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ふたりぼっち

 うっわぁぁぁ~~~……恥ずかしいぃ~……あぁあぁ~……恥ずかし過ぎて顔から火が出そうだ……。

 やばくね? 俺もう高校二年生だぞ? 十七歳にもなって頭をなでなでよしよしされながら声をあげて泣くとか……しかも女の子の目の前で……。


「ごめんなさい」


 とりあえず謝った。依然として火照っている顔を両手で覆いながらのとんでもなく情けない謝罪である。


「別に謝らなくてもいいわよ。当然のことだとさえ思うもの」


 相も変わらず優しい少女は、あっさりとした口調でそう言ってくれた。


「意地張って溜め込んで鬱屈な気持ちになるよりも、スッキリ出しちゃった方がいいに決まってるじゃない。どう? ハル。スッキリ、したでしょ?」

「……まぁ、あんだけ泣けばそりゃあ……」


 雲一つない快晴模様、とまではさすがに言えないが、それでも心に降りしきっていた雨は止んでいる。間違いなくセツナのおかげだ。

 ……ふふっ、なんだか照れくさくてしょうがないな。自分の弱い一面を人にさらけ出す、と言うとマイナスなイメージが先行しがちだが、前へ進む大きな一歩にもなり得ることを思い知らされた。


「セツナも辛い時とかは泣いてスッキリしてるのか?」


 なんだか妙に説得力のある彼女の物言いに、ふとそんなことを聞いてみた。



「…………えっ?」



 セツナは面食らったように目をぱちくりとさせた。そんなに驚くような質問だったんだろうか。


「……あたしは泣かないわよ。あなたとは年季が違う。最後に泣いたのがいつだったかも、もう思い出せないしね」


 ね、年季……? 何を言ってんだこの美少女は。どんなに高く見積もっても二十歳くらいだろうに、年季が違うときたもんだ。大仰にもほどがある。


「それよりも、はやくハルの家に案内してちょうだい。あたし、もうクタクタなんだから」

「ああ、わかった」


 そう、俺達が今いるのは緑豊かな異国の地ではなく、人っ子一人いない俺の故郷だ。

 何の準備も無しに世界旅行をするのはさすがに無謀、というセツナのもっともな意見により、とりあえずウチで休むことになった。


 あと、セツナの瞬間移動の制約が思いのほか厳しいことも関係している。

 なんとストック制であり、上限は三回。八時間ごとに一回できるようになるから、二十四時間で丁度満タンになる……らしい。

 本人に言ったら怒られそうだが、ソーシャルゲームのスタミナ制度みたいなもんだろう。


「それにしたって、セツナもお人好しだよなぁ。まさかもう瞬間移動のストック使い切っちゃうとは」


 この星に降り立つ時、星を見に行った時、そしてこの町に帰ってきた時と、すでに三回分を使い切ったのだという。

 調査に来た使いとして、神様から怒られたりはしないのだろうか?


「あらハル、あたしにお説教?」

「まさか。神様に怒られたりしたら、そりゃセツナのせいじゃなくて俺のせいだし。そうなっちゃったら申し訳なくて」

「ふふ、ばかね。たった一日無駄にしたくらいであたしの仕えてる神様は怒らないわよ。それに……」


 そこまで言って、セツナは口をつぐんでしまった。彼女が言わんとしたことは、まぁ大体察せる。

 きっと「多少調査が遅れたところでこの世界は変わらない」という感じのことだろう。


「…………ん、アレだ。俺の家」


 空気が僅かに落ち込んできたところで、ちょうど我が家に到着した。


「へぇ、随分立派な家なのね」

「うん、まぁ」


 半ば形式的なやり取りを済ませ、玄関へ招き入れた。

 両親が金持ちだったこともあり、豪邸と言っても差し支えない我が家だが、今となっては無闇に広いだけに思えてしょうがない。

 こんな家にこれから一人で住むのかと思うと……って、いや、もう一人じゃないんだった。俺のそばにはセツナが居てくれるんだ。


「軽く案内するよ、セツナ」

「あ、いいわね」


 そうして、わりと楽しそうなセツナに家の中を案内する。

 無駄に広いリビングと、無駄に多いだけで使ってない部屋をひたすら見せていっただけだったが、それでもセツナは満足そうに頷いていた。


「じゃ、次は風呂場に……」

「待ってハル。この部屋気に入ったわ。あたしの部屋、ここにする」

「ん? 別にいいけど、全然使ってない部屋だったからなぁ。ちょっと埃っぽいかも」

「いいわよ、掃除するから。あたし、掃除は凄く得意なの」

「掃除するなら俺も手伝うよ。っていうか、この部屋日当たり悪いな。昼間だってのに薄暗いったらねーわ」


 そう言いつつ、ごく自然に部屋の電気を点けた瞬間、何故かセツナの顔色が変わった。

 まるで死体が動き出すのを見てしまったかのような蒼白っぷりだ。


「……は? 電気、点くの?」

「そ、そりゃ点くけど……?」


 あまりの威圧感にたじろいでいる俺を余所に、セツナは拳を唇に押し当てて一心不乱に何かを考えていた。

 一体、何がそんなに気に障ったのだろう?


