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おわりのはじまり

「ばぁ!」

「……うぃっく」

「あら、駄目みたいね」

「そんなに可愛いらしく驚かされてもうぃっく」

「ふふ、褒めちぎらないでよ」

「そんなに褒めてない……ヒック」

「ったく、良い歳してしゃっくりが止まらなくなるなんて……まったく世話が焼ける男だわ」

「ヒュック!」

「え何? 肯定? 肯定なの?」

「……うぃっく」

「……はぁ、しょうがない、私がキミの胸をぶっ叩いてあげるわ。ショック療法ね」

「ショック死の間違いだろ」

「は?」

「いや……」

「あれ、てかキミ、しゃっくり止まってない?」

「……あ、ほんとだ」

「ほーーらね! ほら、私のおかげよ! 私のおかげなのよ!」

「そうかなぁ……」

「何はともあれ私のおかげで止まって良かったわね!」

「うぅん……」






 ……………あぁ、そんなこともあったなぁ。確か六月の半ばのことだっけ。あはは、なんて平和でくだらない会話だろう。

 ミヌートとは初めて会って以降、毎日のように言葉を交わしていた。大抵は他愛のない話題ばかりだったけれど、俺にとっては本当にかけがえのない時間だった。本当に、大切な──


「っ!」


 涙が溢れそうになり、慌てて起き上がる。窓の外を見れば、もう日が昇り始めていた。ミヌートが部屋を出て以降、結局一睡も出来ないまま朝を迎えてしまったのか。


 “……其方は”


 唐突に頭の中で木霊する声。俺とミヌートの仲を引き裂いた張本人、『ドゥーム』の一角であるゾフィオスの声だ。


 “其方は、心よりシャルミヌートを愛していたのだな……”


 思わず呆気に取られた。それほどにしみじみとした、鮮明な感情がこもっている声色だったのだ。


「……お前、俺の思考が読めるのか」

 “いいや、精々喜怒哀楽を感じ取れる程度じゃが……其方の悲しみが海のように深いものであることは充分に理解出来るとも”


 ゾフィオスは一拍置いて、今度は眉を顰めるように──声だけでそんなことまで分かってしまう──問い掛けてきた。


 “しかし、だからこそ不思議なのじゃよ。其方の心は悲しみこそあれど怒りが無い。儂に対する怒りはないのか”


 ……凄く反応しづらいな。こいつは俺にどういう言葉をかけて欲しいのだろう。

 そりゃあ「よくも俺とミヌートの仲を滅茶苦茶にしてくれたな」なんて憎まれ口を叩くことは出来るが……生憎そんな風にキレる気はない。そもそも怒るのが苦手なのもあるが……今はただただ悲しいばかりで、同時に怒れるほどの余裕もなかった。


「お前に怒ったって、ミヌートは俺を殺しにくるんだろうし……何にもならないじゃん」


 俺は一度持ち上げた身体を再びベッドに沈ませ、深く長く息を吐き出した。


「……それにさ、困ったことに、お前があんまり悪い奴に思えないんだよ……」

 “驚いたな、其方にとっては邪魔者以外の何者でもなかろうに”

「そりゃそうだよ。ミヌートに殺されることになったのもお前のせいだし。だけど邪魔者なのと悪者なのは違うだろ。俺がしてんのは人格の話だよ」

 “ふはは、変わった奴じゃ。だからこそ……か”


 ん? 似たようなフレーズをつい最近聞いたような……。

 とにかく、自分でも不思議だけれど、こいつは悪い奴じゃないという確信があった。まだ善人とまでは言えないにしろ、悪意に塗れた奴とは到底思えなかったのである。


「とりあえず、そろそろ説明してくれ。お前が説明してくれないと、俺はどうしようもないだろ」

 “ふむ……その通りじゃな。まずはコレを第一に明かさねばならんな”


 正直、何を告げられようとも驚く気はしなかった。今の俺はそれだけ気持ちが沈んでいたし、こんな意味不明な状況に置かれているからこれ以上は無いと思っていた……が。


 “儂は神域の王じゃ”

「……え?」

 “ゾフィオスなどというのは悪魔名に過ぎん。まことの名を『神王セラフィオス』という”

「はっ………ええぇッッッ!?!?」


 神王……神王だって!? こいつが!?

『ドゥーム』の大悪魔が俺の中に居る──それすら超える衝撃がこうも簡単に突きつけられようとは……!!


「ま、待て! 神王って御伽噺じゃないのか!? 実在すんのかよ!?」

 “するとも。まさにここに”


 ほ、ホントかよこいつ……自己弁護でデタラメ抜かしてんじゃないだろうな……!?


「いや、でも、そうか、確か御伽噺扱いしてたのはつきちゃんだったか? ラランベリ様がそうと言ってたわけじゃなかったような……」

 “ほう、ラランベリを知っているのか。いやはや懐かしい、彼奴は儂の口調を真似るのが日課じゃった。今も元気でやっておるのか?”


 な、なんだよその気安い感じ……まさか本当に『ゾフィオス』が『神王』だったとでも……!?


「……あ!!」


 思わず声を上げた。あの日抱いていた幾つかの疑念と現在の情報がガチンと噛み合ったのだ。


「そ、そうか……だからパルシド卿はあんなことを……!」


 俺は以前、パルシド卿にこう尋ねられた。

 『ゾフィオス』という名を聞いたことはあるか、と。


 あの時はどうしてそんなことを聞いてくるのか、どうしてそんな情報を持っているのか見当も付かなかったが……そうか! パルシド卿は知っていたんだ! 

『ドゥーム』ゾフィオスが、神王セラフィオスだということを!!


 “其方はパルシドも知っているのか……ならば話は早い”


 ゾフィオスは……いや、神王セラフィオスは軽く咳払いをし、凛冽とした声色で言い放った。



 “全てを話そう。ここに至るまでの経緯を、全てな”



 

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