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【破】 Perfect fruition

 私はどちらかと言えば珈琲より紅茶の方が好きだ。別に珈琲が嫌いというわけではないけれど、子供の頃から紅茶ばかり飲んでいたせいかもしれない。

 凄まじい年月を経ても味覚の嗜好が変わることはないのだから、これを生命の神秘とすべきか単に愚鈍とするかは分かれるところかしらね。私はどちらでも納得できてしまうけれど。


 毒にも薬にもならない思考をしつつ、キャラメル色の紅茶を口に流し込む。やはり凄く不味い。ほんとクソみたいな茶葉ね……自分で用意したやつだけど。

 はぁ、口直しに彼の家でバニラミルクのアイスクリームが食べたいわね……。

 ……あぁ、彼といえば。そうそう。今の今まですっころこーんと忘れていたけれどもね。



「………ふっ」



 ……名前を、呼んでしまった。うっかり、ついつい、出来心で。



「…………まぁ、別にだから何って話だわよ」



 そもそも、これまで呼ばなかったことに大した理由はないし。なんであっちは私の本名を呼んでないのに私は呼ばなきゃいけないのよ、とかそういう面倒くさいことは考えてないし。てか教えてないのに呼べるわけないし。本名教えないとかほざいたのは私なんだし。



「…………葉瑠。葉瑠、葉瑠、葉瑠………ふふ」



 意味も無く呟いて、意味も無く笑った。とりあえずとても言いやすい名前だなと思った。

 言いやすい名前は好き。彼の名前は好き。

 彼の名前に比べると、シャルミヌートという名前は随分言い辛く感じる。別に嫌ってほどでもないけど、私の本来の名前がとても言い易いだけに、なんかこう、引っかかるものがある。彼には本名で呼んでもらった方が良いのかも、なんて思い始めている自分がいた。

 でも、いきなりそんなこと言い出したら彼を困らせちゃうかもしれない……いや、困った顔を見るためにあえて言うのも有りだわ。葉瑠はどうにも無性に困らせたくなるのよね……あ、ナチュラルに名前出ちゃった!


 って、とりあえずそれは置いといて。まずは最優先事項の確認をしておかないとだわ。



「自分から言い出したことだものね……」



 次に会うまでに取り組まなければならない宿題がある。

 そして私の宿題は、「何故こうも彼を特別扱いしているか」についての結論を出すこと。

 ……あらためて定義してみると我ながら馬鹿っぽくて笑えてくる。私一体全体いくつなのよ? 数千ってレベルじゃねーわよ?

 ……まぁいいわ、年齢のことは。だってこんなに見目麗しいんだもの、実年齢がいくつであろうが全く無問題……いや、今それを誇るのは違うわね。実年齢と実体験の乖離こそがそのまま結論に行き着けない要因となっているわけなのだから。

 ここは心を真っ新にした状態で自問自答するに限る。懇切丁寧に考える必要はない、簡単な事実確認だけですぐ辿り着くはずだ。



 私は彼を特別扱いしているか──Yes。

 私は彼を好ましく思っているか──Yesね。

 その感情はLikeかLoveか──Loveね。



「……? 今、思考にズレが」



 しくじった、もう一度やり直そう。

 私は彼を特別扱い──これは当然──好ましく思っているか──これも当然──それはどのような感情なのか──これは保留中。



「……ばか、それ保留してたら一生進まないでしょ」



 無闇矢鱈に引き伸ばしたりするのは私の主義に反する。いや、主義云々というより私は引き伸ばしたりするのが単純に好きではない、まるで性に合っていない。つまり真っ先に真っ新な気持ちで問答したあれが私の本懐、ということになるわけで……。



「………えぇ……マジなのちょっと……おいおいおい……!! えっ、マジなの!?」



 誰が聞いているわけでもないのに言い訳がましく声を上げる。照れ隠しのつもりか、ブンブンと振り回した腕がマイキャッスルの壁を吹き飛ばして大穴を空けていた。



「……………はぁ~……」



 大きく息を吐いた。無論、城の壁が壊れたことに落胆しているわけではない。この私ともあろう者が、こんな馬鹿な自己問答をしなければ自覚出来なかったのかという嘆きの溜め息だった。



