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【序】 Resurrection

 マイキャッスルの地下深く。丹精込めて作り上げた牢屋を見据え、深く溜め息をつく私。


「使う前からお役御免かしら、これ」


 ここには彼をぶち込む予定だったのだけど、今のところは必要無くなった。あと存外ドン引きされてしまった。

 ていうかあんなに引かなくてもよくない? こちとら一〇〇パーセント親切心で拐おうとしてたのに。なんでわたし、あんなに引かれなきゃいけないのよ?

 はぁー、なんか思い出したらムカムカしてきたわね。大体危機感が足りないのよ、タイミング次第じゃ本当に死んじゃうの、分かってんのかしら?


 ………………まぁ、でも、最後のは嬉しかったし、ちゃんと許すけど。


 ………いや、けどやっぱりムカつくわ! この私がなんでこんなに一喜一憂してんのよ!? (わたし)ゃ人間かっつーの!



「……あぁ、もう……本当に……キミといると、調子が狂う………………困ったものね」



 とはいえ、いざとなったら問答無用で牢にぶち込むことも視野に入れないと。何事も命あっての物種なのよね。

 それに……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけは確定している。ぶっちゃけ遅いか早いかの違いでしかないのよね。


「さてと……ん?」


 ふと、疑問の声を漏らすと同時に目を細める。鋭敏極まる私の肌が、微かな魔力の波動を感じ取った。どうやらかなり遠くで悪魔同士の戦闘が行われているらしい。

 戦闘……それ自体はこの狂界においてなんら珍しいものじゃない。むしろ狂界で殺し合いが発生していないと落ち着かないほどだった。

 ならどうして今回は反応したのかといえば、それは戦闘規模が甚大だったから。『ドゥーム』には遠く及ばないにしても、一介の大悪魔とは格が違う者同士の戦闘が勃発しているのだ。


「高みの見物でもしよっかな……特にやることもないし」


 指に引っ掛けていたお手製の手錠を投げ捨て、愛用の日傘を掴んだ私は、幼児の喧嘩でも観に行くような感情で地下を後にした。




 ***




 狂界はとにかく丈夫な世界だ。

 たった一体で星を滅ぼせるような奴らが蔓延っているというのに、何故狂界はさっぱり壊れる気配が無いのか。理由は単純、物凄く頑丈だから。それ以上でもそれ以下でもない。

 まぁ、何しろ狂界を創ったのは悪魔王だし。そりゃあ他の場所と質が違うのも当然なんだけれど。

 だからこそ、眼下の光景は相当珍しいものだった。


「おー、やってるやってる」


 日傘を差した私はふわふわと宙を漂い、文字通り高みの見物を決め込んでいた。

 数多の断崖絶壁を崩しながら、今まさに二体の大悪魔が殺し合いを演じている。堅牢極まる狂界の崖を崩している、というだけでも賞賛に値するが、そもそもここに崖など一つも無かった。全く平坦な地形からこの壮観な光景を生み出しているのだから、あの二体の実力の高さが窺い知れる。


「へぇー、こんなに力付けてたのね」


 当然といえば当然なんだけど、これほど力のある悪魔なら名が知れ渡っている。

 大悪魔ユオリオと、大悪魔ブラルマン。

 どちらも『ドゥーム』を除けば最高峰の実力を持った悪魔なのは間違いない。

 兎にも角にもこの二体が戦ってるってことはつまり……。



「……ふーむ」



 目まぐるしく変わる戦局を見つめる。やはり、ユオリオが押している。実力はほぼ互角なんだけど、両者の能力を見比べた場合ユオリオに分があるのは間違いない。


 奴の能力は体内で魔力を帯びた電気を生成するというもの……それもとにかく練度が高い。強大な電撃を放てるだけでなく、電気を利用した超高速移動や磁力操作など柔軟に駆使する。電気系能力の悪魔なんてごまんといるけど、その頂点に立つのがユオリオであることに疑いの余地はない。


