悶々
「セリナ、洗濯物終わりました」
「ありがとブラン。もう少しでご飯出来るからね」
「はいっ」
見るからに機嫌が良くなるブランを可愛く思いながら料理を進めていくセリナ。
2人はギルドから帰って来た後、ブランは洗濯、セリナは料理と別れて家事をしていた。
まだ体も洗っていないのだが昼に水浴びをしたし、何より何時もより遅くなってしまったので先にお腹を満たそうとなったのだ。
「しかし、いきなりドラゴンを討伐したり、希少な薬草を集めたり、幻鳥と呼ばれている白金鳥の卵を巣から盗んだり、その他諸々難易度の高い依頼を短時間で完遂させるとは何かあったのですか?貯蓄が尽きたのですか?」
「いや、ブラン込みでも後200年くらいは働かないで暮らせるお金はあるから。こつこつ薬草採取とか国救ったりとかで貯めたお金あるから」
確かにブランからしたらいきなり連れ回された挙句粗相をしてしまうくらい恐ろしいドラゴンの前に放り出され、身体を洗った後も切り立った崖や森の奥にある秘境、果てには空を漂う背中が島になっているドラゴンの背中にまで連れてかれたのだ、理由くらい知りたいだろう。
「ん〜.....まぁいっか。簡単に言えばブランと同じだよ。亡命者とかそういう類、その娘が毒で苦しんでてもう何日も経っているから強い薬を作る為に急いでたって訳」
「なる、ほど、そういえばそんな事を....ではその人もエルフなのですか?」
「うんにゃ?人間だよ、人間。ボクとマスターが見た感じ多分結構身分の高い貴族とかの娘なんじゃないかなぁ。まぁ、さっき飲ませた薬は副作用で龍族の獣人になるけどね」
「......はい?」
普通そういうのは本人の了承を得てから飲ませるのでは無いだろうか?そもそも龍族なんて獣人の中でも最高位の種族。力も強く、炎や氷等の種族毎に得意な属性のブレスを吐き、強靭な肌は並の刃物では傷1つ付かず、力強い翼で羽ばたき空中戦も得意な種族。
「ご、極悪人とかならどうするのですか?」
「その時はボクが殺すさ。明日の朝には目が覚めるだろうから事情聴取かな」
「そ、その人からお金を?」
「いや貰わないよ。そもそもボクの判断で助けたんだし、そういう我儘でお金は貰わないようにしてるんだ」
一般的には百人単位で挑み討伐するようなドラゴンを倒すのも街で荷物が重くて困っているお婆さんを助けるのもセリナにとっては同じ、人助けの一環なのだろう。
ジュウジュウとフライパンの上で焼かれているのは今日討伐したドラゴンのステーキ。
あくまで種族を変える力を持っているのは龍の『血液のみ』。鱗に爪、肉や骨、心臓ですら特に種族を変える力は無い。あくまで龍の新鮮な血のみが種族を変える力を有しており、肉等は食べても何も問題ない。それどころか龍の肉は腐敗が極端に遅く、非常に長持ちなので食材としては優良すぎる。
「ついでだし、テリブルドラゴンや白金鳥の素材でブランの武器と防具も作ろっか」
「な、だって、そんな希少な素材を」
「別に良いんじゃない?後で作るか先に作るかってだけだし。ブランなら近い内にアレくらいなら倒せるようになるよ」
お皿に肉を盛り、フライパンに残った肉汁でソースを作り、ステーキにかけて完成した料理をブランと共に運ぶ。
「ん〜♪やっぱドラゴンの肉は美味しいねぇ♪ブランも居るし売らないでおこうかな?」
「噛めば噛む程味が...こんなの、他のお肉が霞んでしまいます」
「だよねぇ。長持ちするし、食べきれない分は干し肉にしてスープとかに使っても美味しいんだよねぇ。でもアイツ大き過ぎるんだよ」
「...ギルド10個分くらいありますもんね、身体」
「ね。森の中で解体はして来たけど干すってなったら大変だしなぁ」
因みにテリブルドラゴンの体長は凡そ150メートル。
それだけの質量を収納出来るマジックポケットも凄いのだが、解体するにしても皮が硬すぎて刃が入らず、そもそも人の身長くらいある鱗を剥がすのに大の男20人がかりでも苦戦するくらい剥がれにくく、肉にまで到達したとしても強靭な筋肉を切る事は困難。更に骨は鋸で削る事も出来ない、要するに解体するにしても困難を極めるのだ。
