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一生に一度の

「……と、いうわけなんだ」

「…………いやぁ、それ、ほんとなの?」

「ああ、天に誓って真実だ。な、セツナ」

「ええ、そうね」


 未だ信じられない、と言わんばかりの表情でつきちゃんは吐息を漏らした。

 俺が半神使と化した経緯と今日神域に来るまでの経緯をまるっとそのまま説明したのである(当然ミヌート関連は除く)。


「あれ? ということは私、もしかして二回死んでるの?」


 あの時まだ生きていた月ちゃんとしては、そこは当然気になるだろう。俺の姉さんがしでかした「地上の命を利用した儀式」の影響力は、改めて考えても凄まじいものがある。


「……えーと、それは」

「全生物の肉体が一度消滅したことは確かよ。でも、魂まで消滅していたわけじゃないわ。だからこそ地球は巻き戻せた。これがあなたの慰めになるかは、分からないけれど」


 言い淀んだ俺に代わり、セツナが月ちゃんへ告げてくれた。


「そっかぁ。まぁ、今こうして生きているんだからどっちでも良いんだけど」 


 いいんかい!


「しっかし、驚いたねぇ……まさかツッキーに婚約者がいたなんてねぇ……」

「何回言ってんだよ……」


 俺の経緯を話している最中、一番驚かれたのがイヴの存在だった。姉さんが滅茶苦茶な暴走をしたことよりも反応がデカく、逆に俺の方が驚いた。


「じゃあツッキーは、まだ一度も死んでない?」

「うん、そうなる」

「ふふ、良かったねぇ!」


 鈴を鳴らすように明るく笑ってハーブティーのおかわりを注ぐ。そして俺のカップにもさりげなく注いでくれた。気が利くなぁ。セツナもそうだけど、やっぱり本物の神使は性格が良いんだろうな。


「大体、俺が真っ当な神使になれるはずないんだよ。神使に選ばれる大前提は『純潔』と『高潔』だろ? 俺は別に高潔な人間じゃねーし」


 神使になる二大原則は『高潔』と『純潔』。どちらも揃っていてこその正当な神使だ。片方しか条件を満たしていない俺は、やはりイレギュラーのパチモンでしかない。


「……純潔ではあるんだ」

「そこ突っ込むなよ月ちゃん。真っ赤な顔して何言ってんだよ」


 自分から言い出した事とはいえちょっとマズイな、これ以上俺の貞操を話題にされたくないぞ。隣のセツナも居心地悪そうにしてることだし、ここは何とか話題転換を試みなければ。

 そう考えていた矢先、俺の思考を知ってか知らずかセツナが口を開いた。


「あの、天霧……さん?」

「え? なぁに、セツナさん」


 まだ若干頬を染めながら、月ちゃんはきょとんとしつつ顔を上げる。


「知っているとは思うけれど、神使は神使名で呼び合うのが鉄則でしょう? あなたの今の名前を教えてくれないかしら」


 へー、そんな決まりがあるのか。初耳だ。


「えー……」


 露骨に月ちゃんの顔が強張った。セツナの口振りからして神使なら誰もが知っている常識っぽいから、月ちゃんも例外ではないはず。


「どうしたんだ?」

「いやー……ええとね、ツッキー。神使名っていうのは、主従を結んだ神様から授けられるありがたーいものなの。けど……」

「けど?」


 月ちゃんは指先をいじいじしながらもじもじとしている。豊満な胸が強調されてなんだかえっちだが、とりあえず今はさておき。


「あっ、もしかして! 授けられた名前が気に入らないとか?」

「そう! そうなの! そうなんだよツッキー! 私すっごく恥ずかしいんだよ! だから言いたくないの!!」

「……ふふっ」


 恥ずかしそうに喚く月ちゃんを見て、セツナがほんの微かに笑う。人見知りのセツナが多少肩の力を抜いてくれたのかと思うと嬉しかった。


「あなたが主従を結んだ神様って?」

「ラランベリ様」

「あっ……」


 何かを察したような声を漏らすセツナ。この短いやり取りだけでも、何となくラランベリという神の人柄が分かってしまう。


「それで、月ちゃんの神使名は?」

「………………笑わない? 笑わないって約束してくれるなら、教えるよ?」


 不安そうな上目遣いで囁くように尋ねられる。ふん、全く舐められたもんだ。


「笑うわけないだろ、人の名前を笑うなんて最低だよ」


 セツナに生前の記憶は無いから、『セツナ』が神使名ってことだ。つまり、月ちゃんの神使名も大して驚くようなもんじゃないはず。精々地上で言うところのキラキラネーム程度だろう。このご時世、人の名前をいちいち笑ってたらキリがない。



「ポッピンラブキッス」



 ……は?


