだったのかもしれないけど。でも、屋上はそもそも立ち入り禁止のはずだし、私だって本来はこんな所来てない。もし立ち入り可能だったら屋上で昼食を食べる生徒も多いだろう。それなりに話題になってるはずだ。
「…………知ってどうするの?」
「……いや、気になっただけですよ。ていうか、先輩部活とか委員会は?」
「…………入ってないよ」
「友達は?」
「そーいうの聞くの性格悪いと思う」
「すみません」
「別に気にしてませんよ」ちょっと踏み込みすぎた、と思って一応謝っておくけど、先輩は特に気を悪くした様子は無いようで安心した。
「で、いい加減行かないと、そろそろ下校時刻でしょ?」屋上から見えるグラウンドにある時計を見てみると本当に下校時刻一歩手前だった。危ない……
「ホントだ。じゃあ、教えてくれて有り難うございます!涼先輩!」
「いきなり名前呼びかぁ……」
「私の名前、珍しいって言ってくれたので」
「あ、そう……じゃあ、バイバイ、聖歌」それなりに微笑んで手を振ってくれた。手を振りかえして扉を開けて、屋上を出て早速化学室に向かうことにする。この先輩、少し面白いな。他の人とは違った魅力がある。顔が普通の人より良いのかな?基準がよく分からない。明日もいるかな?なんて考えながら階段を駆け下りる。
あれ、あの先輩はいつ帰るんだろう?
家に帰ってからはや数時間。あの先輩は一体何者なんだろう、という興味が湧いてきた。スマホでネットを見てても頭から離れない。
考えて、わかった。
やっぱり、あの先輩の事が知りたい。
「こんにちは!先輩!」
「……どうしたの?また迷った?」翌日、もしかしたら屋上に居るかも、と思って来てみたら本当に居た。そしてそこから数日、放課後や昼休みに通って少し親睦を深められた。
「違いますよ。今日も先輩に会いに来ました。」
「また?物好きだね」
「はい、何か興味沸いてきました」
「何かって何…………何もすること無いよ?」
「じゃあ、私の質問に答えて下さいね?」
「はいはい」そこから、私は趣味、好きな食べ物、特技、苦手なこと等を聞いていった。まぁ、あんまり面白くない回答が多かったけど。
「じゃあ、兄弟とか居ます?」
「…………居ないなぁ」
「あ、一人っ子ですか?私もです」
「あ、そう」特に興味なさげに返す。
「次は……あ、何か他に面白い先輩いませんか?」
「面白い?」
「あ、ほら先輩の同級生とか!」
「…………居ないね」
「嘘!絶対居るって!ほら、3年生の先輩達個性強そうだし!漫画とかでありがちの!」
「何その偏見……思い当たらないね。僕、基本1人だし」
「あー、じゃあ、私の事ウザいですか?」
「え?いや、それは違うけどさ?」勢い良く否定されて少しびっくりしたけど結構嬉しかった。
「先輩、今日一緒に帰りません?食べ歩きとかしてみたいんです!」
「あー、遠慮しとく。用事あるから」
「あ、本当ですか?じゃあ、この時間まで大丈夫ですか?」
「あ、それは大丈夫そっちこそ、予定とか無いの?昨日、友達と遊ぶとか言ってたじゃん」
「え………………あ!ヤバっ!すみません、教えてくれて有り難うございます!じゃあ、私はこれで!」完全に忘れてた。先輩が教えてくれなかったら終わりだったと思う。急いで支度をして屋上を走り去る。先輩は呆然とした様子で手を振っていた。
さっき少しだけ聞こえた「無理だよ……だって僕は」っていうのは私の幻聴ということにしておく。
「ごめん!お待たせ!」
「遅いよー何してたの?忘れてた?」友達と駅で待ち合わせして歩いていく。
「うん……いやごめん」
「冗談。別にいいけど、よく間に合ったね。メッセージ貰ったけどもう少し遅れるかと思った」
「あー、学校にいたから」
「学校?部活とか?」
「あ、いや最近仲良くなった先輩と話してた。」
「え?誰?誰?」興味津々に聞いてきた。
「あー、屋上によくいる先輩、知らない?」かなりの頻度で屋上にいるから多分噂になってるのかなと思いながら聞いてみる。
「え?屋上って入れたの?」真顔で言われる。
「あ、まぁ普通はね。でも、鍵とか掛かってなかったし……」
「え?あの噂知らない?」
「噂?」急に怪談話をしているみたいな空気になる。
「昔……10年くらい前、あそこで飛び降り自殺した男子生徒が至って話。だから、あそこフェンスがめっちゃ高いでしょ?工事されたってことだよ。」
「へぇ…………何年生なの?」
「えぇっと……3年生だったはず」私の中で嫌な仮説が脳裏駆け巡る。まさか……ね?
