神域を統べる者
三六〇度見渡す限り、大小様々な歯車で埋め尽くされていた。壮観、としかいえない景色に内心圧倒される。
「ここが、ラランベリ様のいる場所?」
「うん、大体はね。この道をずーっと先に行くと居るはずだよ」
からくり仕掛けの道を二人で歩きながら、俺と月ちゃんは言葉を交わしていた。
セツナが瞬間移動能力を駆使してここまで連れてきてくれたのだが、すぐに「クライア様のところに行って事情を説明してくる」と告げて飛んで行ってしまった。セツナは終始冴えない表情を浮かべていたために、俺の方も気が気でない。一体これから何をやらされるんだ。
「ラランベリ様って、どんな神様?」
「ええとね、神器研究の第一人者なの。有名所で言うと、地球の女神クライア様の『十燐砲』や、覇天峰位の中核を担うパルシド卿の『銀芒槍』とか……あれらも全部ラランベリ様の開発した代物なんだよ」
パルシド卿……ってのは誰だか知らないけど、ラランベリ様が神域においてとても重要な役目を果たしているのは分かった。
「つまり、めちゃくちゃ凄い神様なんだ?」
「凄いし、人柄も良いんだよ、ネーミングセンスはないけど」
相変わらず根に持ってんな……。
「なぁ、ところで気になってることがあるんだけど」
「んー? どしたのツッキー」
「月ちゃんの魂を掬い上げたのは、クライア様だよな?」
「もちろん。地球人だからね」
「それなのに、主従を結んでるのはラランベリ様なのか?」
「あー……そうだよねぇ、分かりにくいよねぇ。当然、神使は全ての神様に従うことになってるけど、大体どの神使にも直属の上司みたいな神様がいるものなの。それが私にとってはラランベリ様ってこと」
「へぇ、自分の出身地を管轄してる神様に仕えるもんだと思ってたよ」
「いやぁ、関係ない関係ない。セツナさんもクライア様の直属じゃないでしょ?」
えっ? そうなの? 俺はてっきり……いや、そういやそれっぽいことも言ってたような、言ってないような……。
「ツッキー、知らないの? 一緒に住んでるのに?」
「普段、セツナとはあんまりそういう話をしないようにしてるからなぁ……むしろ月ちゃんはなんで知ってるの?」
「顔見ただけじゃ分からなかったけど、『セツナ』って名前は元々知ってたから。神使の間じゃ知らない者は居ないくらいの有名人だよ。パルシド卿の直属神使だってね」
「…………えっ」
その名前、さっき言ってた覇天峰位の……。
「あ、もうすぐ着くよツッキー。心の準備は良い?」
「んっ、あっ、だ、大丈夫」
初対面ってのは重要だ、しかも相手は神様。セツナのことはとりあえず後回しにするしかない。
長いようで短かった道を抜けると、より一層近未来的な建物が密集していた。神域に足を踏み入れておいて何だが、ここは相当現実離れしている。アニメの世界に入り込んでしまったのかと思うほどにメカメカしい。
「あ、来た」
「え、どこ」
当たりをぐるりと見回しても、人影はない。
いや、もしかして人型じゃない神なのか? デザルーキ卿とかいう円盤みたいな体の神もいたことだし、充分有り得るな。
「上、上にいるよツッキー」
「上?」
月ちゃんの指差す方を見上げると、なんとUFOが飛んでいた。円盤と半球がくっついたような、古き良き最もポピュラーな形のUFOが。
うわ、やっぱりデザルーキ卿と同じような神か……あっちより親しみのあるフォルムではあるけど。
巨大なUFOはみるみる降下し、俺達の目の前に着陸した。ちょっ、ゲホッ、風が凄い!
