出会いと救いと笑顔
「にしても取り敢えず拾ったは良いけどこの娘、相当弱ってるなぁ~」
四本の1メートル程の鉄の棒を地面に差し、その上から分厚い緑色の布を被せて布が垂れない程度に張って簡易的なテントを立てるセリナ。
この作業も、もう何百年とやってきたから慣れた物だと思いつつも肝心の寝袋は1つしかないので、拾って来た少女を取り敢えず寝袋に突っ込んだ後、焚き火の上に鍋を乗せてキノコや魚をボトボトと突っ込んでいく。
「上から人が落ちて来た時はボクと同じ転生者かと思ったけど、普通に考えてヒュラマイトから逃げてきた奴隷かなぁ?」
自分もそうだがこの娘も相当運が良いなと思いながら今日は徹夜かな、と1人夜空を見上げるセリナ。
村も、そこに住む人も、時間が経つに連れて変わり続けて来た中で自分だけ取り残されているような、長命なエルフ故の悩みをセリナも抱えていたのだが空だけは何時も変わらずにいるからセリナは空を眺めるのが好きになった。
村に疫病が流行った時は薬草を集めて村の医者と共に薬を作った事もあった、寒波等の天候や虫の大量発生等の影響で作物が育たず村が飢餓に襲われた時は遠い山や森から沢山日持ちする山菜やキノコ等を村人と協力して集めた。
そうやって親しくなった者は、時に魔物に、時に病に、時に老衰に襲われこの世を去っていき、何時しかセリナは街のギルドに薬草集めの依頼を受けては納品する、そんな生活を送っていた。
村の人達からは親しく声を掛けて貰ったりしてるが、何処か一定の距離を保ち、街の冒険者達からは薬草採取しかしない上に精霊とも契約してない事から貧弱なエルフと言う印象を受けていた。
勿論今でも素振りを続けているし、別に今更大した知らない冒険者からどんな印象で見られていても気にしないセリナは休みたい時に休み、働きたい時に働く、そんなスローライフとも言える理想の生活を送っていた。
「あー、でもこの娘が極悪人とかだったらどうしよ」
もしかしたら何処かの国で罪を犯したのかもしれない、と考えたがこれだけボロボロになっているから見捨てる訳にもいかないし、何より400年生きて来た直感がこの娘は悪いエルフではないと告げている。
「......傷の手当てもしないといけないし、しょうがないよね」
もう400年、女として生きて来たセリナは外で知らないエルフに脱がされる少女に心の中で謝りながら、傷薬を取り出して塗り始める。
「......酷い、なぁ、これ」
人が傷つく所も死ぬ所も見てきたが、それでも此処まで酷い扱いを受けた女性は初めて見たセリナは込み上げてくる不快感を隠せない。
身体のあらゆる箇所に鞭で打たれた跡があり、まともな処置すらされなかったと素人のセリナでも分かる程、少女の身体は傷だらけだった。
恐らく、女性処かエルフとしての人権すら無いような扱いを受けたのだろう、ボロボロの布切れを脱がした少女の身体が冷えてしまう前に傷薬を丁寧に塗っていくセリナ。
「本当は身体を洗ってからの方が良いんだけど、ごめんね」
ほどけない程度に優しく包帯を巻いていくセリナは申し訳なさそうに気を失っている少女に謝る。
本当ならば身体の汚れを落として出来るだけ傷口を清潔にしてからでないと傷口から細菌が入ってしまうのであまり褒められた処置ではないのだが、それでも何もしないよりは良いだろう。
「日が登ったら直ぐに村に連れていかないと」
この400年、様々な事を経験してきたセリナはこの状態なら医者に見せる必要もない、と言うかこの世界の医療は前世に比べて古風というか、異世界だからこその治療方法なのだ。
深い傷なら魔法で、浅い傷なら薬草等を使った塗り薬で、病気ならその症状に合った薬で治療する。
魔法があるなら塗り薬なんて要らないのではないかと最初セリナも思ったのだが、頻繁に回復魔法に頼ったり、極度の衰弱状態なら急速に傷を治してしまえば逆に毒になるらしい。
特に後者の場合、傷を負った直後ならばともかく時間が経過している場合、身体が傷を治そうとしているのにその働きを無視して外から無理矢理身体を修復させるので傷がいつまでも痛んだり、最悪死ぬ可能性もある。
なので傷ついて時間が経っているこの少女を医者や回復魔法を使える僧侶や魔法使いの元へ連れて行ったとしてもセリナと処置は変わらない、それどころか少女を更に苦しめるだけだ。
「流石に気を失っている人の身体を洗うのは不味いかな」
