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兎かく語りき

 見慣れたクラスメイトの顔をした正真正銘の大悪魔……シルヴァニアン。その顔が、俺の目と鼻の先に突き付けられていた。


「……くっ、黒瀬さんは……、本物の黒瀬さんは、どこに……!?」

「焦る必要はない。化けるに当たって彼女の容姿を参考にはしたが、危害は加えていない」


 ……?


 恐怖と緊張でガチガチになっていた脳味噌に、ようやく思考の息吹が芽生え始める。

 こいつ……妙だ。最初から今まで、ずっと。

 シルヴァニアンは強力な大悪魔だ。あのクライア様が泣きべそをかき、覇天峰位の神に頼らざるを得ないほどの脅威的な能力を有する難敵なんだ。


 それがなぜこんな真似をする? どうしてこんな回りくどいやり方をする?


 わざわざ俺の友人に化け。

 こいつにとっては脅威にもならないセツナをわざわざ逃し。

 こんな場所までわざわざ移動して。


 半神使などという希少なだけの雑魚相手に、そこまでのお膳立てがいるとは到底思えない。

 やっぱり、こいつには何かがある。

 神立図書館で抱いた疑念が確信に変わった瞬間だった。


「……似ていないな」

「……え?」

「雰囲気は似てるかもしれないが。顔や匂いは全然似ていない」


 真顔のまま囁いたその言葉に、俺は息を呑む。


「それは、姉さん……ミラと比べて、か?」

「ああ」


 何の臆面もなく頷いた。

 そうか……やはり、こいつは。シルヴァニアンという悪魔は。


「……………………義理の姉弟なんだ。血が繋がっていないんだよ、俺と姉さん」

「何? 義理の弟にあんなに執着していたのか、ミラは」

「確かに義理だけど、本物と遜色ない……いや、むしろ世界中の誰よりも強い絆で結ばれてたんだよ」


 シルヴァニアンはなおも表情を変えない。うーん……とりあえず姉さんの知り合いの悪魔ってことは分かったけど……。


「あの……どうして、地球に……?」


 おずおずと震える声で尋ねた。シルヴァニアンに少し力を振るわれるだけで、俺なんか一瞬で死ぬ。今のところ敵意は感じないが、だからと言って緊張を解いてしまえるほど肝は据わっていない。


「…………この平和な星を見るに、ミラは負けたのだな」


 薄汚れた廃病院の天井を見上げながら、シルヴァニアンは小さく問う。


「負けた……というか、負けてくれたというか……」


 しどろもどろになりながら正直に伝えた。あの時、土壇場でさらなる進化を遂げた姉さんを倒せる者など誰一人として居なかった。姉さんがイヴを前にして戦意を失わなければ、全てが終わっていたはずだ。

 シルヴァニアンはしばしの沈黙の後に、僅かながらもようやく表情を変えた。


「つまり最高の死に場所を見つけたということだろう。羨ましい限りだ」


 どこか遠くを見つめながら零した言葉の意味は、俺にはよく分からなかった。

 けれど本当に、その言葉通りに、とてもとても羨ましそうで。思わず目を丸くしてしまうほどだった。


「あんたと姉さんは……どういう……?」

「殺し合いをした仲さ。友人でも何でもない。奴はワタシの名前さえ知らない」


 俺は無意識に首を傾げそうになった。そんな希薄な関係なら、一体なぜわざわざ……? 

 シルヴァニアンもミヌートと同じく暇人なのか? あれほどの暇人が他にもいるとは考えにくいが……。

 クラスメイトと同じ顔をした悪魔は、背中の巨大な羽を指で撫でながら、独り言のように声を漏らした。


「ワタシが奴と遭遇した時、奴は大悪魔になったばかりの若輩者だった。妄執的な事ばかり口にして、どれだけボロボロにしても弟がどうのこうのと呪文のように呟くのだ……流石に気味が悪くてな。それと同時に、あの頭のおかしい餓鬼がどう動くのか見てみたくなった。まぁ、色々端折ったがそんなところか」


