奇襲
「ぅ......ぁ....」
突如割れた窓ガラス。
飛来したのは1本の矢。
「なん、で」
音速に迫る速度で襲いかかって来た矢をシャルロットが認識した時にはもう当たる。
「人を助けるのに理由は要らないでしょ」
ただし、それはこの場にセリナ・ファウラが居ない時に限る。
飛来した矢を掴んだセリナは視力を強化し矢が飛んで来た時に残された常人には見る事が出来ない微かな魔力を睨む。
(矢を自在に操れる能力....それとも指定された座標に自動で矢が飛んで来る能力?どっちにしろ面倒だな。しかもマーキングまで済んでる。恐らく発動条件はボクに対する情報の漏洩?)
強化された聴力は既に2、3本目の矢が撃たれている事を感知しており、シャルロットに対するマーキングは1度きりでは無いらしい。
「マスター」
「わかってる」
セリナがマスターの事を呼ぶ前にマスターは球状の結界を張り、セリナはスキルで結界を強化する。
「行ってくる」
「あぁ、ガラス代くらいは請求して来い」
「犯人が生きてたらね」
割れた窓ガラスから軽やかに飛び出した瞬間、ソニックブームを起こして姿を消すセリナ。
「全く、お前が飛び出す方が被害が大きい」
「.....は?え?」
部屋の中に入ってくる突風がガラス片を巻き上げる中、結界の中に居るシャルロットは初めて見るセリナの力に目を丸くする。
「こんな事で目を丸くしていたらこれから大変だぞ」
「.....これから、ですか...」
「あぁ。元王女だろうが元奴隷だろうがこの村に来て害を成さず平穏に暮らしたいと願うのなら誰でも守る、そういう奴なんだアイツは」
それは暗にシャルロットを排除すべき悪だと認定していないという事。
「お前はブランの事を本当は大切に思っていたのだろう?だが環境が許さなかった。そうなんだろう?」
受け取った卵を抱き締めるブランを背にシャルロットへと問いかけるマスター。
「.....そう、ですね。でも、私の選択は間違っていました。専属のメイドや秘書のような形で受け入れたのなら彼女は辛い訓練も痛い思いもしなくて良かったでしょうに」
シャルロットがブランを拾ったのは極々単純な理由だった。
「でも私は幼い頃から他人を信じられない。信じきれない。実の両親も妹も乳母も物心ついた時からのお世話係も、誰も信頼出来なかった。でも貴族への顔見せの帰り道で見つけた宝石に私の心は魅入られた。初めて他人を信頼出来る気がした。だから私は貴女に自分の命を守らせようとしたのです」
残飯を漁り汚れきった身体でも瞳には必死に生きようとしている輝きがあった。エメラルドのように美しい翡翠色の瞳にシャルロットは一目惚れしたのだ。
そしてその結果、こんな目に合わせてしまった。と言い再び頭を下げるシャルロット。
「.....頭を上げて下さい、シャルロット『様』」
「....え?」
シャルロット様。
それはブランがシャルロットに仕えていた頃の呼び方。
「私はこの通り生きています。あの時貴女が拾ってくれなかったら私は今頃奴隷として母のように扱われていたでしょう」
「シーナ....」
頭を上げたシャルロットにブランは聖母のような微笑みを向ける。
「ふふっ。今はブランです」
「そう、ね。貴女はもう私に仕えていたシーナでは無い。なんだか、少し寂しい気もするわ」
なんだかんだ関わりこそ少ないものの10年近く見守っていたのだ。
そんなブランが自分の手を離れて幸せそうに生きている。自分では出来なかった夢のような光景。
羨ましい。それがシャルロットの抱いた素直な感情だった。
こんな笑顔が出来るようになったブランが羨ましい。こんな笑顔に出来るセリナが羨ましい。ブランを助けたセリナの力が羨ましい。助けて貰ったセリナが羨ましい。
自分は今のブランのような柔らかい微笑みなんて出来ない。他人を信頼出来ない。他人に暖かい感情なんて向けられない。氷魔法が得意な事と常に無表情で愛想が悪く、絶対零度を文字り、『絶対冷姫』なんて蔑称で呼ばれていた。
