日常
「ありゃ?村まで戻ってきちゃった」
ぴょんぴょんと血痕を追いかけている内に村まで戻って来てしまったセリナ。
「も、もう、下ろしてくださぃ......」
ぴょんぴょん、というと少し可愛らしく聞こえるが実際には一度に数十メートル程飛ぶのだ、下手なアトラクションよりも刺激的だったのだろう。ぐったりとした様子のブランがセリナにしがみついている。
「大丈夫?どしたの?」
「貴女のせいですよね!?」
「あはは、ごめんごめん。今日はブランの好きなスープにするから許して?ね?」
「....むぅ」
ゆっくりとブランを下ろしたセリナはそのままむくれるブランの頭を撫でながら軽快に笑う。
「ねぇちょっと良い?今日また誰か外から来た?」
「ん?あぁ、セリナさん。良く分かりましたね、1人人間が逃げて来ましたよ。酷い怪我で村に来た瞬間倒れてしまったんです」
「人間、かぁ」
「まぁ、正直あんな事があったばかりなので今はギルドで処置と監視、意識が戻り次第事情聴取って感じらしいです。あっ、この事は村の人には内緒でお願いしますね?」
謎の少女を助けた本人である衛兵は少し苦笑いをしながらセリナの質問に対して素直に答える。
「でも、よくこの状況で人間を助けたね。偉いぞ」
「あはは、この歳になって褒められるのは照れますね」
「ボクからしたら皆子供なんだけどね。人間は成長早いからなぁ」
兜越しにポンポンと頭を叩くセリナに対して照れた様子の青年。
「それに、貴女に以前助けられた時、今度は俺が誰かを助けるんだって言ってくれた。だからあの人を助けられたんですよ」
「ふふっ、そっか」
嬉しそうに笑う青年に見送られ村へと入るセリナ。
「やはり、慕われているのですね」
「あはは、そりゃあ今居る村の人達のおばあちゃんのおばあちゃんくらいの時からずっと居るからね。強い魔物を倒したとか、そういうのはこっそりしてるけど薬を作ったりしてたのは隠してないし、そっちの方で結構感謝されたりはするよ」
でも、その言葉は誇らしいというよりは寂しい、というような雰囲気で不思議だった。
「ブラン、薬草の受け渡しお願い。受付の人がやってくれるから大丈夫だと思うけど」
「あ、はい」
「ボクはそのやって来たっていう人間さんを見てくるから」
そう言ってギルドの奥にある処置室に向かうセリナ。
ブランは特にやる事もなく、受付の女性が薬草の代金を渡してくれた後もとりあえず入口付近で待つ事にした。
ギルドを見渡すとまだ昼間だからか冒険者1人居ない。
「ん?なんだブラン。1人か?」
「あ。マスターさん。こんにちは、セリナなら人間さんを見てくると言って奥に」
「あぁ、そういう事か。まだ意識も戻ってないから直ぐに帰って来るだろう」
「そんなに、酷い怪我なのですか?」
そんな中、受付の奥にある階段から杖を着いて降りて来たマスターに話しかけられたブランはぺこりとお辞儀をしてから聞いた話に少し不安そうに答える。
「あぁ、全身の打撲と切り傷、それから栄養失調だな。今は手当ても終わったから明日にでも目を覚ますだろうな」
「なるほど...」
「.....不安か?」
外からやって来た人間。
十中八九ヒュラマイトの人間だろう。
「はい。また、あんな事になるのではないかと...」
もしまた奴らが攻めて来たのなら、それが何度も続くのであれば、それだけ多くの人が傷付く。
「私は、居ない方が良いのではないでしょうか」
その方がこの村の人達も安心するのではないだろうか。
そんな考えがずっと頭の片隅に残り続ける。
「王女暗殺の濡れ衣を着せられた、か。それにしたって流石にアレはやり過ぎだ。理由は分からんが幾ら小さい村とはいえ此方を滅ぼす勢いで捉えに来るのは明らかに異常だ」
「.....では、やはり」
「だがな」
200年前の騒動を憶えているのはマスターとセリナしか居ない。
2人はあの時得た情報からヒュラマイトはエルフ含む他種族を執拗に欲していると推測している。
だから、確かに今ブランを向こうに渡してしまえば暫く村が襲われる事は無いだろう。
「あいつはそんな事させんぞ?」
そう言って、笑うマスター。
セリナがあの夜宣言したのだ。
『勝つさ。必ず』
その言葉の重みを誰よりも知っているマスターは、助けたかった者を失い、仇も取れず、挙句の果てには当時の村人達が殺され、マスター自身も片足を動かせなくなった。
何も守れず、何も助けられず、零れた命の重圧に押し潰され、自暴自棄になり、そこから立ち直るまでずっと見てきた愛弟子が、最強と名乗るに相応しい力を手に入れたあの愛弟子が、勝つと宣言したのだ。
「でも...」
「まぁ、普段のあいつを見ているとそう思えないかもしれんがな。だがやる時はやる奴だ」
「それでも、私は、この村に居て、良いのでしょうか.....」
確かにブランの不安も分かる。
幾らセリナが強いとは言え、相手は国なのだ。
「ブラン。あいつの前でそんな言葉を吐くなよ」