 数多の星を潰してきたというシルヴァニアンにそこまで言われるなんて……なんというか反応に困る。謝るのもなんか違うし、かと言って誇れることでもないし。

 ……それにしても、本当に妙な悪魔だ。


「いくら大悪魔とは言っても、殺意は常に湧き上がるものなんだろ? 姉さんを逃すために必死に抑え込んでくれたのか?」

「いいや、その時ワタシは既に殺意の支配から解き放たれていたのだ」


 驚きの発言に開いた口が塞がらない。

 殺意の支配から、解き放たれている……そんな悪魔もいるのか……。


「正確に言うと解き放ってもらった、というのが正しいか。魔力も輝力も感じない、銀髪の女のおかげでな」

「あ、それって」


 絶対に彼女の仕業だ。勝手に決めつけるのもどうかと思うが、間違い無いだろう。俺の直感がそう言っている。どれくらい昔の事か分からないが、今とは違って真面目に仕事をしていたんだろうか。


「ワタシはな、ハル。もうすぐ死ぬ」

「……えっ?」


 何の脈絡もなく唐突に告げられた言葉に、思考がフリーズしてしまう。

 冗談……を言ったりはしなさそうだが……。


「それは……どういう理由で?」

「命が尽きるのだ」


 ……えーと、つまり?


「天寿を全う、ってことか。何万年も生きてきたから?」

「いや、悪魔に寿命はない。それは神使のハルも同じはずだが……知らないのか」


 えっマジ!? 不老なのは分かってたし長生きするのも分かってたけど、そもそも寿命が無いの!? だとしたら、死ぬ時は……!


「覚えておくと良い、悪魔や神が死ぬ要因はほぼ確実に他殺か自殺だ。そしてワタシの場合は他殺……さらに細かく言えば呪殺だ」


 呪殺。

 聞き慣れないワードだが、つまりは誰かに呪いをかけられたってことだ。それも、大悪魔を死に至らせるほどの馬鹿げたものを。


「大悪魔でも抗えないくらいに強力な呪い……か」


 シルヴァニアンを呪い殺せるような力の持ち主なんて、自然と限られてくる。

 言っちゃ悪いけど神域の線は薄いだろう。シルヴァニアン相手にそんな芸当が出来る神なんていないと思う。それにセツナやクライア様の口から一度もシルヴァニアンの呪いの話なんて出てこなかった。神域からすれば隠す理由もないし、情報を得ていないと見るのが妥当だ。

 であれば、選択肢は一つ。


「さらに強い悪魔……『ドゥーム』にやられたのか?」

「ああ、その通り」


 シルヴァニアンは憎しみの一片さえちらつかせることなく、達観した顔付きで大きく頷いた。


「ワタシやミラでは全く及ばない、規格外の大悪魔達……奴らは『ドゥーム』と呼ばれているらしいが、ワタシに呪いをかけたのもその内の一体だ。銀髪の女は、この呪いを"ガルヴェライザの炎"と言っていたな」


 「炎」というワードにピクリと反応する。確か神域の調査で明らかになった『ドゥーム』の個体も炎熱系だとか言っていたはず。そいつのことだろうか。

 それにしても、どうやらミヌートはかなり深い事情まで知っているようだ。一体彼女は……っと、今はよそう。


「でも、妙だよな。そいつはめちゃくちゃ強いはずのに、どうしてそんな回りくどくて嫌らしい真似をする必要があるんだろう」

「ワタシは奴らに特別目を掛けられていたようだ。呪いで強制的に殺意を暴走させ、成長促進を図ったらしいが……しかしワタシは大して伸び代がなかった。見当外れだったのだ。大器でない代償は死。まぁ、そういうわけだ」

「…………そんな馬鹿馬鹿しい、自分勝手な理由で」


 ぞくりと鳥肌が立つ。

 他者の命を何とも思っていない、凄まじいまでの傲慢さ。加えて他を寄せ付けない圧倒的な強さを誇っているというのだから、タチが悪いことこの上ない。


「正直、呪いに関してはもう良いのだ。ワタシは死を受け入れている。暴れる気も毛頭ない。ただ……ワタシは死ぬ前に、ミラがどのような結末を迎えるのかこの目で確かめたかった……叶わなかったがな」


