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葉瑠の歪み

 穏やかな表情を浮かべていたクライア様だったが、すぐさまセツナへ訝し気な視線を送った。


「ところで、瞬間移動を使わなかったのは何故だ? わざわざ歩いて来るとは思わなかったが」

「あ、それはストックが……」

「俺が消費させたんです、クライア様」


 おどおどと話し始めたセツナを遮り、俺は一歩前へ進み出た。

 クライア様は眉をひそめ、俺とセツナを交互に見比べる。


「消費させた、というと?」

「それについては、出来ればクライア様と二人きりで話したいんです。色々気になることがあるので」


 どういうことなの? と言いたげなセツナの視線をひしひしと感じつつも、クライア様への視線は逸らさない。


「…………まぁ良い。塔の頂に会話するための場を設けている。まずはそこに行くとしよう」


 そう言って、クライア様は両手を差し出した。

 片方は俺へ、もう片方の手はセツナへ。


「塔には階段もエレベーターもない。従って余が飛んで連れて行くしかない。早く握れ」

「は、はい」


 俺とセツナは顔を見合わせて頷き、恐る恐るクライア様の小さな手を握った。

 ひんやりとした、硬い感触。そう、大悪魔ミラと化した姉さんと戦ってくれたために、クライア様は現在両腕が義手となっているのだ。

 その無骨で無機質な手の平を、ぎゅっと、力強く握り締める。


「じゃ、飛ぶぞ」


 クライア様はふわっと宙へ浮かび、そのままぐんぐん上昇していく。

 生身のまま高所から落ちたことはあったが、こんな風に鳥みたいに空へ上っていくことは初体験だった。正直ちょっと怖い。けど楽しいジレンマ。


「着いたぞ。とりあえず好きな場所に座るがよい」


 塔の頂には丁度良いサイズのガーデニングテーブルと二つのチェアが設置されていた。少し離れた場所に何故かロッキングチェアが置いてあるが……多分クライア様用だろう。深くは聞くまい。


「よっこらせ」


 俺の予想を裏切ることなく、クライア様は我先にとロッキングチェアに飛び込んでギコギコ揺れ始める。なんだか見た目相応の子供っぽさを感じて和むなぁ……。


「凄い景色ですね、庭園が一望できる」

「うむ。わざわざ日本っぽい庭園を誂えてやったのだが、どうだ? 気に入ったか」

「は、はい! もちろん!」

「ならば良い。ああ、テーブルの上の菓子や茶は好きにしてよいぞ。余は食べんからな」


 素直に嬉しい。丁度お菓子が食べたいと思っていたところだったのである。

 早速席に座り、大層立派なお菓子に手を伸ばそうとしたその時、


「あの、クライア様。現在、オヴィゴー神殿で集会が開かれているのでは?」


 セツナが、唐突にそんなことを尋ねた。


「ああ、開かれているが」


 クライア様は顔色を変えることなく、相変わらず一定のリズムでチェアを揺らしている。


「集会では、クライア様の覇天峰位入りの決議もあるのでは? 出席なさらなくてよろしいのですか?」


 え、やばい、またなんか知らんワードが出てきた。は、はてん……何だって?


「覇天峰位には入らんよ。もう奴らにも通達済みだ」

「なっ……覇天峰位の座を蹴るなんて!?」


 ……ははぁ、なるほど。これまでの会話から推測すると、「覇天峰位(はてんほうい)」というのは神域のトップ層のことだろう。そこに入るんじゃないかと言われていたクライア様は、どうやら辞退してしまったらしい。


「自分で言うのもなんだが。余は既に地位も名誉も充分すぎるほど得ている。これ以上先に行くと、自由に動きにくくなるだろう」

「そ、それはそうですけれど」


 驚きを隠せない様子のセツナを一瞥し、クライア様はニヤリと笑う。


「客観的に覇天峰位の奴らを見てみろ。自分の管轄星は他の神に任せきりで、『ドゥーム』の調査ばかりしている連中だぞ。神域のトップ層に登りつめた奴らなだけあって、戦闘力の高さは折り紙付きのはずだろうに、全くもって呆れた連中だ。ああはなりたくないものだな」


