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心の位置

「ここが惑星ウィッチャールか……」

「地球とよく似てるねぇ」

「その方が都合が良かろう?」


 鬱蒼と生い茂る大草原、そり立つ山々、遠くの方には森や谷も確認できる。

 地球に似ているのは確かだが、文明はそれほど発達していないように見える。UFOが降り立ったここが、たまたま国立公園的な場所って可能性もなくはないが。


「ラランベリ様、この星にも沢山の生物が?」

「たぶんの。じゃがイザンナをこのまま放置しておれば好き勝手に殺しまくる」 


 何食わぬ顔で怖いことを言うと、俺達二人の目を順番に覗き込んできた。


「二人とも、覚悟は良いな? イザンナは其方らの事情など知らんし、知ったところで興味もない。常時本気で殺しにかかってくる悪魔は怖いぞ」


 ゴクリ、と生唾を飲み込む。ここまで来て怖いなんて言ってられないけど、やっぱり怖いもんは怖い。


「でも、やるしかない」

「うん、そうだね」


 俺が今恐怖を抑え込んで立っていられるのは、ひとりぼっちじゃないからだ。月ちゃんと力を合わせれば、きっと何とかなると信じているからだ。


「うむ、この程度で震えているようではいかんからな、安心した。さて、それでは神器の支給をする。好きなのを選ぶのじゃ」


 ラランベリ様は特大のスーツケースを艦内から引っ張り出すと、澄ました顔で中身を全部ぶち撒けた。さながら幼児が玩具箱をひっくり返すようで唖然としてしまう。


「随分と沢山ありますね。どれがいいのか全然分からないけど……月ちゃんはどれにする?」

「私は訓練で使い慣れてるから、これ」


 可愛いらしく微笑みながら見せてくれたのは、悪魔を思いっきりぶん殴るために造られたであろう、ごっついナックルグローブだった。全然似合わないけど……使い慣れてる、のか……。


「俺はどうしようかな……武器なんて持ったことないし……」

「包丁は? ナイフでもいいけど」


 ナイフか……一応林檎の皮を剥いたことくらいはあるが。


「ハル、今日のところはナイフにしておけ。長い得物よりは使い易いじゃろう」

「は、はい」


 確かに、いきなりガチの剣を扱うのも無理そうだし。それに俺、基本的には能力主体で戦うつもりだったし。


「さぁ、イザンナは近くにおる筈じゃ! 二人とも、行け! 武運を祈る!」

「はい、ラランベリ様!」


 俺達は視線を合わせて頷き合い、UFOに背を向けて走り出した。

 格上の存在を。凶暴な上級悪魔を。

 俺達は、たった二人で迎え撃たなければならないのだから。




        ***




「イザンナに遭遇する前に、ちゃんと作戦を立てた方がいいよな」

「うん、私もそう思う。何せ相手は上級悪魔だからね」


 UFOから離れて十分ほど経った頃、足は止めないまま作戦会議を始めた。心構えだけで何とかなる相手じゃない、ちゃんと対策を考えておかないととんでもない痛手をこうむること必至だ。


「とりあえずナイフ型神器を持ってきたけど、俺はとにかく水を撃ちまくろうと思ってる」

「私は見ての通り、接近して直接攻撃する感じかなぁ」

「風は?」

「使うよ、もちろん。ただ、基本的には移動用かも」

「え? もしかして足からも出せるのか?」

「うん」

「マジでか……俺は手からしか出せないよ」

「手から出せて足から出せない道理はない、って教わったんだ。ツッキーもその内出るようになるよ」


 ミヌートにも似たようなこと言われたなぁ……でも、足から水が出たとしてもかなり使いにくそう……。


「それと、肝心のイザンナの話だけど。さっき画像を見た感じ、接近戦を仕掛けてくるタイプだと思うの」

「爪と牙、凄かったもんな。あと脚力も凄そうだ。カンガルーの脚に似てたけど、その何倍も逞しかった」

「そうだね、身体能力はかなり高いと見て良いはず。それと上級以上の悪魔を相手にするなら、やっぱり一番警戒すべきは『変な能力を持ってないか』ってことかな」


 厳ついグローブをかっちり装着しつつ、冷静な面持ちで状況を整理する月ちゃん。UFO内では凄く緊張していると言っていたが、いざ本番となるとこの頼もしさ。まだ神使になって日が浅いはずなのに、知識も度胸も充分備わっている。将来は優秀な神使間違いなしだな。


