平穏に迫る影
「......そうですか、私の命令は彼女を生きて私の元へと連れて来る事ですそれが出来ていないなら貴方に用はありません、下がりなさい」
「ぎ、御意!それから新しい近衛騎士なのですが」
「命令の1つも守れないような騎士に、私の命は預けられないわ、私は下がりなさいと言ったのよ」
ヒュラマイト王城、王女の間。
跪いているのはブランを追いかけていた兵士長、その兵士長に背を向けて窓から外を眺めているのはブランが仕えていた相手、ヒュラマイト王国第一王女、『シャルロット・ライト』。
「.....ごめんなさい、『シーラ』」
王族とはいえまだ16歳の少女、目の前で自分を守る為に騎士が殺され、しかもその騎士団の中で自分と似たような歳で、幼い頃に路地裏で拾った、1番信頼していたエルフの女騎士、シーラが自分の事を殺そうとしていたと伝えられ部屋に引き篭ってしまった。
だが、曲がりなりにも一国の王女、将来国を背負う人間として育てられたシャルロットは立ち直ると同時に、あのシーラが自分を裏切ったのなら何故あの場で自分を殺さなかったのか不自然な事に気付いた、と言う事は誰か別の人物が裏で手を引いている、そしてあの場で唯一生き残り無罪だった男を調べるとシーラが無罪だという証拠が集まった。
「あの崖から下はもうヒュラマイトではなく、オーラルの領土、そして1番近い人里はカラナシ村、あの村には......」
数百年前に起きた侵略作戦、魔族の国である『オーマ』との戦争の最中、どちらの国もカラナシ村を制圧して侵略の拠点に使う為に起きた侵略作戦。
勿論、オーマの軍団も同じ事を考えており、両軍はカラナシ村で激突し、一夜にして両軍壊滅、その後オーマとヒュラマイトに災厄が降り注ぎ両国共に戦争を止めなければならない程被害が大きかったと言い伝えられている。
それ以来、あの村に行くと嵐に襲われ生きて帰って来れない、あの村には悪魔が住み着いており見つかると種族を根絶やしにされる等の言い伝えが今でも根付いている。
だがここ百年はそんな事起きておらず、今では信じられていない御伽のような扱いになっている。
「私が拾わない方が、貴女は幸せだったの......?」
1人、窓の外の景色を眺めて嘆くシャルロットの青い瞳からは1粒の涙が流れ、今日もまた自らの弱さと不甲斐なさに涙を流してしまう。
「くそ、私はもっと上に行けるのだ、それなのにエルフの小娘如きに......!」
そしてシャルロットに報告をしていた兵士長は王城の廊下で歯を食いしばり固く拳を握りしめて怒りを露わにしていた。
第一王女の近衛騎士、その立場は将来1番女王の近衛騎士になれる可能性が高く、その地位は国で1番の騎士の名誉を得られる。
この国の騎士なら誰もがその地位と富、名誉を手に入れる為に目指し、1度手に入れると一族の末裔まで安寧だと言われる程で、例え一般家庭の出身だとしても上級貴族として認められる程。
「あら、随分憤っているわね」
「っ!?い、いえっ!これは」
「いいわよ、今の私はオフ、王女として貴方に話しかけている訳じゃないわ」
そんな兵士長の前に現れたのは第二王女である、『アン・ライト』。
歳不相応な露出の多い色気のある服装、ゆったりと、それでいて妖艶さを含んだ話し方。
部下に冷たい態度のシャルロットとは真逆に、例え任務に失敗したとしても報酬や昇格等を行う事から騎士団の間では次期女王はアンの方が良いと噂されている。
その反面、アンの管理する領地は税が高く、騎士の数が多い為表向きは平穏なのだが裏では様々な取引が行われている。
その最たる例が奴隷オークション。
「まさかエルフの罪人1人に逃げられるなんてね」
「も、もうしわ」
「良いわ、まだ見失って時間経っていないのでしょう?例え五体不満足でも死体でもエルフだと『需要』があるの」
エルフはその容姿故に非常に需要が高く、不老とも呼べる体質を研究し不老不死の薬を作ろうとしている研究者すら居る。
「言いたい事は分かるわね?腐る前に」
「は、はいっ!しかし私1人では」
「勿論、これは正式な命令として扱いなさい、第一王女を殺そうとしたエルフを野放しにしたらまた暗殺される可能性があるから『心優しい第二王女』が直々に命令を下したのだから、勿論『収穫』次第では部隊丸ごと昇格、なんて事も有り得るわね?」
高値で売れる商品を捕ってこい、と言っているアン。
