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夜と授業と。

「ようやく来たか、セリナ」

「時間は指定してないでしょ」

「ふっ、たまにはこうして誰かを待ちながら酒を飲みたくなるさ」

「程々にしなよ?明日から忙しいんだし」


村が寝静まった夜、ギルドの2階にあるバルコニーで1人酒を飲んでいたマスターの横にセリナが飛んでくる。


「あの子は?」

「ぐっすり寝てる。全く大人しくしてたら明日には熱が下がってたのにまた上がっちゃったよ」

「ふっ、自分の事を考えず飛び出すなんてまるで何処かの誰かさんみたいだな」

「うるさいなぁ、そんな小言を言うために呼び出したの?」


くっくっくっ、と機嫌良さそうに笑うマスターに唇を尖らせて不貞腐れるセリナ。


「って、もう1瓶空けてるの?」

「違うな、正確には0.8瓶だ」

「四捨五入で1瓶でしょ、なに?そんなに機嫌良くなる事あった?村が襲われたっていうのに」


度数の低い酒ならともかく、マスターが飲んでいるのはウィスキー。バリバリ度数の高いお酒で晩酌程度に飲む量じゃない。


「あぁ、久しぶりにお前が自分の感情に任せて戦っていたからな」

「あのねぇ、流石のボクだって村がピンチなら怒るに決まってるでしょ」


セリナが村人の前で戦う事は滅多に無い。


基本的に魔物の討伐は冒険者達に任せてる.....と言うのは表向き、裏でマスターから危険度の高い魔物を密かに狩り、村の冒険者達が成長出来るような土台を作っている。


セリナはこの村が好きだし、当然この村に危害を加える者が居たら排除する。


だが、マスターが言っているのはこの事ではない。


「口調が荒れるくらいに、か?」

「......」


セリナは元男、もう数百年も前の話だし、身体に心は引かれる物で既に心は女性と言っても過言では無い。


可愛い物を見て喜ぶし、たまにはオシャレだってするし、綺麗な宝石とかは好きだ。


でも、根っこの所にまだ僅かに、飲み干したコップの底に残った1滴の水のようにまだ男の部分が残っている。


女性の裸を見て興奮、はしないと言えば微妙だが普通に一緒に温泉に入る事も出来るし女性物の服を着る事だって抵抗ない、メイクは......した事ないが別にしたくないと言う訳では無い。


