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光る葦

 

 ──リンゴーン……


「っ!?」


 突然、インターホンが鳴り響いた。

 今は緊急事態だ。一刻も早くプラニカを追う必要がある……宅配だかなんだか知らないが、ここは無視して……。


「……!」


 無視すべきなのは分かっている。しかし、扉の外にいるのは……。

 無言のまま受話器を取って耳に当てると、不安そうな息遣いと共に聴き覚えのある声が耳朶を打つ。




『あの……黒瀬です。月野くん、いらっしゃいますか』




 喉に綿でも詰められたかのように、俺は何も発することが出来なかった。


 ……なんて、懐かしい。


 たぶん来ているのは黒瀬さんだけじゃない。仲の良かった高校の友達が、五人ほど玄関に佇んでいることを気配で察知する。人間時代の俺がよくつるんでいた五人だ。

 神王化の後、ほぼ神域と別の星で過ごしてきた俺からすれば、高校に行っていた頃が酷く昔のことのように思える。時間の流れが異なるため、この地球においては、それほど年月が経っているわけではないだろうが……正直、今の日本が何月なのかすら把握できていない始末だ。


 けれど、どれだけ時を経ても絶対に変わらない事実が一つ。

 黒瀬さん達は、家族の二人と同様、俺が心の底から守りたいと思う人達だ。狂界の、悪魔王の脅威から絶対に救いたい大切な人達だ。

 そう──だから、だからこそ。



 ──もう俺と彼女らで、以前のように言葉は交わせない……



 窓に映った己の姿をまじまじと見つめる。

 人間だった頃とは全く正反対の、純白の髪色。身に纏う神気は、もはや誰の目にも人とは映るまい。

 そして何より、もう“眼”が駄目だ。淀んでいる。数多の命を奪ってきた者の眼差しだ。

 たとえそれが世界に仇なす悪魔だったとしても、殺しは殺し。とっくにみんなとは隔絶すべき存在に成り果てたんだ、俺は。


「…………」


 無言のままそっと受話器を戻した。やはり出るべきではなかった。俺はもう、みんなに関わっちゃ駄目な奴なんだから。

 そう──だってあの日、覚悟を決めただろう?

 俺の今後の人生全てを、みんなのために。

 悠久なる生涯の全てを、“救世”に捧げるのだと──!


 瞬時に神王衣を纏い、純白のマントを翻してゲートを開く。


「……揺らぐな。神王が、()()()()()


 誰が聞いてるわけでもない、伽藍堂の我が家でボソリと呟く。

 優先順位を間違えるな。まずプラニカを追う……傷心に浸る前に、俺にはやるべきことがある!


 唇を噛み締め、自分が今どんな顔をしているか分からないまま、陽炎のように揺らめくゲートを潜った──




        ***




 踏み締めるは白妙の大地。現本拠地である神域に舞い降りる。

 一万年以上の時を経たプラニカの行動範囲など限られているだろう。そして行き先として最も可能性が高いのは間違いなく此処だ。良くも悪くも奴の神域に懸ける執念は本物……必ず神域が鍵になる。


「……綺麗になってる」


 ガルヴェライザの業火によって焦土と化していた神域も、以前の神々しい景観を徐々に取り戻しつつあった。復興作業は順調に進んでいるようだ。

 それにしても、地球に行く前と今とで大分状況が違う。そう長く留守にしていたわけではないはずだが……何度経験しても辟易とするな、この時間の歪みは。


「ハル様、お戻りになられたのですね」

「ステラティア」


 普段と変わらぬクールな面持ちで現れたステラティア。しかし直前まで復旧作業に参加していたのか、服装はいつものロリータドレスではなく動きやすそうな軽装だった。それでもそこかしこにフリルが付いてるのは流石だが。


「お疲れ様。随分綺麗になってるな」

「えっ、あ、いえ、恐縮です……」


 何故か顔を紅潮させる女神に首を傾げつつも、俺は静々と歩み寄って目線を合わせた。


「ちょっと急を要する状況になってるんだ。パルシド卿も混じえて話がしたい」

「畏まりました」


 疑問も逡巡もなく即座に返された言葉に、少し面食らってしまう。


「あ、ありがとう。まだ内容話してないけど」

「ハル様のことは信頼していますので。今いちいち聞く必要もありません」


 まるで卓球のラリーのように間髪入れず返ってくる信頼の言葉。ステラティアとの付き合いもそれなりに長くなるが、こういうところは未だにちょっと引いてしまう。絶対的な信頼を抱かれることに対して嬉しさよりもまず困惑が湧いてきてしまうのは、俺がおかしいのだろうか……?


「呼ぶのはパルシドだけでよろしいのですか?」

「うん、とりあえずは……あっ、出来ればクライア様も」


 その名を聞いた瞬間、露骨に顔を顰めるステラティア。とはいえ流石に拒否することは憚られたのか、一拍置いて頷いてくれた。


「それではすぐに連れて参りますので、ハル様はオヴィゴー神殿でお待ちください」

「大丈夫だよ、俺も一緒に行く」

「お気遣いなく。ハル様を無闇に連れ回していては神域中からバッシングを受けてしまうでしょう」

「どんな存在なんだよ俺は」

「王様ですよ、唯一の」


 ああ言えばこう言う……。

 その後も頑として首を縦に振らないステラティアに俺の方が折れ、オヴィゴー神殿で一人待機することとなった。

 なんか納得いかないが、まぁ……考え方によっては良い方に捉えることも出来る。

 俺の言うこと全てに頷く完全な“イエスマン”じゃないのは間違いなく彼女の美点だ。周りに単なるイエスマンしかいなくなったら終わりだろうな、俺も神域も。



        ***



 いない。

 いない。

 いない。

 ここも、ここも、ここにも……いない?