「………ほんと馬鹿みたい」



 私は。

 このシャルミヌートは。

 もはや全く誤魔化せないほどに。




「………大好きなのね……葉瑠のこと」




 馬鹿で明るくて優しくて繊細ですぐ泣いちゃう、一緒に居てとても楽しい彼。こんな私にいつもいつも心の底から喜色満面の笑みを浮かべてくれる、この世で唯一無二の存在。



「……うわ……嘘でしょ……? 考えれば考えるほどめっちゃ好きなんだけど……なんで今まで気付かなかったの……?」



 思わず両手で顔を覆った。もちろん、誰に見られているわけでもない。ただただ恥ずかしくてどうにかなりそうだった。



「えっ、いつから? いつからこんなにゾッコンラブなわけ?」



 何か特別なきっかけがあっただろうかと、彼と初めて出会った日から順繰りに思い出してみる。けど無駄だった。自覚した今となっては、彼と過ごした全てが特別で愛おしく感じてしまうから。


 ──でも、きっと、それで合っている


 何か一つのきっかけがあったわけじゃない。彼と交わした一言一句、彼と過ごした一分一秒の全てが結実してこの想いと成っている。だからこそ一縷の隙もない。言い訳のしようもないほど確実に惚れてしまっている。



「どうしよ……次会ったらどう接すればいいのか、分かんなくなっちゃったじゃない……」



 いつものように澄まし顔で接すれば良いだけのはずなのに……今の私には無理な気がする。演技はあまり得意じゃないし、恥を晒してしまいそうな気がしてならない。

 いっそもう言ってみるっていうのも……いやいや、冷静に考えてやばいでしょ。『ドゥーム』の悪魔なのよ、私って。どうすんのよ、彼に拒絶されたら……。

 ……拒絶、されるかしら? 彼に、私が? そんなことある?

 彼が私を拒絶するヴィジョンがまるで想像できない。白状してしまうと、私は彼に好かれている自信がある。あんなに仲良く過ごしてるのに実は嫌われてるなんてこと、あるはずが……。




 ──俺が自然体で話せるの、ミヌートだけだ




 ふと、いつかの彼の言葉が脳内で噴出した。そしてその意味を噛み砕いた瞬間、浮き足だった感情の波が引いていく。

 好かれているのは、間違いないと思う。ただ、それが私と同種の感情なのかは疑問が残る。だって自然体なんて言葉が出てくるってことはつまり、意識されてないってことだから。私はLoveでも彼はLike、そういう結論に至るのが当然の帰結だった。



「…………チッ、なんか負けた気分だわ」



 こういうのは惚れた方の負けと聞いたことがある。全く度し難い……今更どうしようもないけど……。

 この私に敗北感を与えるなんて、本当に罪深い存在だわ、彼って。

 まぁいいわ、多少落ち着いたお陰で次に会ってもいつも通りの対応が出来るでしょう。


 答えは出た。宿題は終わり、彼と交わした約束は果たしたことになる。これでいつでも彼に逢いに行ける……のだけれど、彼の方はまだ答えを出していないかもしれない。整理を付けるとは言っていたものの、あの様子だとすぐには無理でしょうしね。私を惚れさせておいて他の女にご執心とは全く持ってムカつくけど。いや、女というか……花? まぁどちらにせよムカつく。


 さて、その間に私も用事を済ませましょう。毎日毎日うんざりしているものの、ガルヴェライザの様子を伺いに行かなくてはならない。私が居ない間に王が新しい命令を下していないとも限らないし、面倒だけど仕方ない。


 そこまで思案した後、おもむろに狂界の空を見上げる。相変わらず具合が悪くなりそうな色の空。そして今日も今日とて、黒い月は浮かんでいなかった。


 つまり……悪魔王がひたすら出払っているということに他ならない。


 王の行動など平常時であれば別段気にすることもないが、今は全く平常時ではない。ガルヴェライザにわざわざ「待て」と言い残して以来姿を消している……どうにもきな臭いのよね。

 ガルヴェライザも詳細を知らないとなると、唯一事情を知っていそうなのはエメラナクォーツだけど……奴にだけは借りを作りたくない。



「……何をそんなに気にしてんのかしら、私」



 理由はまるで分からない。けれど、漠然と厭な胸騒ぎを感じる……。

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