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【行間 二】 会談

 久々に服を新調しようかしら……なーんて考えているうちに目的地に辿り着いてしまった。はぁーだる。


「やぁ、ガルヴェライザ。シャルミヌートを連れて来たよ」

「来たか」

「うわあっつ……毎度毎度熱すぎるのよトカゲ野郎。もう少し抑えたらどうなの」

「知らぬ。汗の一滴でも垂らしてから文句を言うがいい」


 ごうごうと燃え盛る、巨大な龍の姿をした悪魔──ガルヴェライザ。

 常時強大な炎を纏い、半端な大悪魔なら近付くだけで融解するほどの熱を発している。ただ私レベルになるといくらでも耐えられるけど。まぁ『ドゥーム』の悪魔なら当然だわね。


「……ん? ちょっとエメラナクォーツ、どういうこと? 肝心のアイツがいないじゃない」

「じきに来るはずだ。安心したまえ、誓って嘘はついていない」


 本当かしら、信用ならないったらありゃしない。

 白けた顔で辺りを見回す。ガルヴェライザみたいなのも入れるよう、この会談室は縦も横も異様に広い。そしてテーブルや椅子はいつも無い……仕方ない、自分で出そう。


「よっと」


 ポイっと椅子を取り出してドカッと座り込む。背もたれをもう少し深くすれば良かったなぁと思いつつ、とりあえず一息ついた。


「エメラナクォーツ、奴はついに仕掛けるのか」

「ああ、間違いないね」

「…………ま、結果は火を見るより明らかだけどね」

「それはそうだがね、長年共に『ドゥーム』としてやってきた彼女の晴れ舞台を見届けてやるのも僕らの務めさ」

「奴も、いっそ大人しくしていれば良いのだ。それが賢い選択というものだろう」

「立場ってもんがあるんでしょ。というより、本能的な部分かしら」

「ともあれ、すぐに答えは出る。さぁ、来たようだね」


 私は脚を組み直しつつ、大扉の方へ視線を送る。

 それから数秒と経たずに「奴」は現れた。

 堂々と。あまりに堂々と。


「やぁ、ゾフィオス。よく来てくれた」


 背後に禍々しい色の光輪を顕現させている、漆黒の大悪魔。鎧騎士のような見た目をしてるけど、鎧を着ているわけではなくアレが元来の肉体らしい。

 名はゾフィオス。『ドゥーム』の一人にして、私以上に会談をサボりまくる問題児。そして何より、長きに渡って「とある職務」をこなしてきた悪魔だった。


「…………エメラナクォーツ、ガルヴェライザ、シャルミヌート。三体を一同に見るのは、随分久し振りであるな」

「そりゃあんたが来ないからでしょ、ゾフィオス」


 無機質な顔の作りからして、どんな表情を浮かべているかなんて分かりっこない。焦っているのか、それとも不敵に笑っているのか。どちらにしても、ゾフィオスがこの場のただならぬ雰囲気を感じ取っていることは間違いない。


「……ふふ、儂が忙しいのは重々承知であろうて。何なら、役目を代わってもらっても結構」

「は? なんで()()()()を引き継がなきゃなんないの?」


 臆する必要も無いので核心を突く。未だにしらばっくれていられる状況じゃないことを、ゾフィオス自身も理解しているはずなんだから。


「……終わってはおらぬよ。何もな」

「もうよい、ゾフィオス」


 ガルヴェライザが吐き捨てるように言い放った。どうやら身体だけじゃなく心まで燃え上がっているらしい。


「我らが何も知らないと、そう思っていたのか? 楽観的にもほどがある」

「楽観的にもなるとも、ガルヴェライザ。儂は狡猾に、綿密に立ち回ってきたつもりなのだから。それがどうだ、完全に漏れているらしいな……貴様か、エメラナクォーツ」


 ゾフィオスはガルヴェライザから視線を外し、エメラナを睨み付けた……と、勝手に予想。何しろ私はゾフィオスとほとんど話したことがない。さらには顔も分かんないのにちょっとの動きで察しろというのも無理な話だわ。