でも、それでも残っている。


例えば、ボク、という一人称がその最たる例。


後は男を恋愛対象とは見れなかったり、感情が荒ぶった時に口調が荒くなる。


「........はぁぁ、まぁそりゃバレるよね」

「何度も言うが、俺の足はお前のせいじゃない。これは俺が弱かった、それだけだ」

「それでボクが納得すると思う?」

「思わんな、だがそれで()がお前の()に納得すると思うか?」

「思わないよ、だから何時も平行線じゃんか」


200年前、この村にヒュラマイトが攻めて来た。


奇しくも同じ、セリナが保護したエルフを追って。


「ボクがあの時怒りに任せてヒュラマイトに行かなければ、マスターの足は無事だった。うんん、それだけじゃない、何百人の命だって救えた、守れた」

「だがお前がヒュラマイトに行かなければあの戦いは終わらなかった。あの時終わらせなければ何千という命が消えていた」

「違う、ボクが村に居たら誰も死なせず終わらせる事が出来た」


ヒュラマイトはエルフが、人間以外の種族が国外に逃げる事を極端に嫌う。


その中でも特にエルフに対しては異常な程の執着を見せる。


当時セリナが戦っている間に目的のエルフを連れ去った。


「あいつらが何をしてるのか、それは知らないけどただヒュラマイトからあれ以上の援軍は無かった」

「それはお前がヒュラマイトで暴れたからだろう?」


必ず守ると約束した。それなのに連れ去られ、見つけ出す10日の間に彼女は壊されていた。


セリナが駆けつけた時にはもう遅く、生きているのに生きていない、心を壊し尽くされ、身体を使い尽くされ、前の彼女の面影は無かった。


それでもセリナは連れて帰ろうとした、でも彼女はセリナの目の前で自害した。


最後に一言、「なンで、タスケテクれナカっタ。ヤくソクダッタのニ」、とそれだけ遺して。


それから4日、セリナは狂ったかのように暴れた、街を、家を、道を、人を、見境なく壊した。


「実際に暴れたのは4日()()最初の10日は正直大した被害は出してない」

「だが、実際お前が居なくなって3日後から敵の援軍は無かった」


計14日、2週間も時間がありその大半は潜入と捜索に割いていたのに、村が滅びない程度にしか兵は居なかった。


ヒュラマイトの目的が何だったのか、それは既にセリナが壊した中に含まれているからもう知る手段が無い。


ただ、セリナの主観だとまるで追っ手が来ないように足止め出来る程度の戦力しか出してなかったように見えるのだ。


それこそセリナがあのまま村の守護に徹していれば自然と終わっていたかのような、そんな違和感。


「逆に言えば今回はブランを捕まえる事が出来なかったから」

「まだ諦めていない、か」


正直、今回の襲撃はセリナやマスターの予想以上だった。


200年前は魔物を使役する事も、あの隊長のような強さを持つ人間も1人を除いて居なかった。


「まさかあのレベルのが十数人居るなんてね」


明らかに強くなっている、それも国単位で。


「厳しいか?」


もしそうならマスターは、村長として、村を守るギルドの長として、決断しなければならない。



ブランをヒュラマイトに差し出し、脅威を遠ざけるという選択を。



1を捨てて100を守れる、その為なら自分が汚れようとも構わない。


どの道この手は汚れきっている、今更上から汚れたとしてもそれで村を守れるなら安いものだ。


と、以前なら、400年前なら断言するだろう。


だが今は。


この少し生意気な頼もしく育った弟子が居る。


殴り方も、剣の振り方も、戦い方も、何もかも知らなかった少女が今やこんなに生意気な口をきくようになった。


このバカ弟子(愛弟子)が居るのだ、なら自分は何も心配する事なく、()()()()()()()()()()何時も通りこの村を経営していく、ただそれだけ。


「.......どうだ、折角だから少し飲まないか」

「うんにゃ、遠慮しとく。」

「そうか」


弟子のような、娘のような、そんな存在。誰よりもセリナの実力も努力も知ってるからこその信頼。


「どうせなら歓迎会と完治のお祝いでパーッとやった方が良いでしょ」


裏表の無い真っ直ぐな笑顔。


「......ふっ、ならその時には秘蔵の酒を出すとしよう」

「ん〜?もしかしてマスター、ブランの事気に入ってる?」

「まぁな」


もしかしたら、なんて淡い期待も兼ねている。何よりあの状況で自分よりも他人を気にする辺り何処かのバカとそっくりだから、とは口に出さないマスター。


「もし、また奴らが攻めてきたら。今度は総出で攻めてきたら、どうする?」


どうせ答えは決まっている。


「ボク、約束したんだ。あの娘に幸せを教えて上げるって」

「ふっ、丸でプロポーズのような約束だな」

「うるさいなぁ。でも、もう約束は破らない、だから」


あの日あの時、自分の選択に、自分の弱さに、救えなかった命達に、涙を流したセリナをマスターは今でも忘れない。


だから。



「勝つさ。必ず。」



もう、絶対に負けない。


