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【行間 三】 終活

 謎の女と出会ってからほどなくして、ワタシは遠い遠い惑星に辿り着く。名も知らぬその惑星は、ワタシのような者が最期を迎えるに相応しい静寂ぶりであった。

 近いうちに死ぬとは告げられたものの、明確な期限は分かっていない。なんとか辿り着けてひとまずは安心だ。あとは、ただじっと息を殺して死を待つだけ……。


「ほう、こいつは大物だ」


 突如背後から、張りのある若々しい声が聴こえた。

 あくまでも冷静に振り返る。そこに佇んでいたのは、白髪の少女──ふむ、大悪魔か。

 こいつの魂、相当若いな……悪魔と化してまだ日が浅い。この若さでもう大悪魔に登り詰めたとは大したものだ。


「お前のような強者を探していた。早速だが殺すぞ。私は一刻も早く強くならなければならない。手っ取り早く強くなるには強者と戦うこと……つまり大悪魔を殺すのが一番効率が良い」


 イキイキとした様子で喋る白髪の少女に対し、ワタシはげんなりした顔で応えた。何が悲しくてこんなのと殺し合いを演じなければならないのか。ワタシはただ死にに来ただけなのだ。


『戦う気はない。面倒はごめんだ』

「ハッ! 大悪魔のくせに何を言ってる。去勢でもしたのか兎野郎」


 面倒な奴に会ってしまったな……こんな安っぽい挑発に誰が……いや、待て。殺したいと言うなら殺させてやるか。若輩者に一方的に殺される、という最期も悪くない。薄っぺらいワタシにぴったりの死に方だ。


『殺したいなら今すぐ殺せばいい。ワタシは抵抗しない』

「は? 話を聞いていたのかお前。強者と戦うことが重要なんだ。無抵抗の奴を殺して何が得られるというんだ? もう少し考えて物を言え兎野郎」

『どうしてそこまでして強くなりたい? 強さの果てに何を望む?』

「弟の幸せ」


 それは、ワタシには到底理解し難い言葉であった。

 弟の幸せ? 大悪魔がそんなものに執着するのか? そんなもののために大悪魔に登り詰めたのか?


 いや、というよりも。

 記憶が……あるのか。悪魔になる前の記憶が……。


 そしてこの瞬間、ワタシの頭に一つの推測が浮かび上がる。

 もしや……この白髪の少女こそ、あの女が口にしていた……。


『お前、まさかミラか?』

「そうだが?」


 やはり……この若き少女がワタシの"後釜"だったのか。何という巡り合わせだろう。


『大悪魔になった時、ベラベラと口の回る偉そうな悪魔に会っただろう』

「ああ、あの化物か。上のステージがどうのこうのと言っていたが……私はそれどころじゃない。とにかく急いでるんだ。だから戦え」

『何をそんなに急ぐ』

「弟が待ってるんだ。私は弟のためにここまで歩いてきた。ずっとずっとずっと。だから行かないと」


 弟のことを話す少女の表情は、やたらと必死に見える。明確かつ鮮烈な望みを抱えた者は、あのような顔をするのだろう。ワタシとは全く正反対だな。


 ふと自らを顧みる。

 目的もなくふらふらと死を待つワタシ。

 反対に、確固たる目的を持って走り続ける目の前の少女。

 ……なるほど。正直、あまり乗り気ではないが……こいつの礎になるのも悪くはない。


『…………よし。戦ってやろう』

「ふん、ようやくか」

『だが手は抜かない。お前が望んだ通り本気で殺しに行く』

「そうでなくては意味がない。手ぬるいお遊戯をする暇も無い」

『お前は死ぬかも知れん。そうすれば弟とも会えなくなるが』

「ハッ、何を言うかと思えば! 私とあの子は運命の赤い糸で繋がっている! お前なんぞに断ち切れるはずがない!」


 高らかに宣言し、少女──大悪魔ミラの体躯を闇が覆っていく。やがて禍々しい鎧を纏った、二メートルを越す巨躯へ変貌を遂げた。

 ふむ、なるほど。近接特化型の悪魔と見て間違いないだろう。こういうタイプの悪魔は何体か見たことがあるが、明確な戦闘形態を別個に持つ者は、接近戦を仕掛けてくる可能性が非常に高いのだ。

