襲撃
ブランがセリナに看病され始めて3日後の夜。
「ん、ぅぁ?」
高い天井、城や屋敷のような豪華で目が痛くなるような装飾では無い、木材の柔らかさがと天窓から入る月の光が優しく彩る天井が目を覚ましたブランの見た景色。
「ぅ、私、は」
起きた直後のまだ働いていない頭で状況を整理し始めるブラン。
「ここは?どこ.......ぃつっ」
見た事の無い景色に戸惑いながら身体を起こすと鈍い痛みが走り、顔を歪めてしまう。
「ブラン?」
「あ、えっと、セリナ、さん?」
そしてそのタイミングで風呂上がりのセリナがリビングへとやって来て、気を失う前に助けてくれた恩人の名前をたどたどしく呼ぶブラン。
「よかったぁぁ〜、3日も目を覚まさないから心配したよぉ」
へにゃりと笑うセリナの姿を見て本当に自分を心配してくれていたのだと分かり、その無条件の優しさを不思議に思ってしまう。
「お腹空いた?食欲はある?どうするお肉とか食べれそ?それとも柔らかい物が良い?」
「あ、えと、うぅ」
乱雑に拭いた髪からにはまだ水分が残っており、湯上りの頬は赤らんで、月の光に照らされながら微笑む姿は女神のようで思わず見惚れてしまうブラン。
「とりあえずお水飲もっか、はいどーぞ」
「ぁ、はい、ありがと、ございます?」
でも女神と呼ぶには少しお節介というか、押しが強いのだが。
「.......おいしい」
「でっしょ〜?僕特性の果実水、この村で結構人気なんだぞ〜?」
ブランが目を覚まして一安心したのだろう、かなり嬉しそうに笑うセリナの笑顔はブランが見たどんな笑顔よりも輝いて見え、何故か分からないが直視出来なくなったブランは俯きながらコップに残った果実水を飲む。
「んぐっ!?けほっ!?」
「わーわー!そんなに慌てて飲まないでもまだまだあるから!」
トントンと噎せるブランの背中を叩きながら呆れながらも嬉しそうに笑うセリナ。
「す、すみませ」
「良いって気にしないで、でも3日も寝込んで居たんだからいきなり物を食べたり飲んだりしたら危ないから、ね?」
「はい、すみません......」
「たから、気にしないで良いってば」
空になったコップに果実水を注いで1度テーブルに置いたセリナはその後自分の額をブランの額に当てる。
「あ、あにょ、なにを」
「んー?熱計ってる.....うん、微熱くらい?治るまでもう少しかな?あんまり起き上がっていたり、歩き回ったらダメだよ?」
「は、はい」
こういった無自覚な行動と整った容姿が人をたらしこむと未だに気付かないセリナ。
「それじゃ、ちょっと待ってて、今お粥温めてくるから」
何かを言う暇も無く、セリナのペースに流されるままのブラン。
(身体が治ったら、私はどうすれば)
そもそもこの村の事も知らないし、盗みと騎士、後は奴隷くらいしか生き方を知らないブランはセリナの看病が終わってしまえばどうすれば良いのか分からず戸惑ってしまう。
「はいお待たせ〜」
そんな事いざ知れず、暑すぎず冷たくない程度の温かさ、解した細かい魚の身や薬味のネギが散りばめられたお粥が入った小さな土鍋と頭に小さなお椀とレンゲと箸が乗ったお盆、右肘に柔らかく煮込んだ鶏肉、左肘に漬物を乗せて持って来たセリナ。
「貴女は、曲芸師なのですか?」
「違うよ〜、長年生きてると色々効率的になるのさ」
それを人は面倒臭がりと呼ぶのである。
「全部食べきれなくても良いからね〜、はいどーぞ」
そしてニコニコとお皿やお椀に料理を盛って差し出す姿はおばあちゃんである。
「は、はい」
流されるがまま、押されるがままにお椀を受け取りレンゲで救ったお粥を口に入れようとしたその時。
「ブラン、1つ忘れてるよ」
「えっ、と、なんでしょうか?」
「いただきます、って最初に挨拶するの、なんでするか分かる?」
セリナがブランの事を微笑みながら1つの質問をした。
「いえ、わかりません、その、食事の前に挨拶などあるのですか?」
「うん、ご飯を食べる前に、いただきます、って言って手を合わせるの、そうやって今日ご飯を食べれる事や食材に感謝を込めるの」
今でこそ安定して食材が取れるし、村で備蓄している食料もあるから飢餓で苦しみながら死ぬ人は居ないが、数百年前に起こった不作と天災が重なった時の餓死していったり免疫力が落ちて病死していった子供達の事をセリナは今でも憶えている。
「そのような習慣が」
「うん、ご飯をお腹いっぱい食べられる事は当たり前の事じゃない、ってブランなら知ってるか、でもこの当たり前に感謝する事を忘れたらダメなんだよ」
