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おしえてポッピンラブキッス

 張りのある艶やかなトマトに、たっぷり水を与える。こりゃあ旨くなりそうだ。

 その他にもキュウリ、ナスビ、スイカなんかも栽培してある。家庭菜園ってレベルじゃねーぞ。


「ツッキー、そろそろ休憩しようよー」

「うん、分かったー」


 少し離れた場所の月ちゃんに手を振り、ぐぐーっと背伸びをした。


「前来た時は花が多かったけど、野菜も増えたなぁ」


 俺は今、約束通り神域の月ちゃんに会いに来ていた。彼女からしてみれば実に二年以上の歳月が経っていたわけで、会った時はとても喜ばれた。ちょっと照れ臭かったけど。


「おっ、どうしたんだそれ。姫林檎じゃん」


 通常の林檎よりも一回り小ぶりの可愛らしい林檎。それを幾つか抱えて、月ちゃんはにっこりと微笑んだ。


「育ててたんだよ。りんご飴にして食べようね。ツッキー好きでしょ?」

「うん、大好き」


 俺の住んでる町にりんご飴専門店でもあれば毎日通うレベルで好きだった。まぁ、町どころか県全体で探してもないのだが。


「神域は季節関係なく収穫できるのが凄いよなぁ。林檎は地球じゃ秋とかだろ?」

「まあね。捗るよーほんと」


 月ちゃんの顔はとにかく明るい。神使生活の充実振りがよくわかる。戦闘員は大変だろうけど、大きな怪我なくやれているようだし。


「ツッキーはこういうの好きなの? 花とか作物のお世話とか」

「うん、月ちゃんほどじゃないけど」


 世間話をしつつ、コテージの扉を開く。中では、セツナがエプロン姿でキッチンに立っていた。


「あら、おかえりなさい二人とも。あらかた作り終えておいたわよ」


 お玉を手に出迎えてくれたセツナと軽く談笑し、洗面所まで手を洗いに行く。


「月ちゃんって嫌いな食べ物とかあるの?」

「苦いのは無理だね。ゴーヤとかゴーヤとか」

「ピーマンは?」

「ピーマンは美味しい」

「つまりゴーヤか」


 実は俺も苦いのは無理だった。ゴーヤも無理だしブラックコーヒーも飲めない。だがピーマンは好きだ。食べ物の好みでも月ちゃんとはかなりの共通点があるらしい。


「俺と舌が似てるから、セツナの作る料理に嫌いなもんは出てこないと思うよ」

「いやいや、別に嫌いな物が出てきても食べるから、ちゃんと」


 まるで俺が嫌いな物を頑として食わないみたいな言い草だな。流石にセツナの作った料理なら全部食べるわ。ていうかセツナは俺の好物しか作らないからその心配も杞憂なんだけど。

 リビングに戻ると、テーブルには所狭しと料理が並べられていた。食欲を刺激する良い匂いが鼻腔をくすぐる。


「さ、食べましょう」

「うん」


 セツナに促され、二人揃って席に着く。


「「「いただきます」」」


 どれもこれも美味しそうだなぁ、どれから食べようか。

 収穫したての新鮮トマトととろとろのチーズを合わせたパスタは抜群に美味そう。やはりこれから食べるとするか。


「あっ、美味しい!」

「口に合って良かったわ」


 先にパスタを口にした月ちゃんが感嘆の声を上げると、セツナが嬉しそうに笑った。だが更に嬉しい笑顔を浮かべているのがこの俺である。

 友達が一人もいないセツナだが、月ちゃんとなら上手くやっていけそうだ。月ちゃんは新入りということもあってか、高い実績を誇るセツナにも臆することなく正面から向かい合える。セツナの友人として必要な要素をしっかり持っているんだ。ぜひこれからも仲を深めてほしいと、心からそう願っている。