「え?」
「あいつは昔」
少し語気が強くなったマスターの言葉は。
「お?なになに?どしたの?」
処置室から帰って来たブランに遮られた。
「なに、お前は何時も通りだって話だ」
「え〜?どゆこと?ブラン?何かこのおじいちゃんから悪い事吹き込まれていない?」
「あ、えと」
「全く、俺程若者を労る奴は居ないぞ?」
「どの口が言うのさ」
何時も通り、もう何百年と繰り返したやり取りを繰り返す2人。
「まぁいい、どうだ?お前の目から見て」
「話してみないと分かんないって。パッと見た感じ、亡命者にしては小綺麗だから何か裏がありそうだけど」
軽く言うセリナだがその内心はかなり警戒していた。
「まっ、今日はブランの初仕事だったし、そこまで首は突っ込まないよ。何かあったら教えて〜。さっブラン帰ろっか」
「は、はいっ。失礼しますっ」
「あぁ、お疲れブラン。お前もこれくらい可愛げがあれば良いのにな」
「べ〜っだ」
あっかんべー、というようなセリナを見て苦笑いするブラン。
「全く、あの馬鹿は」
だがあれ程楽しそうにするセリナを見るのは何年ぶりだろうかと思い1人微笑むマスター。
魔族の長い寿命よりも長いエルフの寿命。
転生者であるセリナは最初こそ人間と同じ感覚だった。しかし50年100年と同じ村で生きていく内に人間と1歩引いた距離感で生きるようになっていた。
自分は老いる事ない悠久の時を生きると言われているエルフ。対して100年も生きない人間。
仲良くなっても、親しくなっても、直ぐに死んでしまう。そうして何時しかセリナは人と親しくしても踏み込む事無く、何処か一線引いた距離感で接していた。
200年前、初めて同族であるエルフと出会うまでは。
あの時のセリナは本当に嬉しそうだった。自分と同じ時間を生きる事が出来る、自分が置いていかれるような置き去っていくようなそんな別れをしなくていい存在と出会えた。
だからこそ、セリナはあの時単身で攻め込み、戦い、そしてまた親しい命を失った。
「どうか、出来る事なら、あの娘と仲良くしてやってくれ」
そして今、また同族に会えた。
だからだろう、あんな風に世話を焼いてしまうし甘やかしてしまうのは。
セリナも、そしてマスターも。
どうせ今頃ブランの手を引きあれやこれやと振り回しているセリナの事を想い微笑むマスター。
「お前も、生きていたら、な」
懐から取り出した1枚の写真。
そこには若かりしマスター、そしてお腹を膨らませた美女が映っていた。
「今日は焼肉だ〜!」
「あの...貰ったお金では、その、全然足りないのですが...」
「ん〜?大丈夫大丈夫!ボク、結構貯金あるんだよ?」
基本的に薬草採取のついでにその日の食糧を確保する生活を送っているセリナはこつこつと貯めて来たお金があるのだ。
「あっ、何時ものスープもちゃんと作るから安心してね?」
「あ、はい。えっと、焼肉?に合うのですか?」
「ん〜?もしかして焼肉ってした事無い、よねぇ」
「はい。焼肉と言うくらいですから肉を焼くのですよね?それでは何時もと変わらないのでは?」
お肉屋さんの前で首を傾げるブラン。
「ふっふっふっ、ならこの後教えてあげよう!」
と、得意気な笑みを浮かべるセリナ。
無事大量の肉を手に入れたセリナは帰宅すると直ぐにいつものスープと同時に別の鍋で何かを煮込んだりし始めた。
「セリナ、これは何ですか?」
「これはタレだよ。リンゴとか醤油とか色々入れたボクお手製の焼肉に使うタレ。焼いたお肉をこれに漬けて食べるんだよ〜」
こんなドロドロとしていて手当り次第に家にある食材を鍋に入れたような黒い液体と焼いた肉を一緒に食べるなんて正気なのか疑ってしまうブラン。
「もしかしてブランはお肉食べる時って塩とかだけ?照り焼きとか煮物とかも食べた事ないの?」
「はい。そもそもお肉なんて豪華な食事、月に一度頂けるかどうかでしたので」
「そっかぁ。じゃあこれから色々作ってあげるからね」
どうやら自分が思っていたよりも貧しい生活を送っていたらしいブラン。
「よし、そろそろ火を起こしに行くよ」
「はい。それくらいなら私でも手伝えます」
「ありがと。じゃあ手伝って貰うかな」
家の外にある納屋を開けると中には色々と物があった。
「あの、此処って...」
「ん?あぁブランは入ったの初めてだよね。まぁ物置だよ、特に珍しい物も無いし」
中には薪割りをする為の斧や魚を釣るための釣竿、他にも長い鉄の棒やハンマー、金床や昔使っていたであろう錆びた武具が置いてあった。
「あの、これって....」
「ぶぇっくしょい!.....んぇ?何か言った〜?」
「あ、いえ。その、何でもない、です」
「?」
粗方掃除はされてるがそれでも埃っぽいからなのか盛大なクシャミをしてブランの質問が聞こえなかったセリナは首を傾げながら炭と焚き火台を引っ張り出していた。
(セリナは弓を使わないって、じゃああの弓矢は?)