「恐らく、今のは二番隊騎士団長『スネイプ』と四番隊騎士団長『スーカ』よ。最低でも10....いや、20km先から狙撃しているわ。奴らの狙撃は百発百中。スーカが呪いでマーキングをしてスネイプが座標を特定して矢が消滅するまで追尾してくる。例え狙撃している場所を特定出来たとしても辿り着く頃にはもう逃げられているでしょうね」
スキル『狙撃』
特定した座標、もしくは目視で捉えた標的に弾や矢を追尾させられるスキル。
そしてスネイプの修練の結果、矢の速度や硬度、威力等も大幅に上昇させる事が出来る。
スキル『呪念』
自身の魔力を呪いに変え、標的に付着させる事で様々な呪いを付与する事が出来る。
相手の魔力や筋力を封じる、目眩や吐き気等の体調不良を強制的に起こさせる等の搦手を得意とする。
今回付与した呪いはシャルロットを呪い殺す物とセリナ封印に関わる全ての忘却、そしてシャルロットがセリナに国の事を話そうとした時にシャルロットの座標を感知出来るという物。
「.....撤退だ」
「何?まだマーキングは生きているぞ」
「矢が防がれた。それだけじゃない制御も効かん。恐らくスキルの影響を解除する魔法か魔導具が使われた」
最初に撃ち込んだ3本に加えて追撃で撃った7本。計10本の矢の全てが制御不能になったスネイプはスーカに対して状況を報告しながら撤退の準備を始める。
「標的から50kmは離れているんだぞ?奴らに解呪やスキル無効の何かがあるのならマーキングが剥がされない内に消耗させ、常に命を狙われていると消耗させて殺せばいいだろう。今回はガトルガの時とは違う。王族からの任務。失敗は許されない一級案件だ」
「......」
マーキングはまだ生きている。
新しく三本の矢を自慢の剛弓に番える。
常人では引く事が敵わない剛弓。昨日セリナが討伐したテリブルドラゴンと同クラスの魔物、『グランヴァルチャー』という巨大な鳥型の魔物の毛を編み作られた弦は大の男3人掛りでようやく引けるかどうかという所。
そんな剛弓から放たれた矢はスネイプの魔力によって鋭さを増しており、大木も建物も鋼鉄の厚板も貫く百発百中の凶弾と化す。
「.......」
未だ、標的は動いていない。どうやって矢を防いでいるのか分からないが並の結界ならガリガリとドリルのように削り貫く筈。
(結界に当たっている間にスキルを強制解除しているのか?それともまさか矢を消滅させる程の攻撃で撃ち落としている?)
一向に手応えの無い狙撃に内心焦るスネイプ。
相手は自分と同じ騎士団長クラスを圧倒した化け物。悠長な事をしていたらこの場所を特定され襲撃しに来るかもしれない。
スネイプは国一番の狙撃手だ。1度狙撃が失敗したら同じ場所に留まり続ける危険性なんて腐る程分かっている。
だが、セリナ・ファウラという語り継がれている生ける天災、国一番の防御能力を誇るガトルガが圧倒された化物を相手にしているという恐怖。過去に10本も矢を撃ち、殺せなかった相手が初めてだという事から相手の実力を裏付けし、恐怖と焦りが肥大する。
「.......疾ッ!」
放たれた三本の矢。
それは50km先の標的に音を超えて飛ぶ全力の矢。
スネイプの失態は2つ。
1つは初撃で撃ち抜けなかった時点で撤退しなかった事。
そしてもう1つは、
「なッ」
「嘘だろォ!?」
矢に付与したスキルと魔力の反応が消失していなかった事に気が付かなかった事。
だが、後者に至っては仕方がない。
「少し悪戯が過ぎるよ、小童」
放たれた13の矢は全てセリナの両手に収まっていたのだから。
セリナの圧倒的な力に呑まれ希釈されていた。
シャルロットへの狙撃が阻まれてから僅か60秒後。セリナはスネイプの放った轟速の矢を全て空中で掴み取りながら50kmもの空を駆け、大地に大きなクレーターを作り君臨した。
「ッ!」
最初に動いたのはスネイプ。
標的をセリナへと変更、セリナの掴んでいる矢を含めた全ての矢がセリナへと当たるまで自動で追いかけ、更にスネイプの意思によって速度軌道部位全て自在に操れる。
(お前がまだ矢を持っている以上矢が消滅しない限り折れた程度では止まる事は無い!お前が矢を離せば13の矢がお前を殺す!)
