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【追想】Charon

「弛まぬ努力を重ねてきたのでしょうね、貴女は」


 とある緊急任務の際、突発的にチームを組まされた内一体の神使が、あたしにそう笑いかけた。

 基本的に他の神使とは最低限の会話しかしないあたしだけれど、あまりに唐突だったので気付けば口を開いていた。


「というと?」

「これまで見てきたどんな神使よりも洗練された輝力……並大抵の努力では身に付かないでしょう。パルシド卿の直属神使として、日々厳しい鍛錬を行ってきた賜物なのでしょう?」

「…………ええ。そうかも、しれませんね」


 伏せ目がちにそう言うしかなかった。

 だってあたしは、生まれてから一度だってまともに鍛錬なんかしたことがないから。

 よく羨望の眼差しを向けられる「瞬間移動能力」はもちろん生まれもってのものだし、高精度な狙撃能力も気付いたら勝手に身に付いていた。

 他の神使達が、血の滲むような思いで鍛錬に励んでいることを知っている。だからこそ、誰よりも鍛錬していないあたしは後ろめたくてたまらない。


「パルシド卿に相応しい神使など、貴女をおいて他にはいない。卿もさぞ鼻が高いことでしょう」

「どうかしら……考えたことも、ありませんでした」


 この「直属の神様に相応しい」という言葉は、神使にとって最大級の賛辞だった。尊敬すべき神様に何の貢献も出来ないまま死んでいく神使の数を考えれば、それは当然なのかもしれない……けれど。

 あたしは、パルシド卿のこと……正直尊敬なんかしていない。

 偉大な御方だというのは重々承知しているのだけれど、自分が尊敬しているかどうかは全く別。特に差したる理由は無いけれどあの御方だけは心底無理なんだもの。


 もちろん敬虔な神使を前に胸中を吐露するわけにもいかないから、あたしの葛藤は降り積もる一方だった。

 ただし一つ断言できるのは、()()()()()()()()()()()()()()()

 パルシド卿への尊敬も薄ければ、神域への帰属意識も薄い。

 だから、何度考えても理由が分からない。

 そう……普通は分かるものらしい。神使であれば、本能で。あるいは物心がついてすぐに。




 あたしは一体、なぜ神使になったの?

 一体、何のために──





        ***




♦︎♦︎♦︎


 本作戦『惑星スルヴレアにおける大悪魔討伐』要項。


 惑星スルヴレアに上級悪魔「ビマービオ」の襲来確認。

 スルヴレアを管轄する神シクリグが即時討伐に赴く。

 上級悪魔ビマービオの進化を確認。大悪魔ビマービオとして覚醒。

 大悪魔ビマービオの能力を確認。元来の『引き寄せる力』の大幅な強化に加えて『拘束する力』を発現。


 『引き寄せる力』……任意で対象物(生物でも可)をビマービオの元へ引き寄せる力。大悪魔覚醒後は、惑星の大地や海そのものを引き寄せることで天災染みた威力を発揮する事例を確認。対処は非常に困難。

 『拘束する力』……任意で対象物を拘束する「縄」を生成する。「縄」は生成と同時に自動で対象物に巻き付き、抗いがたい強烈な虚脱感を植え付ける。

「縄」の回避及び破壊報告は現状無し。


 シクリグは単騎でのビマービオ討伐は不可能と判断し緊急応援要請を発信。覇天峰位の神を含め四体の神が増援として送り込まれる。

 また、五体の神使もサポート要員として起用される。ビマービオの『引き寄せる力』による地形変動を抑止し、神の戦闘を円滑に行わせる為である。



 ※本作戦の最終認可は覇天峰位パルシドとする。



♦︎♦︎♦︎





 ガツン、という無機質な音が虚しく響く。


「はぁ……はぁ……」


 愛用のライフルを杖代わりに突き立て、大きく肩を上下させながら周囲を見渡す。


 ……まるで、地獄。


 何もかも……本当に何もかもが破壊し尽くされている。スルヴレアは有機生命体が存在していた惑星だったはずだけれど……もはや一体何を守っているのか分からない。

 それなのに、遥か遠方では未だに神様とビマービオの戦闘が継続しているようで……。


「……はぁ、はぁ……げほっ……」 


 今となっては到底目視で確認出来ないけれど、最後に見た戦闘状況は確実に神様側が優位に立っていた。やはり増援に覇天峰位の神様が来られたのが大きい……伊達に神域のトップ層にいるわけではないということね。

 あのままいけば、おそらくビマービオ討伐は叶うでしょう。



 ただ……こんな地獄を生み出して。

 惑星一つ丸ごと滅ぼすほどに戦って。

 果たして本当に勝利と言えるの……?



