きっと大丈夫
「ハルさん」
「ん……夢か」
「ふふ、すぐ気付いちゃうんですね。もう少し夢に浸ってくれてもいいのに」
「ま、そりゃな。夢は夢だ」
「へー、そうですか? では私に触れてみますか?」
「ひょっ!?」
「まぁ? 私はあなたの婚約者ですから? あなたになら触ってもらっても全然構わないのですけど?」
「イ、イヴはそんなこと言わない!」
「言わせてるのはあなたですよ? 自分の夢ですものね?」
「……た、確かに! なんてこったよ、俺はイヴにこんな台詞を言って欲しかったのか……!? いや、断じてそんなことはない! で、でもこれは確かに俺の夢なわけで……!? あ、やばい、頭が混乱してきた……」
「えいっ」
「わっ! ……てあれ、すり抜けた?」
「あら。私、あなたに触れないみたいです。夢ですから」
「……そうか。ホッとしたような、残念なような……」
「うふ、物凄い残念がってますね」
「な、なんで分かるんだ」
「あなたの夢ですよ」
「……だな」
「ねぇ、ハルさん。ハルさんはめでたく……めでたくと言うと語弊がありますが、とにかく半神使になったんですよね」
「うん」
「こうやって、ちょくちょく私を夢に見てくれれば……きっと私のこと、憶えてますよ。何千何万の時が流れたって、きっと」
「……うん、そうだな。俺もそう思う」
「信じています。信じていますからね、ハルさん」
「……ははっ、ありがとうな、イヴ」
「いいえ、こんなの当たり前です。だって、そうでしょう? 私はあなたの──」
***
目を開く。見慣れた天井が滲んでいた。ぐしぐしと目をこすって、何度か瞬きをする。
「……さぁ、今日は神域だ。俺頑張るよ、イヴ」
ぱんっ、と頬を叩いて一人呟く。気合いは充分、いつでも行ける覚悟だ。
ベッドから飛び降り、丹念にストレッチをする。チラリと時計に目を向けると、まだ六時になったばかりだった。俺にしては相当早く起きたみたいだ。徹夜もしていたからどうなることかと思ったが、疲れは全く残っていない。この体力の回復速度というのも半神使になった影響が強そうだ。
それにしても……今まで考えたことなかったけど、神域ってどんな所なんだ?
俺が神域について知っていることといえば、地球とは時間の進みが違うことくらいだ。セツナが一万年も生きていると言うのだから、ここでの1日が神域では物凄い年数だったりするのだろうか。うーん、中々想像するのが難しいな。
さてと、とりあえず下に降りてみよう。この時間ならセツナも起きているだろうし。
「セツナーおはよー」
階段を降りながら呼び掛ける。
シーン……何の返事もない。聞こえなかったのかな?
「あれ? いない……」
リビング、キッチン、ついでにトイレの中も確認するがセツナの姿を見つけることは叶わなかった。珍しく寝坊……なんだろうか?
セツナの部屋まで歩いて行き、コンコンコンと三回ノック。
返事はない。ここにも居ないのか……?
「入るぞ……って、」
なんだ、普通にいるじゃん。
「……セツナ?」
セツナは俺に背を向けて、ぺたんと床に座っていた。呼び掛けても何の反応も示さず、窓の外を眺め続けている。
これは、もしかして……。
「…………セーツナっ」
こちらの動揺を悟られないよう、努めて明るく彼女の両肩を掴んだ。
「わっ、ハル! び、びっくりしたわよもう……急にどうしたの? 部屋に入る時はノック、常識よ?」
「あはは、ごめんごめん……ところで、これから「散歩」に行く気だった?」
「散歩……いえ、別に……あれ、でも私着替えているのよね……うん……何をしようとしてたのかしら……」
「なぁ、星を見に行かないか? ほら、いつもの場所にさ」
「えぇ? でもストックを無闇に消費するわけには……」
「大丈夫だよ。さぁ行こう」
半ば強引にセツナの手を握る。すると彼女は肩をすくめながらも、なんとか首を縦に振ってくれた。
やっぱりセツナは自覚出来ていないみたいだ。けれどもさっきみたいにぼうっとしている時ってのは、ほぼ確実に「散歩」の兆候だ。瞬間移動を使われる前に止められて良かったよ……。
無意識のうちに瞬間移動を行使してしまうのは、はっきり言ってヤバい。何がヤバいかって、セツナがどこに飛ぶのか分からないことだ。
今のところはこの町付近に留まっているが、恐ろしいことにセツナの能力には距離の制限が無い。つまりマグマの上とか太平洋のど真ん中とかに飛ぶ可能性も無くは無いのである。それを考えると、こうして定期的に瞬間移動のストックを消費してあげることは非常に重要なのだった。
瞬間移動のストックは三。星空の場所と家の往復で二回分消費して、すぐに神域に連れて行って貰えば問題ない。神域から帰る頃にはまたストックができているだろうし、クライア様に送ってもらってもいい。とにかくさっさと消費してあげないとな。
***
「曇ってたわね」
「だな……」
「朝御飯の準備するわね」
「うん……」
意気消沈しながらも、テキパキと動き始めるセツナを見て安堵する。良かった、いつものセツナだ。
ああなってしまう条件というのは、俺にもよく分からない。
今日は大丈夫そうだなぁと思っていたら唐突に消える時もあるし、今日はやばそうだなぁと思っていたら案外普通だったりもする。完全に兆候を把握するのは中々難しいけど……仕方のないことだ。これからずっと一緒に暮らすのだから、根気強く見守っていくしかない。




