カラナシ村
「あ、あの、私1人で歩けるのですが」
「いやいやいやいや、裸足の女の子を歩かせる訳ないでしょ」
ブランが一通り泣いた後、村へ帰る為にセリナはブランを背負って歩いていた。
背負られたブランに薬草や山菜が沢山入った籠を背負って貰い、川沿いを歩くセリナはこの世界に転生してきた時の事を思い出す。
調子に乗る訳ではないが、あの頃よりずっと強くなった、色んな困難だって乗り越えて来た、自慢じゃないが並みの軍隊相手に負ける程弱くないつもりだ。
痩せ細った女の子1人背負って歩くくらい何ともない、それにこれだけ弱っているし森の中を行くよりも川沿いに歩いていった方が直ぐに水が確保出来る分対処しやすい。
「取り敢えず、ボクの家に行こっか、傷も酷いし流石に痩せ過ぎだからね、そんな状態でこれだけ傷だらけなんだ、傷口から入ったバイ菌に負けて病気になっちゃうだろうし、しばらくはボクがお世話してあげる」
「......ありがとう、ございます」
至れり尽くせり、ブランが感じた事の無い無償の善意。
自分を拾った王女は物静かで、冷たい性格、自分と話している時も淡々としていて、訓練の成果はどうだ、近衛騎士になれそうか、そんな話ばかりだった。
近衛騎士となった後は、王族としての試練を終えたら精霊、最低でも妖精と契約して貰い、自分の右腕として働きなさいと言われ、スキルを持って産まれたエルフは珍しく、精霊と契約したエルフの戦闘能力に加えて戦闘向けのスキルという貴重な戦力を傍に置く事で自分の地位を固め、国のトップ、女王の座を手に入れようとしたのだろう、とセリナの背中で揺れているブランは考える。
最低限の働きはした、王女を街まで守り届けたのだ、それなのにこうして冤罪を被せられたという事は結局自分は駒の1つでしか無かったのだろう、とあの拷問を受けていた牢屋の中で王女に対する信頼も、敬愛も失くしてしまった。
「大丈夫?一応痛み止めの薬とかはまだあるけど、飲む?」
「あ、いえ、大丈夫、です」
「......そっか、ボクの家に着いたらちょっと染みるかもしれないけど、身体を洗って、ちゃんとした薬を塗って手当てするけど、今の君は身体が弱ってる時に傷だらけになったんだ、熱が出たり病気になってもおかしくない、少しでもおかしい、辛いと思ったら言うんだよ」
「わかり、ました」
せめて王女を守って死ぬのならそっちの方が楽だったかもしれない、その方が自分を拾ってくれた王女の為に死んだと言い訳にして楽だったかもしれない。
そもそも身体の調子がおかしいとは何だろう、辛い事なんて今まで沢山あった、今更傷が痛かったり、頭が働かなかったり、身体が重い事なんて慣れているのだが、それ以上の事なのだろうか。
グルグルと回る思考の中、セリナの背中から伝わる温もりに、胸の中から暖まるような感覚に今まで味わった事のないナニかを感じて、胸が締め付けられるような感覚でも感じた事の無い感情に戸惑ってしまう。
決して痛くないのに、胸が締め付けられるような感覚、この感覚が嫌いになれなくて、むしろ心地好くてついセリナにしがみついている手に力が入ってしまう。
「ん?どうしたの?」
「あ、いえ、その、すみません、えっと」
「ふふっ、怒ってないってばっ、大丈夫だよ、もうすぐ村に着くからそうしたらギルドに寄って薬草とか売って、君の登録も済ませたら家に帰れるから」
「登録、ですか?」
揺られながらもセリナに気になった事を問いかけるブラン。
「そっ、登録、ボクの住んでる村は結構君みたいに他の国から来る人が多いんだ、それでギルドが街の管理もしてるって感じ」
「それは、良いような、でも国としては、どうなのですか?例えばスパイの可能性だって」
「まぁそうだけどさ~、ぶっちゃけ辺境の村、しかも他の国と違って小さいしさ、潰したかったら正面から来るんじゃないかなぁ?」
「それはそれで、何だか、不安なのですが」
じゃあ何でそんな小さな国が成立してるのかと気になるブラン。
「もしかして、セリナさんの、住んでいる、国とは」
「ん?『オーレル』だよ、その端っこにある『カラナシ村』がボクの住んでる村の名前」
「言いにくい、のですが、噂では、その、無法者達が、集まると」
「あははっ、全然、そんな事ないただの平和な村だよ~」
ケラケラ笑うセリナを見て、此処まで悪意の無い笑顔という物をどれだけの人が浮かべる事が出来るだろうか、と考えてしまうブラン。
「ねぇ、ブラン本当は体調悪いんでしょ」
「何を、言って?、それに、私は」
