パルシド
……あれ、なんだ? 妙な気配を感じる。
「ん……うわっ! びっくりした!」
「わぁ、ごめんごめん。そんなつもりはなかったんだけど」
ひえー、心臓に悪い!
起きた瞬間、目と鼻の先に可愛らしい顔が突き出されていたとあればそりゃ驚きもするよ!
「一体どうしたんだよ」
「別に、眺めてただけだから」
「そんなの何の益にもならないじゃん」
「なるよ? 気持ち良さそうだなーって。あはは」
琥珀色の瞳がキラキラ煌めいて、瞬いて。
軽快な笑い声と共に、ようやく月ちゃんの顔が遠ざかっていく。妙にテンション高い……結構前から起きてたっぽいな。
「リビングで寝るの辛くなかった?」
「別に問題なかったよ。よっこらせっと」
ソファから起き上がり、思いっきり身体を伸ばす。俺が半神使化で最も恩恵を受けている部分が寝覚めの良さだ。短い睡眠時間でもスッキリ起きられるメリットは地味にでかい。
「さ、朝ごはんにしよ。その後はすぐ勉強ね」
「う、うん……」
「大丈夫、確実に進歩してるよ。もう一踏ん張りすれば赤点回避! だよ!」
明るく励ましてくれる月ちゃんには本当に感服する。月ちゃん以外では俺のやる気を繋ぎ止めることなんて無理だったかもしれない。つくづく優れた講師に教えを乞うたものである。
「この勉強が終われば、そろそろセツナさんが迎えに来るからね」
「ああ、とりあえずセツナを安心させてやらないとな。そろそろ小テストで良い点取らなきゃまずい」
「うん、その意気その意気!」
赤点回避のためではなく、セツナを安心させるため。その思考で今までになく集中力が漲る俺は、どうにも差し迫った危機でなければ本気になれない駄目男らしい。
とにもかくにもまずは勉強だ。早速月ちゃん特製の小テストを開始し、ペンを走らせていく。
「私は庭園に行ってるから。終わったら呼びに来てくれる?」
「うん、了解」
俺が軽く頷くと、月ちゃんは麦わら帽子を深々と被り、手袋を着用しつつ庭園へと赴いていった。
俺は一心不乱にテストと向き合う。監視役がいなければ即座に集中力を失いかねない馬鹿な頭が、今だけは正反対となって右手を動かしていく。
しかし……本当にどうした? これまでに体感したことがない、不思議な感覚だ。恐ろしく滑らかな集中力で脳が沸き立っている。冷静かつ俯瞰的な思考を理想的なカタチで実現できている。この状態を自在に引き出せれば成績優秀間違いなしなのだろうが、そう上手くいかないのが人間というものか。つくづくよく出来た世界である。
「よし、できた」
残り時間をたっぷり残しての全問解答。これも初めてのことだった。とりあえず月ちゃんを呼びに行くとするか。
「おーい、小テスト終わったよー」
庭園に出てきた俺は、彼女の姿が見えないと悟るやすぐに辺り一帯に呼びかけた。その数秒後、背の高いトウモロコシの影から若葉色の頭がぴょこんと現れる。
「ありゃ、もう終わったの。随分早かったねぇ」
「月ちゃんの教育の賜物だよ」
「そう言って貰って点数低いと傷付くなぁ。自信は?」
「あるよ。今までになく」
「おっ、頼もしいね。それじゃ早速採点しよっか」
「いや、作業を終えてからでいいよ。俺も手伝う」
「いいって。もうすぐセツナさんが来るしね」
柔らかく微笑みながら月ちゃんがコテージへと歩き出す。俺は感謝を込めて彼女に頷き、小さくも頼もしい背中を追いかけた。
***
「お……おお!? 五十満点中四十八点!? どうしたのツッキー、ほぼ完璧じゃん!」
「えっへっへ」
「減点分も、漢字が間違ってただけで答え自体は合ってるし……凄い! これなら赤点回避間違いなしだよ!」
「うん、月ちゃんには感謝してもし足りないよ」
飛び上がって喜んでくれる月ちゃんの笑顔が嬉しくて、どうしようもなく照れ臭い。勉強も悪くないかも、などという世迷い言が脳裏にチラつくほどである。
「本番もこの調子で頑張ってね」
「ああ、ありがとう」
御礼もそこそこに、勉強道具を片付けて一息つく。今、俺は太鼓判を押された達成感で満たされている……と言いたいところだが、実際はセツナのことで一杯一杯だった。自らを褒めてやる余裕もない。