 それにしても……ふむ……確かに『上』の悪魔が目を掛けるのも頷ける。この若さでこの魔力量は並外れていると言う他ない。


 だが、しかし。ワタシには及ばない。


 ワタシは決して戦闘向きの悪魔ではないが……それでも『上』の悪魔に目を掛けられていただけはあるのだ。流石にこんなひよっこに敗北を喫したりはしない。

 とはいえ、本気で行くと言った手前手抜きは出来ない。ワタシとしてもミラが死んだからといって別段困るわけではない。こいつに殺されなければ当初の予定通りじっと寿命を待つだけだ。

 さてと……動くか。


「はあぁっっっ!!」


 両手足に黒炎を纏わせたミラは、一気に勝負を決めるべく高速でワタシに迫って来た。確かに速いが……まぁ問題ない程度。

 ワタシはその場から一歩も動くことなく口を開いて魔力をかき集め、夜空に咲く打ち上げ花火の如き拡散光線を解き放つ。


「なっ、ぐおおおああああっ!?!?」


 一発一発は射程も威力も大したことのない技だが、接近して来た相手には絶大な効果を発揮する。馬鹿正直に突っ込んでくる今のミラのような敵には非常に有効だ。


『小手調べでダウンか、ミラ』


 拡散光線の直撃を受けて地に伏す彼女に対し、追撃を加えないという手ぬるさは持ち合わせていない。今度は右羽に魔力を漲らせ、鞭のようにしならせながら叩き付けた。


「チィッ!!」


 ミラは舌打ちしつつも当たる寸前でなんとかワタシの攻撃を躱したが、


『一つ躱して終わりなのか?』


 すかさずもう一方の羽を伸ばし、隙だらけの脇腹に会心の一撃を叩き込んだ。


「ごはッ……!?!?」


 大地と鎧が幾度となくぶつかり合う鈍い音──そのまま彼方の巨大な岩壁に激突し、挙句に崩落の煽りを受けるミラ。

 ふむ……奴の才能、悪魔としての潜在能力は間違いなく光るものがあるのだろう。『上』の悪魔が目を付けたのだから当然だが……しかし、若さゆえの未熟さが目に付く。恐らく格上の大悪魔と戦ったことがないのだ。苦戦一つせず大悪魔に辿り着くのも考え物だな……。


「うおおおおおおおおおおッッッッ!!」


 むっ。

 急に咆哮が轟いたかと思えば、巨大な黒炎で出来た槍が天にそそり立っていた。

 あれは……相当強力な魔力で作られているな。恐らくミラの切り札だろう。もはやなり振り構っていられない、というわけか。


「あああァァァァアアアア!!!!」


 槍を水平に構え、辺り一面を薙ぎ払うようにその場で回転する。槍に触れた周囲の岩壁や地表は燃え上がり、派手に爆発して塵と化していく。

 そしてミラはピタリと此方に狙いを定め、巨大な黒炎槍を驚異的な速度で射出する。直撃すればおそらく死ねる……が、手は抜かない約束だ。

 ワタシはその場から動くことなく、瞬時に体を通常の兎レベルにまで縮小させた。

 巨大化していたワタシを狙い澄まして放たれた炎槍は、虚しくワタシの頭上を通り過ぎていく。威力こそ脅威的だが、見切ってしまえばこの通り。まだまだ発展途上と言わざるを得ない。


『もういい。お前は喧嘩を売る相手を間違えたのだ。この実力差は埋められない』


 遠く離れた若き少女に、せめてもの優しさでそう宣言する。

 まぁ、決して届いてはいないだろうがな。


『もう殺すぞ』


 縮小サイズのまま全速力で猛進していく。同時に自らの分身を大量に生み出しながら、圧倒的勢力をもってミラへ襲い掛かった。


「……な、め、るなぁあああああァァァァ!!!!!!!!」


 ミラは朦朧としつつも、身に纏う黒炎を全方位に広げてワタシの分身を焼き尽くしていく。なるほど、余計な雑魚を消すにはうってつけの方法だ……しかし、本体であるワタシに対しては決定的に威力不足。この程度なら強引に突き進めばいい……!!


