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最後の一手

 この山に来て一目見た瞬間、セツナはもう限界が近いと分かった。

 それを特に知らしめていたのが、彼女の目。

 たぶん、今のセツナは目が視えていない。ダイヤモンドの如き輝きを放っていた瞳はすっかり光を失ってしまっていて、痛々しいほどに虚ろだった。俺は医学に精通しているわけではないが、それでもすぐに悟ってしまうほどセツナの目は()()()()()()


 セツナも、クライア様も、そしてイヴも。みんな命を懸けて戦いに臨んでいる。


 ただの人間だからと言って俺だけ安全地帯に避難なんてのは、やっぱりおかしいと思う。俺も覚悟を決めた身だ。ただ避難するだけだなんて自分自身が納得できない。

 しかしこれ……一体何をするヘルメットなんだ? 被って何が出来るようになるんだろう。

 とりあえずおもむろにヘルメットを被る。すると、抱えていた不安は一掃された。

 雑念が吹き飛び、脳内に直接この神器の使用法が流れ込んでくる。過剰なまでの集中力と共にとてつもない頭痛に襲われ、あまりの痛みに気絶しかけた。


 そして、何より。

 これまで感じたことのない謎の熱を感じる。

 熱い……熱すぎる! 体中の血が沸騰しているみたいだ……!!

 未知の熱に驚愕したいところだが、その前に凄まじい量の情報が脳へ到達する。

 

 このヘルメット型神器の正式名称は『ファラグロンザ』。脳を大量の輝力で刺激し、限定的な千里眼を無理矢理会得するらしい。

 それだけでも驚異的だが、この神器で特筆すべきは圧倒的な分析力の会得。攻撃対象への分析力は極めて高く、もはやちょっとした未来視レベルとのことだ。

 そして焼け付くようなこの熱の正体は……そうか、これが輝力か。初めての力に体が驚いているというわけか。


 だったら、受け入れるだけのこと……!


 深呼吸を繰り返し、体中に言い聞かせるように心の中で呟き続ける──順応しろ、順応しろ、順応しろ!! 順応できなければ終わりだ、抱いた覚悟が偽物でないことを証明してみせろ!!


 今、ここで!!!!!!



「……ぐ、くぅ……」



 痛い、熱い、苦しい……! 

 助けを求めるように、無意識のうちに手が伸びた。すると、柔らかな手がぎこちないながらも俺の手を包み込む。


「ハル……? もしかしてもう被ったの? 頭痛いでしょ、大丈夫?」

「……ああ、大丈夫だよ」


 あぁ……目が視えないセツナが、俺を安心させようと手を伸ばしてくれたんだ。その心遣いが、今はただ嬉しかった。


「だんだん慣れてきたよ、ありがとな」


 別に強がりじゃない、本当に痛みが和らいでいた。俺が辛い時、セツナはいつだって俺のそばで励ましてくれた。なら今回も大丈夫に決まってる。何が何でも必ず順応してみせるさ……!


 覚悟を決めたその瞬間。

 頭の中で、音が聴こえた。

 何かが変わった。

 カチッ、と。

 まるで、心体全ての歯車が噛み合ったかのような。


「……ぐっ……ん!? よ、よし、見えた! 映像見えたぞ! 一つだけだけど!」

「ほ、ほんと!? やったじゃないハル! 今、クライア様はどうなってるの!?」

「ええと……うわっ、片腕がごっそり消し飛んでる!? 胸に大怪我、腹も抉られてるぞ!」

「それは元から! とりあえず生きてはいるのね!?」

「ああ、物凄い速さで逃げに徹してる! 姉さんの魔力消費量が著しい……らしくて、そのおかげでギリギリ逃げられてるんだ!」


 狙撃も重要だが、やはりクライア様無しではどうにもならない。どれだけ怪我を負っていても、クライア様が生きてさえいればまだ希望を捨てずにいられる。


「…………セツナ。あと、何発撃てる……?」


 見るからに憔悴し、視力さえ失ってしまった相棒に酷な質問を投げかける。


「…………二発ね」

「じゃあ一発だけだな」


 スパッと即決すると、セツナはしばし驚きの表情を浮かべ、微かに笑った。


「ん、了解」


 さて、問題は俺の方だ。セツナにはもう伝わっていると思うけど、俺が今からやろうとしているのはセツナの「目」になることだ。


 俺が映像を見て指示を出し、セツナがそれに従って引き金を引く。たったこれだけだがその難易度は測り知れない。責任重大だけど……セツナは俺を信じると言ってくれた。是が非でもその信頼に応えないとな。


 幸いこのヘルメットはかなり高性能だ。俺に専門的知識が無くとも、かなり細かくポイントを指定できるだけの機能が備わっている。あとは俺が頭痛に耐えるだけだ、問題にはならない……!


「いくぞ、セツナ」

「ええ、ハル」


 シールドの映像に目を凝らす。

 確かこの狙撃の目的は、姉さんの動きを鈍らせてクライア様に攻撃のチャンスを与える、だったよな。なら身体に近いポイントでも充分に役割は果たせる。当てることに固執しないよう注意だ。

 瞬きすることなく、目まぐるしく飛び回る姉さんの姿をズームアップする。

 同時に、俺のやりたいことに合わせてシールドに様々な数値が浮かび上がる。俺の脳と直接繋がっているからこその芸当だろう。


「……この台詞を終えて四秒経ったら銃口を指示通り向けてくれ。十一時の方向」

「ええ」

「そこから銃口を右に五センチ。上に八センチ」

「了解」

「今だ」


 瞬間、眩い光を放ちながら弾丸が撃ち出される。盲目のセツナは俺の指示に寸分違わぬ完璧な対応を見せてくれた。これで駄目なら俺のせいでしかない。



『ッ! チッ!』



 姉さんは舌打ちしながら華麗に弾から遠ざかっていく。想像の遥か上をいく速さだったけど……避けられること自体は想定内だ。あとはクライア様……くそっ! 砲撃準備が僅かに間に合ってない! タイミングが少しずれたのか!?