「さっきから、息づかいが荒くなってる、それに声色も違う、目眩がしたり吐き気があったりするんじゃないの?」
村まで後少し、30分も歩けば帰れるといった所でブランの体調不良を見過ごせなくなったセリナ。
しかし、返ってきた答えは。
「その、めまい?、とは、なんでしょう?」
「あー、そっか、おっけー大体わかった」
「え?あの、私、何か、悪い事を?」
この見た目になるまで目眩という単語を知らない事があるだろうか、幾ら国が違って立場が違うと言っても限度があるだろう、それにあの村にはヒュラマイト、ブランと同じ国で育ち亡命して来た人と過去に何人も接したり助けたりした中で、常識内の単語については知っていた事は分かっている。
だからだろう、セリナの想像以上にブランの過去は凄惨で、つい声色が低く怒気の混じった声になってしまい、セリナの声がいきなり冷たくなったブランは命を助けて貰いこんなに明るいセリナを自分が怒らせてしまったと勘違いしてしまう。
「すみません、私が、迷惑で、邪魔なら、置い」
「大丈夫だよ、迷惑なんて思ってたらそもそも君の事を助けない、同じエルフだって事もあるけど、ボクは君を助けたんだボクが許すまで君はボクと一緒に生活させるし、君が望むならずっと一緒にいる、温かいお風呂だってさっきより美味しいご飯だってある生活で君に幸せって言葉を教えてあげる」
そんなブランの言葉を遮り、一転して反論もさせないような優しく暖かい声でブランに話しかけるセリナ。
「さっきのは気にしないで良いよ、ちょっと向こうの国を半壊しようとしただけだから」
その声は先程と同じ、いやそれ以上に優しかった。
「ひとりぼっちは、寂しいからね」
「あの?なにか」
「ううん、なんでもない!ただの独り言だよ」
でも、その後にほぼ密着しているブランにすら聞こえない程小さく呟いたセリナの声は、またブランが聞いた事の無い、怒っている時のように怖くも無く、笑っている時のように明るくも無く、ブランはまた困惑してしまうのだが。
「あ、え?」
「それと、先に謝っておくけど事情が変わったから急ぐよ」
「えと、これ、は?」
そんな事はお構い無し、今のやり取り、独り言を忘れて貰うように反論させずブランを一度地面に降ろして、籠だけを背負った後、ブランを横抱きに、お姫様抱っこで抱き抱えるセリナは綺麗なハンカチをブランに差し出す。
「これ噛んでて、それから目を瞑ってて、それから1分って言って分かる?60秒の事」
「あ、はい、え?」
「おっけーおっけー、それじゃ、ちゃんと目を瞑って、凄い風とか感じるだろうけどね」
「あの、そんな綺麗なハンカんぐっ!?」
こんな綺麗なハンカチは貴族のような身分の良い人しか使っている所を見た事が無く、ブランは戸惑ってしまうのだが、セリナが無理矢理ブランの口にハンカチを突っ込み、優しく瞼を閉ざさせる。
そしてそのまま決して大きいとは言えないが女性的な柔らかさは充分にあるセリナの胸に抱き寄せられたブランは初めて感じる人の柔らかさと鼓動に安心感を抱く、のだが。
(!?!?!?んっ!っ!?」
「舌噛んじゃうから大人しくする!」
さっきの言葉は何処へ言ったのか、ブランが幸福感を知る前に駆け出したセリナに注意され目を固く閉じて、恐怖から身を守るように身体全体を縮ませるように丸くなる。
風を切る速度、と言う事はブラン自身が持つスキルの関係上何度もあるし、速度、瞬発力に関してはかなりあると分かっていたブランなのだが、自分で走る時とは違い、他人に身を任せて身体も弱っている状況はかなり恐怖を感じてしまい、何時ものように身を丸くしてしまう。
セリナはブランに伝えて無かったが、出発してすぐブランの体調に変化があるとセリナは気付き、それでも手持ちの薬で家までは何とかなると思っていたのだが、ブランの体調が一気に崩れた為こうして走り出したのだ。
(やっばいなぁ、病は気持ちからって良く言うけど久しぶりに判断ミスったな、ボク)
腕の中で丸くなるブランの顔色は最悪で、これ以上速度を上げたらブランの負担が増えるし、その気になれば空を駆ける事くらい出来るのだがそうしたら上下に動くから更にブランの体調を崩してしまう、だからなるべく揺れないように走る。
(ご飯食べて、気持ちを前に向かせたらある程度は持つと思ったけど、やっぱずっと傷を放置されてたのがダメだった、っていうかそんなの何時ものボクなら気付くんだけどなぁ、珍しい同じエルフだからって舞い上がってたのか)