そうだよな……いつかは腹を割って話さないといけないんだ……でなきゃ進めないんだから、俺達……。
「ハル」
「うおっ!」
突然目の前にセツナが現れ、驚きのあまり声を上げてしまう。瞬間移動というのは、やられる側にとっちゃ本当に全くもって厄介な力だ。
「よ、ようセツナ。久しぶり」
「あたしにとってはついさっきぶりだけどね。ちゃんと勉強できたの?」
「あ、ああ、なんとかね。な、月ちゃん」
「うん、この調子なら大丈夫だと思うよ」
「そう! それは安心ね!」
セツナが嬉しそうな表情を浮かべると俺も嬉しい。嫌いな勉強を頑張って良かったと、なんだか報われた気持ちで心が満たされそうになる。
まぁ、実際はテストで赤点を回避しなければ報われないわけだけど……。
「さ、帰りましょうハル」
「ん、そうするか」
「テスト頑張ってね、ツッキー。今日の調子を発揮出来たら絶対赤点回避できるよ!」
「ああ、本当にありがとう月ちゃん。月ちゃんも任務頑張れよ、月ちゃんがサボったりはしないと思うけど」
冗談めかしてそう言うと、朗らかだった月ちゃんは打って変わって真顔で言い放った。
「そんなの当たり前だよ。神使なら当たり前」
「お、おお……なんかごめん」
「いや、いいけどさ」
「……さ、帰りましょうハル」
セツナが爽やかな顔でもう一度お開きの言葉を述べた直後。
コン。コン。コン。と。
恐ろしいほどに整然としたノックの音が響いた。
「ん、お客さん?」
「そんな予定はないはずだけど……」
月ちゃんは困惑気味の表情を浮かべながらも、とりあえず扉へ歩き始める。どうやらここに客が来る事自体珍しいようだ。
「あっ、二人は帰っててもいいよ。長話にでもなったら悪いからね」
「じゃあそうさせてもらうか。今回はほんとに助かったよ、月ちゃん」
「いいってば。それじゃ」
来訪者を待たせないよう、小さく手を振りつつ扉へ向かう月ちゃん。さてと、お言葉に甘えて我が家に帰ろう……と思ったが、ふと懸念すべき事項が頭に浮かぶ。
「あれ? そういえば瞬間移動のストックは……」
二人で神域に来たのが一回目。
セツナが一人で地球に帰ったので二回目。
さらにセツナがここへ迎えに来てくれたのが三回目。
一回目の瞬間移動からセツナ基準で八時間経っていなければ、現在ストックはゼロということになるが……。
「あと十分程度で一回分貯まるわよ」
「ほっ……そうか、なら安心」
それまではここに居させてもらおう。念の為もう一度忘れ物の確認でも……。
「ちょっと待ったァーーーー!!!!」
「うおっ!?」
部屋中に轟いたまさかの叫声に仰天する。
突如舞い戻ってきた月ちゃんが、何故かいきなりとんでもない声を張り上げたのだ。
「な、なんだよ!? セツナが腰でも抜かしたらどうする!?」
「そ、そんな心配はやめてハル……」
抗議の声にも月ちゃんは全く動じず……というより聞き入れる余裕がないのか、焦燥感たっぷりの表情で叫ぶ。
「お客様! 私にじゃなくて、二人に!」
「えぇ?」
予想だにしていなかった言葉に怪訝な表情を浮かべた──その瞬間。
「久しいな、セツナ。そして初めまして、ハル」
一体の神が俺達の前に姿を現した。
全てを塗り潰すかのような、絶大な輝きを纏って。
人型でありながらただの人間とは似ても似つかない、金色と菫色が混じり合った艶やかなボディ。流麗かつ華々しい体躯は筆舌に尽くし難い美しさだ。
開いた口が塞がらないとはまさにこの事か。碌な対応もできないまま、ただ見つめることしか出来ない。それほどに目の前の存在は並外れていた。
こんな俺でも、既に三体の神をこの目で見ている。
地球の女神・クライア。
覇天峰位の一角・デザルーキ。
神器開発の第一任者・ラランベリ。
いずれも神の名に恥じないオーラを放っていたが、目の前の神は別格だ。あまりにも違いすぎる。
「…………ッッッ!! パルシド卿、何故此処に!?」
セツナが神の名を口にした瞬間、俺は突然の来訪者が何者なのかを悟った。
パルシド卿。それは、『覇天峰位』の中核を担う者。つまりは神域におけるトップオブトップの存在。
そして、何より。
この偉大なる神の直属神使こそがセツナであり、必然的に彼女の秘密を握る重要人物に他ならないのだ……!!
