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奇跡の二人

『認証しました』


 神、もしくは神使でなければ理解できない謎の言語が辺りに響き渡った。買ったばかりの自由帳のような真っ白い空間に、一筋の裂け目が出現して直ぐに拡張していく。


「はぁ……憂鬱だわ」 

「分かってるよ……でも仕方ないだろ」


 項垂れる相棒を宥めながらポンと背中を叩いた。あまり引き伸ばしても良いことはないのだと、本人も分かっているはずだ。

 そう、俺とセツナは再び神域の地に足を踏み入れていた。もちろん、大切な用事でもなければわざわざ来たりはしない。


「お願いしないといけないわ、クライア様に。今後はハルのことを完全に放っておいて欲しいと」

「…………まぁ、それは二の次さ。今日来た一番の目的は、クライア様からあの件の報告を聞くことだろ」


 大悪魔シルヴァニアンと二体の神が戦ったあの日の夜、偉大なる地球の女神・クライア様はこう言った。「諸々の事情は神域で後ほど」と。流石にこの言葉を無視して地球に居座り続けるわけにもいかない。神使が神の言葉に反するなど御法度もいいところだろう。特にセツナは「そういう条件」で地球への駐在を許されている立場なのだ、尚更無視出来ない。


「じゃあ、前と同じく入界手続きをしてくるわ。ベンチに座って待っていてくれる?」

「分かった」


 言われた通り広場のベンチに腰掛け、巨大な施設内に入っていくセツナの背中を見送った。

 神域に来るのはこれで二度目だが、今日は辺りに沢山の神使達がいた。前は集会があったから閑散としていただけで、本来はこの賑わいが普通なんだろうな。

 そんなことを考えると同時に、頭の隅の苦い記憶が蘇った。そういえば、誰もいないこの広場で話しかけられたことがあったっけ。黒いスーツに黒いコートを着た、長身痩躯の男……おそらくは神と思われる存在にとんだ失礼を働いてしまったんだよな。今の今まで忘れていた……というより、忘れたがっていた、の方が正しいかも……。


 ふと周囲の神使がジロジロとこちらを伺っていることに気付く。人型の神使が物珍しいのか、それとも俺が半分人間だから気味が悪いのか。定かではないけれど、確かなのはあまり居心地が良くないってことだ。


「やぁ、君」


 少し離れた場所から、一体の神使が近寄って声を掛けてくる。その姿はチューリップに翼が生えたような不可思議なもので、内心ぎょっとした。しかし人情味溢れる声音と物腰の柔らかさ、何よりセツナと同じ「純粋なる正当な神使」であるという事実をきちんと受け止めれば、身構える必要などないことに気付く。


「はい、どうしました?」

「君、出身は地球だろ?」

「ええ、そうなんです」

「最近もう一人地球から来た子がいてね。こんなに近い時期に、本当に珍しいことだけれど」

「あっ、はい、そうらしいですね! 話には聞いていたんですが」


 それは、一人の神使の話だった。

 同じ星、同じ国、同じ種族……さらに俺とほぼ同時期に神使になるという、おそろしく運命的な縁を感じる見知らぬ誰か。

 最初にその話を聞かされた時から、常々会ってみたいとは思っていたんだ。


「まだ会っていないのかい?」

「そうなんですよ。マジで会いたいんですけど、一体どこにいるのやら……」

「その子も会いたがっていたよ。神立図書館の近くにコテージがあるから、行ってみると良い」


 あっ、あのコテージか! 可愛らしい庭園の中に建つお洒落なコテージ! この前神域に来た時、気になってはいたんだよなぁ! やっぱあそこに住んでたのかよ……! 入っとけば良かった……!


「それじゃ私はこれで」

「はい! ありがとうございました、教えてくれて! 行ってみます!」


 翼をパタパタとはためかせて遠ざかっていくチューリップ神使に頭を下げ、高鳴る胸を掌で押さえた。


 会いに行きたい! 会ってみたい!