「……誰か……あたしの他に、息のある者は……」



 滅茶苦茶に()()()地表をヨタヨタと歩き回って声を絞り出す。

 一緒に来た神使は五体……その内二体はビマービオの能力に巻き込まれて死亡したのをこの目で見ている。ただ、残りの三体は、きっと上手く対処して……。


「……!」


 崩壊した大地と迫り上がった断崖絶壁に挟まれ、原型を留めていない神使を二体発見した。

 けれどまだ肉体が消滅していない……もしかしたら命は……!


 直後だった。希望を抱いたあたしを嘲笑うかのように、彼等の肉体は塵となっていく。ああなってはもう手遅れ……彼等はたった今完全に絶命した……。

 天に昇っていく粒子を見上げながら、あたしは荒く浅く呼吸を繰り返した。

 あんな死に方はない。あんな凄惨な死に方、いくらなんでも……。




「…………う、ぐ」

「!」




 微かな呻き声が聞こえた。静謐な環境でなければ聴き逃してしまいそうなほどの弱々しい声だったけれど、あたしは痛む身体に鞭打って歩み寄っていく。

 今の声は、この星に来るまでに色々と話しかけてきたあの神使に違いない。

 彼だけでも無事なら……!!


「……げほっ、けほっ」


 ようやく声がした地点に近付いても、彼の姿は見つからなかった。気力を振り絞って名前を呼ぼうとして──あることに気付いて口を噤んだ。



 あたしは、彼の名前を知らなかった。



 愕然とする。これほど終わっている神使はこの世であたしだけだ。形容し難い自己嫌悪ではらわたが煮え繰り返りそうだった。



「……ぅぐ……」



 声だ。彼のか細い声が先ほどよりも確実に近くに聴こえる。

 いや、近くというか、真下から……?


「……あ」


 目を見開いて足元を見つめる。

 地割れの隙間に全身のほぼ全てが挟まっている彼を発見する。

 こ、これは……もう……。


「ま、待ってて……あたしが今、助けてあげるから……」


 膝を突いて地割れの隙間に手を差し込もうとするも、到底届きそうにない。指先でも触れられれば、あたしの能力で彼ごと移動できるのに……。



「……あ」



 キラキラと煌めく塵が溢れ出て、全てが決した。

 深々と刻まれた大地の裂け目から、光る粒子が漏れ出ては昇っていく。それはまるで現世を拒絶するかのように、あたしの手をすり抜けては消えて行く。



 ……終わった。

 結局、生き残った神使はあたしだけ。

 …………また、あたしだけ。



 こんな惨めな経験は初めてなんかじゃなくて。

 このどうしようもない無力感を、あたしは何度も何度も味わわされてきた。

 鬱屈とした気持ちが晴れないまま次なる任務に駆り出されては、チームを組んだ神使達が殺されていく悪夢のような現実を突き付けられてきた。


 なぜあたしがのうのうと生き延びている? 

 何の矜持もないあたしが生き延びて、神域のために奮闘する彼等がボロ雑巾のような扱いで死んでいくのは何故?


 疑問と不満が尽きないまま、あたしへの名声は高まり続ける。唯一無二の信頼を得ていく。


 今しがた消滅した彼もそうだった。あたしを見る他の神使の眼差しは常に神様に近しい畏敬の念が込められている。ただズルズルと生き長らえてきただけの、何者でもないこのあたしに……。


 正直全てが重荷だった。あたしが神域(ここ)で得るモノ全てがあたしの望みとは全然違ってた。


 あたしが真に望むのは、安寧。

 殺すのも、殺されるのも、誰かが死ぬのももううんざり。

 ひたすら穏やかに、安らかに暮らしたい……そんな生活さえ送れるなら、もう何も……。




        ***




 カーテンの隙間から漏れ出る陽光が眩しくて、あたしはゆっくりとベッドから起き上がった。

 ……最近、悪夢を見ることが増えてきた。

 しばらく落ち着いていたのだけれど、やはりあの戦いで生死を彷徨った影響なのかしら。

 あたしは一万年以上も生きてきたくせに、何一つ成し遂げられなかった無価値な存在。

 だからいつ死んでもいいと思っていた。パルシド卿もあたしが死ぬことを望んでいる節さえある。それでなくても、あたしが死んで悲しむ誰かは神域に一人として存在しないでしょうから。




 ……でもね。




 コンコンコン、と三回ノック。

 返事がないので扉を開けた。


「おはようハル、朝御飯できたわよ」

「ふわぁ……おはよう。すぐ降りるよ」

「冷めない内にね。今日はあなたの好きなカリカリのベーコンエッグよ」

「うわ、マジ! 今日一日頑張れそう」

「ふふふ、大袈裟ね」


 ハルと出逢えて全てが塗り変わった。

 あたしはもう、ハルのいない生活なんて想像もつかない。

 自分が存在しても良いのだと、ハルといる時だけはそう思える。

 ハルだけが、あたしの存在に定義を与えてくれる。


 だから、今は凄く幸せ。

 だから、あたしは願い続けているの。



 この安寧が、どうか永久に続きますようにと──



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