「ねぇツッキー、生活はどう? 何か変わったことあった?」

「いや、良くも悪くも普通だよ。何にも変わらない」

「だと思ったー」


 しかしまぁセツナの作ったパスタが本当に美味い。野菜がたっぷり入ったコンソメスープも絶品だ。


「地球は今、何月なんだっけ?」

「六月だな。あと一週間もしないうちに七月になる」

「はー、そうなんだぁ。なんかここにいると不思議な感じだね」


 適当な会話の最中、ふと非常に大切な用事を思い出した。


「あの、月ちゃん。実はもうすぐ、期末試験があるんだよ」

「うん、時期的にそうなるね」

「良ければ勉強を教えてくれないか?」


 神妙に琥珀色の瞳を見つめると、月ちゃんは真顔で思いもよらないことを言い放った。


「私と同じ大学、目指す気になったの?」


 んなわけない。卒業式の日に俺が月ちゃんの誘いを断ったこと、まだ根に持っていたのか……。


「あんな頭の良いとこ無理だって。ただ、赤点取って追試や補修になると、しばらくここに来られなくなるかもしれない」

「ツッキーの成績、そこまで悪いの?」

「うん、今も昔も変わらず」

「そこは変わるべきでしょ、ばか」


 テンポ良く舌打ちすると、月ちゃんは深く息を吸い込んでスープを啜った。


「ちょっとはさぁ、大学行けなかった私の代わりに、みたいなさぁ」

「流石にレベル違いすぎて……」

「……」


 沈黙したかと思えば、突然酒を呷るみたいに熱々コンソメスープを一気飲み。信じ難い奇行に思わず目を剥いた。


「「熱くないの?」」


 咄嗟の疑問がセツナとハモった。


「めちゃくちゃ熱いよ!」

「「えぇー……」」


 またハモる。俺とセツナが息ピッタリと言うより、月ちゃんがそうさせているというのが正しい。


「はぁ、もう、舌火傷しそうだったよ! はぁ……はぁ……」

「むしろよく火傷しなかったな」

「私は神使だからね……ともかく、テスト勉強の件は受けたげる」

「えっ、ほんと!? 絶対断られると思った!」

「苛ついたのは事実だよ……でも、ツッキーの将来はツッキーのもの。退場した私が口出しするのは間違ってる。さっきのは忘れて、ごめんね」


 一転してぺこりと頭を下げられる。元々立つ瀬が無かったのにさらに惨めな気持ちになってしまった。


「ポップ、聞いたでしょう? ハルがテスト勉強を頑張ろうとしているのは神域のあなたに会うためなんだから、そこは分かってあげないと」


 セツナは冷静にフォローしてくれる。流石は俺の家族だ……辛い状況で優しい言葉を聴くと、それだけでじーんと来てしまう。


「ごめんて、本当に。そうだよね、私自身のためにもツッキーには赤点を回避してもらわないと」


 口早に告げた月ちゃんは「ごちそうさま」と手を合わせ、空の食器を片付けていく。

 とっくに気にしてないと思ったけど、今でも学生生活に未練があったのかな……。


「……気にせず教わるのよ、ハル」

「うん……」



        ***



 昼食後、いよいよテスト勉強が始まった。セツナはここからすぐ近くの神立図書館へ出掛けたため、完全なるマンツーマン授業の出来上がりである。


「教科書とか問題集は……」

「大丈夫、ちゃんと持ってきてるんだ」

「よしよし。じゃあまず単刀直入に聞くね? 苦手科目は何?」

「数学、化学、物理、あと日本史。日本史はこの前四点だった」

「理系が駄目なんだ。で、日本史か……えっ、四点? ウチの試験十点満点だっけ?」

「そんなことある?」


 十点満点の期末試験なんて生まれてこの方見た事もない。あまり自分の母校を卑下しないで欲しいもんだ。