更にダメ押しの追撃、3本の矢を放つ。
「馬鹿避けろッ!!」
横に倒れるように転がったスーカの叫びが響く。
「ッ!?がっ」
その頃にはセリナの手に握られていた矢はスネイプのコントロールが効かない程の力で投げられた矢は3本はスネイプが放った矢とぶつかり粉々に、残り10本の内2本がスネイプの脇腹を抉る。
そして残り8本は後ろの木や地面にぶつかり矢が耐えきれず粉々になる。
(狙撃手と呪術師。どっちも結構強い。この前の奴と同じ団長クラスって奴かな?)
スネイプの咄嗟の回避行動で殺し損ねたセリナは特に驚く事無く状況を推察する。
「幾らお前らが強いって言っても王女抹殺にしては少なくない?」
「化物が.....ッ!」
ヒュラマイトで最高峰の戦力を2人。団長2人で行う任務等国を揺るがしかねない重要な任務なのだ。それを少ないと言われ、歯ぎしりするスーカ。
「『無肢付結』!」
視界に収めている標的の四肢の動きを制限し、地面に釘付けにするスキルと呪術の合わせ技。
自身のスキルによる呪いで動きを制限し、敵の足元から黒いヘドロの腕が手を伸ばし相手を覆って拘束するスーカの得意技。
「きぃっっっっんもぉッ!?」
いきなり足元から現れたドロっとした腕は非常に不快感が強く、思わずセリナは不可視の拘束を無理矢理破り大きく跳躍する。
「キモいキモいキモいキモいキモい!!?キッッッモ過ぎッッッ!!!女の肌にそんなキモいので触ろうとすんなよ!ただでさえ男に触られンの嫌なのに!屑!変態!下衆!もういい決めたお前らここで死ねぇッッ!!!!」
元男だからかそもそも男からそういう目的で迫られたら反射的に手が出てしまうのにドロドロとした手に触られ全身の毛穴が逆立ちして鳥肌で吐いてしまいそうなくらい気持ち悪い感触にセリナの敵意は殺意へと変わった。
この世界に来て始めの頃はこんなに強く無かったセリナは度々村の冒険者達から色々と誘われていたのだが元男故にどんなイケメンが誘って来ても不快感しか生まれなかったセリナは一時期男嫌いになってしまったのだ。
今は村の男達は近所の子供くらいにしか思っていないからそういうお誘いがあっても拳骨で眠らせるくらいだ。
因みに女性相手は元男の矜持からなのか、それとも前世で彼女無しだったからなのか迫られたら拒みきれない。とはいえ見知らぬ女からそういう誘いがあったら勿論拒む。
っと、そういう訳で本当ならこの2人を拘束して情報を聞き出そうと思っていたのだが止めて殺す事にした。
「うっっっざいなぁ!!もうッ!」
スネイプが放った矢を全て魔槍斧イノセンスで切り落とすセリナ。
「『暴慢爆呪』」
するとセリナの切り落とした矢が爆発する。
「っ!クソッ!バケモンかよ!?」
「マトモにやり合ったら殺される、お前の呪いと俺の矢で凌ぎきるぞ」
爆発と同時に駆け出した2人。
「矢は?」
「残り10本。今の内に付与を頼む」
「やる余裕がありゃな!」
呪いが付与された矢は残り10本。
追いつかれない内に呪いを付与した矢を増やして何とか隙を作って逃げ切る。そんな2人の希望を潰すかのように暴力が降り注いだ。
ご読了ありがとうございました!
小童とか言ってカッコつけて登場したのに直ぐにメッキが剥がれるアホの娘なのにやってる事は化物とかいう主人公ちゃん...
因みにちょっと親しくなった女の子には弱いです。美人局だとわかった瞬間殺すくらいには冷酷だけど殺した後暫く落ち込みます。