 セツナが俺と神域を断絶したがっている以上、今日が最後のチャンスになるかもしれないんだ。一度も会えないまま終わりなんてのは絶対に避けたい。


「ふぅ……凄く混んでいたわ。ハル、手続き終わったから行きましょう」


 問題はこの相棒が許してくれるか、である。

 神域から出来る限り早く帰りたいと思っているだろうし、他の神使との接触も嫌がりそうだ。一体どう説得したものか……。


「……セツナ。一つ何でも言うことを聞くよ」

「え? 急に何なの?」 

「一つ何でも言うことを聞く。だから俺の頼みも一つ聞いてほしい。会いたい人がいるんだ」


 数秒考えた結果これしか思い付かなかった。とりあえず等価っぽい条件を押し付けるだけという杜撰な計画しか。


「会いたい人って誰なの?」

「俺の同期神使だよ。この前、図書館の近くで見知らぬコテージがあっただろ?あそこにいるんだって」

「あ、そうなの? 別にいいわよ」


 あれっ、思いの外あっさりオッケーが出たぞ。こりゃ妙な条件突き付けなくてもいけたんじゃないか。


「さぁ、出発しましょう」

「うん。ところでセツナ、さっきの条件なんだけど、やっぱり……」

「なかったことにはしないわよ?」

「……」





 ***




 俺は期待に胸を膨らませながら、見覚えのある道を踏み締めていた。


「いやー楽しみだなぁ。どんな人なんだろうなぁ」

「どんな人だったら嬉しいの?」

「性格って意味か? うーん、その人と会って話せるだけで嬉しいと思うよ。それくらいの奇跡だしさ」


 ウキウキで歩き、ついにあの庭園を目視で確認できる距離まで近付いた。


「じゃあちょっと、あのドアをノックしてくるから」

「ええ、早く行ってらっしゃい」


 逸る気持ちを抑えられず、セツナに先んじてコテージへまっしぐら。呆れ気味の視線が背後から突き刺さっている気がしたけど、気にせず走る。

 早くも庭園に到達し、さらに扉へ赴こうとした、まさにその時。

 コテージの扉が、俺の目の前でゆっくりと開いた。



「ふんふんふふ~ん」



 底抜けに明るい鼻唄と共に、一人の少女が姿を見せる。


 ゆるくウェーブのかかったセミロングの髪。瑞々しい若葉色なのも相まってとても柔らかな雰囲気を醸し出している。

 身長はあまり高くない。一五〇センチ前後といったところだ。 可愛らしい顔立ちと相まって実年齢よりも若く見えるが、胸はかなりでかい。ロリ巨乳……と称するような年齢でもないか。実年齢は確か……今年で十九歳だったはず。

 ……うん、要するに、俺の知り合いなのだった。


つきちゃん!?」

「はい?  って、えええええ!?!? ツッキーじゃん! えっ!? なんでなんで!?」

「俺の台詞なんだけど! ていうか月ちゃん、何その髪の色! 緑じゃん!」

「えへへ、神使になってから変色しちゃった」

「めちゃくちゃ良い色だよ!」

「ありがとっ! ツッキー!」



「ストップ。え、何? 何なの? つきだのツキだのわけわからないわ説明しなさいハル」



 冷静かつ早口に、セツナが俺と月ちゃんの間に割って入る。結構な距離だったはずなのに、音も立てずにここまで来るとは。衰えていてもこの速さ、さすがはセツナだ。


「まず、ツッキーてのは俺のこと。俺の苗字、月野じゃん? それでツッキー」

「何の動揺もなく説明されるとちょっとイラっとくるわね」

「え?」


 今、イラッとされる要素あったか? セツナ、もしかして……神域にいることで精神的なストレスが溜まってきてるんじゃ……!?


「いいわ、続けて」

「いいのか? んで、こっちの女の子がつきちゃん。本当は月って書いて”ルナ”って読むんだけど、初めて会った時俺読めなくてさ。それ以降つきちゃんっていう愛称で呼んでるんだ」


「このご時世、色々な名前があるからねぇ。実際に「つき」って名前の子もいるそうだし」

「なー? もしかしたらムーンちゃんだったかもしれないし、ライトちゃんだったかもしれなかったし。 選択肢を色々考えた結果、つきちゃんと呼ばせてもらったわけだ」

「えー、それは初耳。ただ単に読めなかっただけと思ってたけど、色々考えてくれてたんだぁ」


 にへらー、と天真爛漫な笑顔を浮かべるつきちゃん。あぁ、そうだ。この子はこんな風に笑うふんわりした性根の女の子なのだ。懐かしいなぁ……。


 ………………?


 いや、待て待て待て! おかしくね!? 月ちゃんがこんなとこにいたら駄目じゃん!! 俺みたいな例外除いたら、ここに立ち入れるのは神もしくは真っ当な神使だけだろうが!?