その宣言の後、セリナはバルコニーから飛び降りブランの新しい薬を作る為に家への道を歩き始める。


「そうか。なら安心だな」


心配は杞憂だったかと言う思いは酒と一緒に流し込む。


「.......あの日とは真逆だな」


彼女を救えず、自分の弱さに泣き、叫び、荒れたあの日。


あの日はセリナの心を表すかのように土砂降りの大雨に雷まで鳴っていた嵐だったが、今日は穏やかな風が吹き、よく晴れた満月。


「願わくば、あの娘を支えてやってくれよ」


こんなに美味い酒は何百年ぶりか、そんな事を思いながらもう1杯だけ空のグラスに酒を注いだ。






そして夜が明け、朝日が昇る。


「んっ......あ、れ?ここ、は......」

「おはよっ、ブランよく眠れた?」


白いマグカップを持ったセリナが朝日に照らされて目を覚ましたブランに優しく話しかける。


「どう?起きれる?まだ動けない?」

「あ、いえ、だいじょ、うぶ、です」


話しかけられたブランはゆっくりと起き上がる。


「うん、まだダルそうだけど結構良くなったんだね」

「えっと、あの」

「あっ、そうだはいこれ、まだボク飲んでないから大丈夫だよ」


手に持っていたマグカップをブランに持たせる。


「ホットミルクだよ、まだ熱いから気を付けてね」

「あ......は、い?」


一体何を気を付けるのだろう?と寝惚けている頭で思いながらホットミルクに口を付ける。


「っ!?」

「ボク気を付けてって言ったよね!?」


自分の分のホットミルクを注いでいたセリナは視界の横でびくりと震えたブランを見て思わず叫んでしまう。


「口の中火傷してない?大丈夫?」

「あ、はい」

「ほら、こうやって息を吹きかけて冷ますんだよ。ふーっふーっ、って」


世間知らずというか常識外れにも程がある、と思いながらちびちびとホットミルクを啜るブランを見守るセリナ。


「な〜んか聞きたそうにしてるね、ブラン」

「......はい、あの、貴女の、その、強さというか」

「あ〜、そっちかぁ......」

「?」


普通この状況ならこれからの自分の境遇とか気になると思うのだが、その辺もやっぱり常識知らずなのだろう。


「強化、だけではあの強さ無理ですよね?」

「うんにゃ、ボクが出来るのはスキルを使って戦うだけ。そしてそのスキルは言った通り『強化』だけだよ」


そんなに信用無いだろうかと密かに1つ悩みが増えたような別にいいような、そんな思いはホットミルクと一緒に流し込んで説明を続ける。


「それじゃ、少しお勉強の時間にしよっか。大丈夫?頭クルクルパーにならない?」

「くるく?えと、大丈夫、です?」

「よしならお勉強の時間にしよう」


何処から取り出したのかメガネをかけて得意げな表情でソファに足を組んで座るセリナ。


「先ずスキル『強化』は自身と触れた物の対象を指定して強化するスキル。そして強化出来る限度があって限界を超えて強化すると対象の物が壊れる。ここまではOK?」

「はい」


ホットミルクを飲み終えたマグカップに水を注ぐセリナ。


「よろしい。じゃあ問題、マグカップに入った水を増やしたい、強化したら量が増えます。さてどうしたら沢山強化出来るかな?」

「え?え、と?限界まで、水を増やす、ですか?」

「そう、それが普通の使い方。でもボクは水を今の10倍にしたいです。さぁどうすれば良いかな?」


コンコン、とガラスに入った水とマグカップを交互に指で叩くセリナ。


「えと?あの、え?」

「因みに水を減らしてから増やすっていうのはダメね?」

「.......???」


これ以上は知恵熱でぶり返すかもしれない、なんて思える程真剣に悩んでいらブランを見て、根は真面目な子なんだなぁと思うセリナ。


「答えは簡単。水が入りきらないなら器を増やせばいいんだよ」


マグカップとガラスの瓶の位置を入れ替えるセリナ。


「???」

「おーい、大丈夫?クルクルパーになっちゃった?」

「いや、あの?え?だって、容器を入れ替えるって」

「それは例えだからね?ボクは入れ替わらないから」


素直に教えれば良かったと思いながら説明を続けるセリナ。


「そもそも強化で限界を超えて壊れるっていうのは器が中身に耐えられないからなんだよ。水を入れる為の桶に溶岩を入れたら燃えるでしょ?」

「水を強化すると溶岩に変わってしまうから、桶が燃えてしまう。それが強化で壊れるという現象ですか?」

「そっ、でも溶岩だって別に何でも溶かす訳じゃない。なら溶岩を使いたいなら溶岩に耐えれる器を用意すれば良い、簡単でしょ?」


そうは言うがそれが出来たらスキル『強化』は今頃大当たりである。


「あの、話が見えないのですが......」

「ん〜?まぁ普通なら中身だけ強化するけど、ボクは器も強化してるってだけなんだけどさ」


水で例えたのはダメだったかなぁ、と呟きながら腕を組み悩むセリナ。


「このコップがボク、この水がボクの力の全部として、ボクは力を増やしたい。でも増やしすぎると溢れるから溢れないように器も大きくしようって話なんだけど、だいじょぶ?」