 対するブラルマンは、己の肉体と魔力のみを武器にするゴリゴリのパワーファイター。背中から生えた六本の触手を操り、相手が燃えていようが棘が生えていようがお構いなしに、圧倒的な魔力量の差を活かしてぶちのめしていくタイプ……なんだけど、相手がユオリオでは中々そうもいかない。ブラルマン対策として、奴は常時強力な電撃を纏って戦っているからだ。魔力量が拮抗している相手に対して能力無視のゴリ押しは難しく、必然的に苦戦を強いられている。



「やぁ、シャルミヌート。高みの見物かい?」



 うーわ、やっぱり来たよ、こいつ。


「あんたもそうでしょ、エメラナクォーツ。自慢のブラルマンが追い詰められてるわよ」


『ドゥーム』の一角・大悪魔エメラナクォーツが私の傍らに浮かんで崖下を見下ろしていた。ま、こいつなら間違いなく観に来ると思ったわ。何しろ、ブラルマンはエメラナクォーツの直系悪魔……こいつにしてみれば、長年見守ってきた肝入りの存在というわけね。そいつがユオリオと戦ってるんだから、エメラナクォーツが観に来ないはずがない。


「ははは、これはまずい。ブラルマンが死んでしまうじゃないか」

「ざまぁねーわね」


 エメラナは腕を組みつつ、普段通りの胡散臭い声で笑っていた。いくら自分が悪魔化させた奴でも、普通に戦って普通に殺されるのを庇うほど野暮ではない、ということでしょうね。

 こいつが特別薄情というわけじゃない、私でもそうする。事実、私にとって唯一の直系悪魔だったシルヴァニアンを助ける気なんてサラサラなかったし。


「ガルヴェライザは来ないの? ユオリオは奴の直系悪魔でしょ」

「彼は精神統一中さ。神域を滅ぼすために状態を整えている」

「ふーん、大層だこと」


 まぁつまるところ、崖下の戦いは『ドゥーム』の直系悪魔同士の対決だった。勝った方が新しく『ドゥーム』として食い込む可能性……は限りなく低いものの、第三者として見る分には中々面白い。


「む、ユオリオがペースを上げたようだ」

「あーあ、いよいよじゃないの、これ」


 ユオリオは伸縮自在の触手攻撃を掻い潜り、ブラルマンの元へ肉薄していく。高速で放たれる触手の猛攻に対し、さらに上のスピードでもって攻略する強引さ。実力差を明確にするという点ではこの上なく効果的で、与える精神的ダメージは計り知れない。ゴリ押しが信条のブラルマン相手なら尚の事。

 一切速度を落とさないまま一気にブラルマンの懐に潜り込み、急速に魔力を漲せると、


「やれやれ……」


 傍らのエメラナクォーツが溜息をついた瞬間、ユオリオは全力全開の電撃を全方位に発散し、ブラルマン諸共辺り一帯を塗り潰してしまった。勿論、上空で見物を決め込んでいた私達も含めて。


「まぶしー」

「ふむ」


 なすがままに直撃を受ける。私らの場合、この程度の攻撃だと当たろうが避けようが些かの違いもないので、動くだけ無駄だと判断した。伊達に『ドゥーム』として踏ん反り返っているわけじゃないのよね。

 しかし、なるほど。並の大悪魔ならたちまち消し炭と化すほどの威力だわ。一応ブラルマンは並外れた悪魔だけど、こりゃ流石に死んだかもね。


「……長いわね。いつまで放電してんのよ」

「確実に仕留めるため、念には念を入れているんだろう。大した魔力量だ」

「そーいうところはガルヴェライザ似ね。まぁ親でもなんでもないけど」


 たっぷり十五秒も放電し続けたユオリオは、ようやく電撃を止めて目の前の悪魔を見下ろした。もはや黒炭と言っても過言ではないほど焼け焦げた、大悪魔ブラルマンの姿を。



「……………変ね」



 思わず呟いた。勝敗が決したはずの光景だが、眉を顰めざるを得ない。傍らのエメラナクォーツも、珍しく訝しげな声を漏らしていた。


「ふーむ……これは」

「ええ──治ってる」


 呟いた瞬間だった。今にも崩れ落ちそうだった六本の触手が驚異的な速度で復元され、ユオリオの半身に炸裂し、地面に叩き落とす。

 現状を察知し、慌てて電撃を纏い始めるも既に手遅れ。狂ったような高笑いを上げるブラルマンが狂ったように触手を振り下ろし、ユオリオの全身を滅多打ちにする。強固なはずのボディが原型を留めなくなるほど、完膚なきまでに。