「ゲホゲホッ、ラランベリ様って、UFOだったんだな」
「え? あれはただの乗り物だよ?」
咳き込みながら目を丸くする。いや、普通はそうだよな……デザルーキ卿を見たせいで謎の先入観を持ってしまった。
吹き荒ぶ強風が鎮まると、ようやくUFOから一人の神が出てくる。
ウェリントン型の眼鏡を掛けた綺麗な女性。人間……ぽいけど、どこか雰囲気が違う。なんだろう、同じ人間型の神であるクライア様と比べると妙に……機械っぽいような?
「来たようじゃな、ポッピンラブキッス」
ふふっ。ごく普通にその名を出されると違和感が凄い。
「ツッキー?」
ジトリとした視線が突き刺さる。今のは俺が悪かった。心の中で反省。
「えと、初めまして、ラランベリ様。月野葉瑠といいます」
「クライアから聞いておるぞ、ハル。妾はラランベリ。神器開発の第一人者。自称ではなく公称であるから、悪しからず」
わ、わらわ!? そんな一人称使ってる奴、初めて見たぞ! ……という感想を、クライア様が自分のことを「余」って言った時も思った。やはり神ってのは色々凄い。
「立ち話もアレであろう、コレに乗れ。移動しながら話した方が効率が良い」
「は、はい」
おそるおそるUFOに乗り込み、艦内をさり気なく眺めた。
操縦者が座るであろう座席と、それ以外が座れる座席に分かれている。広さはあるが非常に殺風景で落ち着かない。
ラランベリ様は前方の座席に座って何度か操縦桿を動かし、すぐに俺達のいる後部座席に移動してきた。操縦していなくてもいいのかな?
二秒前に抱いた疑問はすぐに取っ払われた。UFOが一人でに上昇し、緩やかに空中を進み始めたのだ。おそらく自動操縦機能でも付いているのだろう。
「さてと、ハル。どうして妾に呼ばれたのか不思議で仕方ない、と言った感じじゃな?」
意地が悪そうに眼鏡のブリッジを持ち上げながら語りかけてくるラランベリ様。全くもってその通りなので俺は大袈裟に頷いて見せた。
「これにはれっきとした理由がある。あぁ、クライアにはきちんと連絡してあるから心配はいらんぞ。セツナも今頃安堵しているじゃろな」
「は、はぁ……それで、理由と言いますと?」
「テストじゃ。其方らにはテストを受けてもらう」
「「テスト?」」
なんだよ、俺がこの世で四番目くらいに嫌いな言葉だぜそりゃ。
「ポッピンラブキッスよ、まだ悪魔との実戦経験は無かったな?」
「ええ、もちろん」
「ハルもないはずじゃな?」
「あ、はい」
「そうであろうな。ハルは境遇が特殊、ポッピンラブキッスには訓練しかさせないようにしていた……が、今日は二人揃って遂に実戦デビューしてもらう。先に言ったテストというのは、戦いの素質を測るものじゃ」
た、戦いだって!? おいおい勘弁してくれ、セツナがいっちばん嫌がる奴だよそれ!