「単純な戦闘特化型の悪魔なら良いんだけどね。上級悪魔はほとんどそうらしいし。でも、中にはトリッキーな能力を使ってくる悪魔も居るらしいんだよ」


 その話を聞いて真っ先に思い付いたのが、シルヴァニアンの分身能力と変身能力だった。流石にあれほど高性能な力ではないと思うが、それでも俺達にとっては充分過ぎる脅威だ。まともに戦うだけでも難しいだろうに、効果的な搦め手を使われたらまず太刀打ち出来ないだろう。


「でも、そんな能力持ってるかな……」

「上級悪魔の場合、見た目である程度能力を予測できる悪魔の方が遥かに多いらしいの。イザンナがそうだとは断定出来ないけど、予測しておいて損はないよ」

「それもそうか」


 肯定し、予想を立ててみる。だが、あのチュパカブラみたいな見た目から連想すればするほど搦め手なんて使ってきそうにない……。


「……まぁ、全然使ってきそうじゃないよね」


 俺の顔を見て察したのか、月ちゃんが決まり悪そうに笑いかけてくる。


「よし、とりあえずトリッキーな能力云々は頭の隅に置いとこう。まずまともに戦えるかも怪しいしな」

「う、うん。ごめんね、余計なこと言ったね」

「いやいや、別に余計だなんて…………ん?」


 喋っている最中、俺達はいつの間にか、石造りの家が建ち並ぶ集落に入り込んでいた。

 そしてすぐに、ここが手遅れなのが分かった。


「……」

「血の匂いだね……」

「……ああ」


 ここには何者も残っていない。辺り一帯に広がる夥しい血飛沫は、それを如実に表していた。


「見て、ツッキー。この動物、干からびてる」

「吸血……イザンナに血を飲み干されたんだな。可哀想に……」


 鹿によく似た動物の死体をそっと撫でる。この集落で命を落とした生物達を、ちゃんと供養したいところだが……。



「!」



 バッと顔を上げる。明確な理由などない反射的行動だったが、故にこそ、脳内ではけたたましく警鐘が鳴り響いていた。


「……気のせいか?」


 視線の先には何もいなかった。しかし、それでも頭の中のサイレンは鳴り止まない。


「月ちゃん、何か感じないか?」

「……うん。なんか、すっごくヤな感じ……近くにいる」

「だよな……」


 空気がピリピリと張り詰めていく。あるいは、そう錯覚してしまうほどに緊張しているのか。


「どうする? 一旦この集落を抜けるか?」

「そうしたいのは山々だけど……たぶん、無理」


 月ちゃんの言葉に無言で頷き、大きく息を吐き出す。少しでも身体の強張りを解さないと。

 おそらく時間にして三十秒程度……しかし体感的には恐ろしく長い静寂。いつイザンナが襲ってきてもおかしくないはずだが……。


「………どうして襲ってこないんだ。上級悪魔の知能を見くびっていたのかな」


 痛々しい静寂に耐えかねた俺はチラリと月ちゃんの顔を伺い──息が詰まった。



「月ちゃん!!!!」



 叫ぶと同時に右手から水鉄砲を撃ち出す。

 月ちゃんの背後にまで迫っていた「そいつ」は当たる寸前に真横に飛び、俺の攻撃を完璧に回避した。




「ククククク………アーハッハッハッハッ!! なんだなんだよアッハッハァ! 神使じゃねェかよ!! こんなところに神使かよォ!!」




 強靭な肉体を震わせ、気でも狂ったかのように馬鹿笑いを響かせる異形の存在──間違いない、「イザンナ」だ!!


「月ちゃん、無事だな!?」

「うん、ごめん! 助かった!」


 ナックルグローブ型の神器を握り締めた月ちゃんはすぐさま態勢を整え、猛然と走り出した。

 流石の切り替えの早さ……よし、手筈通り俺はありったけの輝力を振り絞り、水を撃ちまくる!