「電撃を纏ってもお構い無しね」

「ああ……ダメージが入った瞬間から再生している。素晴らしい力だ……」


 目を爛々と輝かせ、暴虐の限りを尽くすブラルマンに視線を注ぐエメラナクォーツ。こいつほんとに気色が悪いわね……。

 まーでも、確かにこれは凄いかも。唯一無二と言って良いくらいだもの。

 ブラルマンが今しがた発現させたのは、俗に言う「自己再生」の能力。これがとにかく珍しい。

 基本的に、悪魔の持つ能力はバリエーション豊かとは言い難い。タイマン向きか殲滅向きか、といった違いはあれど、どいつもこいつも殺しに特化した力ばかり発現させる。大悪魔は特にその傾向が強く、だからこそ大悪魔に到達しているとも言える。たまにシルヴァニアンみたいな特異な能力を持つ奴も現れるけど、それにしたってまさか自己再生能力を持つ悪魔が出てくるなんてね。

 これまでも疑似的な自己再生をやってのける奴はいた。しかしブラルマンの力はそんな半端なもんじゃない。正真正銘、本物の治癒能力だ。それも死の間際からあっという間に完治するほどの、異常なまでの再生速度。既に発現したばかりとは思えないほどの域に到達している。


「ははっ、見たまえシャルミヌート! ユオリオが死んだ、木端微塵だ!」

「見りゃ分かるわ」

「これは……本当に食い込むかもしれない。『ドゥーム』に……ゾフィオスの席に……」


 そういえば疑似的な自己再生をやっていたのもゾフィオスだったわねぇ……なんてことを思いつつ、懐疑的な眼差しでブラルマンとエメラナを見比べた。


「本気でそう思ってる? 自己再生を得たところでゾフィオスの足元にも及んでないわよ」

「もちろん、ずっと先の話さ。しかしブラルマンはこれまでの候補者とは違う! これまではただの期待だったが、彼に関しては確信がある! 間違いなくゾフィオスの穴を埋めるのだと!」


 確信って……説得力皆無だわ、こいつが言っても。


「あんたは……いや、ガルヴェライザもそうなんだけど、なんでそんなに「四体」にこだわるの?」

「王様の言葉を守るのは当然だろう」

「王の?」

「『ドゥーム』が組織される前の事だ。君はまだ居なかった」

「何はともあれ、王の言い付けを守ってるだけか」


 ほとほと呆れた私は白けた眼で虚空を見つめ、ただ一言。


「つまんね」

「君には理解出来ないだろうな。王様の真意は僕とガルヴェライザにしか理解できんよ」


 王を……理解? 出来るわけねーわよ、そんなの。

 こいつらだって絶対出来てない。出来るわけがない。


「んで? 結局、ブラルマンがどうやって『ドゥーム』に達するって言うのよ。見ての通り、ユオリオを殺してもまだ『ドゥーム』には程遠い。そこらの大悪魔をぷちぷち殺して地道に……なんて気が遠くなる作業をやらせるつもり?」

「場合によってはガルヴェライザの力を借りて無理矢理引き上げることもできるが……せっかくの知性を失うのは得策ではないだろうね。あの方法を取ったシルヴァニアンは全く伸びなかった。かと言って僕が相手などすればせっかくの芽を摘むことになる」

「神域の雑魚共も問題外だし。たとえ覇天峰位の神でもブラルマンの相手は務まらないわ」


 エメラナクォーツは腕を組み、今一度崖下のブラルマンを見つめる。


「理想はブラルマンより少し上の相手を用意してやることだが……すぐには無理だ。しばらくは地道にやってもらうとしよう」


 そんな都合の良い相手、ちゃんと用意出来るのかしらねぇ……まぁ、私にとっちゃ所詮は他人事。どうでもいい。

 さて、とっとと帰ろう。もうここに居る理由はないのだし。



「エェェェメラナクォォォォォーーーーーーーーーーツッッッ!!!!!!!」



 あん?