「ポッピンラブキッスに関してはある程度予測は立つが……ハルはどうなんじゃ? セツナから習ったりしたか?」
「い、いやぁ……」
セツナからは習ったことないけど『ドゥーム』からは習ったことあります! なんて言えるわけもなく。
「……ちょくちょく、一人で練習してたりは、してますね」
一応嘘はついていない。一人でも自主的に練習はしていたし。
ミヌートに能力の扱いを学んだのが四日ほど前。そんなに日は経っていないが、あれから毎夜みっちり練習させられていたから、今ではわりとスムーズに水を撃ち出せるようになっている。それが実戦で通用するかは分からないけど……とりあえず能力の行使自体に不安はない。
「ツッキー、結構ちゃんと扱えてたよね」
「そ、そうか? ありがとう」
「ふむ、なら良いが。いくらテストの難易度が易しいにしても、最低限の備えはいる」
ラランベリ様は特にズレてもいない眼鏡をクイっと上げ、
「神使なら一度は誰もが通る道じゃ。テスト内容は、率直に言って大したことない。死ぬ可能性はまずないのでそこは安心してほしい」
そうなんだ。それは本当に嬉しい。死ぬ可能性が少しでもあったらセツナに顔向けできない。
「それで、そのテスト内容はどのようなものなのです?」
月ちゃんが冷静な面持ちで尋ねる。さっきから思っていたが、ラランベリ様と合流してからとても冷静かつ聡明っぽさが際立っている。やはり本物の神使は一味違うってことか。
「うむ、テスト内容は『上級悪魔と戦うこと』じゃ」
さらっと告げられた言葉は、俺と月ちゃんを硬直させるのに充分すぎるインパクトを備えていた。
「待ってくださいラランベリ様! じ、上級悪魔なんて無理です! 勝てっこありません!」
月ちゃんがたまらず素っ頓狂な声で抗議する。
けど当然だ、上級悪魔は複数人の神使がチームを組み、綿密な計画を練った上でようやく倒せるレベルの存在。実戦経験ゼロの俺達が敵うわけもない。
「待つのじゃ、何も「勝て」とは言うておらん。このテストは格上の敵に対して「どう戦うか」を見るもの。勝ち負けは重視しとらん」
「でも負けたら普通に殺されません?」
「本当にマズくなった時は妾が一撃で葬るから安心せい。良いな、勝てとは言わん善戦してみせろ。至極簡単なことじゃ」
渋い顔で頷く俺と月ちゃん。最初は下級悪魔と戦わせた方が良いんじゃないかなぁ……とも思うが、それじゃ弱すぎるのかもしれない。何せ人間でも倒せるくらいだし。
「月ちゃん、どうやらやるしかないみたいだ」
「う、うん……不安だけど、よろしくねツッキー」
テストに向けての心配事は沢山あるが、一番は俺が足を引っ張りそうなことだろう。勢い強めの水鉄砲が撃てる程度で、果たしてどれだけ月ちゃんの役に立てるか……。
「今回のテストで結果を出せば、神々からの信頼も上がるじゃろうな。戦闘員は裏方より待遇が良くなりやすい」
…………え、このテスト、もしかして。
「ラランベリ様、このテストで優秀な成績を出したら神域の戦闘員になるんですか?」
おずおずと手を上げて尋ねると、ラランベリ様はまたもや眼鏡を整えて頷く。
「その通りじゃ。神域は慢性的に人手不足じゃからなぁ。そのうえ少し前にミラが神も神使も殺しまくりおって……あ、いや失敬」
「い、いえ! こちらこそ気を遣わせて……」
くっ……なんてこった、姉さんの影響がここにも!
「ともかく、神域は積極的に戦闘員を育てる方針なのじゃ。とはいえ半神使の其方が戦闘員になる可能性は低いが……一応、な」
「は、はい……」
そ、そうだよな……半神使の俺は正当な神使である月ちゃんのついでみたいなもんだ。期待されているわけじゃない。セツナの心労も考えれば、雑にやり過ごして雑に終わらせるのが一番だ。それなら戦闘員なんかになるはずがない。
「……緊張してきた」
「ん? 何が?」
「ツッキーは緊張しないの? 私、心臓バクバクだよぉ……」
「し、してなくはないけど」
「…………あのね、訓練してた時にね、周りの神使達が励ましてくれたの。君の能力なら大丈夫だよって。だから、今日は全力で頑張らなきゃ……」