「テメェらがおれを殺しに来たってェ!? 傷付くねぇェオイ!! おれをぶっ殺すにしちゃあ小粒すぎやしねェかァ!?」

「自惚れないでよ」


 プロボクサーなど目ではない、完全に人の域を超えたスピードでイザンナの懐に入り込んだ月ちゃんは、土手っ腹に四発の強烈なパンチを叩き込んだ。

 イザンナの体長は俺と同程度。月ちゃんとは三十センチ近くの身長差がある。だが一ミリも臆することなく、見事に攻撃を決めて見せた。彼女は自身の小柄な体格を最大限活かす戦い方を知っているのだ。


「軽い軽いよォ!! 虫ケラがよォ!!」

「っ!」


 鋭利な爪を振りかざし、纏わり付く月ちゃんを追い払う。当たれば確実に肉まで斬り裂かれるだろう。


「神使の血はマズいんだよなァ……でも食えないほどじゃねェし、やっぱ殺そう食ってやろォ!!」


 追い払った月ちゃんを追撃すべく、イザンナが脚に力を込める──この隙を見逃してはいけない!

 ミヌートに教わったことを忠実かつ迅速にこなし、指先から全力で水を放つ。狙い澄ました一発は寸分狂わず奴の膝に命中し、態勢を崩すことに成功した。


「よし!」


 ここまでは理想的な展開だ! 気を抜かず徹底した戦法を取れば、善戦どころか勝利さえ見えてくる!


「でやあぁぁぁぁぁぁ!!!」


 生まれた隙を見逃すまいと月ちゃんが拳を振りかぶり、奴のこめかみに炸裂させる。普通の人間の頭部なら惨たらしく破裂しているところだが、


「ウザってェェなァオイ! 蠅かよテメェはよォ!」


 煩わしさを隠そうともせず、イザンナは上空へ勢いよく跳ねた。手足の指を地上五メートルはある建物にめり込ませて停止すると、憎々しげに俺達を見下ろす。

 ……やばい。あいつ、イライラしてるだけでさっきから全然痛がってない。展開こそ理想的だが、実際はほとんどダメージを与えられていないんだ……。


「だァァァァりィィィ!! んでも殺さなきゃだよなァ! ちょっくら本気出すかァ!」

「させない!!」


 俺は体内の輝力をかき集め、今度は手の平から球状の水を放つ。しかしイザンナは俺の行動を予測済みだったのか、軽く跳躍して危なげなく回避してしまう。知能が低いとは言っても、こと戦闘に関してはセンス抜群なのだろう。

 だが直後、月ちゃんの足元から突風が巻き起こる。瞬間的でありながらも爆発的な勢力を持つそれは、彼女の華奢な身体を軽々と宙へ送り込み拳の射程圏内にまで到達する。


「見え見えなんだよちび助がァ!」


 連続して放たれた拳を悉く防ぎきるイザンナ。空中にも関わらず何て身のこなしだ……!


「ほいさァ!」


 片手をピンと伸ばし、そのまま月ちゃんへと突き出す。当たれば致命傷になり得る爪を間一髪躱した月ちゃんだったが、


「お留守だねェ!!」


 がら空きの横っ腹にイザンナの膝がモロに入った。思わず耳を塞ぎたくなるような鈍い音が辺りに木霊する。


「がっ……!?」


 月ちゃんは短く悲鳴を上げると、なす術なく凄まじい勢いで地面に叩き付けられた。一方のイザンナは耳障りな高笑いを上げながら豹のようなしなやかさで降り立つ。


 や、やばい! みすみす月ちゃんを痛ぶらせるわけには……!!


 急ピッチで脳味噌をフル回転させる。

 ここから水を放ってイザンナに当てることは出来るか!? ああ出来るかもしれない、だが仮に当てたところでどうする!? 大してダメージを与えられないのは分かってる、よろめかせることさえ怪しい! 月ちゃんが痛みを堪えて立ち上がれるだけの時間を稼げるか!? いや、無理だ!


「くそっ!!」


 自信なんてない、でもこれしかない!

 俺は全速力で駆け出し、ベルトに引っ掛けていたナイフ型神器を握り締めた。


「もうやるしかねぇ!!!!」


 イザンナに接近戦を仕掛ける……!! 俺に注意を引きつけて少しでも月ちゃんに時間を作るんだ!!


