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急転直下

 はっきり言って、妙だと思った。俺の家と黒瀬さんの家は方向が全然違う。一年生の頃に遊びに行ったことがあるから間違いない。

 加えて、俺と同じく帰宅部の黒瀬さんはとっくに家に帰っているはず……一体なぜこんな場所に……?


「月野くん、ちょっと話があるんだけど。いいかな?」


 俺の傍らに立つセツナを見やりつつ、そんなことを言い始める。

 話があるなら学校で言ってくれれば良かったのに。せっかく隣の席なんだから。


「ハル、彼女は?」


 小声でセツナが尋ねてくる。あまり聞き慣れない、低い声だった。


「俺のクラスメイトの黒瀬さん。悪いけどセツナ、ちょっと話してくるよ」

「……そう。分かったわ」


 あっさりと引き下がり、通り過ぎざまに黒瀬さんへ会釈して立ち去るセツナ。

 その背中はすぐに見えなくなり、道の真ん中には俺と黒瀬さんの二人だけとなった。


「ちょっと人気の無い場所へ行かない?」

「えっ、なんで?」

「こんな道端じゃダメなんだよね」


 ……分からない、どうしたんだ黒瀬さんは。

 不明瞭な言動もさることながら、鞄も何も持っていない。完全な手ぶらなのだ。しかもなんか、目が据わってて怖いし……。

 最初から妙だとは思っていたが、ちょっとおかしくないか……これ……。


「行こう、月野くん」

「わ、分かったよ……」


 俺は言い知れぬ不安を抱えつつも、黒瀬さんの言うままに歩き始める。一年生の頃からの付き合いだ、あまり不審感を覚えるのも少し悪い気がした。


「もう時間がないんだよね……」

「……? 黒瀬さん、一体何を急いでるんだ?」

「このままだと間に合わなくなるから……」


 イマイチ噛み合ってない気がする。間に合わなくなるって、どういうことだろう。

 先導する黒瀬さんに何度か尋ねてみたが、期待した答えは返ってこない。

 よく分からんが、ここは大人しく付いて行った方が良さそうだ……。




        ***




 「…………黒瀬さん、ちょっと」


 呼び掛ける。だが止まらない。

 早足で歩き始めて既に二十分ほど経った。半神使の俺はまだしも、ただの人間なはずの黒瀬さんに一切疲労が感じられない。しかもペースが落ちるどころかぐんぐん上がり続けている。

 ここまで彼女は一歩も足を緩めなかった。急勾配の坂道だってお構いなしに、息一つ切らさず歩き続けているのだ。

 いよいよきな臭くなってきた……黒瀬さん……いや、俺の前にいるこいつは、誰だ……!?


「なぁ、結構歩いたよ。どこまで行く気だ?」

「山の上に、病院があるでしょ。あそこ」


 俺は耳を疑った。今現在、山の上に病院なんてないのだ。あるとすれば……。


「正気か? 病院とは言っても、俺達が生まれるよりも前に役目を終えた廃病院だ。そんな所に行かなきゃいけない理由は?」

「……」


 黒瀬さんは答えない。

 いや、これはもう……「黒瀬さんの姿をした何者か」と言うべきか……。


 やがて山の上に到達すると、『黒瀬さん』はすっかり寂れた廃病院の中にずんずん突入し始めた。やばい感じがする……これ以上は無理だ、着いていけない!

 俺は流石に立ち止まり、背後から静かに問い掛ける。


「誰なんだ……お前は」


 キュキュ、というブレーキ音の直後、『黒瀬さん』はゆっくり振り返った。

 そして辺りを見回し、溜息をつきながら小さく頷く。


「入り口だけど……まぁ、ここでいいか……」

「答えろ。お前は、黒瀬さんじゃない。姿は全く同じだけど……絶対に違う奴だ」


 辺りはもう薄暗い。日が沈めば、電灯も無いこんな場所は完全に人目につかなくなるだろう。

 半神使化した今の俺なら、人間相手ならどうあっても逃げ出せる自信があった。どんな屈強な男だろうとも、絶対に。


 だが、目の前の『黒瀬さん』は……果たして人間なのか……?



「月野くん。いや……この少女の振りも、もはや必要はない……月野くん、ではなく……()()()()、か」



 思わず息を呑む。

 その呼び方……俺の名前を君付けで呼ぶ人物に、俺は一人しか心当たりがない。だがその人はもうこの世のどこにも居ないはずだ。


「お前……は……一体……」


 掠れた声を絞り出すのが精一杯だった。

 『黒瀬さん』は唇を歪めて、両手を水平に伸ばす。それはさながら、弱者に施しを与える救世主のようで。

 眉をひそめた直後、俺は目頭が裂けそうなほど瞼を見開くこととなる。


 『黒瀬さん』の背中に……羽が生えたのだ。

 見覚えのある禍々しきその羽は、紛れもなく。




「ワタシの名前はシルヴァニアン。しがない大悪魔だ」




 薄闇の中、人をかたどっていた『本体』──大悪魔シルヴァニアンはそう告げた。




「…………な、……に」



 馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な!!!!

 大悪魔シルヴァニアン……こいつが……!?


「な、なんで、人になって……!?」


 全身総毛立つほどの恐怖が身体中を支配する。強張った身体に喝を入れるように、俺はほとんど悲鳴のような声音で叫んだ。

 逃げられない……!! 逃げられるはずがない!! こいつからは、絶対に!!!!

 まずい、まずい、まずいッッ……!!!!


「悪魔は日々進化する生き物だ。今のワタシは、こうして別の生物に化けることも可能……」


 コツコツコツッ! と早足で接近してくる。俺が避ける間も無く、気付いた時には目と鼻の先にシルヴァニアンの顔が突き付けられていた……。


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