手持ちの薬でこれだけの発熱を抑える事は出来ないが、採った薬草を使えばもう少し抑えられたかもしれない、その場合薬を作る手間があるからそれなら家に早く着いた方が確実、そう判断した。
「お、おいセリ」
「うっさい!後でね!」
「ちょ!な!お前何勝手」
流石に村の近くまで来たら速度を落としたセリナに門番が反応し、見知らぬ誰かを抱き抱えている事を問い詰めようとしたのだが、セリナは閉じている門を開いて貰う前に蹴り飛ばして開けて村の中へと入っていく。
「なっ!?敵」
「残念ボクだよ!」
「は?セリ、ちょっ!待て待て!なんで門を壊して」
「うっさい!後で直せ!」
「はぁ!?」
中に居た傭兵も無視して、門の近くにある建物、冒険者達が集まるギルドに入るセリナ。
「はいサラちゃん!新規登録1人ね!」
「はい!?は、えっ!?」
「早く早く!こっちは1分1秒を争ってんの!それと門と扉の修理代置いとくから!」
「あ、え、えと、は、はいぃぃ!」
突然扉を蹴破って入って来たセリナに急かされたサラと呼ばれた茶髪の女性、は駆け足で奥へと進んで行く。
「セ、セリナ!お前門を壊しただけでなくギルドの扉まで」
「しょーがないでしょ!?こっちは急いでんの!どうせ暇なんだから仕事出来て良かったじゃん!」
「そういう問題じゃ」
「おい、一体何の騒ぎだ」
「ま、マスター、すみません!セリナがいきなり門と扉を壊しちまって」
「あ?あ~、直しとけ、どうせ何時もの事だ、暇人に金払うのも癪だからな」
「マスター!?」
立派な角が生えた渋い雰囲気の男性が額に手を当てながら門番の男性に指示を出し、渋々門の修繕に向かう衛兵。
「はいマスター修理代」
「気にすんな、どうせ何時ものだろうが、と言ってもここまで酷いのは数十年は無かったか」
「そういう事、それとしばらく薬草は取りに行かないから」
「ほう?珍しいな、お前がアソコに拾いモンを渡しに行かないなんて」
「うるさいなー、この娘はボクがお世話するって約束したんですー」
マスターと呼ばれた男性は鬼と呼ばれる魔族の一種なのだが、200年程前に足が不自由になってしまい、その後は村長とギルドの最高権力者を兼任しており、この村で一番セリナと付き合いが長い。
「エルフ、か珍しいな」
「まぁね、しばらくはこの娘、ブランのお世話をするから薬草摘みには出ないから、それと山菜もね」
「......ギルドで面倒を見るから何時もと同じと言うのは」
「ダメ、人間多い、ブランはヒュラマイトで育った、その辺に居る昼間から飲んでる穀潰しと同じ建物に預ける訳無い、後マスターの顔怖い、この娘が回復するまで山菜はお預け」
「......くっ、足さえあれば自分で摘みに行くというのに」
セリナは普段から山に生えている薬草を摘みに行き、そのついでに山菜を採ってはマスターにお裾分けをしており、新鮮な山菜、それも安心と信頼のセリナ監修の山菜なのだ、慣れてしまえばその日の食卓に山菜料理が並ばないだけで少し肩を落として落ち込んでしまう。
特にこれからの時期、山菜が美味しくなるのでなおさらセリナが摘んで来た鮮度と品質の良い山菜がしばらく食べられないというのはショックなのだ。
わざわざ山に薬草を摘みに行く者は少なく、しかし中には山でしか育たない薬草もあり、村の畑では足りない分をセリナが賄う、というのがこの数百年でセリナがやってきた事である。
「大丈夫なんだろうな」
「結構ギリギリ、帰ってから治療する」
「わざわざギルドを通さなくてもお前なら私の権限で」
「そうしたら色々面倒でしょ」
「お前にかけられた面倒に比べたら小娘の1人や2人、可愛いモンだ、それに私が言っているのはそっちじゃない」
「それならなおさら大丈夫、ボクの勘が外れた事ある?」
「だからだよ、人間ならともかくエルフがヒュラマイトから逃げて来たのだろう?」
ブランの身体の方は心配しない辺り、セリナの腕を信頼していると同時に、セリナの事を疑う訳では無いが他国の者を受け入れるという事は向こうから戦いを仕掛けられる可能性がある。
この村はそう言った者達が流れ着きやすい事もあり、外から来た者中で生まれた者、両者例外無く魔力の登録を行い追跡出来るようにしており、これは衛兵達を含む冒険者ギルドを管理するマスターの手によって管理されている。
「大丈夫、ボク強いから」
「そんな事は知っている」
「なら良いじゃん」
サラがぐったりしているブランの魔力を登録している所を眺めながら問題無いと言い張るセリナ。
「もし向こうから手ぇ出して来たらタダじゃ済ませないから」