 神殿の円卓で三人を待つ間、俺は感覚を研ぎ澄ませて神域中を探知していた。

 日増しに俺の力は強まっている。セラと完全融合を果たした後でも止めどなく増大している。

 だが、しかし。


「……妙だな」


 その力を持ってしてもプラニカの存在を感知出来ないのは何故だ?

 何か特殊な術で俺の感知能力から逃れているのか? しかしそんな芸当、プラニカに出来るはずがない。ミヌートじゃあるまいし……。

 いや、焦るな。そもそも、まだ奴がここに居ると決まっているわけじゃない。今は別の場所に潜んでいる可能性もゼロとは言えないんだ。

 かといって行く宛もないはずだが……現実として今、奴は神域には居ない。そこは認めよう。

 ただし確実に言えることがある。奴は、最終的には必ず神域に到来する。不確定要素が多い中、この予想だけは絶対に外れることはないだろう。


「ハル」


 思考に耽っていた中で聴こえてきた荘厳な声色に、俺は閉じていた瞼をゆっくりと開く。


「わざわざお呼びしてすみません、パルシド卿」


 金色と菫色に彩られた艶やかなボディを輝かせながら、覇天峰位のトップたる神が円卓に歩み寄っていた。


「良いとも。吾輩だけでなくクライアも呼ぶということは……内容もある程度察しがつく」

「余はピンと来ていないのだが。ステラティアに有無を言わさず連れてこられただけなのだが」

「ハル様のご指示ですので、あなたに拒否権があろうはずもございません」


 三者三様に席に着くなり、すぐさまバチバチし出すクライア様とステラティア。相変わらず仲悪いなこの二人。

 とはいえ仲を取り持つのはまた今度だ。彼らの貴重な時間を無駄にしないためにも、今は迅速に情報を共有する必要がある。


「時間を割いてもらってすみません。パルシド卿とクライア様の二人に来てもらった理由なんですが、」

「私もいますよハル様」


 ……うん、今のは俺が悪い。


「三人に来てもらったのは、他でもない……女神プラニカがついに目覚めました」


 パルシド卿は心の準備が出来ていたのだろう、俺の言葉にゆっくりと頷いていた。

 クライア様は全てを察して腕を組み、バツが悪そうに天を仰ぐ。

 ステラティアは……驚きのあまり、あんぐりと小さな口を開けて硬直していた。


「えっ、いや……目覚めるとかあるのですか……?」

「残念ながらな」


 パルシド卿の肯定を聞き入れた瞬間、ステラティアは汚物でも見るかのような目で眼前の神を見据えた。


「目覚めたと言っても、まさか依代となる肉体も無しに復活したわけじゃありませんよね?」

「当然だな」

「であればやはり、その依代というのは……」

「ああ、如何にも」

「……そうですか」


 ステラティアは眉間に皺を寄せて視線を落とす…………けれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 俺の中でほぼ確信めいていた疑念が、確固たる「真実」となった瞬間だった。


「あなたの設計ミスでは?」

「吾輩の設計は完璧だった。それでも目醒めてしまった。信じるか信じないかは各々に委ねるが」


 一切の驕りもなく述べられた言葉に、厳しい表情で沈黙するステラティア。なんだかんだ言ってもパルシド卿の実力自体は認めているがゆえの沈黙だろう。


「余にも責任はある。こんなことになると分かっていたら、カリン=ラフォンテーヌほどの逸材を渡したりはしなかった」

「あなたを庇うつもりは毛頭ありませんが、コレを予測することは困難でしょう。私が同様の立場でも予測などできません」


 三人の神が緊迫した空気を醸し出す中、俺はどこか冷静にこの状況を俯瞰してしまっていた。



 ──結局、みんなとっくに勘付いていたんだ



 クライア様もそうだったし、ステラティアもそうだったんだ。

 プラニカが居なくなってすぐに現れた、極めて稀な瞬間移動能力を持つ少女。タイミング的にも、パルシド卿直属という扱いから見ても、神ならば察するに余りあるはずだ。

 それでも真相には踏み込まなかった。誰も、一人として。

 パルシド卿相手だから踏み込めないのか。他の神だったら踏み込めたのか。


 ……あるいは。結局。そもそもの話。


 神にとっての神使は、その程度の──神同士で不協和音を起こすくらいなら見過ごせてしまうほどの、取るに足らない存在でしかないのか。


 ……だが、今それを追及しても仕方ない。彼らは生まれもっての「神」なのだから、それが当然の価値観なのだ。そう簡単に認識や価値観を変えることはできない。主従関係自体を否定するわけではないが、使い捨ての駒という認識は全く健全ではない。ゆくゆくは改める必要がある。

 ……まったく、やることが山積みだ。


「ステラティア、俺も似たような想いをパルシド卿にぶつけたから気持ちは分かる。でも、それなりの理由があってのことだ。簡潔にはなるけど、事情を俺から話させてもらう」


 柄にもなく俺が主導して話を進めていく。自分で集めておいてなんだが、この三人はそこまで仲が良くない。放っておいたら収拾がつかなくなるかもしれないし、俺が主導せざるを得ないだろう。


 パルシド卿とアイコンタクトを交わして頷き、俺は事態の仔細を掴みかねている二人の神に向けて事情を話していく──


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