『鬱陶しい! 引っ込んでいろ!!』



 姉さんは苛立たしそうに声を荒げると、掌を俺達の方に向け──硬直した。





『……なぜ……そこに、あなたが』





 俺が好きだった「月野凪」の声で、確かにそう呟いて。

 そしてその空白は致命的だった。

 隙だらけの背後から、容赦ない特大の光線が姉さんの巨躯を呑み込んでしまう。



『ぐおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおぉぉぉッッッッ!!!!!!!!』



 咆哮し、身体から黒い炎を溢れさせ、身を捩って何とか抜け出す姉さん。だが今の一撃はかなりの痛手だったに違いない。たとえこのヘルメットを着けていなかったとしてもそう断言できるほど、消耗しているのが見て取れた。


「……」

「ハル、どうなったの? 上手くいった?」


 静かに尋ねてきたセツナの声に、俺はハッと我に返る。どれだけ見た目が怪物染みていても、やはり攻撃を食らった姉さんの姿に衝撃を覚えずにはいられなかった。

 だ、駄目だこんなんじゃ……情は捨てろ、今だけは……!


「あ、ああ、上手くいったよ。クライア様のビームが直撃した。凄く消耗しているみたいで……あと一息だぞ、セツナ」

「……ええ、そうね。ミラはすでにフルバーストを二発食らってる。いくらなんでもキツくなってるはずよ。そしてクライア様も、もう……星の加護で誤魔化すのは限界だわ。あと一発撃てるかどうか……いずれにせよ、決着の時は近い……!」


 セツナの言葉に身が引き締まる。

 もうすぐ終わるんだ……悪魔と化した姉さんとの決戦が。


 未来がどちらに転ぶのか……それは分からない。

 俺が言えるのはただ一つ。

 決してあの人を勝たせてはならないということだけだ……!


 姉さんは宙に浮かんだまま大きく息をつくと、ぐるりと肩を回しながら口を開く。



『……まったく、手こずらせてくれるなクライア』

『貴様を手こずらせているのは貴様自身だろう』

『……何?』

『そんなことも分からないのか? 呆れた奴め。そもそも、余では貴様に到底敵わん。ならば何故まだ生きているか。答えは単純、貴様に迷いが生じているからだ』



 無惨なほどにボロボロで満身創痍のクライア様だが、それでも凛とした振る舞いを崩すことはなかった。超然としたその姿は、まさに神と呼ぶに相応しい。



『迷い……?』

『これ以上は言わんぞ、ミラ。理解しようとしないのならそれまでだ、待つ気はない。貴様は今日、ここで余が倒す』



 それはきっと、最後の宣戦布告だった。

 身体中傷だらけで、残された力も僅かばかり。

 しかしその全てを持って「かつてこの星で生まれた者」を殺すのだという、神の宣告だ。



『……ハッ、知った風な口を利くなよ……これだから神は嫌なんだよ……弱いくせに態度だけは一丁前、なんて不愉快極まりない存在……』



 所々亀裂の入った鎧全体を震わせ、姉さんは拳を握り締める。映像越しでもはっきりと感じ取れるほど激昂していた。



『お前にだけは殺されるわけにはいかない。この糞みたいな星を管理していた、無能なお前にだけは!!』



 感情の赴くままに咆哮し、同時に右肩から爆発的に黒炎が生まれて二重螺旋状に伸びていく。それらは掌付近に集約され、結合し、凶悪なまでに燃え盛る炎の槍が生成された。

 なんだ……アレ……やばすぎる!!


「おいセツナ、姉さんが炎の槍出したんだけど! なんか知ってるか!?」

「なっ……ま、まだアレを作れるだけの魔力が残っていたというの!? あ、あの槍、絶対防げないわよ! ここからでも目視で確認できるでしょ!? 山一つを燃やし尽くしたうえでさらに広範囲を火の海にできるだけの力を秘めてる。またアレを射出されたら……今のクライア様じゃ躱せない……ようやく……ようやくここまで追い詰めたのに……!!」


 セツナの焦燥に満ちた声を聞きつつも、強張った体を解すために一度だけ大きく深呼吸する。

 まだだ。打つ手なら、ある。たった一つだけだが、間違いなくある。

 しかしそれは、俺ばかりかセツナの命も危なくなる危険な方法だ。


「セツナ、瞬間移動のストックは?」

「えっ? あ、あと一回分残っているけれど」

「俺も連れて姉さんの真上に飛べるか?」


 早口でそう尋ねると、セツナは驚愕の表情を浮かべた。今の質問だけで俺の考えを察してくれたんだろう。


「……確かにそれなら止められるかもしれない……でももし失敗すれば、ハルはその時点で死ぬことになるわよ!?」

「分かってる。それでもこれしかないんだ、状況を打破するには。俺だけじゃなくセツナも危ない策だから無理強いは出来ない。俺はセツナの選択に従うよ」


 セツナの顔を見つめる。たとえ視えていなくとも、俺がどんな顔をしているのか彼女にはお見通しのようだった。

 ふっと表情を和らげ、穏やかな声でセツナは告げる。


「二人で星を見る約束、あなたから言い出したんだから。とても大切な約束よ、必ず守って」

「……ああ、分かってる。行こう、セツナ」


 二人で手を取り合い、最高に頼れる相棒と笑い合う。根拠なんて微塵もない。けれどセツナと一緒なら何でも成功する気がした。


 そして、正真正銘最後の瞬間移動が行使される。

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