 地上を見やると、こちらへ向かって上昇してくる奴が一人──当然、ブラルマンだ。


「やぁ、ブラルマン」

「高みの見物決め込んでやがったんだなぁ……相変わらず反吐が出る奴め…….」

「ふむ、やはり見事な能力だな。今となっては擦り傷一つ見当たらない」

「おれはずっとテメェを殺すためにやってきたんだ……テメェだけは殺してやる……」

「君に課題をくれてやろう。触手をもう二本増やしてみせたまえ」

「目に浮かぶぜ……テメェをぶっ殺すおれの勇姿がよぉ……!」


 こわ、まともに会話できないのこいつら。


「……ん、何だ、そっちの奴は?」

「ああ、彼女は『ドゥーム』だよ」

「なにっ!! こいつがテメェと同格の悪魔だと!?」


 ようやく会話が成立したと思ったら、これとは。だるすぎて溜め息も出なかった。


「んあー……私帰るから」

「待てやクソアマ。テメェが『ドゥーム』の一角だぁ? 抑えてるにしても魔力が少なすぎんだろうが……どんなイカサマを使いやがった?」

「悪いけどゴミと交わす言葉はないわ」

「ハッ! こいつぁ面白ぇゴミだぜ! えぇオイ!?」


 鬱陶しい……口の利き方も知らなければ力量の見抜き方も知らないときた。ブラルマンは私よりずっと長く生きているはずだけど……随分粗末な人生を送っていたようね。

 エメラナが何かを察したように私に視線を送ってくる。

 はん、知ったことか。将来性があるから何? くっだらない! 私の気分を害するクソ野郎は殺してしまえ!


「待てシャルミヌート!」


 声を荒げるエメラナに構わず、ブラルマンの首を飛ばすべく右手の日傘を振り抜く──一瞬という表現すら生温い速度の攻撃。

 しかし、それは寸前で防がれることとなった。

 ガラスが割れる何百倍もの音が周囲に溢れて飛び散る。音の発生源……酷くひび割れた物体は、辛うじて砕かれず頑なに浮遊していた。ブラルマンの顔付近に突如出現し、私の傘を受け止めたのは──光り輝く翠色(すいいろ)の結晶。

 しかし私は怯むことなく新たな得物を左手で取り出し、ブラルマンの喉を貫いてガチャガチャとかき混ぜてやった。


「ギャゴッ、ゲッグォッ……!!!」


 潰れたヒキガエルのような声を漏らす悪魔はそっちのけで、機嫌の悪さを全面に押し出しながら傍らの悪魔を見据えた。


「……エメラナクォーツ、この私の邪魔をしたわね?」

「『ドゥーム』ともあろうものが、一時の感情で格下を殺そうなど……恥を知りたまえ」

「悪魔が悪魔を殺すのは当然よ。でも悪魔が悪魔を庇う、これはおかしいわよね? 恥を知りなさいエメラナクォーツ」


 指を軽く振り、浮遊するボロボロの結晶を消失させたエメラナは嘆息し、


「まぁ待て、彼はまだ未熟なのだよ」

「未熟~? こいつがどんだけ生きてると思ってんのよ? 今更もう治りゃしない、ここでぶっ殺してやるわ」

「短気は損気だ、もうやめたまえ。君を止めるとなると流石の僕も本気を出さねばならない。それは殺し合いになるということであり、同時に王の御言葉に反するこということ。禁忌を犯すというのか、君は」


 王の言葉……『ドゥーム』同士の戦闘を禁ずるという、無作法な私らにとって唯一のルール。

 特別意識していたわけではなかったが、遥か昔からそのルールだけは守ってきたのも事実。確かに、ブラルマン如きでそれを破るのも癪に障るわね……。


「チッ……分かった、タブーに免じてこいつを殺すのはやめてあげる。ただし痛い目は見てもらうわよ」


 喉を貫通している得物を引き抜いた私は、一秒にも満たない極僅かな時間でブラルマンをボコった。

 両目ごと顔面を潰し、六本の触手と四肢を全て捥ぎ取り、胴体を五つに分割して頭蓋を打ち砕く。本音を言えばまだやり足りないけど私は優しいからこのくらいにしといてあげるわ。