「へぇ、ちなみに根拠は?」

「根拠も何も貴様以外誰がこの情報を掴める?」

「随分な暴論だね……当たっているがね」

「日頃の行いが悪いから看破されるのよ」 

「それは立場上仕方ない」


 笑いながら肩を竦めるエメラナクォーツ。焦燥感の欠片も感じさせない立ち振る舞いだった。


「……それで、儂の狙いを知ってどうする? 止めるのか?」

「止める? まさか! 僕らがどうして雁首揃えて君を迎えたのか、まだ分からないかい? 見届けるんだよ、君の行く末を!」


 ……あ、こいつスイッチ入ったな。


「さぁゾフィオス、長い長い準備期間は無駄じゃなかったと証明するんだろう!? どれだけ強くなった!? 特異な力は手に入れたか!? 対策は!? 作戦は!? 全てを整え、全てを懸けなければ! 何も為し得ない!! 君が挑もうとしているのはそういう存在だ!!!! 究極にして唯一無二の完全なる生命体に!! 挑むんだろう君は、たった一人で!!!!」


 ガルヴェライザは微かに炎の吐息を漏らしてゾフィオスの顔を伺っていた。かくいう私も頬杖を突きながら奴の返答を興味深く見守る。


「……挑むとも。そのためにどれだけの時間を費やしたか。どれだけの研鑽を積んできたか。全て、何もかも、この時のためなのだ」


 決意と覚悟に満ちた、純度一〇〇パーセントの本気。

 とは言っても、私から言わせれば滑稽でしかない。


「ゾフィオス、あんた、本当に勝てると思ってんの? せめて私ら三人を遥かに超える力くらいは身に付けたんでしょうね?」

「フッ、無茶を言う小娘だわい。悪魔の限界点、それが『ドゥーム』。そこから先へはどれだけ鍛えても飛び越えられんよ。……だが、戦いには相性というものがある。貴様らでは無理でも、儂にしか出来ぬこともある」

「…………ふふっ」

「何がおかしい、シャルミヌート」


 心の底から馬鹿馬鹿しいと思った。あれだけの準備期間、あれだけの決意を抱いて、その程度なのかと。


「次元が違うって言ってんの。相性? そんなものでどうにかなる相手じゃない。ずっと「側近」の職務に就いていてそんなことも理解できなかったんだ?」

「何だと?」

「はっきり言って強い弱いの次元じゃない。正真正銘無敵の存在なの。分かる?」

「分かりたくもない。そして貴様にどうこう言われる謂れはない」

「ふん、大層ご立派な自殺願望だこと」


 どんなミラクルな戦法を編み出したかと思えば……くっだらない、やっぱ来なけりゃ良かった。失望……と言うと期待してたみたいで嫌だけど、それにしたって酷いもんだわ。


「とにかく、ゾフィオスの邪魔をする気は全く無いんだよ! 奇襲でもなんでもするといい、汚い戦法も使いまくればいい! 僕達三体は一切手出ししない!」


 エメラナクォーツは両手を広げて嬉しそうに笑った。それは、ゾフィオスが絶対に目的を達成できないという、揺るぎない自信の表れでもあった。

 無理もない。私も、ガルヴェライザも。ゾフィオスが勝つとは一ミリも思っていない。


「邪魔をしないでいてくれるなら、これ以上言うことはない。儂は討つぞ……必ずな」


 腹立たしいほどに真っ直ぐな声音で、ゾフィオスは今一度啖呵を切った。

 ただし結果は確定している。こいつは死ぬ。あらゆる手を尽くそうとも、絶対に未来は変わらない。

 勝てるはずがないのよ──"アレ"には。


「ではな。忠告感謝する、愚者どもよ」


 くるりと踵を返し、足早に立ち去ろうとするゾフィオス。その背中に向けて、エメラナが言葉を投げかけた。



「あぁ、ゾフィオス。最後に一ついいかい?」



 ゾフィオスが足を止める。しかし決して振り返ることはなく、静かな声音で質問に応じた。



「なんだ、エメラナクォーツ」

「この世に、奇跡はある。"王"は今も信じている。信じて君を待っている」



 こいつによくありがちな、偉ぶった口調ではなく。

 ただ、一個の生命として。

 "エメラナクォーツ"として言葉を紡ぎ。



「そんなこと、儂が一番知っておる」



 ゾフィオスは悄然とした声色で告げ、前だけを見据えて歩き出す。

 そうして、『ドゥーム』である私達は完全に袂を分かった。

 ゾフィオスという、"異常"なる悪魔と。


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