決戦 <円環>
今あたしがいる地点は、先程炎上した山からおよそ五〇キロメートル離れている……すなわちミラがいる地点からも五〇キロメートル近く離れた場所。
そもそもあれだけ遠くに陣取っていたのは、狙撃前に存在を感知されるのを防ぐためだった。
しかしミラは魔力を他所……教会の拒絶型結界に割き過ぎたために、せっかくの感知能力を劣化させてしまっている。それに加えてミラにはもうあたしの存在はバレてしまっているのだから、それならもっと近い場所から狙撃した方が良いに決まってる。多少危険は増すけれど、命中精度が上がるに越したことはない。
とはいっても、狙撃の難易度は格段に下がった。
これまであたしは弾丸をミラに当てることに重きを置いていた。でも今となっては必ずしも当てる必要は無い。
星の管轄者権限で超再生能力を有するクライア様とは違い、ミラには回復の手段が無い。いかに奴が頑強と言えどこれ以上フルバーストを食らうのはマズイと思っているはず。今後は狙撃への意識を過剰なまでに過敏にすることでしょうね。
であればきっちり体に当てなくとも、「当たるかもしれない」と思わせるような距離に撃てば充分。回避行動及び防衛行動を取れば自ずと隙が生まれる。クライア様ならそれを見逃すことなく決めてくれるはず。あたしとしても狙い方にゆとりを持てるのは大きいしね。
『チッ、瞬間移動か。外したな』
映像越しのミラが小さく舌打ちをした。言葉とは裏腹にそこまで苛立っているようには見えない。やはりこの程度で焦ってくれるほど甘い敵じゃないわね……けど、あたしだってもう怯まないんだから!
『十連結!』
クライア様の掛け声が耳に入った直後、一瞬にして状況を分析し、ひと思いに引き金を引いた。
撃ち出す弾丸は、三発……!!
距離が半分も縮まった恩恵はやはり大きく、そこまで高度な予測をせずともミラに近いポイントへ撃ち込める。
しかしやはり、ミラは大きく宙を飛び回りながら三発の弾丸をやり過ごした。とはいえこれは予想済み、クライア様なら僅かな隙も見逃すはずが…………えっ?
思わずぎょっとした。
薄っすらと、しかし確かに。飛び廻るミラの右肩付近に黒炎が発生して──ま、まずいわ! あれはさっきのっ……!!
『させるかああああああぁぁぁぁ!!!!!!』
最大の脅威となりうる炎槍が完成する前に潰すべく、すぐさまフルバーストを放つクライア様。
いける……もう避けようとしても間に合わない! 捉えた!
『遅かったな!!』
光線がミラに迫っている最中に右腕の炎槍が完成した。そしてその切っ先は極大の光線に向けられており、槍の完成と同時に光線を突き裂いて分散させることで無傷のままやり過ごされる。どこまで化け物なのよ、こいつッ……!
『ふざけた真似を……!!』
『お前の物差しで私を測るなよ』
最強の一撃を難なく防がれて顔をしかめるクライア様。
そのクライア様を落ち着いた声音でせせら笑うミラ。
やはり実力差は明白……なればこそ、あたしが!
シールドに目を凝らす。狙うべきは、ミラの右腕付近。
このままだと、奴は十中八九クライア様に向けて槍を射出する。あの槍があの距離で射出されれば、その時点で敗北が確定してしまう。ならなんとしてもあたしが槍の矛先を逸らし、隙を生み出す!
迷うことなく立て続けにもう三発ほど弾丸を放つ。なおもフルバーストを防ぎ続けている無防備な右腕に、音速を超える弾丸が伸びていった。
お願い、間に合って……!!
