果たすべきもの
「よぉ、シャルミヌート」
狂界に帰還するや否や目の前に王が現れる。
チッ、流石に勘付かれていたみたいね。
さてさて、メンドーな説教タイムをどうやり過ごすか……それとも、真っ向からやり合うか……。
「テメー、神域に行ったな?」
「はい、行きましたが何か」
「何かじゃねぇよ、行くなっつっただろうが」
珍しく明確に──極僅かではあるものの──不満を滲ませる王に、私は眉を顰めた。
「しかしですよ、王。ガルヴェライザの後は私の番だと、確かにそう言っていたはずですけどね。私は王の言葉を元に行動したに過ぎませんから」
「勝手に動くことは許さんとも言った。出撃するタイミングまで預けた覚えはねぇぞ」
チッ、よく覚えていらっしゃることで……。
「ガルヴェライザを倒した直後だぞ、弁えろよ馬鹿が。疲弊したハルと戦って何の意味がある」
「私は快楽主義者ではないので。戦闘自体に意味を見出すタイプじゃない、彼がどんな状態であれ殺せればそれで良かったので」
「結果、言葉とは裏腹に殺さず帰ってきたわけだが?」
「……それは、別に。というかそもそも、彼を殺さなければ別に逢いに行ったって構わないのでは?」
「信用がねぇんだよ、テメーの行動にはよ。殺さねぇからと勝手に会いに行って、普通に殺してきそうな危うさがある。奇しくも今回の心変わりがそれを証明している」
「……過保護が過ぎると思いませんか?」
「思わねぇな。ハルにはそれだけの価値がある」
「……随分お熱ですこと」
「テメーには言われたくねぇ」
……口論になると少々分が悪い。このまま続けてもゆくゆくは完全に論破されてしまいそうだし、ここらで引くべきか。
次の言葉を出しあぐねていると、王は心底めんどくさそうに目を伏せた。
「何度も言わせるな。別に殺すなとは言ってない、オレの指示を受けてから殺せと言っている。オレは一貫してそう言っている」
「あら、そうでしたっけ? どう言ったかではなくどう伝わったかが肝ですからね、コミュニケーションというのは」
「テメーがコミュニケーションを語るな」
王にこそ語る資格なんて無いでしょうに、なんて偉そうなのかしら……。
「ガルヴェライザが死んだ今、オレが次に動かす『ドゥーム』はテメーだ。テメーより先にエメラナを動かすことはない。いいか──指示を待て」
珍しく口数多く釘を刺してきた王に、さしもの私も渋々とはいえ頷かざるを得なかった。
「…………分かりました。念押ししておきますが、なるべく早めに指示を」
「分かったからとっとと失せろ。二度と同じ話をさせるな」
これ以上言葉を交わすのはこちらとしてもお断りだったので、私は無言のまま大人しく自分の城へ飛び立つ。
癪だけれど、ここは王の言葉を信頼するしかない。
どうか逸早くこの手で、彼を……葉瑠を終わらせてあげられますように……。
***
コツ、コツ、コツ。
遠ざかる足音。
耳を塞ごうとも決して止まない、途切れない。
俺に失望した彼女の足音が、藁人形に釘を打つかのように反響していく。
──失望したわよ、キミには
俺にはああするしかなかったんだ。
──言い訳があるなら聞いてあげるけど?
言い訳なんてしないよ、俺はその覚悟でアンタに剣を向けた。
──キミに世界は救えない
それでも、救わなくちゃいけない。
──自分のことも救えないくせに?
………………それとこれとはまた別だ。
──キミに必要なのは覚悟じゃないのよ
だったら、何だってんだ。
──それはね……
***
「…………ハル様!? ハル様!! 目を醒まされたのですね、ハル様っ!!」
「…………あれ、俺、一体……?」
重い瞼を開くと、目に涙を浮かべたステラティアの顔が眼前にあった。
「ハル様は“外界”で酷い怪我を負って倒れていたのです! 本当に酷い怪我で、あと少し発見が遅れていたら、もしかしたら……っ!」
「お、落ち着いてくれ、心配かけて悪かったよ。治療もしてくれたんだな、ありがとうステラティア」
「うっ、ううっ……ぐすっ……御無事で何よりです……!」
しくしくと泣きべそをかくステラティアを必死に宥める。他言無用、という俺との約束を守り、たった一人で治療に当たってくれていたのだろう。
本当に申し訳ない……。
「倒れてた俺を見つけて、どれくらい経った……?」
「五日です……ハル様は五日間ずっと眠り続けておられたのです……」
五日……!? そんなに寝込んでいたのか!?
また貴重な時間を消費してしまった……。
「それで……一体、何があったというのです……?」
「…………もう一体、『ドゥーム』が来たんだ。俺は攻撃を仕掛け……そして負けた」
「……ハ、ハル様が負けるだなんて……やはり体調が万全ではなかったから……」
「いや、たとえ俺が万全でも勝てなかったと思う」
間髪入れずに本音で答えると、ステラティアは驚きで目を剥いた。救世の主たる神王が冗談でもそんな弱音を吐いてしまうのかと、そう言わんばかりの眼差しだった。
この件について弁明する気はなかったが、その視線があまりに居た堪れなかったので、俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「弱音を吐いたわけじゃないよ、ただ事実を言っただけ」
「そ、そちらの方が問題なような……」
「まさか! 俺は確かに負けたけど、決して折れたわけじゃない。次は何とかできるように努力する。幸い、俺にはまだ伸び代があるらしいから」
ネガティブになっているわけではないことを伝えると、ステラティアはようやく安堵した表情を見せた。
「はい。ハル様がそう仰られるのであれば、私達は着いていくだけです……何処までも」
「ありがとう、頑張るよ」
深々と頭を下げる彼女を手で制しつつ、俺はよっこらせとベッドから立ち上がった。
……身体が重い。砕けた骨や傷付いた内臓は治療してもらっているはずだが…………精神的な疲労も影響しているのかもしれない。こればかりは即時回復とはいかないか……。
「みんなは今どうしてる?」
「神域の大部分が焦土と化したため、総員で修復作業に当たっています」
「……そうだよな。俺も……」
手伝う、と言いかけてハッとする。
「ご、ごめん。手伝いたいのは山々だけど、大事な約束があるから俺は今すぐ地球に行く。悪いけど留守は頼んだよ、ステラティア」
「え……? か、畏まりました。そもそも修復作業でハル様のお手を煩わせるような不敬は致しませんので、どうかお身体を休めてください」
「ありがとう、そうさせてもらうよ。それじゃ行ってくる」
口早に別れを告げていつも通り『セラ=ララステラプラニカーナ』を生成する。
みんなには悪いが、俺は約束の方を優先させてもらう……カリンに今すぐ会いに行かなければ……!