「一〇〇点満点中四点だよ。でもでも、追試の追試はきっちり合格点だったぞ!」

「うわぁ……せ、世界史と選択だったよね? 世界史はもっと苦手だったの?」

「いや、世界史の方が得意だったからあえて日本史を選択した。自分に厳しくいこうと思って」

「無駄すぎるストイックさだなぁ……」

「ちょうどあの頃ダイエット中だったからその影響で」

「それ以上痩せてどうすんの!? もー、どうせ友達とじゃんけんで決めたとか滅茶苦茶な理由でしょ! 選択科目はちゃんと考えて選ぶものだよ!」

「ごめんなさい」


 その場の気分で生きてきたツケがこういうところでのしかかってくる。過去の俺にも困ったものである。


「まぁ、今言っても仕方ないよね。よし! じゃあテスト範囲の要所を抑えた問題集作ってあげるから、それまで得意な教科の復習を……ちなみに得意な教科……ううん……赤点回避確実な教科は?」

「英語だな。あと一応国語も赤点まではいかない」

「二つもあれば充分だよ。じゃあとりあえず復習しといて。私もなるべく早く作るから」


 言葉尻から間髪入れずに手を動かし始める月ちゃん。すげぇ、全く迷いがない……本当に優秀なんだなぁ。ウチみたいな偏差値の低い私立高校に、どうして月ちゃんのような人材が通っていたのか……まぁいい、言われた通り俺は国語の勉強でもしていよう。


「…………」

「…………」


 互いに無言で問題と向き合う。この俺がこんなにひたむきに勉強するのは大変に珍しいことだった。自室でも学校でも絶対に集中力が保たない。


「……ふむ」


 よし、やっぱり国語は赤点の心配がなさそうだ……もういいや。たまには古典でも……は? なにこれ、なぞなぞ? こんなん習ったか?


「捗ってるー?」


 目線は手元に下げたまま、抜群のタイミングで進捗を尋ねられた。


「古典の問題見てんだけど、まるで暗号だよ。この竹取の翁がさぁ」

「え今さら竹取物語!? いつの勉強してるの、ちょっと!」

「ごめん」

「いい? 今回の古典の範囲はね……」


 呆れられつつもテスト範囲の問題を懇切丁寧に教えてくれる。しかも分かりやすい。ぶっちゃけ同じ高校の先輩だったからという単純な理由でお願いしたんだけど、想像を遥かに超える有能っぷりだ。月ちゃんに頼んで本当に良かった。


「月ちゃん、もしかして教師目指してた?」

「え、なんで?」

「めちゃくちゃわかりやすいから」

「えへへ。そう言ってくれるのは嬉しいけど、全然違うよぉ」


 案外満更でもなさそうに照れ笑いを浮かべる月ちゃん。なんて可愛らしいんだ。

 ていうか俺、月ちゃんのことあんまり知らないよな……仲が良いのは確かなんだけど。

 将来の夢を聞こうと思い──すぐに考え直した。神使生活をエンジョイしてる彼女に、今更人間の頃の夢を聞くのも悪い気がしたからだ。

 んー、こうやって遠慮してるから知らないままなんだろうなぁ……月ちゃんのことも、セツナのことも。

 でも……大切なことだと思う。発言する際、もしも不快な思いをさせるかもしれないと思ったのなら、極力慎むべきだ。俺はずっとそうやって生きてきた。


「私はねぇ、お医者さんになりたかったんだよ」


 自分からカミングアウト!? 俺の考えすぎだったのかな……。


「結局は大病を患って死んだけど、そもそもそれ以前から身体が弱くってね。昔からお医者さんになるのが夢だったんだ。誰かを救える人に……」


 月ちゃんの言葉は純然たる善意に満ちていた。医者になろうという人間は少なからず立派な思想の持ち主だろうが、月ちゃんの場合は一〇〇パーセント完全なる正義感のみで成り立っている。そりゃあ神使にもなるわけだ。