 ほぅ、と短く息を吐くと、シルヴァニアンは緩慢に足元の石ころを蹴っ飛ばす。

 俺は、なんと言葉を掛ければいいのか分からなかった。シルヴァニアンが姉さんに対して友情とか絆とかそういう綺麗な感情を抱いているわけじゃないのは分かる。

 だけど、残された僅かな時間を割いてまで地球に来たことは確かで。

 ひどく曖昧ながらも、決しておざなりな気持ちでもなくて。

 たぶん……自分自身でさえも表現できないような複雑な心境なんだろう。


「だが、第二希望は叶ったから良しとしよう」

「第二希望?」

「ハルと会う事だ」


 予想外の返答に目をしばたたかせる。


「意外か? 至極当然のことだろう。あれほど執着されていた弟はどんな奴なのか、ミラを知る者は誰しもが気になるところだ」

「……あー……そうなんだ」


 思えばミヌートも同じ理由で地球に来たのだった。姉さんってば、狂界で俺の事を吹聴して回ってたんだろうか。なんか恥ずかしくなってきた。


「さて、会った感想を言わせてもらうが」

「いや勘弁してくれ。聞かされる身にもなってほしいよ」

「ふっ、そうか」


 その時、微かではあるものの、初めてシルヴァニアンが笑みを浮かべた。黒瀬さんと同じ顔だから笑顔なんて見慣れているはずなのに、不思議と新鮮に感じて見入ってしまう。


「では会った感想とは別に。良くも悪くもハルはワタシを怖がらないな。大悪魔に対して無知というわけでも無さそうだが」

「うーん……悪魔だからと言って絶対に否定から入るのも可笑しな話だと思う」

「博愛主義というやつか?」


 分不相応な言葉を投げかけられ、俺は苦笑いを浮かべた。


「いやいや、そんな大層なもんじゃないって。俺は姉さんのことが本当に好きでさ。そんで、悪魔になった事情とかも今はちゃんと分かってる。だから、悪魔ってだけで一方的に否定するのが憚られるだけ。まぁ、それに、楽しく会話してくれる悪魔がいるのも知ってるし」


 俺は別に優しい人間でもなんでもない。ただ、俺にとっての大切な存在をあまり否定したくないだけ。姉さん然り、ミヌート然り。博愛などとは程遠い考え方だと自分でも理解している。


「ふっふっ……とんだシスコンだ」

「うん、まぁね」


 俺は自信を持って快活な笑みを浮かべる。

 それを見たシルヴァニアンはクツクツと含み笑いをした後、ゆっくりと大きく息を吐いた。


「…………ほう」

「どうした?」


 尋ねた声色は自然と緊張感を帯びていた。シルヴァニアンの顔付きや雰囲気がガラリと変わったからだ。ミヌート風に言えばスイッチを切り替えた、と言うべきか。


「神だ。今この星に到着したらしい」

「っ!」


 クライア様か……! いや、それどころか覇天峰位もいるかもしれない……!


「ワタシはもういつ死んでもかまわないが……ハルの目の前で殺されるのは面白くない。ここは大人しく別の星に移るとしよう」


 シルヴァニアンはそう呟き、テクテクと淀みない足取りで廃病院から出た瞬間、



「シュート」



 謎の声と共に、俺の目の前からシルヴァニアンが冗談みたいな速度で吹き飛ばされ、一瞬で視界から消え失せる。


「えっ……!?」


 急いで入り口まで駆け寄り、辺りを見廻すと──そこには、神がいた。



「おおん? 手応えはあったがなぁ……そう簡単にはいかないかぁ」



 間の抜けた声でぼやく見知らぬ神。

 しかし、一目見てすぐに看破した。看破せざるを得なかった。

 間違いない……『覇天峰位』の神だ!!


「あれぇ? お前、妙な気配だと思ったらクライアの言ってた……」


 俺への言葉は途中で途切れた。お返しとばかりに今度はシルヴァニアンが見知らぬ神を大きく吹き飛ばしたのだ。


「ハル! ワタシは戦闘規模が拡大する前に離脱する! それまで引っ込んでいろ!」


 シルヴァニアンの喝に慌てて入り口から後退する。心臓は煩いくらいにバクバク鳴り、冷や汗は滝のように流れ出た。

 やばい、とんでもない事態になった! 大悪魔と覇天峰位の激突なんてどれだけの被害が出るか想像も付かない! この命溢れる地球で、そんな争いをされたら……!!


 この星は、今度こそ終わってしまう!!



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