 ボタボタッ、という間抜けな音と共に分裂したゴミが地に落ちた。いまだ再生する気配がないのは、攻撃時奴の断面に一工夫施してやったからだ。今頃地獄のような苦しみを味わっていることでしょうね。


「君にも呆れたものだ」

「あら、ものすごーく手加減したわ。跡形も無く消滅させなかっただけ感謝してよ。奴の能力なら三十分もすれば再生できるでしょ」


 空中で踵を返し、ようやくこの場を去れると息を吐く。当然、下の方で蠢いている屑肉には目もくれない。

 去り際、私はエメラナを睨み付けて吐き捨てるように言い放った。


「良い? これはあんたの責任よ、エメラナクォーツ。アレを「上」に加えたいなら然るべき教育をしなさい」

「善処しよう。彼が君にトラウマを抱く前にね」


 どーだか。こいつの強さは認めているけれど、こと教育においては無能と言わざるを得ないわね……いや、よく考えたらこいつ全般的に無能だわ。ただ強いだけの鬱陶しい奴だわ。

 はぁ。まぁいい、無駄な時間を過ごしてしまった。とっととここを離れよう。




        ***




 生命を拒絶するかのような凄まじい熱波が充満していた。大地は燃え盛り、生々しい心臓のように脈動している。巨大な火柱が昇っては爆発し、また火の海に呑み込まれていく。ひたすらにその繰り返し。太陽の表面に立っているのかと錯覚するほどの業火だった。


「あっちーわね」


 形式的に独り言つ。私にとってはぬるま湯程度でしかないけど、とりあえず言ってみたくなる光景だったので。


「はぁーーあ」


 長い溜息をつく。色々と、思うところはある。大悪魔ブラルマンは紛れもなく強力な悪魔であり、並の大悪魔が束になって挑んでも返り討ちにしてしまえるくらいの高い実力を持っていた。

 しかし私にかかれば塵芥に等しかった。奴が何をしようと何を考えようと、一切合切無関係。あまりに一方的すぎて勝負自体が成立しない。

 絶対的な力の差、絶対的な出来の違い。たとえこの世がひっくり返ったとしても結果は変わらない。私と奴ではそれ程次元が違っていた。


 つくづく、滑稽だと思う。


 神域の最大戦力である覇天峰位はブラルマンにさえまるで敵わない。通常の神はもっと弱く、ブラルマンがどうのと言うレベルにない。並の大悪魔を倒すことさえ死に物狂いだ。その下の神使などは戦力として扱っていいものかも曖昧なほど脆弱。

 そして、さらに下の……おそらく神域で最弱の存在が、半神使の彼。こうして改めて考えてみると、彼は本当に弱い生命体だ。私と彼の間には言葉では言い表せないほどの実力差がある。


 だけど、それでも。


 私の中で、彼は確固たる対等な存在として君臨している。彼の方も私を遥か格上の存在と認めた上で対等に接する。この私と真正面から向き合い、幾度も言葉を交わし、あまっさえ「一緒に居ると自然体でいられる」などとのたまう彼は、正直頭がおかしいと思うけれど。同時に、私は、ずっとそのままのキミでいて欲しいと思っている。


