【行間 二】 介錯
全ての命には終わりがある。それをワタシの手で決められるのが最ッ高に気持ちいい。
あいつも! こいつも! こいつら全員ワタシの手の平の上だ! あいつらの運命は全部ワタシが握ってる!
あぁ……気持ちよすぎて頭がおかしくなりそう。
殺す度に、血を浴びる度に、ワタシはことごとく絶頂している。
こんな快楽に抗うなど、ワタシは一体何を考えていたのか? 抗う必要などどこにもなかったのだ。
もっと早く気付けば良かった。あぁ、この世にこれ以上の至福は存在しないと断言できる……あぁ気持ちいいきもちいいきもちいいのうみそとろとろとろけてなくなりそう……!
「あーあ、派手にやってくれたわね」
ふと、声が聞こえた。絶頂の最中眼球だけ動かして状況を確認する。
あれは……人間……? いや、そんなはずはない。今しがた終わらせたこの星は、人間ごときが立っていられる環境ではないのだから。
であれば、人型の悪魔か女神か……しかし妙だな。魔力も輝力も一切感じないとは。
「ここはバカンスにもってこいの星だったのに、皆殺しにしてくれちゃって。どうしてくれんのよ」
バカンス? 知ったことか、馬鹿馬鹿しい。
やかましい女め……悪魔だろうが女神だろうが関係ない、ぶち殺す。ワタシはやかましい奴が大嫌いなんだ。
「ん? 何その顔。 まさか私を殺そうって? ハッ、ご生憎様。イカれた家畜の介錯なんて御免だわ」
『介錯だと? 寝言は寝て言え馬鹿が! 貴様に務まるはずがないだろう!!!』
咆哮し、魔力を全身に漲らせた。
全体重を乗せた渾身のタックル……あの女をグチャグチャの肉塊にして喰ってやる……!
「見る目のない奴……」
ワタシではなく、別の誰かに言っているような、そんな声色で。
女は、一際冷めた表情で口を開いた。
「二千年経ってもそんなんじゃ、もう潮時ね」
……何?
「大悪魔としての矜持も忘れて快楽に溺れるなんて……しょーもな。『奴ら』にけしかけられて二千年以上星を潰し続けてきたんでしょ? それで、その程度なわけなんだ? 弱いままなわけなんだ?」
明らかにワタシを挑発してくるような言動だった。湧き上がる殺意のままに目の前の女を吹き飛ばしたいところではあったが……妙に、女の言葉が突き刺さる。自分でも驚きだが、ワタシの心にもまだ言葉が刺さるのか──。
「『奴ら』は偉ぶってるだけあって確かに強いけど、資質を見抜く眼は点で駄目なのね。新しく目を掛けてるミラとかいうのも、たぶん無理だと思うし」
女はため息混じりにぼやくと、冷たい眼差しでワタシを睨み付ける。
「大悪魔シルヴァニアン。もうあんたに存在価値はない」
そう告げ、すぅっと流れるような所作で右手を伸ばした。
急いでワタシが身構えた時には、もう終わっていた。
綺麗さっぱり消えていたのだ──胸の中で暴れ狂っていた、漆黒の殺意が。
「だからってわけじゃないけど。最後くらい、好きに生きてみたら?」
底抜けに軽い口調で、女はそんなことを口にする。
予想外の言葉と行動に、ワタシはただ呆気にとられるばかりであった。
「あんたはガルヴェライザの炎で二千年を棒に振った。成長出来なかった代償は死。近いうちに死ぬことになるわね」
ガルヴェライザ……? どこかで聞いたことがあるような気もするが、もう明瞭には思い出せない。
しかし、そうか……ワタシはもう死ぬのか。案外すんなり受け入れられるものだな。
「大悪魔になって、なんかやりたい事とかあったんじゃないの? 死ぬなら最後にそれやって死んだら?」
『やりたい事……? いや……何も思い出せない……』
思わずポツリと呟く。
ワタシは一体何のために大悪魔にまで成り上がった?
あまり戦闘が得意ではないワタシが成り上がるには、それなりの目的があったはずだ。
しかしいくら考えても答えは見つからない。二千年という月日は、何もかもワタシから奪い去ってしまったのか。
ワタシは、どうして、こんなところまで──。
不意に、目の前で佇む女がかぶりを振った。
そしてくるりと踵を返し、緩慢な足取りで去っていく。
「ま、好きにしなさい。とりあえず私に迷惑をかけないよう死んでくれればそれでいいわ。それじゃ、さよなら」
どこまでも面倒くさそうに、振り返る素振りすら見せないまま女は去って行った。
色々と分かったような口を利いていたあれは何者なのか……いいや、もはや気にしたところで無意味だ。ワタシはもうじき死ぬのだから。
……こうなってしまうと、当初の目的などを思い出している暇は、ないのかもしれない。
ならばどうすべきなのか? 悪魔らしく最期を迎える時まで破壊と殺戮に専念するか?
いや、ガルヴェライザの炎とやらが消えた今となってはただひたすら虚しいだけだ。
であればやはり、新しく目的を見つけるのが最も有意義な最期……か。
そこまで考えて、ワタシは思わず笑ってしまいそうになった。
新しい目的をどうすれば見つけられるのか、その手段というものが全くと言っていいほど思い浮かばなかったのだ。数千年も生き長らえておきながらこの体たらく、ワタシの生涯の何たる薄っぺらいことか!
悔いなき終わりを迎えることなど、ワタシには出来そうもない。何をしても滑稽なだけに思えて仕方がない。
ただただ……ひっそりと。
誰の目にも留まらぬ場所で、隠れるように死ぬ。
それこそが……ワタシに相応しい最期ではなかろうか。