「ごめん、何?」

「私の名前。ポッピンラブキッス」

「……………ふふっ」

「あーーっっ! ちょっ、おいっ、あーーーーっっっ!! 笑った笑ったツッキー笑った!!」


 熟した林檎を思わせる真っ赤な顔でぽむぽむぽむん、とチョップを連発してくる月ちゃんを甘んじて受け入れながら、俺は必死に顔を覆い隠した。


「ごめっ……だって、想像を遥かに超えてたから……ふふっ」

「もーーーっっ!!」

「ごめんごめん悪かった! ふふふ」

「まず笑うのやめよっか!? ん!?」


 柔らかチョップを食らいつつ、チラリとセツナの方を見やると、肩をプルプル震わせて笑い堪えていた。俺と全く同じ感情を抱いたに違いない。


「はぁ……はぁ……ごめんって。悪かったよ、反省してる」

「ほ、ほんとかなぁこの男は」

「ああ。これからもよろしくな、ポッピンラブキッス」

「おいこらっ!」


 懲りずにポコポコ殴られた。それより何より腹筋が痛い。


「んもー、ツッキーは絶対に今まで通り呼んでよね。私のほんとの名前、今となってはツッキーしか呼ばないんだから」


 ぷんぷんとした口調で告げられた言葉は、一気に俺の目を覚まさせた。

 神域で過ごすようになって、周りからはポッピンラブキッスとしか呼ばれなくなったんだろう。神使としての鉄則ならば仕方ないが、自分だけが自分の名前を覚えていても、それを呼んでくれる人がいなければ物悲しくなるだけだ。そして結局、長く生きる内に自分も忘れてしまうんだ。姉さんやセツナがそうだったように。

 月ちゃんにまでそんな思いをさせるわけにはいかない。俺は徹底してポッピンラブキッスと呼ばないようにしよう。


 決意を固め、ふと一つの疑問が湧き上がる。姉さんやセツナが本名を覚えていないのは、元の名前を誰も呼んでくれなくなったことにも起因しているだろうし、途方もなく長い時を生きてきたせいでもあるだろう。じゃあ、どうして……ミヌートは本名を覚えているんだ?

 姉さんより遥かに長い年月を過ごしてきたはずだ。誰からも名前を呼んで貰えなかったはずだ。それでなぜ自己を維持していられる?

 彼女が「特別」だからか? そもそもどう「特別」なんだ?


「ツッキー? 聞いてるの? おーい」

「んっ、あ、あぁ。どうした月ちゃん」

「いや、名前をちゃんと呼んでくれるなら別に良いけどね?」


 危ない危ない、ミヌートの事は一旦置いておこう。絶対に勘付かれるようなことがあってはならない。


「呼ぶよ、ちゃんと……と思ったけど、その理屈なら愛称じゃなくて「ルナ」って呼んだ方がいいか」

「んー……それはなんか照れくさいからねぇ、いいや」


 どこかあどけなさの残る顔で笑う月ちゃん。何はともあれ、ポッピンラブキッスを笑った件はこれにて解決だな。


「あの、でも、ハルはそれで良くてもあたしは困るわ。神使同士なんだから、ちゃんと神使名で呼ぶわよ」


 な、なにっ!?


「仕方ないじゃない、こればっかりは。他の神使達からは普通に呼ばれているのでしょう?」

「そ、それは……そうなんだけど。でも、ツッキーが居てくれるなら、他は諦めるしかないか……」

「……よし、じゃあアレだ、せめて簡略化しよう。『ポップ』、『ラブ』、『キッス』、『PLK』の中から選んでくれ月ちゃん」

「うーん、その中なら……『ポップ』かなぁ」


 心中お察しするが、まぁこれが最善だ。神使には神使の建前ってもんがあるんだろうし。俺にはよく分からないが。

 しかし、ラランベリとかいう神……人名にポッピンラブキッスとは、いやはやとんでもないネーミングセンスの持ち主だ。一度会ってみたいもんである。


「そうだ、話は変わるけど、月ちゃんは何の能力に目覚めたんだ?」

「えっ? あぁ、風だね。風を巻き起こせるの」

「風!? 俺、水なんだよ!」

「あっ、そうなんだ! なんか近しいモノを感じるね!」


 俺も同意見だ。風と水、どちらも自然由来のモノ。能力という面でも月ちゃんとは強い縁を感じる。


「あっ! ツッキーの水と私の風を組み合わせたら「アレ」が出来るんじゃない!?」

「え? 何?」

「決まってるよ! 噴水虹出しごっこだよ!」


 なにそれ……。


「面白いのか? それ」

「面白いね、絶対! まず、ツッキーが上空に水を大量に撃ち出すでしょ?」

「はぁ、それで?」

「私の風で水を加速させて勢いをつける! そうするとでっかい虹が出来るって寸法だね!」


 ……面白い? それ。




        ***




「あっはっはっはっ!」

「わっはっはっはっ!」


 噴水虹出しごっこめっちゃおもしれぇ!