「吾輩の立場上、セツナの様子を確かめる必要があった。ハルとも多少言葉を交わさねばな」
わっ、吾輩ィ!? 初めて見たぞそんな一人称使う奴!
「……セツナ、最近調子が悪いそうだな?」
「………いえ、そんなことは」
煌びやかな眼光がセツナに向けられる。それだけで酷く萎縮してしまっているのが俺にも伝わってきた。
というか、否定するのか、セツナ……。
「ううむ……そうか、状態は理解した。さて、次はハルと話をしよう」
な、なんだ!? よく分からんが状況判断が早すぎる! セツナはまだほとんど喋っていないぞ!?
「ハル、此方へ」
「うぇあっ、あっ、はいっ!」
セツナと月ちゃんにチラチラ視線をやりつつ、恐る恐る近寄っていく。
うわっ、やばい、近くで見ると本当に凄い圧迫感だぞ……!
「話がある、外へ出るとしよう」
「あ、いやっ、パルシド卿! 私達が出ますから、是非中でお話しなさってください!」
慌てて月ちゃんが申し出る。本人からの提案といえど神域のトップを外で立ち話させるなど、神使にとっては我慢ならないほどの蛮行なんだろう。
「ふむ、そうか。セツナもそれで良いだろうか?」
「……は、はい。…………あの、ハルと、一体何を話すおつもりで……?」
「それは言えんな」
か細いながらも勇気を振り絞ったセツナの問い掛けを即座に払い除け、パルシド卿はゆっくりと俺に向き直った。
「……ハッ! い、行こうセツナさん!」
「え、でもまだ……」
「これ以上パルシド卿の御時間を浪費しちゃ駄目!」
月ちゃんがセツナの背を押し、急いでコテージの外へ出て行った。俺もセツナも勿論神への敬意は持っているが、神使としては間違いなく失格レベルなので、神使然とした月ちゃんの行動は素直に有難い。
「………あの」
神域のトップと二人きり。経験した事のない異様な状況の中、先に口を開いたのは俺だった。
「話というのは、セツナのことですか……?」
「いや、それだけではないが……無論、セツナについても話さねばなるまいな」
俺は緊張で唇を震わせつつ、固く拳を握り締めた。
「セツナは誤魔化してましたけど……最近、調子が悪くて」
「分かっておる」
穏やかに、諭すように、パルシド卿は小さく頷く。その反応に、俺は目をパチクリとさせるほかなかった。
勝手なイメージで申し訳ないが、パルシド卿という神はもっと苛烈な性格の持ち主だと思っていた。それがどうだ、この慈愛に満ちた声色は。聖人揃いの神使を束ねるに相応しい風格じゃないか。
「アレは中々の問題児でな。ハルもそれについては理解しておるだろう」
「うーん……まぁ……うーん……」
何とも言えず宙を見上げる。否定してあげたいのは山々なんだけど……。
「ところで、セツナは最近、当てもなく歩いたりしていないか?」
突然放たれたその言葉に、ドキッと心臓が跳ね上がる。
何のヒントもなく核心を突いてきた。心当たりがあるんだ、やっぱり。クライア様でさえ知らなかった答えを、この神は知っている──!