とはいえ流石に、というかぶっちゃけ衛生的では無いので意識があろうと無かろうと風呂にぶちこむのは確定している訳だが。
夏とはいえ夜は冷えるし、傷ついて免疫力が落ちている少女の身体が冷めて更に落ちて病気にでもなったら大変なので焚き火を消さないように弄るセリナ。
「グルルル......」
「うわぁ、珍しいなぁ」
スープの匂いに釣られたのか、辺りには10体程の狼のような魔物がセリナ達を取り囲んでいる。
その中でも特に大きな魔物、赤黒い毛色の狼、『ブラッディハウンド』、そして手下の魔物である『ハウンドドッグ』。
素早く動き、木々を薙ぎ倒す程の力と岩をも切り裂く鋭い爪で切り裂き、その強靭な顎と牙に噛まれたら例え鋼の鎧でも砕かれてしまう凶悪な魔物。
手下のハウンドドッグも群れで獲物を襲い、必ず仲間と共に攻撃してくる上に仲間が攻撃されそうになれば仲間を囮にして別の方向から攻撃してくるという連携の取れた行動をしてくる。
「残念だけどこのスープはこの娘に飲ませてあげる為に作ったんだ、君達にあげる分は無いよ」
勿論、そんな言葉は魔物達にとってどうでも良い事で。
セリナがため息を吐いた後、夜の静かな森は少しだけ騒がしくなった。
そして夜が明ける。
「......っ、......ぁ」
「およ?やっと目が覚めた?」
「......?......っ!?」
朝の日差しに目を覚まされた少女はセリナに話しかけられ最初は状況が分からなかったが自分が身動きを取れなくなっている事に気付き驚く。
「あーあー、大丈夫ー、ボクはー、悪いエルフじゃー、ないよー」
「なら、何故、私を、拘束、して」
「いやしてないから、それボクの寝袋」
前世の寝袋よりは質は悪い(そもそも前世で寝袋を使った事が無いのだが)寝袋の中で踠いて此方を睨んでくる少女が面白くて内心笑っているセリナだが少女の方は寝袋から出られないのかもぞもぞと動き回る。
「はいはい今出してあげるから、大人しくしてってば」
「......何が、目的、ですか」
「ん~?別に~、なーんにも無いよ?」
「は?」
筒状になっている寝袋の紐をあっさりと解くセリナは当たり前のように少女を解放し、少女は少女であっさりと解放された事に困惑している。
「命を助けるのに建前も目的も必要無いんだよ」
エルフは見た目も良く、他の種族からは奴隷やメイド等として扱われる事が多く、エルフ自体も他の国から逃げて来たエルフをあまり良く思わない、むしろ他国からのスパイなのではないかと疑われるらしいと聞いていた少女はセリナの行動に、言葉に目を見開き驚く。
「ほら、とりあえず水でも飲みなよ」
「......」
「はぁ~......んくっ、ぷはぁ、はい、これで毒が入ってないって分かるでしょ?」
「......いただき、ます」
セリナもセリナで一連の行動からこの少女は恐らく理不尽な理由で追われているのだろうと察する事が出来た。
普通、国から追われるような犯罪者は幾ら目の前で飲んだとはいえ見ず知らずの他人から飲み物を受け取りはしないだろう。
何より昨日の応急手当で分かったのは少女の身体は痩せこけており、精霊とも契約していない、そんな状態のエルフがまともに戦えるとは思えない。
自分が一口飲んだガラスの水筒から水を飲む少女を見ながら、昨夜とは違って細かく切って煮込んだ柔らかい肉も入っているスープを木の器に注ぐセリナ。
「ありがとう、ございました」
「ん、じゃあはい、これ食べれる?」
「え、あの」
「その身体じゃまともな物食べてないんでしょ、せめてこれくらい食べなって」
木の器に入ったスープと木のスプーンを無理矢理差し出して渡してくるセリナの顔とスープを何度か見て、その後恐る恐る一口スープを啜る。
「......っ!!おい、しいです」
「えー?それこの辺の食材適当に入れただけのスープだよ?家で作った方が美味しく作れるよ?」
「いえ、その、なんと言うか、温かくて、美味しい、です」
「......そっか」
少女が起きる前にテントは片付けておいたので後は出発するだけだ。
(たぶん、相当酷かったんだろうなぁ)
ちびちびとスープを飲む少女を見るセリナの視線は優しく、少女は今まで向けられた事の無い視線に居心地が悪そうにスープに意識を向ける。
「っ、あの、これ」
「あぁ、結構傷付いてたからとりあえず傷薬を塗って包帯を巻いといたんだ、服の下とかミイラみたくなってるよ」