「びっしょりだよ! はははっ!」

「ツッキーの髪とんでもないことになってるよ! ワカメみたいー!」


 思えば最後にプールに行ったのはいつだったろう。海にも当分行ってないし、水遊び自体久々すぎる。童心に帰るとはまさにこのことか。


 ただ、一つ問題があるとすれば。


「さ、寒い! 寒くないか月ちゃん!」

「え? 別に。この程度で寒いなんて言ってらんないよ」


 なんてこった……やはり普通の神使の肉体は強靭なのか……って、ん?


「……!?」

「どしたの、急に黙りこくって」

「月ちゃん、服がスケスケだぞ!」

「えっ……きゃあっ!?」


 ボッ! と一気に顔を紅潮させると、スケスケの胸元を覆い隠してうずくまった。加えて頭上からもわもわと湯気を立ち上らせ、


「だ、だ、だから水出しすぎだって言ったのに!」

「月ちゃんがもっと出せって言ったんじゃん! ていうかこの際どうでもいいよ、早く家戻って着替えよう!」

「ごもっとも!!」


 互いに頷き合うと、コテージの扉へ向けて駆け出した。コテージに入った時のセツナの呆れ顔が容易に想像出来る。が、背に腹は代えられない。

 にしても、あの濡れ透け具合は破壊力満点だったな……さすが月ちゃん。




       ***




 お風呂を借りて身体を温めた後、やはり呆れた表情をしているセツナの隣に座った。


「風邪を引くかも、とか考えたりしないの、あなたは」

「面目ない。ぶっちゃけあんまり考えてなかった」

「仕方のない人ね、相変わらず」

「ところで、月ちゃんは?」


 俺がお風呂を貸してもらったのは月ちゃんが入った後だ。だが何故か姿が見えない。


「服を能力で乾かしてくるそうよ。あなたのも一緒に」

「あー、なるほど。ありがたいな」


 確かに耳を澄ませば、別の部屋から風音が聴こえる。噴水虹出しごっこで見ただけだけど、月ちゃんは新米とは思えないほどに能力を使いこなしていた。実は凄く有能なんじゃなかろうか。


「そういえば、クライア様に会いに行くまであとどれくらいだ?」

「もうそろそろ出なきゃ間に合わなくなるわね。服が乾き次第、ここを出ましょう」

「分かった」


 返答し、数秒ほど沈黙が流れる。お互い、その理由は一緒だと思う。


「……あのさ、セツナ。俺と神域を断絶するって話だけど」

「それは撤回しろと言うのでしょう」

「うん、頼むよ」


 セツナは緩慢に天井の灯りを見上げ、俺の方を見ようともしなかった。


「あたしは……どうかと思うわよ。あなたは平穏に生きるべきで、神域とはもう関わるべきじゃない。たとえ見知った先輩がいたとしても……ね。それなのにあなたは、天霧月と……いえ、『ポッピンラブキッス』と「一緒に頑張っていこう」だなんて、どういうことよ? 随分な言い方ね。あたしの言ったことを忘れていたわけじゃなかったはずでしょう?」

「うん」

「あたしが神域とあなたの縁を切りにくくするため? あの、度を超えた仲の良さを見せつけたのは」

「別にそういうわけじゃないけど、結果的にはそうなった」

「ずるい人ね」

「ごめん」


 静かな口調でまくし立てられるのは正直怖いが、セツナは一〇〇パーセント俺のためを思って言ってくれている。それを理解しているからこそ、真正面から受け止めなければならない。


「もしも見知らぬ人間が神使だったら、今日だけの関係で終わっていたかもしれない。だけど、月ちゃんは居たんだ。居たんだよ、ここに」


 揺らぐことなく、真っ直ぐセツナの目を捉えて離さない。

 真摯に。ただ、真摯に。


「月ちゃんが亡くなったの、俺は知らなかったんだぜ。そりゃあ、もう同じ高校には通ってないけど、訃報くらいは聞いてても良いはずだろ? なのに、知らなかった……ってことはだ。月ちゃんは……本当は、知って欲しくなかったんじゃないかな」