「……してます。ぼーっと、意識が混濁した状態で辺りを練り歩いてるんです」
「……………そうか……ついに……」
パルシド卿は重々しく呟くと、何やら思案するように顎をさすっていた。
あまりにも意味深な言い回しに、俺はゆっくりと手を握り締め、また開く。
「ついに……というのは……」
「吾輩は、ハルのことをよく知らん」
「……え?」
「だが、ある程度はクライアから聞いている。縁あってあのセツナと衣食住を共にする、大変物好きな少年だと」
「……ほ、褒めてる……んですよね?」
「五分五分といったところか」
顔の構造上表情は窺えないけれど、どうやらクスリと笑っているようだ。お茶目なところもあるんだな、パルシド卿って……。
「そのような物好きだからこそ、アレと上手くやれているのかもしれぬな。それほどに問題の多い存在なのだ」
昔の思い出を探るように天井を見上げ、パルシド卿は緩慢に腕を組んだ。
「……もう察しておるだろうがな、セツナは普通の神使ではない。他の神使とは決定的に違う存在だ」
「…………何が、そんなに違うんですか?」
「成り立ちだよ。神使としての成り立ちが通常とは全く異なる。一般的な神使化への過程を、ハルは知っておるか?」
「はい。純潔かつ高潔な生命の魂を神様が掬い取り、神使として二度目の人生を歩ませる……」
「そうだ、その通り。それが普通なのだ」
セツナには、その過程が無い……? あるいは……。
「これはクライアどころか覇天峰位の神々ですら知らぬ情報だが……ハルには敬意を表して話しておく」
ジリジリと焼けつくような緊張感と焦燥感が胸の中を這いずり回る。ずっと知りたかった、セツナの秘密。しかしいざ目の前に突き付けられると狼狽することしか出来ない。その極秘情報が俺とセツナにもたらす影響の大きさは、まったく計り知れないからだ。否が応にも身体が震えて止まらなくなった。
「あ、あの……そもそも、セツナについて俺はよく知らないんです。パルシド卿は、先程俺とセツナが上手くやれてると仰いましたが……俺はそう思ってません。まだまだ、打ち解け切れてなくて……」
後ろめたい気持ちで一杯になりながら、それでも俺は声を絞り出した。
「こんな俺に、セツナの一番大切な情報を知る資格があるんでしょうか……?」
「……怖いか、真実を知ることが」
「…………っ、はい……」
窒息しそうなほどに胸を詰まらせつつ、何とか応じる。これほど情けない奴は、世界中探したって俺しかいないだろう。いっそどこかへ消えてしまいたいくらいだった。
それでもパルシド卿は呆れることなく、今一度高貴なる眼差しで俺を見据える。
「そう気に病むな。むしろ、完全に打ち解けられるはずもないのだ。以前のセツナならまだしも、今の状態ではな……」
悠然とした態度はそのままに、悄然とした声音でポツリと零す。
「だが、断言しておく。ハルには知る資格がある。そこは吾輩が保証しよう。とはいえ無理強いはできん、ハルの覚悟が決まった時に再び会話の場を設けるとするか」
「…………すみません、本当に」
パルシド卿の温情に感謝しつつ、内心で胸を撫で下ろしている自分に心底嫌気がさした。
早く変わらなければならない……胸を張ってセツナの家族を名乗りたいのならば。
「まあ、セツナの話は持ち越すとしてだ。吾輩はハルに聞かねばならんことがある。正直、こちらが本題と言っても良い」
「は、はい。何でしょう」
そ、そっか、そういや最初に言ってたっけ。ぶっちゃけそれに関しては何も思い当たらないのだが……。
「大悪魔ミラと交わした会話を聞かせて欲しい」
「え、姉さんとの?」
これっぽっちも想定していなかった人物の名前を挙げられ、不躾にも目を丸くしてしまった。
パルシド卿はどうにもばつが悪そうな仕草で、
「この質問に関しては口外願いたい。クライアやセツナは勿論のこと、他の誰にもだ」
「わ、分かりました」
セツナはともかくクライア様にも……? 何だか良く分からないが相当隠したい話らしい。でもなぁ……パルシド卿が知りたがるような事、何か話したっけ……。
「クライアから聞いた話によれば、二人きりでミラと話したそうだな?」
「はい、それは確かに」