まぁ、セリナは鱗をむしり取り、皮をメリメリと素手で剥がし、ハルバードでブツ切りにしたのだが。
「まぁドラゴンの処理は後でいいか。どうせ3年は腐らないし」
「そんなにですか!?」
ドラゴンとはそれだけ種族として生き物として格が違うのだ。ましてやテリブルドラゴンはドラゴンの中でも最高位。生命活動を終えた後でも腐敗が始まるまでとてつもない時間がかかる。
何故それだけの時間腐らないのか、それはドラゴンは自分の死期が近付かなければ子孫を残さないのだ。そして子供が卵から孵る頃には親のドラゴンは死んでおり、子供のドラゴンは親の死体を喰らい成長する。
「ドラゴンが住んでいる所には基本的に生き物は寄り付かない。ドラゴンが死んでも何年かはドラゴンを恐れて縄張りには入らないからね。子供がある程度大きくなるまでは親のドラゴンを食べて過ごすんだ」
「....それは、何となく聞いてましたが、そんなに腐らないとは」
モグモグとドラゴンのステーキを食べる2人は直ぐに食べ終わる。
「ご馳走様でした」
「はいお粗末様でした」
ドラゴンの部位の中でも1番柔らかい、腰部分の内側、内臓のすぐ上に位置する部位、牛で言うヒレに当たる部位と背中から腰の間の部位の一部、牛て言うサーロインに当たる部位の中間にある希少な肉。それを贅沢にステーキにしたのだ。
噛めば噛む程旨味が湧き、蕩けるような柔らかい歯応え、噛み切ると溢れ出す肉汁、全てが美味すぎた。
ドラゴンの肉で最高級の部位をシンプルに肉の魅力を引き出すステーキにしたのだ、今まで残飯を漁るような食生活しか出来なかったブランにとってこの世の物とは思えない程美味しかったのだ。
「そろそろお風呂入れるかな。ブラン、先入ってていいよ」
食べ始める前に魔力を通すと熱くなる水晶をお風呂に溜めた水に入れていたので食べ終わって直ぐに身体を洗えるようにしていたのだ。
「......ぁぅ」
「ん?ブラン、どうしたの?」
「ぁ.....いえ、では先に入らせて貰います」
「うん。いってらっしゃい」
少し躊躇した様子なブランは逃げるように浴室へと駆け込む。
(.....何故、一緒に入ろう、と言えないのでしょう)
むぅ、と悩みながら身体を洗い終え浴槽に浸かるブラン。
昼間の水浴びとは違う、温かいお風呂。リラックス出来るようにとセリナは毎日色んなハーブや果実の皮を使って良い匂いが浴室に充満している。
そんな温かいお湯に浸かっているのに、リラックス出来る環境なのに、ブランは昼間の湖の冷たい水で水浴びしている時の火照りや熱を思い出してしまう。
セリナに裸を見られる事は何とも思わない。むしろ少し嬉しい。同性というのもあるが、セリナは自分を救ってくれた恩人で、優しくて可愛くてそれなのに凄く強い。
「なんで、でしょう」
そんな彼女が魅せたあの顔、自分なんて小指で殺せるくらい強い彼女が、『待って』『だめ』『もう良いでしょ』、そんな風にか細く抵抗してきたあの顔が、声が頭から離れない。
だって、本気で嫌なら力ずくで押し返せば良いのだから。
「......全然、違う...」
自分の両手を、昼に湖でセリナと繋いだように指を絡ませて握るがあの『熱』は欠片も感じられない。
湖の冷たい水でも冷ませなかったあの熱。身体の底から熱くなるようなあの熱。心臓が五月蝿いくらいに鳴って、顔から火が出ているんじゃないかと思うくらい熱くなるあの熱。
きゅぅぅっ、と心臓が挟まれるような感覚。決して苦しく無いのに何処か苦しい。辛くないのに辛い。
セリナの戸惑いながらも嫌がってない表情。少し荒くなりナニかを期待するような甘い息。普段は強気なのにあの時は震えて驚きながらも決して拒んでいない可愛い声。エルフ特有の白く美しい肌。引き締まっていながらも女性らしい柔らかさを誇る少女のような身体。極め付けはオーロラのカーテンがかかった夜空のように美しいあの青い瞳。
