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泡沫の夢

 何もない空間に、俺だけが一人佇んでいる。

 ぐるりと辺りを見回した。

 誰もいない。


「夢か……」


 ふぅ、と溜息を吐いた。明晰夢なんて久々だ。


「あ、イヴ!」


 少し離れた場所に、一人の少女が現れる。見間違えるはずもない、イヴだ。

 俺の明晰夢には、決まってイヴが登場してくる。理由はとても単純だ。


 夢の中であれば、この世の何処にも居ない彼女に会えるから。

 夢の中であれば、この世の何処にも居ない彼女と話せるから。


 それが俺の生み出す幻想でしかないとは分かっている。夢の中限定の一人遊びでしかないと分かっている。


 それでも……いいんだ。


 だってこうして夢を見れば、たとえいつかあの花が枯れたって、俺はイヴを覚えていられるから。

 どれだけの年月が流れても。

 いつまでも、いつまでも。


「おーい、どうしたんだイヴ」


 妙だ。聞こえているはずなのに、彼女は突っ立ったままはにかんでばかりいる。

 俺の夢におけるイヴは、いつも妙にお喋りで、弾むような会話をしてくれていた。こんな風に一言も話さないことなんかあるんだな。


「……うーん」


 近寄ろうとしても、不思議と身体が動かない。足にナイフでも刺さってるんだろうか。

 膠着状態のまま気を揉んでいると、イヴが突然首を横に振った。


「駄目ですよ、こっちに来ては」


 離れていく。ぐんぐん離れていく。

 彼女の足は一歩も動いていないのに。世界の全てが俺と彼女を引き離していく。


「あっ……」


 遥か彼方に遠ざかったイヴは、そのまま煙のように掻き消えてしまう。何だったんだよ、一体。


「…………」


 夢の中だからかな、どうにも頭が働かない。いつもは働いているかと言えば違うけど。


「もしかしたら、今のイヴは俺の妄想じゃなくて、本物の、天国にいるイヴだったりしてな」


 そう言いながら、結局そうではないと諦めていた。だって以前、セツナが言ってたから。死んだら何もかも終わりで、「先」なんて無いんだって。

 極々少数の例外が神使となり、悪魔となる。それ以外はもう何もないのだと。

 神、もしくは悪魔に掬われるべき魂そのものを犠牲にしたイヴにその芽は無い。分かり切っていたことじゃないか。


「……それでも」


 分かっていても、さっきのイヴが単なる妄想の産物ではないと信じたかった。

 ……ていうか、そもそも。


 本当に天国は存在しないんだろうか????


 そりゃあセツナが嘘を吐いたとは思わないけど、でも、本当のことを知らないだけだとしたら?

 だってセツナは死んだ後に次の人生を用意された例外、言わば選ばれた側の存在じゃないか。一体どうして天国など無いと断言できる?

 いや、でも神がそうだと言ったのなら本当なのかも……待て待て、流されるな。神域にいる神なんて一度も死んだことがない奴らの集いじゃねーか。天国が無い証拠にはならない。


「ていうか、神ってなんなんだ?」


 神域の神々はどうやって生まれてきたんだろう。神使のルーツは分かるが、神のルーツは分からない。

 彼らは星の誕生と共に生まれてきたのか? それとも神を創った奴が別にいるのか?


 神域とは?

 世界とは?

 天国とは?


 考え始めると止まらない。

 当たり前のように享受していた現実は、分からないことだらけだ。

 でもそれは、神域なんて高尚なものじゃなくともそうだった。

 地球に絞っても。それどころか日本、いやいや俺が住んでる町ですら分かんないことだらけで。


「そんなの考えてもしょうがないでしょ?」


 うわびっくりした!


「なな、なんでミヌートがここに!?」

「私が聞きたいわよ。これキミの夢でしょ」

「た、確かに」


 思考の坩堝からいきなり引っ張り上げられ、目をぱちくりとさせる。驚いた、イヴの次はミヌートが出てくるなんて。


「哲学染みたこと考えてる暇はないと思うけど?」

「ん? というと?」

「現実のキミ、ふつーに死にそうよ」

「マジでか!?」

「うそ」

「おい!」


 ミヌートは形の良い唇を指で押さえてクスクス笑うと、


「ま、そろそろ起きてよね。また私にアイスクリームをご馳走するんでしょ? 忘れたとは言わせないわ」

「チョコミントを?」

「違うわよばーか」

「はは、冗談だよ。実はもう沢山用意してるんだ。ミヌートが好きそうな、すっごく濃厚なミルクアイスをさ」

「ん、よろしい。そうと決まれば、いつまでも寝惚けちゃいられないわよね? 早く自分の家に帰るのよ。先に行って待ってるから」

「うん。にしても、ミヌートはいつも暇なんだな」

「あら、そうよ。悪い?」

「いいや、全然」


 俺はにこりと微笑んで、ゆっくり足を踏み出す。

 一歩も動かなかった身体が、今は動くようになっていた。不思議と、理由を考える気にはならなかった。

 どうやら俺は寝坊しているみたいだし、夢を見るのはここらでお仕舞いにしよう。



「それじゃ、またね」

「ああ、また」

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