「大悪魔と腰を据えて話すことなど神域の者にはまず無理なのだ。たとえ姉が相手だったとしても、ハルの体験は唯一無二に近い。そこで聞いておきたいのだが……ミラの口から『ゾフィオス』という名を聞かなかったか?」
「……ゾフィオス? いえ、聞いていません」
初めて聞く名前だった。ゾフィオス? 誰だ? パルシド卿の知り合い……狂界にか?? いやいや、まさかな……。
「ふむ、そうか……まぁ、流石にそう都合良くはいかんか」
俺の返答を聞いても落胆した様子はなく、淡々と受け入れているようだった。元々多くは期待していなかったのだろう。
「ちなみに、ゾフィオスというのは?」
「む? 『ドゥーム』の一角だ。四体の内の一体がゾフィオスということになる」
「『ドゥーム』!? な、名前まで判明している奴がいたんですね……」
そう、神域は未だ『ドゥーム』に対して情報不足な状態が続いている。最近になってようやく、炎熱系の悪魔がいることが判明した程度。
それがまさか、名前という能力よりも遥かに知り辛い情報を得ていたとは。
「公にはしていない。ワケ有りでな。先も言った通り、くれぐれも口外は……」
「はい。もちろんです、もちろん」
筋金入りの秘密主義ぶりに、不信感というほどではないがパルシド卿に対していくつかの疑念を抱いてしまったのは否めない。だが、この御方は間違いなく人格者だ。それだけはこの短時間でも理解できる。きっとこの秘密主義っぷりも、神域のためになることなんだろう。
……あれ? そういえば俺、図らずも四体中三体の『ドゥーム』を知ってるってことになるのか。噂話で聞いた炎熱系の奴だろ、それからゾフィオスって奴と、ミヌート。
「…………」
冷静に考えれば考えるほど、俺と仲良くしてくれているミヌートの異常性が際立つ。下手すりゃ目の前のパルシド卿よりも特別な存在かもしれない。
「ふむ、セツナ達を外に追いやって大分経ってしまったか。今日のところはここまでだな」
扉の方を眺めて呟き、肩をすくめるパルシド卿。ハッと我に帰った俺は慌てて頭を下げる。
「今日はありがとうございました。次に会う時は必ず覚悟決めてきます」
「うむ、そうしろ」
柔らかな声と共に軽く手を上げ、スタスタと扉へ向かって歩き始める。
なんというか……悉く器のデカイ御方だと思った。やはり俺が想像していた人物像と随分違う、とも。
セツナは何故、あんなにもパルシド卿に怯えているのだろう? パルシド卿の何をそんなに警戒しているのだろう……?
***
パルシド卿がコテージから出ていく所を三人揃って見送ったあと、月ちゃんが途方もなく脱力していた。
「どっ……はぁ~~……緊張したぁ~! ねぇツッキー、何だったの? 何話してたの? タダゴトじゃないよ、あのパルシド卿が神使の家にわざわざ来るなんてさ!」
緊張し過ぎた反動なのか妙にハイテンションで、俺はちょっと引き気味になってしまう。
「ねぇねぇ何の話だったの? 気になるなぁ」
「あ、ごめん……秘密」
「えーっ、そうなの?」
「うん、口止めされてるから」
実際のところ『ゾフィオス』に関することは口止めされているが、セツナについての会話は口止めされているわけではない。月ちゃんになら話しても良いとは思うが、隣にセツナがいるので今は何も言えなかった。
「……ハル。確か以前、クライア様とも内緒の話をしていたわよね?」
「う、うん」
「え、なに……? ツッキーって実は凄い存在?」
「いやいや、それはないから。ただ……内緒なんだ」
「ふーん。ま、仕方ないね。パルシド卿がそう仰られたのなら」
月ちゃんはすぐに引き下がってくれたが、セツナは目に見えて不満そうな表情を浮かべていた。心苦しいけど、今の俺ではあの表情を笑顔に変えることが出来ない。
「セツナ、いつか話すから」
「……本当?」
「約束する」
「……そう」
きっとセツナからしてみれば、「あたしはハルに何も隠し事なんかしていないのに、ハルは隠し事ばかり」という心境なのだろう。事実、俺はセツナに隠し事ばかりしている。たとえそれがセツナを慮った結果だとしても、彼女にとっては知ったこっちゃないわけで。
結果、俺の負い目や引け目はますます強まるばかりだった。
「やっぱり全然見えないね」
呆れた表情で月ちゃんが囁く。
全くもってその通りだと、俺は苦笑いを浮かべて頷いた。