「つ、つ、月ちゃん、今更だけど、も、もしかして……亡くなった、のか」

「え? そ、そりゃそうだけど? 」


 言葉を失った。とてつもなくショックだった。

 だって、去年……この子は……。


「…………ツッキー、胸はもう大丈夫? 痛くない?」

「えっ? あ、ああ、今は治ってるから。それより、月ちゃんは……」

「わたしは、見ての通りかな」


 ニッコリと微笑む。空元気……というわけでもなさそうだった。それどころか、とても澄み切った表情で……。


「……どうして」


 十代の若さで亡くなったはずの月ちゃんに、悲壮感が全くない。その澄んだ笑顔は、夕陽に照らされながら微笑んでいた最期のイヴを想起させた。


「立ち話もなんだし、お茶でも飲もっか。ほら、ツッキーの隣にいる神使の方もどうぞ」


 コテージを指差し、人当たりの良い笑みで勧めてくる月ちゃん。俺は背後に佇む相棒をチラリと見やった。


「……聞きたいことがあるのでしょう? 正直、イマイチ状況は掴めないけれど……ここは行くべきだと思うわ」


 その言葉に大きく頷く。セツナは、月ちゃんとは知り合いでもなんでもない。それでも、俺のためになると思って尊重し、意見を出してくれたんだ。

 先程までの胸一杯の期待感は何処へやら、俺は静々とした足取りで月ちゃんに着いて行った。



        ***



 天霧月あまぎりるな。俺の二つ上の先輩だ。

 小学校も中学校も高校も全部一緒……だったが、小中に関しちゃ全くと言っていいほど関わりがなかった。住んでる場所も遠かったし、親同士で交流があったわけでもない。そもそも学年が二つも違えば関わる機会自体滅多にない。月ちゃんは部活動にも所属していなかったしな(俺もだけど)。


 そんなロクに会話したこともない俺達だったが、去年──つまり俺が高校一年で月ちゃんが高校三年の時に転機が訪れた。


「えーと、月野くん……だよね?」

「ん……そうだけど……?」


 ぼーっと窓の外を眺めていた俺に、はにかみながら喋りかけてきた小柄な女の子。正直、最初は小学生かと思った。顔や背丈だけ見れば遜色なかった。しかしそんな認識はすぐに改めることになる。

 そう、おっぱいである。小学生として見るにはあまりにも立派に育ち過ぎていた。というかよく見れば、どこかで見たことのある顔だった。


「あ……確か……」

「三年生の天霧だよ。ずっと同じ学校だったじゃん」

「あ、あぁー……」


 思わず声が出ていた。本人の口からそう聞かされると言いようのない感情が込み上げてくる。

 まさか本当に高校生……それも最高学年とは……!


「あれっ、ところでその格好、先輩も……」

「しーっ、ここ病院……それも図書室なんだから。もっとボリューム抑えないと」

「ご、ごめんなさい……」


 口を押さえて辺りを見回す。一見すれば俺達以外誰も居ないように見えるが、だからって騒いでいい事にはならない。ここは落ち着こう、まだ痛みもあるし。


「……天霧先輩も、入院しているんですか」

「まぁね。あ、別に敬語使わなくていいよ? ここで会ったのも何かの縁だから、フランクにいこ? ね?」

「は、はぁ」


 実際に話してみると、予想していたよりずっとグイグイくる子だと思った。てっきりもっと大人しい子なのかと。

 彼女はなおも柔らかい表情を浮かべつつ、俺の容貌をぬるりと眺め、


「月野くんは、肺かな?」

「あぁ、そうです……いや、そうなんだ。あと三日で退院なんだけど」


 戸惑うことなく一瞬にして俺が患っていたのは肺だと看破した。見る人が見れば分かるのだろうか。理由までは聞かなかったが不思議である。


「あと三日かぁ。うんうん、それは何よりだねぇ」


 ほわわんと微笑んだその顔は、今でも昨日のことのように思い出せる。それほどの可憐な笑顔だった。


 これが、去年の秋のこと。あと二ヶ月もすれば年越しという時期の病院で、俺と月ちゃんは初めて口を利いたのだ。

 それから俺が退院するまでの三日間で月ちゃん、ツッキーと呼び合うようになり、たまに学校で見かけては話をするようになっていった。

 月ちゃんの卒業式の日には「私と一緒の大学目指してよ」と言われたが、俺は笑いながら「そんなレベルの高いとこは無理」と断った。今にも泣き出しそうな顔で溜め息をつかれた時は、流石にいたたまれなくなったっけ……。