「こっちを見ろ! イザンナッッッッ!!」


 ヤケクソ気味に叫び声を上げながら、ナイフの柄が砕けそうなほどに強く握り締め、真っ直ぐ水平に突き出した。


「なんだもやし野郎がァ!」


 やはり難なく躱される。でもこれでいい、奴の意識は俺に向けられた!

 大丈夫だ、落ち着いていけ。イザンナは確かにスピードもあるしパワーもある。けど俺はこの目で見てきたじゃないか。姉さんを始めとした、遙か格上の存在を!


「オラよっとォ!」


 唸りを上げて迫りくる豪腕をしっかり目で捉え、蹲み込んで回避する。そうだ、よく見て真っ当な判断をしろ! 驕らず、引かず、ただ俯瞰的に!


「ハッハァ!」


 蹲んだ俺を蹴飛ばすために脚を振りかぶった。察知した瞬間大地を踏みしめ、思いっきり前転してなんとかやり過ごす。

 すぐさま立ち上がり、ナイフを横薙ぎに振り抜いた。しかしイザンナは最小限のステップだけでこれを躱すや否や即座に回し蹴りを仕掛けてくる。


 回避は──無理だ、左腕でガードするしかない!


 顔面を狙って放たれた強烈な一撃は、目論見通り左腕で防ぐことに成功する。しかしその威力は俺の甘ったれた想像を軽く超えていた。スタンガンを押し付けられたような激しい痺れが全身に迸り、歯を食いしばる間もなく易々と吹き飛ばされる。


「ぐっ……ごっ……あッッッッ!!」


 小刻みに地面の上をバウンドし、血に塗れた石造の壁に激突した。視界がモノクロに明滅する。防いだ腕や背中はもちろん、身体中痛みでどうにかなりそうだ。


「げっ……げほっ!!」


 口から粘着質な血液が吐き出される。苦しい、ちくしょう、吐血なんて生まれて初めてしたぞ……。

 鮮血に染まった唇を拭いつつ先程まで居た地点に目をやる。

 あれ、イザンナが居ない……!? 一体どこへ……!

 視線を滑らせ周囲を確認し──俺は苦悶の表情を浮かべるしかなかった。


 イザンナは宙にいた。

 それも、あと二秒後には俺の頭を踏み砕けるほどに近く。


 現状を認識してしまった瞬間、時間が妙にゆっくり流れ始めた。場違いなほど頭の中がスッキリとしている。


 あ、俺これ死ぬのか? こんなにもあっさりと?


 敗因は何だろう? 俺はちゃんとガードしたはず……あっ、そこか。しっかりガードしてこのザマってことは、どう足掻いても勝てない相手だっただけか。生物としてのスペックが根本から違い過ぎたんだな。



「ばかっ!!!!」



 声を必死に張り上げながら目の前に現れたのは、地に伏していたはずの月ちゃんだった。

 彼女は驚くべき速度で真横からイザンナを殴りつけて吹き飛ばし、間一髪の窮地を救ってくれたのだ。


「今、死ぬとこだったよ!? 諦めたの!?」

「い、いや……」


 口籠もりながらよろよろと立ち上がる。


「いつまでただの人間気分でいるの!? 私はまだ戦えるし、あなただってそう! あまり神使の身体を舐めないで!!」


 口元の血を拭い、月ちゃんの言葉に頷いた。

 確かに俺は、未だに理解が足りていなかったのかもしれない。人を超えた肉体を得ているという、確かな現実への理解が。

 自分をまだ一般人だと思っている奴が、悪魔になんて太刀打ち出来るわけがないんだ……。


「来るよ!!」

「あ、ああ!」


 再び飛びかかって来たイザンナを迎え撃つため、もう一度ナイフを握り締める。

 すんなり死を受けれそうになった自分を恥じるのは、戦いの後だ。罪悪感も焦燥感も今は必要ない。

 今必要とされるのは、勝利への渇望だけ! 善戦じゃ駄目だ、そんな中途半端な心意気じゃさっきの二の舞になる!


 勝つんだ!! 今の俺が持ち得る全てをぶつけなければ、イザンナは止められない!!


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