【追想】 satellite
あれは、何でもない休みの日だった。
神様から賜った部屋に備わる小さなテーブルに、あたしはひたすら突っ伏していた。
「……はぁ」
凄く……疲れた。
難しい任務は慣れっこだけれど、この前の任務は流石に堪えた。
惑星シュトンダムを荒らす上級悪魔コプズールを、神使四体でチームを組んで倒す……よくある悪魔討伐任務ではあったけれど、他の神使に尊敬され過ぎて非常に居心地が悪かった。戦いよりも、あたしはああいうのが一番疲れる。
でも、しばらくはゆっくり出来るかな……まぁ、休日を与えられたところで、あたしは別にやることなんて無いのだけれど……。
無為にだらけきっていた、その時。
携帯端末より、神様からの連絡を知らせる着信音が鳴り響く。
また任務に駆り出されそうね……あまり他の神使と関わらない任務なら、とても有り難いのだけど。
あたしの場合、上級悪魔と戦うことよりそっちの方が疲れるもの。
***
覇天峰位のトップ・パルシド卿。
あたしにとっては主君とも言うべき偉大な神様。
であれば、あたしに命令を下すのもパルシド卿なのではないか、と思われがちだけれど……全くそんなことはない。
あの方はあたしを意図的に避けているから、基本的に何の命令もしてこない。結果として、あたしは様々な神様から任務を割り振られることとなっている。瞬間移動能力の希少性も相俟って、その数は膨大の一言だった。
本来であれば、直属の神使をきっちり管理すべきだ、なんて文句を言いたくなるところだけれど……あたしもあの方が苦手なのよね。
理由は分からない。何をされたわけでもないのに、とにかくどの神様よりも苦手だった。それこそ、他の神様から扱き使われるのも目じゃないくらいに。
兎にも角にも、今回あたしに任務を与えたのはパルシド卿ではなくステラティア卿だった。
『突然で申し訳ありませんが、貴女には地球の調査に赴いていただきます』
届いたメールを開くとリアルタイム通信のホログラム映像が展開され、開口一番にそう告げられた。
「いえ、滅相もございません……しかし、調査ですか? 悪魔との戦闘ではなく?」
『現状悪魔の反応は確認出来ません。ただ、地球に尋常ならざる事態が起きています。その原因を貴女に調査してきてほしいのです。瞬間移動のストックが充分でないのならば、溜まってからで構いません』
ほっ、単独任務……それも戦闘無し! 安心しては駄目だけれど、こういう任務なら無問題だわ。異常事態の程度にもよるけれど、調査任務は得意分野なのよね。
「畏まりました。地球の管轄者であられるクライア様との連携は……」
そこまで口にして、ハッとした。
まずい、ステラティア卿とクライア様は犬猿の仲だった! 長年の確執を知っていながらこの失言……ちょっと気を抜き過ぎた!
『……クライアは現在別の任務に当たっています。あちらはあちらで手が離せない状況のようですが、かと言って待っている時間はありません。今の地球は緊急を要しますので』
なんて仏頂面……目に見えて機嫌を損ねてしまった。あたし個人へのものではないと分かっていても居心地が悪い。
基本的には善良な女神様なのだけれど……接する時は細心の注意を払わなくてはならない御方。完全にあたしのミスね。
『貴女への任務要請についてはパルシドにも話を通してあります』
「はっ、畏まりました! 能力のストックが溜まり次第すぐに出発いたします!」
『それと、もう一点確認事項が。以前差し上げたレーダーは持っていますか?』
「は、はい! 勿論です!」
レーダー……生命反応を感知する、ラランベリ様が造った拳大の小型神器だ。いつだったか、調査任務の際に授けられて以降何度か活用させてもらっている。
『あのレーダーは必ず持って行くように。もしも地球で反応があった場合……いえ、貴女ほどの神使にわざわざ言うことではありませんね。それではお願いします』
「畏まりました!」
通信が切断され、ホログラム映像は煙のように消えた。
結局地球が今どういう状態なのか、具体的な説明は無かった。しかし、レーダー必須という警告からある程度の察しはつく。
「…………地球、ね」
もう覚えていないけれど、あたしは元々地球で生まれ育った人間なのよね。
神域に大した帰属意識を持っていないあたしにとっては、唯一「故郷」と言える場所かもしれない。
既に忘れてしまったこととはいえ、やはり他の惑星に比べれば思い入れは強かった。
例えば、あたしが人だった頃の友達……は、流石に存命ではないでしょうけれど、その子孫達は今も暮らしているかもしれない。
「気合い入れて取りかからないとね」
むん、と拳を握ってボルテージを高める。
どんな任務であれ失敗は許されないけれど、今回は一層引き締めて従事するとしましょう。
***
レーダーに生体反応有り。
対象を目視で確認──魔力無し、輝力無し、その他諸々異常無し。
いや。
ただ一つ異常があるとすれば、それは。
「…………見つけた」
この星に“彼”が存在している、という事実そのもの。
つまり、彼こそがこの任務の“鍵”となることに疑いの余地はない。
「ぬか喜びさせたのなら謝るわ。あたしの名前は……」
……でも、彼を見る限り、“鍵”ではあっても“敵”ではないだろう。
だって……あんなにも、哀しそうな……。
「俺の名前は月野葉瑠。葉瑠って呼んでくれ」
「ハルね、了解。とても良い名前ね」
かつてあたしが生まれた星で途方に暮れていた、ひとりぼっちの少年。
全てが変わり果てたこの地球で。
あたしとハルは、運命の出逢いを果たした。
そうよ。
今だって確信してるわ。
この出逢いは運命なんだって。
あたしとハルの出逢いは──“奇跡”なんだって。