どれだけ頑張っても1人では限界がある、食料を調達して村に帰る度に増えていた墓や亡骸、後少し早ければ助かったのにという言葉、泣きながら感謝し子供達に食事を与える親達、自分がどれだけ強くなった所で救える命には限りがあった。
だからセリナは今、薬草摘みという仕事をして、他の役目を村の冒険者や傭兵達に任せて自分達で生き延びる術や覚悟を学んで貰えるようにしている。
「まぁ最初は慣れないかもしれないけどね」
「いえ、その.....いただき、ます」
「どうぞ、召し上がれ」
初めて食べるお粥の味は優しくて、そしてしっかりと旨みがご飯に染み込んでいる。
「っ!美味しい」
「凄いでしょ、この味、村の皆も知ってるんだよ、風邪を引いたからって面倒見たりした子ども達がこれだけは食べてくれたんだ」
本当にこの村の事が好きなのだろう、心底嬉しそうに笑うセリナに自分とは真逆の存在だと悟るブラン。
セリナは周りの人間に目を向けて手を差し伸べる事が出来るが、ブランは自分の事で精一杯、他人に向ける情も慈愛も持ち合わせていない。
「凄い、ですねセリナさんは」
「さんはいらない、セリナで良いよ、珍しい同じ種族なんだしさ、これから一緒に住む仲なんだから遠慮しないでよ、あっそれとこのお肉結構柔らかく煮込んだから食べやすいと思うよ」
誰もが最初からそんな風に接する事が出来る訳では無いし、自分はこの口調が当たり前だから誰かを呼び捨てにした事なんて無いのだが、と困惑しているブランに話題転換と食事を同時に進めるセリナ。
「まっ、直ぐに呼んでって言うのは難しいだろうけど、ボクとしては気軽に呼んでくれたら嬉しい、か、ふぁぁ」
「えと、夜、ですし、眠いのでは」
「ん?ん〜、そうだねぇ、ブランが目を覚まして安心したのかなぁ、流石に3日も徹夜してたら眠くなっちゃうや」
寝ている間に体調が急変して、起きたら取り返しがつかない事になっていた、なんて絶対に嫌だと自分が面倒見る病人は容態が安定するまで絶対に寝ないセリナだが、目が覚めて熱もある程度下がり、受け答えもしっかりしているブランを見て安心して一気に眠くなったのか欠伸が漏れてしまう。
「えと、その、私は盗みとか、しないので、休んでください?」
「ん、ん〜、だいじょぶだよ〜、ブランがご飯食べてお薬飲んだら寝るからね〜」
「でも、その、凄く眠そうなのですが」
「ん〜、まぁ最近規則正しい生活してたからなぁ」
元々泥棒で生きて来た自分が言っても説得力が無いかと思ったブランだが、ウトウトと頭が揺れているセリナはブランの事を信頼しきっている感じで、普通素性も知らない者を家に招いた挙句無防備に寝るとは警戒心が足りてないのではないかと不安になるブラン。
「では、その、薬を、貰えますか?」
「うんわかったー」
ブランの言葉に頷いたセリナは何故かキッチンの方へと向かい、奥にある縦に長い長方形の箱?のような物を開ける。
これはいわゆる冷蔵庫、と言っても電力の無いこの世界だと魔石と呼ばれる魔力を込めると魔法が使える石を冷蔵庫の奥に入れて冷やすだけなのだが。
因みにこの魔石、何度も使えるのでそこそこ値段は張るのだがセリナのコツコツと貯金を貯めたり村の人達から貰うお裾分け等で生活してたらいつの間にか余裕で買える程度にはなっていた。
「ブラン〜、苺とみかんと桃、どれが好き〜?」
「え、と、その食べた事、無いです......」
「あ〜、おっけー、じゃあ桃にしよっか」
そしてセリナから果物を選ぶようにと言われてデザートを求めていた訳では無いのだがと疑問に思うブラン。
しかし実際には中に薬を混ぜて砂糖や果汁で味付けしたセリナ特製の赤子から老人まで誰でも薬が飲める優れもの、『セリナ印の誰でも飲めるくん(セリナ命名)』の味を聞いていただけだ。
「その、デザートまでいただくのは、申し訳ないのですが」
「ん?違うよこれがお薬、子供でも嫌がらないように作ってあるから美味しいよ〜」
本当に誰かの為になる事や助けられる事が嬉しいのだろう、一切邪な感情が篭っていない、明るい笑顔が眩しい。
「......!おいしい、です、本当に薬、なのですか?」
「そうだよー、子供って苦いの嫌いじゃん?それで薬飲めなくて困ったり、無理矢理飲もうとして余計身体に負担掛けちゃったりするでしょ?だから色々試行錯誤して出来たのがこの飲ませ方何だけどさ、いつの間にか子供だけじゃなくて大人もこの飲み方?食べ方?になっちゃったんだよ」
それでも、ブランが食べているのは薬と言うより始めて食べるデザートに感じて、本当にこんな贅沢して良いのかと不安になってしまう。
「くっくっくっ、明日は苺にするかい?それともみかん?メロンもあるよ」