 ふん、と鼻を鳴らして腕を組むクライア様。その姿は、なんだかとても頼もしく感じられた。


「ミラの件も済んだ。覇天峰位のゴタゴタも終わった。ふぅ、これでようやく一息つけるというもの。しばらくはゆっくり羽を伸ばせるな」


 思わずセツナと顔を見合わせた。

 マズイな……とても言い出しづらい……。

 でもセツナの口から言わせるのは可哀想だし、ここは俺が切り出さなければ。


「ごほん、げふん」

「んん? どうしたハル。菓子でも詰まったか」

「いいえ……実はですね。報告があります」


 クライア様の顔が曇る。そりゃそうだ、こんな切り出し方で良い報告をする奴はいない。


「ええと……地球に」

「地球に?」

「大悪魔がいて」

「大悪魔!?」

「シルヴァニアンって奴で」

「シルヴァニアン~~~~~!?!?」


 素っ頓狂な声で叫ぶと同時にロッキングチェアが粉々に弾け飛んだ。

 こてん、と地べたに座ることとなったクライア様の顔は、まさに放心状態。


「……あの」

「…………セツナ。確かなのだな?」

「は、はい。特徴からして間違い無いかと」

「……………そうか。はぁ……シルヴァニアンか……そうか……」


 力無く呟いたかと思うと、今度はぐっと目頭を押さえる。


「泣きそうだぞ余は……どうして立て続けに大悪魔が来るのだ……? しかもまた、よりにもよってクソ厄介な奴が……」


 心中お察しする。


「はぁー、どう対処したものか。ミラの時は地上の命が消失していたから思い切り戦えたが、今回はそうもいかん。とは言っても到底手加減できる相手ではない。本気を出しても勝てるか分からん相手だぞ、シルヴァニアンは……」


 それっきり、クライア様は黙りこくってしまう。

 素人同然の俺でさえ、シルヴァニアンの能力や特徴を聞いた時は頭が痛くなりそうだった。知識も経験も豊富なクライア様はもっと頭が痛いことだろう。


「……駄目だな、思い付かん」


 えっ!? あ、諦めちゃったよ!?


「マジですか、クライア様」

「うーむ、とりあえず余以外の神も呼ぶ。今言えることはそれくらいだ。あとはもう少し考える時間がいる」

「そ、そうですよね……急に言われてもって感じですもんね……」

「幸いにも、ここと地球では時間の流れが違う。地球でシルヴァニアンが動き出す前には策も出来ているはずだ……うむ、そうだ。そうに決まっている……」


 自分に言い聞かせるように呟くクライア様。一抹の不安は残るものの……俺としてはクライア様になんとかしてもらうしか無い。どうか良い案が浮かびますように……。

 クライア様は長い長い溜息をついた後、貼り付けたような笑みを浮かべた。


「それで、質問は? ハル」

「は……。と、いいますと?」

「神使になったことについてだ。とりあえずシルヴァニアンのことはもう良い、というか話すな。少しは余を休ませろ」


 なんとも悲痛な言葉と表情だった。いや、クライア様の状況を考えれば当然か。ここは言う通りにしよう。


「俺、ずっと聞きたかったんです。クライア様は、俺が「巻き戻し」の影響を受けないと事前に知っていたんですよね?」

「そうだとも。戦いが終わり、お主を見た瞬間に分かった。まだ発現していなかったが、近いうちに必ず神使として目覚めると確信した」


 姉さんも、多分同じように思っていたんだろう。高い実力を持つ姉さんやクライア様にしか分からない、ごくごく小さな兆しがあったということか。


「神使になった原因というのは……」

「大きな要素の一つとして挙げられるのは『ファラグロンザ』ではないか? セツナに預けた神器の中に、脳に干渉して効果を発揮するものがあっただろう。お主は無謀にも……と言ったら悪いか。あの行動がなければ負けていただろうし……まぁ勇気があったとしておこう。お主は勇気ある決断で神器を被り、脳に輝力が漲ったことで半神使に覚醒した……と予想しているが」


 やっぱりそうだったのか。セツナが予想していたものと全く同じだ。

 だが、少し気になる言い回しである。神器が大きな要素の一つ……ということは、別の要因もあったということか?