 形容し難い、ふわふわとした、この気持ち。


 悪魔にとっては強さこそが上下関係の決定的要因で。どの悪魔も、私でさえも、それを指標にしていたというのに。

 彼はそれだけじゃないことを思い出させてくれた。いや、思い出さなきゃいけないと思わせてくれた。

 彼への感情は、上手く説明できない。こんなに永く生きていて言語化出来ない自らが滑稽で仕方ないのに、どこか心地良い。たぶん、今はそれでいいのだと思う。

 一つ言えるのは、彼が私にとって死んでほしくない存在であること。それだけはちゃんと理解出来ている。

 だから、私は。



「──ガルヴェライザ」



 荒ぶる炎海の中心にて、轟々と燃え盛る龍が一体。

 あらゆる悪魔の中で最高の殲滅力・制圧力を誇る『ドゥーム』の一角──〈炎極(えんごく)〉のガルヴェライザ。

 私の声に反応した巨龍は厳かに瞼を開き、ジロリと双眸を光らせた。


「何の用だ、シャルミヌート」

「様子を見に。どうやら準備万端ね。もう行くの? 神域に」


 なおも熱を撒き散らすガルヴェライザに対し、自慢の長い髪を払いのけつつ問い掛ける。

 ……暑い。今のこいつの近くとあれば、流石の私も明確に暑いと感じる。油断すれば汗をかいてしまいそうだった。

 それだけ今のガルヴェライザは洗練され、研ぎ澄まされている。神域を滅ぼせという王の勅命に、全身全霊で応えるために。


「……いや、まだだ」

「そうなの? もうピークまで達してると思うけど」

「それはその通りだが、王の指示を待っているのだ。王の指示無しで出撃は出来ぬ」


 王の指示ぃ? なーに言ってんのこいつ。


「確か、神域侵攻のタイミングは一任されてたはずでしょ? なんで指示待ってんのよ」

「先刻、王が直々に此処を訪れ、こう告げられたのだ。少し待て、と」

「…………ふぅん」


 眉を顰めた。おかしいと思った。ガルヴェライザに決定権を委ねたのは、他ならぬ王だ。あの悪魔王がわざわざ意見を翻したというの……?

 やはり理解が及ばない。

 なぜ今更「待て」などと言うのか。一体何を待っているのか。


「……王、何か言ってた?」

「『行き先を見つけている、少し様子を見てやる』とのことだ」

「…………どういう意味?」

「さぁな。だがこうも仰った。『長くは待たせない、決して怠るな』と。故に、我の取るべき行動は一つ。ただ研ぎ澄まし、来るべき時に備える……それだけなのだ」


 ……王の言葉はよく分からない。でも、とりあえずこいつがまだ神域を襲わないことは知れた。それさえ分かれば細かいことはどうでもいいか。


「前にも言ったけど、神域に行くとなったら私にも教えてよね。それじゃ」


 おざなりに事務連絡を告げ、火の海を引き返す。

 あー、暑かった。奴の周りだけ真夏日じゃないの。これじゃ大抵の奴は近寄るだけで融解してしまうわ。

 うーん……以前の私の見立ては外れていたかも知れない。いかにガルヴェライザといえど神域を滅ぼすのは骨が折れると予想していたが……今会ってみて認識が変わった。

 おそらく、蹂躙。戦争の体を成さない。神域の現状戦力にガルヴェライザを止める手段は無い。


「……考えれば考えるほど、拉致った方が確実よねぇ……」


 結局その結論に行き着き、肩をすくめた。

 狂界に来たくない彼の気持ちも分かる。でも、私の城には私以外の誰もいないのだから何の問題もないのに。安心安全を保障するのに。

 ……でもまぁ、そもそも。最初に誘拐せず条件を提示したのは私なのよね……なーんで譲歩しちゃったかなぁ~…….。


「……やーね、分かってるくせに」


 苦笑いを浮かべ、自分で自分にツッこんだ。

 何度も思い起こしてはボヤいている私だけれど、その度に同じ解に至るのは、彼を対等な存在と認めている何よりの証拠だった。

 対話も譲歩もせず無理矢理攫うのは対等な関係ではない。そう思ったからこそ譲歩したし、無理強いはしなかった。

 相手の意思を尊重……とでも言うのかしら? この私がそんな事を気にするなんて、思ってもみなかったけれど。でも結果的には尊重してしまっているのだから言い訳も出来ない。


「……参ったわね、ほんとに」


 納得と理解……似ているようで異なる二つの感情が混在したまま、ふと天を仰ぎ見る。

 常に狂界の空に浮かんでいた黒い月は、今、どこにも見当たらなかった……。



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