「つまりセリナさんは鍛えたからあれだけ強いと言う事ですか?」

「いやまぁ極論そうなんだけどさぁ......」


確かに鍛えれば鍛える程基礎の器は大きくなるがそうじゃないのだ。


「なんて言うかなぁ、こう、ボクはボクの力だけじゃなくて肉体も、骨も、血管も、ボクの全部を強化してるから壊れないって事なんだよね」

「......コップごと大きくしたから水が溢れない、と言う事ですか?」

「そう、ここまでは大丈夫かな?」


強化で力を強くする、能力を強くする、そこまでなら思い付き実行した人は居る。問題はそれでもなお強化出来る限界値はそこまで伸びていないという事。


「ただ、これでも肉体の器だけ。肉体の強度に魂がついてこない。だから結局これだけじゃダメなんだ」

「たま、しい?」

「そっ、魂と肉体は強く結ばれてるんだ。だから肉体だけを強化したらバランスが崩れて結局壊れちゃう」


キッチンから持ってきたボウルにコップを置くセリナ。


「強化した肉体がボウル、魂がコップ。元々肉体はコップと同じ大きさ」


とくとくとく、とコップに水を注ぎ、溢れた水がボウルに溜まってコップが沈む。


「こうやってコップが沈むとさ、魂が溺れて折角強化した肉体を動かせなくなるんだ」

「?ではどうするのですか?」

「魂も同じだけ強化する。だから、全部」


シンプル。脳筋と言った方が正しい。


「ですが、魂を強化するとは?」

「んー?簡単だよ?自分の魂を感じ取って、それを強化するの。でもそうすると面白くてさ、強化が重複していくんだよね」

「じゅう、ふく?」

「......因みにブラン、32+298は?」

「?」


とりあえず説明していて理解出来た事が1つある。


「ブラン、足し算って分かる?」

「それは何かのスキルですか?」


ブランには圧倒的に教育が足りていない。


むしろよくこれで今まで生きてこれたと、若干顔が引きつってしまうセリナ。


因みにセリナの言っていた重複というのは掛け算の事を言いたかったのだがこれでは伝わらないだろうなと苦笑いする。


強化というスキルは厳密には元の能力を設定した分だけ倍にするスキル。


セリナの素の力を10とした時、3倍が通常の方法で強化する限界と仮定する。


すると10×3=30になり、これが通常のスキルの使い方の限界。だが更に魂も強化すると通常の強化とは別に計算される。


そしてセリナの編み出したスキルの使い方を合わせると。


10(素の力)×3(肉体強度の強化)×3(魂の強化)=90(器の強度)となり、


90(器の強度)×90(肉体強化の限界)=1800となり、通常の強化で出来る何十倍にも何百倍にもなる。


勿論これはセリナがブランに説明しようと考えた数字で実際には違うのだが。


ブランが言った通り肉体を鍛えれば鍛える程、素の限界値は増えるし、肉体と魂の限界値は同じなので肉体を鍛えれば魂も自然と鍛えられていく。


「ようはボクは色々頑張ってすごーく強くなってるって訳」

「なる、ほど?」


セリナが戦った騎士隊長、ガトルガのスキルは防ぐ、阻むという概念を現実に持ってくる物。


はっきり言って、スキルの格で言うなら断然ガトルガのスキルの方が高い。


火は熱い、氷は冷たいというような当たり前の事と同じように、その壁は壊れない通れないという世界の法則が適用される。


「さっ、難しい話はおしまい。ご飯作るけど何か食べたいのある?」

「えっと、わからない、です」

「んっ。じゃあてきとーに作るね」


だがセリナの内側にある膨れ上がった力は世界の法則の内側に収まらなかった、だから簡単に障壁が破れた。


「嫌いな物とかある?」

「えっと、栄養のない物、でしょうか?」

「いやもっとこう、辛いのとか苦いのとかさぁ」

「......では、あの、また、あのスープが、のみたい.....です」

「うん、わかったよ」


勿論そんな細かい事、セリナからしてみたら些細な物なのだが。


食材を切りながらこれからブランに教える事が沢山出来たセリナは先ず何から教えるべきか考えながら手慣れた手つきで料理を進めていくのだった。

ご読了ありがとうございました!


なんか長々とセリナの能力を解説しましたが、要は本来1度しか掛け算が出来ない物を2回掛け算出来るから強い。です!


あとブランちゃんはクールだけどアホの子、というより義務教育的なアレが出来ていないので勉強が出来ない子です笑

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど。そういった方法で強化だけであんなに強かったんですね さらっと全部強化と言ってますがそれを可能にするまでどのくらいの年月がかかったのでしょうか [一言] 400年も生きているから色…
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