『お前とのお遊戯もこれで終幕だ……ここで花と散れ、女神クライア!!』
終幕。
それに相応しい威力を誇る必殺の炎槍が、ミラの右腕から放たれる──その刹那。
右腕に三発の弾丸が突き刺さり、僅かに照準を逸らした。
しかし射出を止めるには至らない。ミラは多少のブレなど御構い無しに、邪悪なる炎を纏った凶槍を解き放つ。
彗星の如き流麗さで光線を切り裂き、全てを置き去りにするスピードでその先のクライア様へと襲い掛かる。
瞬間、大勢は決した。
『ぐがあああああああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!』
木霊するのは、クライア様の絶叫。
槍を躱しきれず、片腕が根こそぎ消し飛ばされている。あれでは当分の間再生しない……どころか、二度と再生しないかもしれない。
だけど、それでも。クライア様は生きている。
元よりクライア様は決して鈍間なんかじゃない。槍が規格外のスピードで迫ってきたとしても、直感的に横へ飛ぶことくらいはできる。
あたしは、それに賭けた。
弾丸で槍を逸らし、クライア様がご自身で跳躍し、どれだけ無様な様相になろうとも何とか命だけは守れると信じて。
ただし危機的状況なのは変わらない。早く、なんとか、しなきゃ……。
「……う」
震える。
体の隅から隅まで激しく震えてしまう。
馬鹿みたいに頭が痛い。
何よこれ、尋常じゃないわよ。脳天に釘でも打ち込まれたの?
目がおかしい。
零距離でフラッシュを焚かれ続けているのかと思うほど視界が真っ白で、もはや失明しているのと何ら変わりない。
耳は聞こえない。
耳鳴りさえしない。全ての音が消えた。
おかしい、おかしい。
あたし、今、どうなってるの?
あたし、弾、何発撃った?
平衡感覚が無くなる。こてんと転んだ。いや、転んだ?
だめ、分からない。感覚さえ消えた。
どうかしてる、どうかしてる、どうにかなってる!? あれっ、あたし、どうだっけ!? なんだっけ!? へんだわ、へん、へんよ、なにこれ!? なーんにもなくなっちゃった! なんでこんなとこにいるんだっけ!? なんでこんなくるしいおもいしてるんだっけ!? わからない、わからない、なにも!! なにもかもわからない!! おかしくなった、おかしくなった、おかしくなった!!!! あっはははは、なにこれ、まっしろ! あはははははっ! あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは──
「よう、セツナ」
あ。
ハルのこえだ。
「どうしたよ、らしくもない。ほら、それ脱がすぞ」
あれ、でも、へんだわ。なんでここにいるの?
なんで、あなたのこえはとどくの?
ぼーぜんとしていると、ハルがあたしのあたまからなにかぬがせた。そして、あせだくのあたしのかみをやさしくやさしくなでてくれた。
すると、じわじわと…………感覚が戻ってくる。彼に触れられた部分から、優しい温もりが染み渡っていく……。
あぁ……やっぱり、あたしにとって、あなたは……。
「指輪、使ったんだよ。セツナがくれた桜色の指輪。やっぱりどうにも心配だったからさ」
そう言って、ハルは大きく息を吸い込み、少し間を開けて声を掛けてくる。
「セツナ。このヘルメット無しなら負担は減るんだろ?」
「え……と、まぁ、そうね。結構、楽になると、思うわ」
途切れ途切れに言葉を絞り出す。そもそも視界は今だに真っ白に塗り潰されていて、その神器は何の役にも立たなくなったのだけれど。
「じゃあ俺がこれ被る」
「な!? な、何を言っているのよ! それは神器で……あなたが被ればどうなるか……きっとただじゃ済まない……」
しかしハルは、決意に満ち溢れた声音であたしの意見を突っぱねる。
「状況が状況だ、四の五の言ってられねぇ。俺はセツナの手助けをする……そのためにここに来た。あとはセツナ次第だ」
ハルは、間髪入れずに、とても真っ直ぐな声で。
「──俺を信じられるか、セツナ」
なんて無鉄砲な人なのかしら、なんて思ったけれど……その問いに対する答えなど、あたしは一つしか持ち合わせていない。
「あたしが信じなくて、誰があなたを信じるのよ」
身体を蝕む苦痛も忘れ、にやりと笑いながら、そう強がってみせた。