「何故そんな悪い顔なのですか」
「そして明日になったらまた手当てもするしご飯も食べて貰うよ」
「あの、何故そんな悪そうな声で」
「柔らかい布団が良いかい?暖かいシチューも作るよ」
あっという間にゼリーを食べ終えたブランに両手を顔の横でワキワキと動かしながらニヤニヤと悪そうな顔をしてるセリナ。
「っと、冗談はここまでにして、ブランも寝なよボクも食器を下げたら寝るからさ」
「あの、でしたら私は床で」
「ベッドでね、ソファもあるし布団もあるから気にしないでベッドで寝なよ、そのベッド、村で1番凄い布団屋さんが作ってくれた良いのだからさ」
「あの、でも」
「残念ながらこの家ではボクの命令は絶対なんですー、にしし」
食器は夜が明けて目が覚めてから洗うのだろう、キッチンに置いて残ってるお粥や鳥の煮物を冷蔵庫に仕舞ってソファに寝転がるセリナ。
「明日ボクが起きなかったら起こしてねー、それでも起きなかったら冷蔵庫にさっきのお粥や煮物あるから温めて食べ、あっ、動くの大変だよね、冷蔵庫に出汁.....ちょっと茶色い水が入ってるから、それをお粥にかけて食べて、起きたらちゃんとしたご飯作るから、それとトイレはそこのドア開けて、正面のドア開けたらあるし紙もちゃんとあるから安心して、それから顔洗いたくなったらそっちに洗面所あるから、でもまだ熱あるし傷も沢山あるんだからお風呂はダメだよ?汗で気持ち悪いのはもう少し我慢してね?それと喉が乾いたらテーブルに置いてる果実水飲んでいいし冷蔵庫に桃とかリンゴとか貼ってある水の入った容器は何でも飲んで良いから、それと起きたばっかりだけど夜更かしはダメだし、当たり前だけど君は病人だから勝手に家の外に行くのもダメ、もし迷子になったら大変だからね?わかった?」
「あ、はい、わかり、ました?」
「よろしい、それじゃおやすみー」
相当疲れが溜まっていたのだろう言う事だけ言って直ぐに寝てしまうセリナ。
「......」
そして寝起きで、食事も済ませたブランは1人天窓の奥にある三日月を眺める。
薬も料理も作れない、そもそも他人の家だから何をして良いのか分からない、洗濯は城に住んでいる使用人がやっていたし家事なんてした事ない、でも寝る事は出来ずにいる。
つまり、ブランは産まれて初めて、平穏で穏やかな時間に暇という物を感じていた。
「貴女が目を覚ましたら、また知らない事を教えてくれるのですか?」
起き上がっていると目眩がしたので、ベッドに寝ながら何もしなくて良い、不安や恐怖に脅かされない時間に戸惑ってしまう。
でも、そんな時間は長くは続かなかった。
セリナが眠ってから数時間経ち、朝日が登り始めた頃。
突如、大きな爆発音に飛び起きたブラン。
「っ!?この、角笛は」
そしてその後鳴り響いた角笛。
これはヒュラマイトの騎士団が集合と開戦の合図に使う角笛で、この吹き方は騎士達に集合の合図を送る吹き方だった。
だがここは全く別の土地。
「........っ」
つまり、自分を追ってこの村までやってきたのだろう。
セリナが大好きなこの村に。
「......ありがとう、ございました」
まだ目眩に襲われるし、寒気もする、でもセリナとの僅かな時間で生きて来て良かったと心から思えた。
これが幸せという感情なのだと、そう理解して、この村にはセリナが与えた沢山の幸せがある事も分かった。
だから、自分のせいで会った事も無いがそれでもセリナが大好きなこの村の人達が傷付くなんて、そんな事絶対に起こしてはいけない。
これでもブランだって元は騎士団の中でも上澄みである近衛騎士に選ばれる程の実力者、戦闘に関してはかなり頭が回り、ふらつく身体を無理矢理鞭を打って動かし、家を出て爆発音が鳴り響く方へとスキルを使って駆け抜ける。
自分なんかを拾ったせいでこの村が滅びる、そんな事させてはならない、例え自分が奴隷になったとしても。
自分が逃げたから、それであの心優しい人の大好きな物が傷付けられる、そんな事が起きるくらいなら喜んでこの身を差し出し、どんな屈辱も受け入れる、そんな覚悟で覚束無い足で走る。
奴隷になった者がどんな扱いを受けるか知っている、人権なんて無いような扱いに心が壊れた者だって知っている、それでも覚悟は出来ていると自分に言い聞かせて。
ご読了ありがとうございました!
書いていてブランのセリナへの感情が重いような当たり前のような複雑な気持ちです。
それとセリナは自分が思っている数倍は皆に好かれてる事に気付けば良いし、よくよく考えたら400年も女として生きてたら女に染まるなと思って大分ボクっ娘ぽくなりました笑