「ぐ……オオオオオオオオッッッッ!!!!」


 最後の力を振り絞るかのように突き出した拳をするりと紙一重で潜り抜け──懐に入った。



『さらばだ、ミラ』



 魔力を漲らせ、躱す暇さえも与えない速度で全身を膨張させる。


「ごっ……あああああぁぁぁぁぁ!?!?」


 鈍い音と共にミラは天高く弾き飛ばされ、鎧の破片が雨のように降り注いだ。

 超至近距離からの巨大化、それも魔力を帯びたものとなればミラにとっては大爆発の直撃に等しい。

 たっぷり十秒ほど宙をもがき、ようやくミラが地に堕ちる。凄まじい衝突音と巨大なクレーターは、いかに高く舞い上がったのかを雄弁と物語っているようだ。

 漆黒の鎧は本来の役割を果たせないほどに砕け落ち、生身の肉体が露わになっている。内包している魔力も極少……いや、虫の息といえど生きていることを褒めるべきか。

 ともあれ、勝敗は決した。


『悪く思うな、ミラ。お前の目的は完全に潰えた。焦らず身の程を弁えて鍛錬していれば……』




「あ……はは……、思い……出すなぁ……」




 不意に。

 聞き取ることさえ困難な、くぐもった声が放たれた。

 血溜まりで死を待つだけの、壊れた少女から。


『……何?』

「糞みたいな……屑共に、騙されて……無様に……ゴミみたいに……山で、寝っ転がってたなぁ……懐か……しい……」


 ミラは、まるでゼンマイ仕掛けのおもちゃのようなぎこちない動きで立ち上がり始めた。

 馬鹿な……骨も筋肉も内臓も滅茶苦茶なはずだ。指一本動かすことさえ難しいはずだ。


『それがどうした!? 何故立てる! 何がお前をそこまで駆り立てる!』

「………………まってるんだ、葉瑠くんが」


 ズン! という地鳴りのような音と共に、莫大な黒炎がミラを中心に広がっていく。これは……まさか、あの状態から……!!



「履き違えるな……私の最期は、私が決める……そして、それは、ここじゃない……ここじゃないんだっっっ!!!!!!」



 凄まじい魔力が辺り一帯に吹き荒れる。もはや目の前の光景を疑うしかなかった。

 こんなことがあり得るのか……!? あんな瀬戸際の状況からこれだけの成長を遂げるなど、まったく馬鹿げているだろう……!?


「殺す! 殺す!! 殺す!!!! この運命は断ち切らせない!!」


 雄叫びと共にミラが再び漆黒の鎧を身に纏った。戦闘開始時よりもさらに禍々しく変化しており、加えて魔力量も格段に増幅している。追い詰められるほど力を増すタイプ、と言うのは簡単だがこれは余りに常軌を逸している。


 どこぞの星でワタシの殺意を消したあの女は「ミラは『上』に到達できない」という旨の言葉を吐いていたが……こいつが順調に育てば、或いは……。

 もはや優越感など捨て去るべきか。ワタシの方も本腰を入れて戦わなければ危ないかもしれない。



「……──」

「──……」



 一瞬の静寂。研ぎ澄まされた集中力と精神がぶつかり合って大気が震える。


 ──先に動いたのは、ミラの方だった。


 速いッ……先程よりも、確実に!


「あああァァァァァァァァ!!!!」


 黒炎を纏った拳を振りかぶるミラ。すかさずワタシも左羽を伸ばして応戦する。


『──何ッ!?』


 ミラはスピードを緩めることなく紙一重の動きで羽を掻い潜り、ワタシの目と鼻の先まで到達したのだ。

 マズイ、もう避けられん──!!!!

 燃え盛る拳を視認した時にはもはや手遅れだった。ミラの渾身の一撃がワタシの顎をピタリと捉え、思いっきりかち上げられてしまう。


『ぬぅぅぅぅぅっっっっ!!』


 宙に浮き、蹈鞴たたらを踏みながらも何とか踏ん張る。完全に倒れてしまってはその時点で終わりだと本能で分かったのだ。

 クッ……しかし、強烈なのを貰ってしまった。どうにも視界がブレる……!


「どおおおおおおぉぉぉぉぉッッッッ!!!」


 如何なる隙も見逃すまいとするミラの蹴りがこめかみに炸裂した。さらに、ここで決めなければ跡が無いと言わんばかりの決死の乱撃を叩き込んでくる。


『ぐっ……くぅっ……ぬうぅんん!!』


 手数が多いだけではない、確かな威力を伴った猛攻! これ以上食らうのは流石に厳しいか!

 咄嗟に体のサイズを縮小することでなんとか攻撃を躱し、地面を蹴り上げて飛び退く。


「何としてもっ!! お前は私が殺すんだ!!」


 一気に勝負を決めようとミラが突っ込んでくる。

 だが、流石に二度目はない! 間合いも問題無い!