その言葉に拒否権はなく、もしも断れば一生底辺騎士として生きていかねばならなくなる。
「承知!」
だが、逆にアンの意向に従っていたら甘い汁を啜れる。
半年前の事件でシャルロットの派閥は壊滅的な打撃を受けており、アンの派閥の兵力は更に大きくなっている、その事を知っている者達はアンが次期女王として君臨する可能性が高いと感じている。
そして来年はアンがシャルロットと同じ儀式を受ける、その際にシャルロットよりもスムーズに儀式を終えたらアンの地位は確実になるだろう。
今までシャルロットが女王になれると信じて従ってきた騎士達にとって、半年前の事件は大きく、アンの派閥に乗り移れるチャンスを逃す筈も無い。
「期待してるわ、未来の近衛騎士様」
人を動かす、という事に関してはアンはずば抜けて才能が高く、甘い汁をチラつかせ、餌を与えて旨みを教え、力では無く利害と報酬で従わせていく能力を見定めてアンに付く貴族も多い。
対してシャルロットは聡明で知恵に優れており、政治や軍に詳しいが、旨みが少ない為あまり支持は高くない。
「机の上でしか得られない物しか無い人に民衆がついていく筈がないでしょうに......く、ふふっ」
恵まれた立場、優れた知能と回転の早い頭脳、何より歳不相応の大人びた雰囲気と容姿。
その全てを文字通り余す事なく使い、貴族とのパイプを作り、騎士達を従わせ、自分に従う者には甘い汁を啜らせる。
この国を乗っ取る、その為なら自分の身体すら使うその姿はまるで闇から獲物を仕留めるヘビのような、人間の生き汚さや醜さを詰め込んだ少女はまた1つ自分の手駒が増え、地位が固くなった事に機嫌良さそうに鼻唄を歌いながら王城を歩く。
後数年もすればこの城も、国も、自らの思うがままになると浮き足立っているアン。
自らの身に災厄が降り注ぐとは誰も知らずに。
そんな駆け引きが行われていた頃のカラナシ村にあるセリナの家では。
「.......え、えぇ〜.....」
顔を真っ赤にして気絶したサラを地面に敷いた布団に寝かせて、ベットで寝ているブランの体調を見ていた。
セリナは自分の容姿が優れている、美少女であると言う事は当然、元男だから理解している。
しかし、自分が無自覚に人をたらしこみ、男女問わず惚れさせているとは気付いていない。
しかも同性から好かれてる、性の対象として見られてるなんて村に嵐が襲ってきて雷が降り注ぐ事よりも少ないだろうと思っているから、急に倒れたサラの体調も心配になったのだがとりあえず問題なさそうだし、季節の変わり目で体調を崩したのかもしれないからと思って栄養剤、もといポーションを後で調合しようと思った。
「仕方ない、リビングに運びますか」
とりあえず寝室に運んだが、この季節は2階に熱が籠るし汗を掻くと身体が冷えて症状が悪化してしまう。
だから風通しの良く、日当たりも良いリビングに2人を運ぶ事にしたセリナ。
そもそも薬の調合だってリビングの方がやりやすいし、食事を作る時だって見守りやすい方が良い、という事は分かっていたが処置の時にはやはり寝室を使う事が多いし、タオルや布団があるのは寝室だし、仕方ない事だとベッドを持ち上げる。
「あ、リビングの窓外しとけばよか.....あ、そうだ」
何年か前にベッドごとリビングと寝室を行き来出来るように家を改築したのが役に立つと思い、部屋の大きなドアを足で開けて吹き抜けになっている2階の廊下から飛び降りる。
「うん♪やっぱり改築して正解だったね♪」
改築というか増築というか、もはや新築したレベルで数年前に家を改造した事がようやく役に立って満足気なセリナだが、普通に考えて2階から寝ている人が居るベッドを持って飛び降りるなんて誰も思いつかない。
「独りだと広くて掃除とか大変だけど、こういう時は広い家の方が良いよね〜」
リビング、キッチン、浴室に脱衣室、そして寝室と地下の薬の調合兼保管室。
1人で住んでいるにしては贅沢な物件だし、結局1人で住んでいるんだからあまり広くても寂しいだけだからと今まで家を広くしてこなかったが、村の皆に言われて、というより半ば無理矢理、増改新築されたのだが。
おかげで2階には大きなバルコニーや地下室も増築され、家の外には蔵まで作られた。
おかげでこの数年快適に過ごせるようになった一方、広くなった家に1人で居ると寂しさを感じてしまい、しかしエルフ故の長命のせいで結局皆自分より早く死んでしまい、世代が変わっても変わらず村の皆が優しくしてくれる事が嬉しい反面、誰と接していても別れの事を思ってしまうようになった。