基本的に争いを好まないセリナにしては珍しい、怒気を含んだ冷たい声。
「そこまでか」
「向こうも全部腐ってる訳じゃないだろうし、別に同族だからなんて事は無いよ、これは流石にやりすぎなだけ」
てきぱきと作業を終えたサラを見て、ブランの方に歩み寄るセリナ。
「はぁ......はぁ......」
「ごめんね、今から家に帰るから、もう少し我慢してね」
「は.....ぃ.....」
明らかに体調が酷くなっているブラン。
顔色は悪く、汗も出て、寒いのか身体を震わせている。
「そいつの名前は」
「ブラン」
「わかった、後はこっちで進める、お前は早く帰って世話してやれ」
「ありがと、マスター」
籠を背負い直し、綺麗な大きい毛布をサラから受け取ってブランを包み、早足でギルドから出ていくセリナを見守るマスターとサラ。
「マスター、その」
「あぁ、登録は私がやっておく、君は普段の業務に......いや今日はもう締めようか、私が張り紙を出しておく......お前達も依頼を受けないなら帰れ!」
普段は明るく笑顔を絶やさない、自分が産まれた時からずっとこの村に居たセリナの初めて見る緊迫した表情に思わず緊張していたのだろう、セリナが居なくなった後、気が抜けてしまうサラはその場で座り込んでしまい、マスターの気迫に押されてギルドを出ていく冒険者達。
この村に長く住んでいればいる程、薬草摘みという儲からない仕事でマスターから信頼され、村人からは店に顔を出せばお代を請求されない処か、店の品や料理を無料で差し出される程に尊敬され、セリナを嫌う事は村八分に成りかねないという事を理解する。
だからこそ、セリナの緊迫した表情も雰囲気も初めて見る者が多く、普段は賑わっているギルドの酒場も今は静まりかえってマスターに言われた通りギルドから出ていく冒険者達。
「あの、マスター」
「ん、何だい」
「セリナさんを疑う訳じゃないんです、でもあのエルフさん、凄い熱で」
「あぁそうだな、私と話しながらもあれだけ気を張っていたのは帰ってからあの娘に飲ませる薬や処置を考えていたのだろう」
「......私、小さい頃に酷い熱を出して、死んでしまうかもしれないってお医者さんに言われて、薬が無くて両親も諦めて泣いていた事があったんです、でもセリナさんが薬を作ってくれて助けに来てくれた時だって笑顔だったのに」
「それだけ、あの娘の状況が悪い、という事だ、あいつが焦る程度にはな」
「でも、それなら何でわざわざギルドに?」
幼い頃、発熱で死んでしまうのではないかと、村の医者も持っていない薬が必要で、その薬を作る為の薬草を手に入れる間に死んでしまう、両親がそう言われて隣の部屋で医者に何とかして欲しい、何でも用意すると嘆いていたのを聞き、その後両親が泣きながら自分の手を握ってくれた事を今でも憶えている。
次の日、泥まみれのセリナが薬を持って来てくれて、それから毎日治るまでその日の分の薬を作っては届けてくれた。
「あの薬は本当に作る事が難しい上に、薬草もかなり危険な場所にある珍しい物で、それを少しでも私を早く治す為にわざわざ毎日遠くて危険な場所まで薬草を摘みに行ってくれたと、両親に教えて貰ったんです、あの時、セリナさんの笑顔を見る度に元気が出て、それなのに、今のセリナさんは」
「あぁ、あいつは助ける奴守る奴の前じゃ基本的に笑顔だ、そうじゃないと守られる側助けられる側の人は安心出来ないと言っていたよ」
「私に何か、出来る事は無いんでしょうか、あの時の恩返しをしたくてギルドで働いているのに......」
「なぁに、それならあいつの家に行って料理を届けるなり、作ってやるなりすれば良い、あいつは人を頼るという事に関しては村で一番下手だからな」
「はい!わかりました!」
割りと猪突猛進気味なのはセリナに助けられたからなのか、それとも元々の性格なのだろうか、座り込んでいたサラが立ち上がると直ぐに自分の荷物を持ってギルドから出ていく。
「全く、若いという事は良い事だな」
400年前、何処で産まれ育ったかも分からないセリナを保護した時もこんな感じだったな、と微笑みながら自分がもう若くない事に気付いてしまいちょっと切なくなるマスターは1人、ギルドを閉めた後カウンターで酒を飲んだ。
因みにその後、嫁にこの事を話したらブランの登録が中途半端になっていた事に気付かされ、次の日のマスターの頭の上には大きなたんこぶが出来上がっていた。
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