 即座に巨大化し、突き出された漆黒の拳を今度こそ羽で受け止める。

 強い魔力を帯びた両者の激突、その余波で地表は次々と捲れ上がり彼方へ吹き飛んでいった。

 くっ……パワーだけなら奴が上回っているか!? 末恐ろしいとはまさにこのこと!

 だが!!


『ガラ空きだ!!』


 隙だらけの脇腹に右羽を叩き込もうと攻撃を仕掛けるも、


「おおおおォォォォッッッッ!!!」


 ミラは見事にそれに反応し、間一髪私の右羽を受け止める。

 チィッ、反射神経も相当上がっている……このまま鍔迫り合いを続けても拉致があかない……! しかし奴の両手は塞がっている、ならばこれが有効だろう!


 身動きが取れないミラに狙いを定め、口元に魔力をかき集めて一気に放出する。今回は先程使った拡散型ではなく、球状に凝縮された一点突破型……その威力は比較にならないほど強力だ。

 高速で迫り来る魔力の塊に、もちろんミラも気付いている。だが身動きが取れない。万力の如き苛烈さで挟撃しているワタシの両羽がどうにもならないのだ。これは確実に命中する……!!


「く……はあああァァァァァァァァ!!!」 


 直撃の寸前、ミラは全身から黒炎を迸らせた。

 緩衝材のつもりだろうが関係ない! そのまま破壊する!!


 キュイン! という甲高い音と共に爆風が吹き荒ぶ。そしてその直後、ミラの巨体が弾かれたように空中へ投げ出された──よし、ヒットだ!


 せっかく新しくこさえた鎧をまたも粉々に飛び散らせながら、まともな受け身も取れずどしゃりと落下するミラ。ふぅっ、今度こそ終わったか……火事場の馬鹿力とはああいうのを指すのだろう。全く驚かされることばかりだった。



「……………ま」



 ……え?

 踵を変えそうとした体が、硬直する。

 今……こいつ……。


「……ま…………だ」

『お前ゾンビか?』


 まともじゃない。まともな大悪魔なんていない。だがこいつは群を抜いておかしい。


『もう死んだ方がいいだろう、苦しいだけだろう。なぜ立とうとする。同じ日に、同じ相手に二度も辛酸を舐めさせられて。お前なら分かるだろう、今のお前ではワタシに勝てないと』

「諦観……などが……今……必要か……?」


 もはや生物とは思えない挙動で立ち上がろうとする。なんなんだ……この、恐怖すら感じる桁外れの執念は……。


『…………トドメを刺してやる、ミラ』


 奴の脳内に、静々と声を贈る。

 奴はどうかしている……いや、殺意を消してもらう前のワタシも大概だったか。生憎ワタシには殺意の抹消などという芸当は出来ない……トドメを刺してやるのが一番だろう。

 右羽に魔力を集中させ、ミラの胴体目掛けて勢い良く伸ばし──


「終わらせて……たまるかあァァァァ!!!」


 ボロ布を彷彿とさせるヨレヨレの腕で、ミラは右羽を無理矢理にでも弾いた。クリーンヒットは避けたものの、案の定衝撃で皮膚から骨が飛び出し、原型を留めなくなってしまう。


『……』


 どこまでも往生際の悪い行動に、もう言葉が出てこなかった。もはや呆れや驚きもとっくに失せていた。それどころか、ワタシは尊敬の念さえ覚えていたのだ。



『…………それほどの……存在なのだな。弟というのは……』



 本当に、自然と。

 悪魔として星を潰し続けてきたこのワタシが、その思考に至ったのだ。


 出会った時から、微かに感じ取ってはいた。

 殺し合いを経て、それは確信に変わる。


 あぁ、きっと。

 この少女は、今死ぬべきではないのだ。

 ワタシのような空っぽの化物が殺していい存在ではないのだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 いつ死んでもおかしくない傷を負いながら、それでも二本の足で立ち続けるイカれた悪魔。

 ……今、ここに断言するとしよう。



『ミラ……お前は間違いなく、ワタシなんぞよりも強くなる。お前の目的を果たせるだけの、更なる強さを。それまでこの場は預ける……さらばだ』



 届いてるのか、届いていないのか。

 血で覆われているせいで表情は分からなかった。だがワタシは構うこと無く踵を返し、壊滅状態となった星を後にした。


 ハッ……我ながら妙な真似をしたものだ。殺意の無い悪魔なんぞ本当に気持ちが悪い。


 さて、ワタシはどれくらい保つのだろうか。

 願わくば、あの餓鬼が目的を成し遂げられる時を……見てみたいものだ。



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