「クライア様、神器以外の要素もあるんでしょうか?」

「うむ。あの神器はな、本来人間が耐えられる代物ではない。対ミラ用の改造を施し、オリジナルを遥かに上回る性能を誇っていた。普通の人間なら使った瞬間死ぬ」


 その発言にセツナは驚いた表情を見せ、すぐさま顔を曇らせた。改造してあったことを知っていたら、決して俺には渡さなかった、と。未だにそう言いたそうな雰囲気を醸し出していた。


「セツナ」

「わ、分かっているわ」


 セツナは沈痛な面持ちをひた隠すように俯き、グッと押し黙る。


「ふむ……なぜお主は強烈な輝力に耐えられたのか。最初は余にも分からなかった。今も確信があるわけではないが……恐らく、鍵はイヴだな」


 イヴ。

 その名を聞いた俺は目を見開き、何も言わずにクライア様の言葉を待った。


「ハル……もしやとは思うがあの時、セツナの元へ赴く前に。教会でイヴと交尾でもしたか?」

「……は? いや、してませんが」


 びっくりした。いきなり猥談かよ。


「ふむ。では何か摂取したりは? イヴの唾液とか汗とか尿とか」

「ないです!! なんなんすかちょっと! 何が言いたいのかさっぱりなんですけど!」

「つまりだな。余は、イヴの中に秘められていた無尽蔵の生命エネルギーがハルの体内に入ったためではないかと予想しているのだ」



 あ。

 そういうこと、だったのか。



「確かに、エネルギーを貰いました。飛来してきた瓦礫からイヴを庇った時、俺の両足がグチャッと千切れまして。それをイヴが治してくれたんです。輝力でも魔力でもない、イヴだけの力で……」

「それだな、神器に耐えられた要因は。イヴのエネルギーが体内に蓄積されていたため、お主の身体に強力な補正がかかっておったのだ」



 ……そうか。そうだったのか。



 熱い感情が身体の内側からこみ上げてくるようだ。昂りを抑えるためなのか、俺は無意識に拳を握り締めていた。

 全ては繋がっていたんだ。俺は、やっぱり奇跡を起こしたわけじゃない。元からそんな器じゃないんだよ、俺は。

 全部イヴのおかげだったんだ。セツナを助けられたのも、俺が死ななかったのも、姉さんを止められたのも……全部、あの子のおかげだ。やっぱりイヴは凄い……!


「なんだ? その顔は。妙な思い違いをしていないだろうな、ハル」

「思い違い? まさか! 大丈夫です、全部分かってます。全てはイヴのおかげだったってことですよね?」

「なぜそうなる。どうにも偏執的な考えをしておるようだな」


 偏執的? 何がだろう? 俺の考え方、何か間違っているのか?


「……ハル、あなたはね、ちょっとそういうとこあるわ。出会って間もない頃、あなたからミラの……いや、あなたのお姉さんの話を聞いた時も思ったのだけれど。あなたは、とかく自分が気に入った存在を盲信するきらいがあるわね」

「え……?」


 セ、セツナにそんなことを言われるなんて……。


「ハルよ、前だけを見ろ。過去に囚われてばかりでは、これから先壊れるぞ。一体どれだけの時を生きていくと思っているのだ?」

「……そ、そう言われても」


 なんなんだよ急に……二人揃って……。

 過去に囚われすぎるなというのは分かるけど、だからって前ばかり見てどうするんだよ。

 これから先の人生が永いことなんて、俺だってわかってる。だけど、前ばかり見て、進むことだけ考えて、いつか俺がイヴのことを忘れでもしたらどうしてくれる?