「そういうツッキーは? 何になりたいの?」


 げっ、俺に返ってきた! 結局まだ何も決まってないのに……。


「えーと、何になりたいとかはなくて。一応、世界中を見て周るって夢はあるんだけど」

「へぇ、いいねぇ。立派な夢じゃない」


 馬鹿にする素振りもなく、月ちゃんは俺の言葉を全肯定してくれた。だがこの話には当然続きがあるわけで。


「夢のために役立つことがしたくて、そのために英語を勉強しようと思ってたんだ。でも、いつの間にか俺は全言語をマスターしていたらしい」

「……あー、そうだね。神使だから」

「ようやくやりたい事を見つけたと思ったら、一日も経たないうちに消え去って……なんだかなぁって感じ」


 愚痴っぽいしガキっぽい、そう気付いたのは言い終えた後だった。幻滅されてやしないだろうかと危惧したものの……月ちゃんの顔色を伺ってみれば、妙に楽しそうで。


「どした?」

「ふふふ、いやぁ、若いなと思って」


 笑い声と共に漏れ出た返答に、俺は目を丸くした。神域で過ごした月日を加味してもまだまだ若いくせに、随分年寄り染みた言い方をするもんだ。


「心配なんかしなくて良いよ。やりたい事なんて、生きていれば必ず見つかるものだよ」

「でも俺、もう高二だし。周りのみんなは、もう立派な夢を抱いて努力してるんだ」

「他所は他所、ウチはウチってね。ツッキーはのんびりでいいじゃない?」


 にこにこと人の良い笑みを浮かべてくれる月ちゃんに、俺はある種の不安を抱いてしまった。


「い、いいのかな、そんなんで」

「いいのいいの。焦る必要なんかないしね」


 脆弱な精神が月ちゃんの甘言に呑み込まれそうになる。い、いかん。いかんぞ……ここで流されるのは、なんか良くない気がする。成長も何もあったもんじゃない。



「…………現実的な話をしよっか?」



 俺の取り繕った愛想笑いを目敏く見抜いたのか、神妙な面持ちで囁かれた。現実的……とは何のことだろう。


「ツッキーがずっと地球で暮らしていくのは、土台無理がある話なの。分かるよね?」

「それは……まぁ、難しいとは思うけど」


 半神使化を自覚したその日のうちに分かっていた事だ。人間離れした身体能力もそうだが、何より深刻な問題は年齢と見た目の齟齬だろう。

 周りの知人友人が老いていく中、俺はずっと十七歳の姿でいなくてはならない。それはつまり、近い将来世間から奇異の目で見られることを意味していた。


「二十歳くらいまでなら、周囲も『変わらないなぁ』で済ましてくれるかもしれない。でも、十年後は? 二十年後は? ……無理だよ、真っ当に生きるのは」

「……俺もさ、流石にずっと同じ所にいるのはマズイと思うよ? でも転々としながら生きていけば……」

「無理だよ。生き辛いよ。きっとあなたが想像しているよりもずっと」


 何とか言い返したいが、正味間違ったことは言われていない。そりゃそうだ、月ちゃんがわざわざ忠告するんだから。


「だから、地球で腰を据えてやりたい事を見つけるのは……難しいと思う。ツッキーはもう普通の人間じゃない、すぐに行き止まりになるよ」


 正論だと思った。でも頷けなかった。

 俺は、握り締めた愛用のシャープペンシルと問題集を眺めながら自嘲気味に笑い、



「……それでも、まだ「普通」を捨てられないんだ。諦められないんだよ……」



 ポツリと、消え入りそうな声で呟くしかなかった。


「……うん。まぁ、世界中を周る旅なら明日にでも出来るから」


 何とも言えない表情で何とも言えない励まし方をされる。やはりその言葉にも頷けない。

 俺は姉さんの夢を代行するわけだから、ただ旅をすりゃいいってもんじゃないんだ。あの人に恥じないよう、悔いを残さない素晴らしい旅にしたいんだ。

 まぁ……月ちゃんはそこまで深く事情を知っているわけではない。察しろという方が無理な話だ。


「その内神域に移住するのは避けられないんだし、やりたい事がなければここで一緒に働こうよ。ツッキーとなら大歓迎だから」


 ……んあっ、それが狙いか!? やたら強引だと思ったら、神域への移住を勧められてたのかよ!?