「名前は?」
「え?えっと……確か、あから始まったような?私も先生から聞いた話だからわかんないな」
「誰先生?」
「え?あ、ほら、化学の」
「あぁ……」覚束ない返事しか出来なかった。あの先生か。確か、明日プリントを用意してくれるという話だった。その時に聞いてみよう。
まさか、本当にそんな訳無いけど。
「失礼します」
「お、悪いな。わざわざ来て貰って」翌日の放課後、私は化学室に来ていた。白衣を着た化学の教科担任は私を見るなり机の上に散らばってるかなりの枚数の文字が並んでいるプリントのうち、数枚を取って渡してくる。
「じゃあ、お疲れ様。」
「…………」
「……?帰らねぇの?」ちょっと迷ったけど、やっぱり気になるし、聞いてみる。
「屋上って、立ち入りいいんでしたっけ?」話の入り方がよく分からなかったから取り敢えず遠回りに話を切り開いていく。
「……普通はダメだな」
「鍵、掛かってませんでしたよ?」実は、昨日に噂で聞いていた。この先生がたまに屋上に出入りするのを何人か見かける人が居るのだ。
「……ま、偶に外の空気が吸いたくなるだけだ」
「……じゃあ、あの噂知っていますか?」
「噂?」
「10年くらい前、屋上で飛び降り自殺した生徒がいるって噂。先生、確か……この学校の卒業生でしたよね?」これは初回の授業で言っていたことだ。ちょうど、10年前、この学校を卒業したと。だったら同い年のはず。
頼むから、違うって言って欲しい。
「………………さぁな」はぐらかされた。じゃあ、もう少し踏み込んだ質問をしてみる。
「じゃあ、いつも屋上にいる3年生の先輩、知ってますか?」
「は?」目を見開いてめっちゃ驚かれた。
「え?屋上よく行ってるなら知ってると思ったんですけど……」
「……名前は?」
「……亜随先輩って人ですよ?」
「……!……知らないな……さて、そろそろ帰れ」一瞬、目を見開いていて驚いてることはわかった。でも、またはぐらかされた。
「……わかりました」これ以上は無駄だと思ったから大人しく引き下がることにする。
え?まさか、本当に?
また嫌な予感が脳裏を駆け巡る。
このままじゃ、拉致が開かない。一度、鞄にプリント数枚を閉まって深呼吸して、覚悟を決めてから今日も、彼の元へ向かった。
「……こんにちは」
「あぁ、今日は来ないと思ってた。どうしたの?」屋上の扉がいつもより重く感じたのは気のせいだと信じたい。
「先輩、聞きたいこと、あるんですけど」
「何?もう散々話したじゃん」
「先輩って、生きてるんですか?」
「え?」自分でも可笑しい質問をしている自覚はあるし、困らせてるって分かってる。でも、嘘なら笑って冗談って分かってくれるはず。なのに
何で笑ってくれないの?
何でそんなに驚いてるの?
「え?本当、何ですか?」
「何で?何でそれを?」珍しく焦ってる。普段ならからかってるけど、今はそんな状況じゃない
「噂で聞いて……まさかとは思ってたんですけど……」
「…………もう、無理か。そうだよ。僕がずっとここに居る噂の幽霊。」
「……本当に居たんですね。私、今まであまりそういうの信じてこなかったので。」
「まぁ、普通の子はそうでしょ……」
「?てことは、先輩って未練があったってこと?何ですか?」
「未練……あったんだけどね、ほぼ忘れた。」思わずずっこけそうになる。忘れちゃ意味ないって!
「あ、でもこれは覚えてる」
「何です?」
「寂しかった、1人でも、誰でもいいから見つけて欲しかった」
「………………」先輩の話を黙って聞くことしか出来なかった。
「だからさ、ありがとね。見つけてくれて」そう声が聞こえた瞬間、私は先輩の事が見えなくなった。
これが冒頭部分に繋がるのだが、私はあのあとも定期的にここに来てあの姿を探していた。多分、もう姿を現してはくれないのだと思う。
今も、これからも