セツナという神使について
「歩きながら話そう。良い庭園だ、少しは見て行くといい」
「はい、クライア様」
美しい紅葉が舞い散る道を連れ立って歩き、俺はクライア様の顔を伺う。
その表情には何の色も見受けられない。何を考えているのか、何を思っているのか、俺なんかには図り知ることなど出来そうもない。
庭園を歩き続けて一分ほど経った頃、俺は重々しく口を開いた。
「どうしても二人きりで話したいことがあったんです」
「セツナのことか」
足を緩めることなく、しれっと図星を突いてくる。俺は少し躊躇いながら、こくりと頷いた。
「最近、ちょっとおかしいんです。何故か日によって記憶があやふやな時がありまして。無意識のうちに瞬間移動を使ってどこかへ飛ぶこともあるし……」
「そうか。後遺症かもしれんな」
ひらひらと落ちてくる紅葉を目で追いつつ、あっさりとそんなことを言う。
あらかじめ考えていた台詞をそのまま読んでいるのではと勘ぐってしまうほど、淡々とした口調だった。
「言ったろう、セツナはミラとの戦いで死ぬはずだったのだ。それがお主のおかげで生き残った。死ぬはずの命が生きながらえたのだから……多少の後遺症が残るくらいは仕方なかろう」
「…………あの、本当に後遺症なんですか?」
庭園に降り立ってから、初めてクライア様の足が止まった。訝しげな瞳で、俺の顔を覗き込むように見つめてくる。
「何?」
「あ、いや、別に確信があるわけじゃないですけど……よく考えてみたら、セツナがそうなるの、神域に行った日の翌日だったり、当日だったりすることが多くて……今朝だってそうでした」
「後遺症ではなく神域が原因と言いたいわけか? ほう……」
うっ、流石に突っ込み過ぎたか……? 怒られるのは覚悟しているが……。
「悪くない推理だ」
「えっ」
怒鳴られるのではないかと縮こまっていた俺を余所に、ニタリと唇の端を歪めていた。
俺とクライア様以外、誰もいない庭園。
偽りの自然、偽りの景色。全てが偽りで塗り固められた空虚なる庭園。
石ころ一つ、木の葉一つ。その全てが掻き消えんばかりの緊張感が充満していく。
「余もセツナのことはそこまで詳しくない。別に余がアレを神使にしたわけではないのだし、当然の話だがな。だが……色々とワケありだというのは知っている」
「ワケあり……って」
「セツナにまつわる事情について、おおよその察しは付いているが……しかし確定事項ではない。よって無闇に教えることもできん。ただ一つ言えるとすれば、セツナはとても優秀な神使だった。神使としては破格の輝力量、そしてあの固有能力。距離制限のない瞬間移動など、神や大悪魔でもそうできるものではない」
……ん? と俺は首を傾げる。つまるところ、クライア様は何が言いたいんだ?
「それだけ重用されていた、ということだ。多くの任務をこなせばストレスも溜まるだろうし疲れも溜まる。その反動かもしれんだろう。今はそういうことにしておけ」
「は、はぁ……」
なんか、最終的に誤魔化されたような……。
「じゃあ最後にもう一つだけいいですか?」
「なんだ」
「人間だったセツナの魂を掬い取って神使にした神様のこと、教えてくれませんか?」
静かに尋ねてみると、凛々しい顔付きからは想像も付かないほどびっくりしていた。ともすれば間抜けにさえ思えてしまう表情だ。
「……ふふは。果敢なのは良いがな、ハルよ。その先はやめておけ」
「そ、そりゃどういう……」
「そいつは覇天峰位の神だ」
「っ!?」
覇天、峰位……!?
神域のトップ……覇天峰位の神が、わざわざセツナを神使にしたっていうのか……!?
何故だ!? そもそも何故地球人だったセツナをクライア様が神使にしない!? どうして覇天峰位の神なんかが出しゃばってきたんだ!?
「あまり深入りするのはお勧めせんぞ。触れない方が幸せなことだってある。分かるだろう?」
「…………」
俺は、何も答えられず沈黙するしかなかった。
セツナという神使の核心には……俺なんかでは到底想像もできないような、巨大な"何か"が隠されている気がする……。