納屋の壁に掛けられていた弓と矢筒、その中に収められた矢。
見た感じ、新品のように見える。良く手入れされていて大切に保管されているのが良く分かる。
(他の武具は錆びていたのに、あれだけ埃1つ付いていませんでした。でもそんなに大切なら家の中に何故入れないのでしょう?)
それに新品に見えるがそれにしては少し古びていた気がする。
もしかしたら贈り物なのかもしれない。エルフと言えば弓を扱うのが一般的だし、セリナ程の実力なら偉い人から報酬として送られた物かもしれない。
「よし、火を起こしてお肉を持ってこよっか。ブラン、火を起こして貰って良い?」
「はい、わかりました」
何となく触れてはいけない、そんな予感がしてセリナへの質問を止めるブランは手慣れた手順で火を起こし始めた。
最初は乾いた小枝に火種を移し、ある程度大きくなった火に炭を焚べる。
「おっ、火が起きたね〜。はいスープ」
「ありがとうございます」
火が安定したら上に網を乗せ、そうしている内にセリナが買ってきた肉や野菜を持ってくる。
そしてすっかり好物になったスープ。今日は焼肉だから具材は控えめだが何時もより少しあっさりしていてこれはこれで美味しい。
「よ〜し!早速焼こっか!」
「なるほど、焼きながら食べると言う事ですか」
「そういう事、やっぱりお肉は焼きたてが1番だからね」
じゅう、と音を立てて網に乗る肉から香る良い匂い。
「ふふっ、焼肉の良さに気付いた?」
「はい、これは確かに待ち遠しいです」
珍しく声を弾ませるブランを見て微笑むセリナ。
「はい、熱いから気をつけてね」
「えっと、このタレ?に浸して食べる、のですよね?」
「うん、そうそう。あっ、タレをそのまま飲んだりしたらダメだよ?お肉をくぐらせて食べるんだからね?」
流石にそれくらいは分かる、と言いたいがつい先日骨の付いた焼き魚をそのまま食べて喉に骨が刺さってしまったという失態をやらかしているブランは反論出来ず、言われた通りに肉を頬張る。
「っ!」
「美味しいでしょ」
「っ!っ!」
得意気なセリナの言葉に強く頷くブラン。
噛めば口の中に広がる肉汁、甘辛いタレと肉の旨みがベストマッチした美味しさ。
焼肉とはこんなに美味しい物なのか。こんなのただ焼いただけの肉だと思っていたブランにとって革命的な衝撃だった。
「凄いですっ、こんなにも美味しい肉は初めて食べましたっ」
「でっしょ〜?ブランの初仕事のお祝いだからお腹いっぱいになるまで食べなよ〜?それにねブラン。面白いのはこれからだよ」
コリコリした食感の肉、柔らかくジューシーな肉、がっつりと脂の乗った肉、様々な種類の肉を味わい、目を輝かせるブラン。
(......あの娘も、同じ反応したの、かな)
自分で焼いてみると言って焼き加減を教えたら、じっと肉が焼けていく様を見つめるブランを見てふとそんな事を思い出すセリナ。
幾ら重ねた所で過去は戻らない、失った命が戻る事は無いのに、それでもブランと過ごす内にあの娘が居たのなら、そんな想いがふとした瞬間に湧き上がってしまう。
人間だったセリナにとって、自分より幼かった人間がいつの間にか老人になり、そして死んでいた、気付いたら村のお店が代替わりしていたり、店主が亡くなり店が亡くなったりしていた。
そんな事を繰り返していく内に何時しか他人と一定の線引きを無意識に行っていた。
段々と時間の感覚が変わり始めたのが300年前。もう自分は人間ではないと自覚したのがその頃。それからどんどんどんどん時間の感覚が変わり、今ではあっという間に1年、10年と時が過ぎるようになって来た。
一緒に笑ったり、勉強を教えたり、仕事を手伝ったり、そういう風に関わりはする、それでもこういう風に一緒に食事をしたり、同じ屋根の下で眠ったり、なんて事をする事は無かった。
「んん〜!食べた食べたぁ」
「はい、少し、お腹が苦しいです」
「あははっ、またやろっか」
火の後始末をしながら、こんな風に食事をしたのは何十、いや何百年ぶりだっただろうと思い返すセリナ。
願わくばずっと、こんな時間が続けば良いのに、そう思いながら夜空を見上げるセリナ。
400年前から変わらない星空。それでも何だか今日の夜空は清々しく何時もより綺麗に見えた。
ご読了ありがとうございました!
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