「……何かズレておるな。そもそも、イヴを瓦礫から庇って命を救ったのはお主だろう? それがどうして、全部イヴのおかげなどという結論に至った?」

「……ちょっとよく分からないです」


 クライア様は呆れたように肩をすくめ、セツナは居心地悪そうに俯く。

 二人とも、イヴのおかげであることをそんなに認めたくないのか? イヴがいなければ終わっていたかもしれないのに……。


「これ以上の問答は不毛だな。金持ちのボンボンのくせに、どういう育ち方をしたらここまで自己肯定感の低い子供になるのだか」

「そ、それは偏見ですよクライア様。ハルは……」

「分かっておる」


 クライア様は短く息を吐き、指でトントンとこめかみを叩いた。


「まぁどうあれ、ハルよ。お主は半分人間、半分神使という史上類を見ない事例となったわけだ。 余は、その身体を隅々まで調べてみたいというのが本音なのだが」

「えっ……」

「しかし、それは出来ん。たった一人の超貴重な半神使、もう少し慎重な姿勢を見せなくてはな。一体どうなるのか、どのような成長を見せるのか……非常に興味深い」


 クライア様はしみじみとした表情を浮かべ、空を見上げる。


「永く生きていると、やはりどうしても楽しめるものが少なくなる。そういう意味で言えば、ハルの成長は数少ない楽しみだな、うむ」

「ご期待に添えるかは分かりませんけど……」

「普段通りに過ごせば良いのだぞ」


 穏やかにそう告げると、ふと思い出したかのように口を開き、


「ハル、もう能力は発現しているのだろう? どんな力だ?」

「なんか水が出てくる能力です」

「ほう、水か!」


 一瞬、クライア様の目の色が変わった気がした。気のせい……だろうか。


「で、でもほんの少ししか出ないのです。とても戦闘に使える代物ではありません」


 若干の焦りを感じさせる声でセツナが訴えかける。俺の頭の中で、今更ながらとある疑念が湧いてきた。

 まさかとは思うけど……。


「いやいや、水を出す力とは恐れ入った。半分人間とはいえとても珍しくて良い力だぞ。将来有望だな、ハル!」

「は、はぁ、どうも……」


 まさかこの女神、俺を将来的には戦闘要員として育てるつもりなのか……? 馬鹿な、半神使だぞ? この神域で最も弱い存在だろ。


「の、飲み水とかにしか使えませんよ、クライア様。能力面だけでなく、肉体面でも使い物になりません。ハルは見ての通り筋肉もないし脂肪もない。もやしの擬人化、ただの木偶の坊ですよ」


 セツナ……庇うためとはいえあんまりな言い草じゃないか? 事実だけども。


「いや何も今すぐ使うわけではない。成長して、尚且つ使えそうであればの話だ。だからそう焦るな、二人とも。余も鬼ではない」


 その言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろすセツナ。俺が神域の戦闘要員にされないよう、最大限の心配をしてくれたんだ。酷い言葉は羅列されたものの、俺にとっては本当にありがたい気遣いである。


「しかし、飲み水か。ハルやセツナが飲む分には構わんが、一般人に飲ませてはならんぞ、ハル」

「ふふふ、いくらなんでもそんなことしませんよ、ハルは。ハルの水はとっても清潔とはいえ、手から出る水をおいそれと飲ませたりだなんて」


 …………………んん?


「飲ませるとどうなるんです?」

「水に含まれる輝力が微量であれば、体調不良を起こす程度だな。あまりに輝力が強いと即死するぞ」

「そ、即死!?」


 驚きのあまりでかい声が出てしまった。で、でも問題ない。黒瀬さんも西条さんも全然元気だったし、俺の水に含まれる輝力は極微量確定! はぁ、焦ったぁ……。


「…………ハル、あなたまさか」

「お、俺もやめとけって言ったよ!? 俺の手の平から出る水なんか飲みたいのかって! でも黒瀬さんって子は、飲みたいって! だからこう両手に溜めて、ツイーっと!」

「手から直に女子に飲ませたのか……」

「はしたない! どういう学校生活を送っているのよ!」


 なんてこった……たぶんあらぬ想像をされているというのに反論の言葉が見つからない……。


「今後は飲ませるな。たとえせがまれてもだ」

「はい……肝に命じておきます……」


 平身低頭を地で行く。こういう時はもう大人しくするのが一番だ。


「……さて」


 不意にクライア様が呟く。

 視線を送ると、俺の目をじっと見つめながら塔の下を指し示していた。


「二人きりで話があるのだろう。降りるぞ。セツナは此処で待っていろ」

「……分かりました」


 不服そうにしつつも承諾したセツナをきちんと視認する。そして俺はクライア様の手を握り、塔の下、だだっ広い日本庭園へと降り立った。


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