「ハル、肩車して」

「え? か、肩車って…………いいのか?」


 唐突な申し出に動揺しながらチラリと彼女の下半身を見やる。

 嘘みたいに綺麗な白い脚を覆う真っ黒なニーソックスと、情熱的な薔薇色のミニスカート。

 そしてその間には、途方もなく魅惑的な絶対領域が存在している。

 肩車するとなれば、否が応でもあれに触れることになると思うのだが……?


「良いから早く」

「あっ、はい」


 とんでもない迫力にすっかりスケベ心が委縮した俺は、ただ事務的に肩車をこなした。

 そんな俺のことなど気にも留めず、セツナはじっくりと天井の灯りを見つめている。



「………………なるほどね」



 しばしの沈黙のあと、美しい少女は確かにそう呟いた。


「うん、わかった。もう降ろしていいわよ」

「あっ、はい」


 そうして、険しい表情を崩さないまま、セツナの白銀の瞳が俺に向けられる。


「あのね、ハル。()()()()()()()()()()()()()()()。まだ明るいから分からなかったんだろうけどね、夜になればすぐに分かると思うから」


 それは、驚きの発言だった。

 電力が失われている……だって?


「う、嘘だろ……?」

「いいえ、本当よ。今、この世界は……ええと、なんて言えば分かりやすいかしら。そうね……いわば『電池切れ』みたいな状態なのよ。発電所は全て完全に機能を失っているわ。自然エネルギーを利用した、風力発電所や水力発電所なんかも念入りに潰されている。それどころか発電所とは関係のないもの……非常電源装置や乾電池なんかも機能していない。世界全体で『電池切れ』を起こしちゃってるようなものね。町の信号が全部消えてたの、気付かなかった?」


 言われてみれば消えていたような……っていうか、そもそもなんでそんなことになる? 

 電力がそんな風に失われてしまうなんて…………いや、一番不気味なのはそこじゃない。


「なんで……俺の家は電気が点いたんだよ……? おかしいだろ、電力は失われているんじゃないのか?」

「……あたし、言ったでしょ? この世界であなた一人だけが生き残ったのには何か意味があるって。つまり、そういうことね」

「ちゃんとはっきり言ってくれ」


 セツナは短く息を吐くと、俺の目を見据えて静かに告げた。


「この家の電力は魔力によって賄われているのよ。ここまで言えば分かるでしょ?」


 いや、分からん。いきなり魔力なんて言われてもいまいち実感が湧かない。

 俺の怪訝な顔を見たセツナは、困ったように指でこめかみをぐりぐりと押さえた。どうやら説明するのはあまり得意ではないらしい。


「端的に言えば、明らかにあなただけが特別扱いされている。ハルだけ生き残ったのも納得だわ。消すどころか、生活に不自由しないよう魔力まで提供されているとはね」


 底知れない不安と疑問が心を覆っていく。理解が追い付かずに頭がパンクしそうだ。


「ちょ、ちょっと整理させてくれ。えっと……つまりこの家の電気が点いたのは、家に魔力……が流れてるからなんだな? それで、その魔力の提供者こそが世界を滅茶苦茶にした張本人……ってことか?」


「ええ、そう考えるのが自然だわ。いい? そもそも『魔力』っていうのはね、邪悪なる者だけが使える力なの。神様や神使が持ち得ない“魔”の力。基本的にそういうのは徒党を組まないし、人類を滅ぼした奴とあなたの家に魔力を提供した奴……まぁ同一人物でしょう」


 さすがの俺もそこまで聞けば、事態がいかに深刻か分かった。

 人類を滅ぼしたその邪悪な存在が、どういうわけか俺を特別扱いしているということは……俺のことを知っている奴ってことか……?


「でも俺、魔力なんて得体のしれないモンに精通した知り合いなんていないんだけど」

「本当に? 本当に心当たりがないの? でもねハル、あなたが知らないなんてありえなくないかしら?」 



「……えっ」



 思わず目を見開いてセツナの表情を窺ってしまった。

 そしてすぐに後悔した。

 彼女の瞳は研ぎ澄まされた刃の如き鋭さを湛えている。冗談なんて一切含まれていない顔だということは誰が見ても明らかだった。


「だってそうでしょ、ハル。あなただけたった一人見逃してもらったのよ? どこの誰とも分からない人をわざわざ見逃して、あまっさえ生活環境を整えるなんてこと、ありえないでしょ? あたしに何か隠していることがあるんじゃないの? ハル」


 泣きたくなるくらいに、冷たい声だった。怖いくらいに、冷たい目だった。

 あの優しいセツナが、これ以上ないくらいに俺を敵視しているのが嫌でも分かる。

 それを認識した瞬間、凄まじい目眩が襲ってきた。加えて頭が割れんばかりに痛み出し、とてつもない吐き気がこみ上げてくる。


 なんだよその目は。

 なんだよその顔は。


 あぁ、頭が痛い、割れそうだ、やめてくれ、お願いだから、お願いだから……もうセツナだけなんだよ、セツナしかいないんだよ、俺の手を握ってくれるのは。それなのに、セツナにそんな顔されたら……俺は一体、どうすれば……。


「あっ、ハル!?」


 なんだ……? セツナの焦ったような声が聞こえる。

 何がどうなったんだ? 耳が聞こえない……だめだ……視界がぐにゃぐにゃ……まっくら……だ……。


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