にしし、と笑うセリナだが少女の方は全身に包帯を巻かれてる事に驚く。
「なんで、そこまてしてくれるのですか?」
「ん?別に?理由なんて無いよ?っていうかさ、さっき言ったじゃん」
少女は見返りを求めない善意という物を知らない、自分に何かをする人にはそれぞれ自分に何かを求めていると思っている。
母親が貴族の館で働いていたのは貴族がエルフのメイドという存在を欲しかったから。
王女が自分を拾ったのは歳が近く、それでいて同性の騎士が欲しかったから。
自分と王女を逃がしたのはその騎士が手柄を横取りしたいから。
物事には理由と対価があるのは必然、それが少女の常識で、少女の生きてきた世界。
「命を助けるのに、理由なんて要らないでしょ?」
だから、目の前で当たり前のように笑いかけてそんな綺麗事を言うセリナの言葉が信じたくとも信じられない。
「あ、貴女は」
騎士の宿舎でも配給されるのは冷めたスープと硬い干し肉に乾パンといった遠征等の際に持っていく携帯食や他の騎士達の食事の余り。
騎士の訓練では他の騎士候補の者達よりも厳しい、いや、嫌がらせのような訓練や模擬戦をやらされた。
王女は度々自分を呼び出しては最近の調子はどうなのか、自分の騎士になれるように頑張って欲しい、自分は最近こんな事をした、と話された。
強くなくては生きていられない、でも自分に剣の才能はなく、それでも自分のスキルを活かすには剣を学ぶしかなかった。
「セリナ」
「へ?」
「セリナ、セリナ・ファウラ、ボクの名前だよ、君は?」
「私、は」
泥水を啜り、王女に拾われたかと思いきや自身との境遇の差を思い知り、騎士に慣れたかと思いきや裏切り者の冤罪を被せられた。
そんな今の自分に名前なんて価値のあるもの、あるのだろうか?
「......ない、です」
「え?」
「私は結局、何も無い、空っぽの存在なんです」
少女は生きる為に逃げ出し残飯を漁り他の騎士見習いや騎士達が寝てる間も遊んでいる間も剣を振りどんなに惨めでも生きていくと必死だったが、ようやく分かった。
自分に生きる理由なんて物は無かったのだと。
「無い、空っぽかぁ~」
「はい、なので私の事はもう」
捨て置いて下さい、そう言おうとした少女。
魔物の餌にでもなれば良い、どうせ何をしたって自分は不幸になるだけだ、ならばもう生きる必要なんてない。
初めて温かいスープを飲めた事が唯一の幸せだった、最後に良い事があったのだ、もう全てがどうでもよかった。
「じゃあ、『ブラン』だね」
「ブ、ラン?」
「そ、君の名前、空っぽって意味のブランクから取ったんだ」
ぽかんとする少女に向けて、にししと笑うセリナ。
「確かに私に似合った名前、ですね」
今まで耐えてきた苦痛も屈辱も生きる為に足掻いて来た事も何もかも意味が無くなった自分にはぴったりだと自虐気味に淡々と呟く少女。
「うん、君の過去もどうして崖から落ちて来たのかも知らない、君が自分で何も無いって言ったからね」
でも、とセリナは俯く少女の頬に手を添えて自分と視線を合わせる。
「でも今の君には、名前がある」
突然顔を上げられた少女は驚いたように目を見開きセリナの言葉を聞く。
「今の君が空っぽなら君はブランだ、空っぽのブラン、だからこれから君は色んな事をして、色んな物を見て、色んな人に出会って、君の空白を埋めて行けば良い」
セリナの言葉は優しく、少女の事を包むように穏やかな口調で、少女はセリナの赤く綺麗な瞳から目を離せなくなる。
「だから、こんな所で死のうとしないで、今までが辛くても、これからはきっと良い事がある、ボクが君を笑顔にしてあげる、君の知らない事を沢山教えてあげる、君が自分で生きる理由を見つけられないならボクを君の生きる理由にしても良い」
そう言って少女を優しく抱き締めるセリナ。
少女から返事は帰って来ない。
ただ、初めての抱擁の暖かさと自分の生きる意味になってくれると言ってくれて名前も貰った。
意味の無い、適当に付けられた名前ではなく、これから生きる理由になる名前を。
「だから、簡単に生きる事を諦めないで」
「......あ゛ぃ゛」
「ふふっ、それじゃあよろしくねブラン」
この日、少女、否、ブランは初めて人の温もりを知った。
静かな朝の森に一人の少女の泣く声だけが静かに響いていた。
ご読了ありがとうございました!
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