 そして、現在。


「……なるほど、学校の先輩だったのね」


 キッチンでお茶の用意をしてくれている月ちゃんを待つ間、俺はセツナに事情を説明していた。ここまで着いて来てくれた相棒には、一応事情を話すのが筋というものだろう。

 セツナが納得したように頷いている傍ら、俺は月ちゃんをぼうっと見つめていた。

 若葉色の髪の毛、琥珀色の瞳。黒髪黒目だった以前とは全く異なるというのに、すでに違和感が消えていた。たぶん、それだけ似合っているのだろう。

 それから一分ほどして、これまた可愛らしいトレイに三つのティーカップを乗せた月ちゃんがやってきた。


「はい、心が静まるハーブティーだよー」

「ありがとう、月ちゃん」

「そちらの方もどうぞー」

「ええ、ありがたく頂くわ」


 華やかなラベンダーの香りが鼻腔をくすぐる。ざわついていた心が少なからず和らいだ。


「……美味しい」

「そう、良かった!」


 にぱー、と眩しい笑顔を浮かべる月ちゃん。美しい庭園や、部屋の中に多く点在している植物を見る限り、ガーデニングが趣味なのだろうか。確かにイメージにピッタリだけども。


「ハーブは自家製?」 

「うん、そう。育てるの楽しいしね」

「庭園も全部自分で?」

「うん、私一人で」 


 嬉しそうな表情で窓の外を見やる。神使生活を苦にしているようには全く見えない。


「……ハル」


 小声でセツナがせっついてくる。本題に入れず足踏みしているのを見抜かれたらしい。

 彼女に向かって小さく頷き、意を決して月ちゃんに喋りかけた。


「……月ちゃんはどうして神使に……いや、どうして……亡くなったんだ?」


 なるべく穏やかに、慎重に言葉を選んでいく。情けないことに少し声が震えてしまった。気付かれていないといいのだけど。 


「別にそこまで声を震わせることじゃなくなーい?」

「…………でもさ、軽い話ではないからさ」

「それはそうなんだけど、ツッキーだって亡くなってここに来たんじゃないの?」


 うっ、と口をつぐむ。そうだ、月ちゃん視点で考えればそう思うのが普通だ。他人事みたいな言い方を不思議がるのは当然だろう。


「……俺、イレギュラーなんだ。それについては、また話すから」

「ええっ、気になる……ちゃんと聞かせてくれる?」

「ああ、約束する」


 月ちゃんは満足気に頷くと、


「簡単に言うと、私は病死したの」


 淀みない口調で、淡々と述べてくれた。


「ちょーっと大きな病に罹ってね。そのままぽっくり逝っちゃって、神様に魂を拾って貰ったって感じかなぁ。神使としてはごくごく普通の経歴だよね?」


 チラッと俺の隣に座るセツナへ視線を送る。

 セツナは決まり悪そうな様子でもごもごと唇を動かした。


「あー……っと、あたし自分のことは覚えていないのだけれど……でも、そうね、神使に転生する者は病死か事故死、と言われてるくらいの高い比率らしいわね」

「そうなのか……いや、肝心なのは神使としてありきたりな経歴かどうかじゃないだろ。月ちゃん……そんなに、重い病気だったのか」 


 病院で初めて言葉を交わしたあの日、あの時に。すでに彼女は、死の危機を如実に感じ取っていたとでも言うのか……。

 あの後学校にだって来ていた。卒業式だって出ていた。こんな……こんなに早くに亡くなるなんて……夢にも思わなかった。


「余命三ヶ月! ……だったんだ。ツッキーと病院の図書室で話した時の、私。はっきりと手遅れだって言われてたし、そりゃあ死ぬよね」

「……さ、三ヶ月……」


 それ以上、言葉が続かない。なんて言えばいいのか頭の整理が付かない。

 じゃあ、本当に。俺と最初に話したあの時から、卒業式までずっとずっと。

 この子は……命の終わりを悟りながら、生きてきたのか……。


「ま、知っての通り余命宣告よりは長生きしたけどね。ああいうのは短めに言うもんだから、不思議でもなんでもないけど」


 哀しいほどに達観した顔付きでハーブティーを啜り、


「もうね、延命する気はなかったの。これが私の運命なんだってすんなり受け入れちゃった」


 月ちゃんは困ったように笑い、変わり果てた色の髪を手で梳いた。

 俺は何か言おうとして、すぐにやめた。俺なんかが彼女の判断に口出しなど、していいはずがない。彼女なりに考え抜いた結果なのだから。