勿論ブランにそこまで理解出来る筈が無い。子供がどうやって出来るかは知っているが詳細までは知らない。恋人同士が行うキスですら知らないくらい純粋無垢なのだ。
だからブランはこの感情の名前を知らない。
この感情が何なのか、それはブランがこれから知り、決める事。
「.......暑い...」
身体の内と外から温められたブランは浴槽に浸かってから5分程度しか経っていないのにもう逆上せてしまうくらい火照っていた。
「セリナ、お待たせしました」
「っ....うんっ、それじゃあボクも入って来るね」
「?」
何時も夜になると夜空を見上げているセリナは珍しく後ろから声をかけられ、びくっと身体を震わせた後着替えを持って浴室へと逃げるように早足で入る。
「ふぅ...」
軽く身体を洗い先程までブランが浸かっていた浴槽に浸かるセリナはジャポン!と大きな音を立ててお湯に潜る。
(うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)
そう、セリナもまた昼間の湖での一件で悶々としていた。
ブランと違い人と触れ合う事もそういった知識も豊富のセリナだが、踏み入った関係に至る事は無かった。
ましてや押し倒される事なんて無かった。
押し倒され、手を握られ、身体を触られ、振り解けるのにしなかった。出来なかったのではなく、しなかった。
(.....あのまま、止めなかったら、どうなってたんだろ...)
キスすら知らなかったブランだが、自分へ好意を持っている事は何となく気付いていた。だがキスという行為とその意味を教えた途端躊躇無くしてくるなんて思いもしなかった。
初めてのキス。
前世でも今世でも恋愛という事に縁が無かったセリナにとってキスという行為は未知の領域。自分には縁の無い事だと思っていた。
別にセリナはスキンシップが苦手な訳じゃない。特に子供相手にはよく頭を撫でたりしてるし、子供の頃からずっと見ているからなのか相手が自分より背が高くなった大人でも変わらず接している。
でもそれはセリナから行っていたスキンシップなのだ。
(嫌、じゃないんだけど、こう、ブランにリードされるのは.....なんか、恥ずかしい...)
相手からあんなに積極的なスキンシップを受けた事なんてある訳が無い。
普段は笑顔で明るく、常に余裕のあるセリナだが本当は人肌恋しい寂しがり屋な面もあるのだ。だがこの400年で嫌という程分からされた他種族との寿命の差。少し前まで子供だと思っていた人間が直ぐに大人になり、老いて、そして死んでいく。
だから恋愛という物を諦めていた、縁の無い物だと割り切っていた。だが、昼間のブランに押し倒された時、心の何処かで期待してしまった。
この心の寂しさを埋めてくれるのでは無いかと。
自分の、期待通りに。
湖の冷たい水でも冷やしきれない熱を感じたのはブランだけではない。
むしろ、セリナの方が熱が強かった。
でも、セリナにとってブランは守るべき対象だ。もう失いたくない同族。セリナが相手の寿命を気にせず安心して接する事が出来るエルフ。
(.....そんな、つもりで助けた訳じゃなかった....と思ってたんだけど、なぁ...)
セリナは基本的に人を助ける事を躊躇しない。
勿論、見返りを求める事も無い。
でも、ブランを助けた時、心の何処かで喜んでしまった。同じ寿命を持っている同族の女の子。心の寂しさを埋めてくれると期待してしまった。
200年前のあの子みたいに。
無意識の内に打算ありでブランを助けていた罪悪感と、ブランが側に居てくれる幸福感。
2つの感情に挟まれるが、キスの意味を教えたブランが好意を伝えてくれた事に救われたセリナはそのまま数十分程浴槽に潜り続けていた。
そして、不自然に思って様子を見に来たブランは浴室に入ると浴槽に沈んでいるセリナを見つけて慌てふたむいたのだった。
ご読了ありがとうございました!
ようやく百合らしい展開になってきました!これからもバトルあり笑いありの百合作品を目指していきます!
感想、評価、ブックマーク登録お願いします!