「っとと、今はそんなセンチメンタルになってる時間じゃないって」
それはそれとして見た目は小柄な少女がセミダブル程のベッドを持ち上げている光景はどう見てもおかしいのだが。
「ん、ぅぅ」
「あ〜、ごめんねブラン、揺らさないようにしたんだけど起きちゃった?」
「んぅ......」
「......そんな事もなかった、かな?さてと次はサラちゃんだな〜」
再び寝室へと戻り布団でサラを簀巻きにして飛び降りるセリナ。
「ふぅ、さてとこれで良しっと」
リビングのど真ん中に無造作に置かれたベッドと布団はせっかくお洒落な内装を台無しにしているが、セリナは気にする事なくテーブルに薬の材料やビンを並べていく。
「今日は徹夜かなぁ、でも早くお薬作ってあげないとブランの体調がまた悪くなるかもしれないし」
問題はどんな薬を作るか。
効果を突き詰めると苦味が強すぎて飲めない、なんて事だってある、ましてブランの身体は衰弱状態、もし万が一嘔吐でもさせてしまえばブランに辛い思いをさせてただでさえ磨り減っている精神を更に削るだけでなく、身体にも負担を掛けてしまう。
かと言って苦味を中和させる為に甘みを足したら逆に変な味になるだろう。
そうなるとどうやって飲ませるのか、その答えはセリナの前世で得ていた。
「まさか前世の知識がこんな所で役に立つなんてね」
早い話、おくすり○めたね、というやつである。
もうあまり覚えていないが、この世界に来て数年経った頃、村で息子が、薬が嫌で困ると当時の八百屋のおばちゃんが嘆いていた時にゼリー等で包んだりすれば苦味を感じずに飲めるのでは無いかと提案した所、一気に村中に広がって今日まで伝えられた技術の1つになった。
「......どうせこの後まだまだ汗は掻くしお風呂は後でいいや」
問題は、ブラン程酷い症状だとかなり強力な薬を作らなければならないので、それ相応の時間と手間がかかる事。
それと同時に先ずは今のブランでも食べられる食事を作っておかねばならない事。
「薬はさっき飲ませたばっかりだし、先ずはご飯の用意からだね」
発熱した事を考えると食欲はあまり無いかもしれないし、ブランの身体の事を考えると、胃に負担のかからないものでかつ、栄養バランスの良いものにしなければならない。
特にブランの身体は痩せこけており、ただ栄養を取れば良いと言う訳でもない、だからこそセリナが選んだのは。
「まぁなんやかんや言っても熱の時はお粥派なんだよね、ボク、普通に食べても美味しいから沢山作ってボクも食べよっと」
お粥だった。
「たっしか〜♪カイオウダイの切り身を冷凍してた筈だっから〜♪茹〜でて解して〜♪出〜汁はこ〜んぶ〜玉子多めで塩味に〜♪」
此処は異世界、スマホもインターネットもテレビすらない。
そんな世界でギャンブルにもハマらず、酒も飲まないセリナの数少ない娯楽の1つが食事だった。
「どうせならあら汁もつ〜くろっ♪お魚なら〜♪柔らかくして食べれるもんね〜♪」
冷凍されていた魚の骨や頭等を塩水に漬けて解凍しながらお湯を沸かし、魚の下処理をしながら出汁を取る。
この400年、自炊を続けたセリナの腕はそこらのレストランや酒場に負けないくらい上がっていた。
そして食事を楽しむ内に料理そのものも楽しくなり、鼻唄を歌いながら調理する事が習慣になっていた。
「あ〜、サラちゃんもお粥で良いかな?それとも暑いし冷やし茶漬け?でもなぁ、まだそこまで夏って感じじゃないしなぁ」
もう既に夕方、割と涼しくなって来た時間であり、さっきまで汗を掻いていたセリナも今はすっかり汗が止まっていた。
それはそれとしてシャツが身体に張り付いて透けているし、正直不快感を感じたのでお湯が湧かない内に、さっと部屋へ戻り、下着とシャツを脱ぎ捨てて新しいシャツを着て直ぐにキッチンに戻る。
正直、無防備極まりない格好なのだが、セリナ的には何時もこんな感じで家の中で生活している為特に気にしていないのだ。
久しぶりに誰かの為に腕を振るう事に無意識に舞い上がっていたセリナだった。
ご読了ありがとうございました!
そろそろセリナの実力を描けそうな展開に持っていけそう!
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