「ほんと、不思議なくらい冷静に受け止めていられたなぁ。なんでだろうねぇ」

「……ご両親は、なんて?」

「うん、親はすっごく泣いてたけど、私は絶対に折れなかった。どうかお願いだから私の意思を尊重してください、って土下座までしたら許してくれたよ」


 そう言って、ゆったりと瞼を閉じた。苦々しい過去を思い起こしているのかもしれない。

 生を諦めた子供から土下座される親。あまりに痛々しい、しかし紛れもない現実。先に子に逝かれるだけでも辛いのに、そんな行為は親にさらに追い討ちを掛けるようなもの。そしてきっと、月ちゃん自身もそれを理解したうえで行動を起こした。その思考に行き着くまでの葛藤と覚悟を想像するだけで胸が締め付けられる。


「学校にもたまにしか行けなくなったけど、行った日は必ずツッキーに会いに行ったよ。覚えてる?」

「……うん、もちろん」 

「クラスメイトはみんな、事情を知ってて余所余所しくってね。その点、明るく無邪気に話してくれるツッキーの存在は大きかった……ほんと、大きかったんだよ?」 

「……そっか」

「そうだよ」


 ずっと握っていたカップを置き、透明な声音でにっこりと微笑んでくれる。

 俺だって三年生達と同じく事情を知っていたら、少なからず不自然な態度になっていたと思う。月ちゃんはそれを見越して、俺に病気のことを教えてくれなかったのかも……。

 近い内に確定している死。だというのに余所余所しい態度ばかりされちゃ嫌だと、彼女はたった一つの()()()を用意した……それこそが、俺だったんだ。


「ねぇ、覚えてる? 私達、幼稚園も一緒だったんだからね?」

「えっ……ごめん、知らなかった」

「不思議な縁だと思わない? ツッキーが三歳の頃から一緒の学び舎に居たのに……全然話をしたことがなかったなんて」

「……確かにな」

「病院で話したあの日以降、凄く後悔したんだ、私。こんなに楽しいなら、もっと早く話せば良かった……ってね」


 そう呟いた後、月ちゃんは今日一番の……いいや、あの日出逢った瞬間から今までで一番の笑顔を浮かべて立ち上がった。

 華奢な両手を目一杯広げ、うっすらと涙を滲ませながら、



「だから、本当に本当に嬉しいの! 私、またツッキーと出逢えたんだもん!」 



 自分は今、心の底から幸福なのだと。

 これまで歩んで来た道のりを誇示するように、彼女は──天霧月は、言葉を紡ぐ。



「私、神使になれて……本当に良かった!」



 俺は、少し思い違いをしていたことに気付いた。

 俺とセツナ、共に過ごしている二人が揃って「神使になること」をあまりプラスに捉えていなかったからだろう。考えてみればこういう考えの人がいても何らおかしくないのだ。


 神に選抜された転生者。それを嬉々として受け入れるこの子の存在はとても新鮮で、これまでの価値観がひっくり返ったような気分だった。

 全ては境遇次第なんだ。少なくとも月ちゃんは、神使になれたことを悲観などしていない。

 俺もミヌートのお陰で前ほど悲観してはいないが、それでもやっぱり不安はあった。

 この出逢いは……きっと何か大きな意味がある。

 それこそ運命と言っても過言ではない、大きな何かが。


「月ちゃんと、まさかこんな形で再会出来るとは思ってなかったけど……俺も凄く嬉しい。お互いこれからの人生は長いし、一緒に頑張っていこうな」

「うんっ! もちろんだよツッキー!」


 ぎゅっと固く握手を交わし、面と向かって笑い合う。

 灯りに照らされて透き通る琥珀色の瞳は、眩いばかりの希望に満ちていた。見つめる俺にも伝染しそうなくらいに眩しく、爛々と煌めいている。

 どんな因果かは分からないけれど。

 俺と月ちゃんは、不思議な縁で結ばれているんだ。

 この縁は、決して蔑ろにしちゃいけない。いつか綻び、解けてしまわないように。大切に、強固に、結び付かせておかなければ。



「……………………………」



 ひたすらに沈黙を貫いていたセツナが、浮かれない表情で俯いていることに、この時の俺はまだ気付いていなかった……。

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