震える拳をグッと握り締め、月ちゃんは決意に満ちた眼差しで俺を見上げた。
「一緒に頑張ろう、ツッキー」
「う、うん……」
困ったな……セツナの気持ちを考えれば頑張らないほうが良い。でも月ちゃんのためを思うなら全力でテストに取り組む必要がある。俺はどうすれば……。
「其方のやりたいようにやるのじゃ」
急に心を見透かされた言葉を投げかけられ、ビクンと肩が跳ねた。
「心を読む能力、ですか?」
「妾にそんな力はない。だが見ればわかる。伊達に長生きしとるわけではない」
「……なるほど」
俯き、葛藤し、下唇を噛み締めた。
正直、俺は戦うのなんてごめんだよ。殴り合いの喧嘩なんてしたこともないし縁も無かった。今となっては唯一の家族であるセツナも、俺が戦うことには断固反対だろう。であればやはり、テストを真面目に受けるのはやめて……。
「……月ちゃん。このテストで認められれば戦闘任務を任されるだろ? 月ちゃんは、どうしてそれを目指すんだ?」
心の中の天秤が大きく傾いている状態で、俺は静かに問いかけた。
この返答次第で決めよう。俺が今、どうすべきなのかを。
「ツッキー、私はね、別に戦いたいわけじゃないんだ。ただ、戦わなきゃ得られないこともある。残虐非道な悪魔の恐怖は、戦いでしか拭えない。私がこの道を選んだのは、苦しんでいる誰かを助けたい一心なの。それが、二度目の人生を与えられた者の宿命だと思うから」
強く、強く、ただ強く。鋼の意思を宿した瞳は、優柔不断な俺の胸を強烈に打った。
そしてその瞬間、思ってしまった。この子を裏切った時、俺はきっと一生後悔することになる。たぶんそれは、セツナに失望されるより辛く、重いものになるだろうとも。
大きく息を吸い込み、静かに吐き出す。心の天秤は、先程とは真逆に傾いていた。
俺じゃ足を引っ張るかもしれない。でも、だとしても、精一杯やり切ろう。全身全霊をかけてこのテストに立ち向かうんだ。まかり間違っても、この子を裏切るような真似だけはしちゃいけない。
「決まったようじゃな」
口元に柔らかな笑みを湛えつつ、ラランベリ様は窓の外を見やる。
「すまんな、神域ももう少し余裕が有れば良いのじゃが。神王でもいてくれればな」
「シンオウ?」
聴き慣れないワードだ。表情を伺う限り、月ちゃんも知らないようだった。
「昔から伝わる神域の伝説……全ての神々を統べる強大なる王じゃ」
「神域にもそういう御伽噺みたいなものがあるんですね」
月ちゃんが少し哀しそうな声音でそう言った。神域と狂界の絶望的戦力差を鑑みれば、そんな御伽噺が生まれても仕方ないよなぁという具合に。
肯定するかのようにラランベリ様も力無く苦笑し、しかしすぐに真顔で薄い唇を開いた。
「……二人とも、『アルトアージュ』を知っているか?」
「はい、もちろん」
アルトアージュといえば、俺の姉さんを倒すうえで最後の決め手になった神剣だ。あまりの脆さ、もといデリケートさは強く印象に残っている。
「あれは妾が唯一開発に携わっていない神器じゃ。あれだけは、元からあった」
どこか遠くの方を眺めるように、朧げな眼差しを浮かべるラランベリ様。どうにも意味深な言い回しに、俺と月ちゃんはきょとんとした表情で顔を見合わせた。
「神剣は御伽噺の王が遺した神器なのではないか……と言ったらどう思う?」
「神王は過去に実在してたってことですか?」
「……一つ言えるのは、今は神域のどこにもおらんと言うことだけじゃな」
「いたら、すぐに助けてくれるはずですもんね……」
「ま、そういうことじゃ」
やれやれと肩を竦めてはにかむラランベリ様は、まるでただの人間のようだった。
と、思った矢先に、ラランベリ様に対して抱いていた違和感の正体が分かってしまった。
眼鏡で分かりにくかったが、彼女は出会ってから今まで一度たりともまばたきをしていないのだ。本来は全く別の姿があるのに、あえて人を模した姿でいるのだろうか? 聞いてみりゃ教えてくれるとは思うが、なんか怖いな……。