「それは……」


 親に土下座までして選んだこの道を、彼女は後悔していないのだろう。けれど同時に、誇れることだとも思っていないんだ。

 彼女が神に選ばれるほどの人格者なのは疑いようのない事実で、誰も彼女を責めたりなんてしないのに。それでもあの子は、知って欲しくなかったんだ。俺にも、きっと他のみんなにも。


「あの子の本当の名前を呼んであげられるのは、もう俺だけだ。俺しかいないんだ。セツナだって見ただろ? 本当に嬉しそうに、涙まで滲ませて喜んでいた月ちゃんを」

「…………ええ」

「それなのに今日永遠の別れを告げるなんて、そんな残酷なことはない。だから……頼む。一生に一度の頼みだ」

「………………はぁぁぁぁ……」


 深い深い溜め息をつくと、セツナはようやく俺の方を向いてくれた。


「長い長ーい人生なのに、もうそんなの頼むわけね?」

「ああ」

「…………はぁ、参ったわ。一生に一度の頼み、そこに二言は無いわね?」

「無いよ。約束する」

「……あたしの気も知らないで」

「ごめん。でもありがとう」

「……もう」


 苦虫を噛み潰したような表情ではあるものの、どうにか俺の意見を受け入れてくれた。

 不満だろうし、不安だろう。ただでさえセツナは精神的に不安定な状態なのに、更に負担をかけることになったのは認めざるをえない。それでも、俺にとってはどうしても必要なことだった。その分、これまで以上にセツナのフォローは欠かさないつもりだ。


「……あれ、風の音が聞こえないわね、そういえば」


 セツナが何気なくポツリと呟くと、向かいの部屋の扉がゆっくり開き始めた。


「…………あ、あの」


 そこには、俺の服を抱えた月ちゃんが、今にも倒れそうなほど真っ赤な顔で佇んでいた。


「……もしかして、聞こえてた?」

「……当たり前じゃん。ぜーんぶ聞こえたよ……ツッキーめ」


 消え入りそうな声で呟き、のそのそと近付いて来たと思ったら、グイッと胸元に服を押しつけられる。


「乾かしてくれてありがとう」

「……て、ていうか、な、なんで上半身裸なの」

「いや、だって着替えなんて持ってきてないし。この家、月ちゃんの服しかないし」

「……それもそっか」


 月ちゃんは、依然として火照った頬を両手で掴み、大きく深呼吸をして、



「葉瑠」



 唐突に名前を呼ばれ、俺は思わず目をしばたたかせた。

 たぶん、これが初めてだ。月ちゃんが俺の名前を呼んだのは。



「ありがとう、葉瑠。あなたが神使になってくれて良かった」



 にっこりと。とろけるように甘い声を伴って、月ちゃんが微笑む。そのとびっきりの笑顔は、呆気に取られるほど可憐で蠱惑的だった。


「いや、あの、俺は」

「何にも言わなくていいから。ツッキーはただ、私の感謝を貰ってくれればそれでいいから」


 困惑しつつもとりあえず服を着る俺を余所に、月ちゃんはセツナに喋りかける。


「セツナさん、もう出る時間なんでしょ?」

「え? ええ、そのつもり」

「わがままを聞いてくれてありがとう。感謝してる」

「いえ、それはあなたが気にすることではないわ。また来させてもらうわね」

「うん、いつでも」


 二人の間でお開きムードが漂う中、月ちゃんの懐で電子音が鳴り始めた。

 瞬間、セツナと月ちゃんの雰囲気が一変する。なんだよ、何事だ?


「それ、神様からの緊急アラームよね?」

「う、うん」


 緊張した面持ちの月ちゃんが懐から小さな携帯端末を取り出す。


「ラランベリ様からの通知?」

「そうみたい。ちょっと待って、今内容を……えっ!?」

「どうしたんだ? 一体」


 月ちゃんは幽霊でも発見したかのように驚きの声を上げ、


「私と……ツッキー。二人でラランベリ様の元へ迎え……と」

「お、俺もか!? なんで!?」

「わ、私にも分かんない!」


 会ったことも話したこともない神が、どうして俺を呼び出してんだよ!? 怖すぎるだろ!

 おそるおそるセツナを見やると、両手で頭を抱えてうなだれていた。

 うわぁ……なんかもう、全体的に不安しかねぇよ……。



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