「あ、あはは……いやいや、今んとこ神域に住む気は毛頭ないっていうか……もうちょっと地球で頑張らせてくれ」


 一応言葉を選びつつ、彼女の誘いをきっぱりと拒否する。神域への移住という選択肢は思いもよらなかったが、どう考えても断る以外にありえない。

 理由を挙げればキリがないのだけど、その中でもやはり最大の要因となるのがセツナの存在だ。

 俺が神域に移住するということは必然的にセツナも着いて来るということ。だが、彼女を神域に住まわせるなど言語道断だ。何しろ地球で暮らしている今でさえ日常生活がままならないのだから、神域に定住など馬鹿げているとしか言えない。あっという間に彼女の心が砕け散るだろう。もはや気持ちの問題ではなく、物理的に一人じゃ生きていけないんだ、セツナは。

 やはりどれだけ生き辛い目に遭おうとも、地球で暮らし続ける以外に道はない。


「……まぁ、今日の勧誘はここら辺でやめとく。あくまでツッキーの人生だから」


 うわ、ほんとに勧誘って言った……。


「でも、別に私、大袈裟に脅してるわけじゃない……いつでもウェルカムだからね。この家で一緒に住もうね」

「はは、流石にここで三人暮らしは窮屈じゃないか?」

「えっ、三人?」


 互いにきょとんした表情で見つめ合う。そのまま五秒ほど経った頃、月ちゃんの顔がぽんっと沸騰した。


「あ、あ、三人! セツナさんね! あはは、いや、あの、セツナさんも来るんだ!?」

「そりゃまぁ。俺の居るところにセツナ有りだよ」

「あはっ、あのっ、私てっきり二人暮らしを妄想してたというか……ご、ごめんね!」

「いいよ、謝ることじゃない」


 俺がセツナと離れ離れに暮らすだなんて、まずありえないだろうな。そこんところ、月ちゃんはまだまだ知らなかったみたいだ。


「……ね、ねぇ純粋な疑問なんだけど、いいかな?」

「うん?」

「ツッキーって、仮に好きな人が出来て、同棲とかしたくなったらどうするの? その時もセツナさんは着いてくるんだよね?」

「いや、まずそういう人を作らない。決めてるんだ」

「十七歳で??」

「うん」


 それが決して冗談などではないと感じ取ったのか、月ちゃんは俺をまじまじと覗き込み、困ったように眉を歪めた。

 ……これは、どういう表情だろうか。何に困っているんだろうか。


「…………さて、勉強に戻ろっか」

「ん、そうだな」


 僅かな沈黙の後、月ちゃんの言葉に頷いてもう一度テスト勉強に取り掛かる。



「……私は、ツッキーの幸せを祈ってるからね」



 気遣いに溢れたか細い声が、俺の鼓膜を微かに震わせる。しかし俺は何の反応も示すことなく、一心不乱にペンを走らせた。



 ──あなたには幸せになってほしいの



 不意に、ペンが止まった。思案せざるを得なかった。

 おかしいな……月ちゃんも、セツナと同じことを言う。

 俺の何が彼女らをそうさせるんだ。俺の何が気に入らないって言うんだ。俺は不幸なんて思ってないのに。これっぽっちも悲観していないのに。


 もう恋人を作らないという選択はそこまで揶揄されることだろうか? 

 イヴへの義理を通すことがそんなに不思議なのだろうか?


 だってあの子は俺を好きだと言ってくれた。俺と出逢うために生まれてきたとさえ言ってくれた。イヴにとって俺は特別で、俺にとってもイヴは特別な存在なんだ。

 俺は間違っていない。何も間違っていない。

 理解されないことが理解出来ない。どうして揃いも揃って同じ顔をする。

 このまま意志を貫き通していけば、いつかは理解してくれるのか。それとも、俺が理解を求めて行動すべきなのか。

 ……いや、無理に納得して貰っても仕方ない。俺は俺の選択を信じる。他の意見に左右される必要はない。


「……よし、これでいい」

「例題解けた?」

「えっ? いや、まだだけど」

「えぇ、紛らわしいんだからもう」

「ごめん……」



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